2017.04.28

思考航海中の『多事論戯』号にようこそ

思考航海中の『多事論戯』号に,ご乗船くださいまして,ありがとうございます.(2005年9月記)

この『多事論戯』号は,大きく揺れる政治,経済,社会の荒波の中で,羅針盤もなく,『論に戯れ』ながら航海している小船であります.この『思考航海の記録』で,自分の考えを整理し,洞察力や思考力の向上に繋がれば,と思っています.

同時に,この『思考航海の記録』が,少しでも,ご乗船の皆様の思考のお役に立てば,さらに,幸いであります.

尚,時代を共有する為に,『私の生きて来た時代』,『ブログ発信の動機』,『政治状況』を備忘録として,記載しました.

            
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私の過ごして来た時代 (下図はクリックで拡大)

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私達の子供時代は終戦以降になる.この頃の日本は,後で想像したことであるが,身内の戦死,焼け野原,食量難の中ではあったが,戦争への不安や軍国主義から解放され,徐々に,安堵と希望が芽生えていたのではないかと思う.

この時代の子供達も貧困をことさら意識する事もなく,闊達に生活していたように記憶している.悲惨な戦争中を支えた横丁・長屋文化が,引き続き戦後の困窮生活を支えていたと思う.経済成長とともに,この文化は消えて行く事になるのだが.

学生時代は,安保反対の学生運動が下火になり,学生仲間では,マルクス経済学と近代経済学の論争や,ケインズ経済学と経済政策の勉学が活発であった.

社会は64年の東京オリンピックに向けて高速道路,新幹線,或いは社会資本の整備が急ピッチで行われ,人口の都会への集中を加速しながら,戦後復興に向けた活力が社会に満ちあふれていた.

そして,私の社会人時代は創業期のコンピューター業界へ就職から始まる.早速,情報システムの重要性,大きな可能性を予感する.その後,情報システムの普及,発達が企業の発展,ひいては日本の経済復興,高度成長の大きな武器になっていく事を身をもって実感するのである.

コンピューターと言う文明の利器が日本の成長に合わせたように発展した事に,つくづく日本の幸運を感じたのである.

就職後まもなく,69年の小川 ローザの'オー・モーレツ'(丸善石油CM)で男が奮い立ち,70年,チャールスブロンソンの風貌とバックに流れるLOVERS OF THE WORLD(MANDOM CM・SONG)で,男は美学を持った.60年代の三船敏郎の野生味にカントリージェントルマンのかっこよさが加わって,ブロンソンの風貌は一世を風靡したのである.

そんな洋楽の影響を受けて,歌謡界もムード歌謡が全盛になった.夜の社交場は飲み屋からキャバレー全盛に移って行った.若き女性達は,レナウン娘の歌に乗って’ワンサカワンサカ’華やいでいたのである.

世の企業戦士は,米国の映画,音楽,生活,の豊かさに憧れ,猛烈の美学を胸に,活力に満ちていた.100%仕事人間は家庭を犠牲にしながら,挑戦,経験を重ね,多くの武勇伝を歴史に刻んで行った.当時の私も,高浜虚子の『闘志湧きて,夏の雲湧く丘に立つ』の心境だった事を覚えている.

そんな時代の70年,万博が開催され,日本の経済に拍車が掛かる.その年に結婚.戦後のベビーブーム世代がニューファミリー族になって行く初期の頃である.そのニューファミリー族の個人消費は住宅,フローリング,ベット,シャワー付き風呂,家電,車,等に拡大して行った.その購買力は’お金を貯めてから買う’から’買ってからお金を払う’と言う全く経験のない買い方(ローン)で拡大して行ったのである.

政治の世界では,60年代の所得倍増計画に引き続き,72年の沖縄復帰の後,列島改造論で田中角栄が総理に就任,今太閤誕生で,国民の喝采を浴びる.ブルドーザーのような行動力で国内の社会資本整備を押し広め,70年代,80年代の高度成長期を牽引して行ったのである.

日本の経済はニューファミリー族,列島改造などによって『資産価値の上昇』『信用(与信)の拡大』『供給資金の拡大』『需要の先取り拡大』『債権債務の拡大』『GDPの拡大』と言うメカニズムで高度成長をひた走る事になる.

そんなわけで,公私ともに,右肩上がりの経済を実感した時代だった.そんな高度成長期の真っ只中で,85年8月12日,18時羽田発伊丹行きJAL123便が御巣鷹山に墜落し,520人の犠牲者が出た.夜,大阪で仕事をする為に,新幹線の時間を惜しんで,この便を頻繁に使っていた世の猛烈社員に激震が走った.その日以来,飛行機の予約は本人がする様になった.この墜落便を予約した人達の苦悩を目の当たりにしたからである.

そして,89年ベルリンの壁崩壊,天安門事件,91年ソ連崩壊,イラク湾岸戦争,等,が起こり,東西冷戦と言う世界の秩序が崩れ始める.日本では,89年,平成に元号が変わる.

経済では,暴騰する不動産価格を抑える為に,90年,金融の総量規制が始まる.これが引きカネになって,91年,資産価値の暴落,信用の収縮が始まる.一気に債権債務が不良化したのである.これが世に言う未曽有の『資産バブル崩壊』である.

その後,95年の阪神淡路大地震が発生.この災害対策も含めて,積極財政出動で景気の浮揚を図るも,日本経済は長期停滞を続ける事になる.数百兆の国債だけが残った.これが,後に言われる『失われた10年』である.

財政出動と言うソフトランデング(内科的治療)では高度成長時代に,はびこった構造的脆弱性を取り除く事が出来ず,産業構造の改革,日本的経営の改革,等,ハードランデング(外科的治療)が必要だったのである.

一方,80年代の米国の不況の中で,学生を中心に,パソコンやネットワークのベンチャーが胎動していた.そして,95年,マイクロソフトのWINDOWS95が世界で発売され,オープ,ダウンサイジング,パソコン,インターネットの新しい情報技術の世界が出現したのである.

世の中の改革に先駆けて情報システムの革命が始まったのである.以後,パソコン・ネットワークが日進月歩の技術革新を遂げながら,従来のコンピューターをレガシーに追いやり,家電,産業機器,なども巻き込んで,デジタル革命が進展する事になるのである.

そして、世界的規模のIT企業が誕生して行くのだが、日本は、80年代のような産業の活性化は見られなかったのである.阪神淡路大震災による大惨事も含めて,1995年は日本にとって,大きな節目の年になったのである..

その後、『失われた10年』を受けて,2001年,小泉政権誕生で,銀行に吹き溜まった大量の不良債権償却,小さな政府論による筋肉質の国家作りが始まった.一方,世の中は21世紀を迎えて,同時多発テロ,BRICS台頭,グローバル化,デジタル革命,等,大きな変化が起こっていた.そして,『グローバル,フリー,フェアーの文化』が閉鎖的な,伝統的な日本文化に大きな風穴を開け始めたのである.

そして,激変の真っただ中の2005年,私の現役時代が終わる.多分,同年代の人達は,私もそうだが,平成時代(90年代)より,昭和時代(70年代,80年代)の想い出の方が懐かしく思い出されると思う.経済成長の勢いの中で,現場での悪戦苦闘や武勇伝が鮮明に頭に残っているからである.

この様に,私達の世代は,70年代,80年代の高度成長時代,90年代,00年代のバブル崩壊による景気低迷,価値観の変化を経験してきた.改革旋風,デジタル革命,情報革命,産業構造の変化,国際化,など,日本の大きな変貌も目の当たりにしてきた.実に波乱万丈の40年間だったのである.

ブログ発信の動機

小泉政権以降,日本の構造改革がどう進むのか,極めて心配である.企業の改革も待ったなしの状態である.そんな中で,リタイアとなったが,後ろ髪が引かれる.つくづく,企業も事業も個人も,次の時代にふさわしい『理と気』を再構築しなければならないと強く感じているのである.

言うまでも無く,世の中は『理と気』で動いている.これは生きて行く為のものであるが,理は考え方,方向性を示し,気は行動力だと思う.理のない気は衆愚化を招き,持続しない.気のない理は言うだけになる.この『理と気』の持ち方いかんが,国家,政治,経済,企業,事業,個人,全ての生き方を左右する事になるのである

そこで,リタイアを機に,自分なりに,日本の行く末について,色々考えて見たいと思ったのである.そして,恥ずかしながら,自分の思考錯誤の内容を『論に戯れた記録』として,このブログに残す事にしたのである.

同時に,この『論戯を繰り返す事』で自分の知識力,思考力,立論力を研鑽し,少しでも,物の見方,考え方を向上させたいと思ったのである.そんな思いで,一人静かに,果てのない『思考の航海』に小船を漕ぎ出す事にしたのである.

この多事論戯の記録が,『一国民の思考史』になり,読者の『思考の刺激』になり,世の中の『思考力向上の一助』になればと思うのである.もうひとつ,この時代を忘れない為に,参考として,時代背景を記述しておくことにした.

蛇足ながら思考する際の『私の語録』の一つを紹介したい.

動物や植物は生きていく環境を固定して,そこで生きる機能を持った.一方人間は,どんな環境でも生きていけるように,考えて行動できる頭脳を持った.だから人間は常に変化に対して『CHANGE』が必要であり,それが生きる為の『CHANCE』になるのである.

人間の生き方としてはCHANGEとCHANCEは同意語なのである.日本古来の教えで言えば,『継承なくして創造なし,創造なくして継承なし』がある.これも,継承と創造が同意語なのである.この行動を辞めた時,人間は絶滅種になって行くのである.

この発想によれば,日本は古来より,島国で生きて行く為に島国根性や島国文化を身に付けて来た.それが今やボーダレス時代である.島国根性をCHANGEしなければCHANCEは来ない,と言う事になる.

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政治の状況①(バブル崩壊から小泉政権時代)(2005年9月記)

今,世界規模での市場経済・デジタル革命・情報革命,ボーダーレス化の真っ只中である.遅ればせながら,日本の政治も,行政も,企業も,個人も,従来の日本的なものとの葛藤を繰り返しながら新たな『理と気』を求めて動き始めたと感じている.

『理と気』の変化のきっかけは,91年のバブル崩壊である.暴騰した資産の暴落と経済構造の崩壊である.戦後の日本の発展を支えてきた日本的な価値観,仕組み,右肩上がりの前提が根底から崩壊し,高度成長で許容されて来た価値観や経済構造の脆弱性も露呈したのである.日本は戦後復興と経済の高度成長を世界に示したが,その終焉をも世界に示す事になったのである.

その後10年間,ソフトランデングを目指して積極的に財政出動を続け,資産価値や内需を支えようとしたが,数百兆の借金を作った割に,景気回復も政治・経済構造の改革も進む事はなかった.俗に言う『失われた10年』である.

日本の政治・経済が混迷し続けた90年代,米国ではIT革命(パソコン,インターネット等),デジタル革命が台頭し,世界的に広がり始めた.89年のベルリンの壁崩壊,91年のソ連崩壊で東西冷戦時代が終焉した.又,91年のイラク湾岸戦争で中近東が又騒々しくなって来た.中国では89年天安門事件が起こり,独裁政治への批判が高まった.

この様に,90年代は今までの秩序が崩壊し,新しい秩序に向けて,動き始めた時代になったのである
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そんな経緯の中で,2001年4月小泉政権が誕生し,日本に溜まった脆弱性,閉塞感を打破すべく新自由主義(新保守主義)による構造改革が始まった.金融機関の不良債権の一掃,小さな政府論による官から民・規制緩和による経済活性化・財政健全化,など国民の多くの賛同を得ながら,デジタル革命・IT革命と相乗するかのように,改革旋風が起こったのである.

米国では,2001年1月,共和党ブッシュ大統領が誕生.同年,『9.11同時多発テロ』が発生し,ネオコンサーバティブ色(新保守主義,タカ派色)を強めながら,アフガニスタン紛争,イラク戦争に繋がって行ったのである.一方ではBRICSの台頭が注目され始め,東西冷戦後の新しい秩序を求めて世界が動き始めたのである.

そんなわけで,世界も米国も,日本も,2001年頃から,新しい『理と気』の大きな転換が始まったと実感するのである.日本にとって,この転換は『明治の国作り』,『戦後の国作り』,に匹敵する『新たな国作り』に値するのかも知れない.

さて,既に始まっている新たな『理と気』の模索が,今後,日本的なものを一枚一枚剥がれて行く,いや,剥がして行く,事になるのか,改革と言えども,やっぱり日本的なものに回帰する事になるのか,あるいは,いわゆる外圧や日本の課題解決の為に『欧米流の理』に合わせざるを得なくなるのか,

今後10年間くらいは,この『理と気』の葛藤が続くと思われる.小泉政権後も日本は極めて大事な岐路に立ち続ける事になると思うのである.

政治の状況②(安倍,福田,麻生,鳩山,菅,各政権時代)(2011年5月記)

小泉改革政権は2006年9月まで続き,都合5年間の政権となった.その後,この新保守政治路線が引き継がれると思われたが,安倍政権は小泉政権の大議席を背景に憲法問題,教育問題に政策課題を移し,守旧派の復権など保守回帰に舵を切ったのである.

しかし,消えた年金問題や大臣の事務所費問題などから参院選に大敗し,小泉政権で築いた自民党の強さが参院から崩れ始めたのである.2007年9月福田政権が誕生するもネジレ国会で挫折し,2008年9月麻生政権が誕生,リーマンショックの発生で75兆の景気対策を打つ事になるが,すっかり改革機運の影が薄れ,古い自民党色を強めて行ったのである.

結局,自民党は衆議院選挙の大敗で政権を失う事になったが,小泉政権で得た大議席を3人の総理が食いつぶした形になったのである.長期政権の宿命だったかも知れない.

政治路線で見ると,戦後の『保守路線』,バブル崩壊による『保守路線の後退』,小泉政権の『新保守路線の台頭』,安倍,福田,麻生の『保守路線への回帰』,民主党の『リベラル路線?』と変遷しているのである.

さて,2009年8月誕生した民主党政権では根拠の薄いマニフェストや政権運営の未熟さが露呈し,加えて,鳩山総理は相続税問題,普天間基地移設問題で,早くも失脚する事になる.小沢幹事長も政治資金問題で退任し,一年もしないうちに,脱鳩山,脱小沢の菅政権が2010年6月誕生し,民主党のトロイカ体制が崩壊する事になったのである.

その後,菅政権でも,民主党内部抗争,マニフェスト問題,財政問題,政権運営,など悪戦苦闘が続き,2010年7月の参院戦で大敗し,国会は再びネジレ状態に陥ったのである.

そんな菅政権の支持率は大きく落ち込み,政権維持も危険水域を越えた.そんな矢先,2011年3月11日東日本に巨大地震(M9),巨大津波,福島原発破壊が発生した.東日本の太平洋沿岸部は,2万人の犠牲者と共に,廃墟になったのである.

この巨大災害に,過去の使える法令や必要な立法措置,あるいは,組織運営が分かっていない民主党政権が対応できるわけがない.日本は最悪の政権に最悪の大災害を抱える事になったのである.既にその最悪の兆候が被災者や日本の行く末に不安な影を落としているのである.

阪神淡路大震災の時は社会党の村山さんが総理だった.東日本大震災は民主党の菅総理だ.政治が不安定だと震災も起こるのか,と不運を嘆いたのである.

この様に,日本はデフレ,株安,失業,就職難,グローバル化,財政赤字,1000兆の借金,社会保障財源,電力不足,災害復旧・復興,原発事故,放射能汚染など,一気に奈落の底に引き込まれた状態になったのである.

大峰山の覗き修行で言えば,日本は絶壁にズズっと押し出されたカッコウである.恐ろしい事に,腰には命綱が結ばれていない.足を押さえている人も心もとない.たよれるものは自力しかないのである.

こんな状態で日本はどうなるのだろうか,大きな岐路に立っている.さて我々は,震災前,震災後を含めて,未来の日本に向けて,どんな『理と気』を持つべきなのだろうか.

確かな事は『国際的な生存競争に打ち勝つ』,その為の行動こそが政治や企業の『理と気』だと思う.これなくして,日本の国難は解決しないと思うのである.

振り返ってみれば,2005年9月から2011年5月まで244件発信してきたが,まさに『日本の大きな岐路』であって目が離せない情勢を感じるのである.

残念な事であるが,日本の難題が解決するどころか,絶える事なく,山積みされていく現実を思えば,今後も引き続き,『監視』と『論戯』をして行きたいと思う.

政治の状況③(民主党野田政権時代)(2012年7月記)

民主党三代目の野田政権が2011年9月発足した.菅総理の東日本大災害,福島原発事故への対応問題に区切りをつける意味での第三次の内閣発足である.

民主党マニフェストの実質崩壊もあって,野田政権はマニフェストから目をそらすべく,『社会保障と税の一体改革』を自公との合意で進める事になる.又,TPP推進,原発再稼動問題,将来のエネルギー政策,等の政治課題が政権に押し寄せてくる.

結局,『近いうち解散』を自公と約束して,消費税増税法案は国会を通過した.しかし,多くの政治課題に党内抗争を繰り返えして来た民主党は,結局,増税問題,原子力問題,TPP問題などで,分裂するのである.まさに『ごった煮政党』の顛末である.

政治の状況④(自民党阿倍政権時代))(2012年12月記)

解散を迫られた野田総理は結局,解散し,2012年12月16日天下分け目の総選挙の投票が行われた.その結果,民主党の惨敗,日本維新の会の台頭,自民党の圧勝で終わり,3年半ぶりに自民党政権が誕生する事となった.その議席数は自民294,民主57,維新54,公明31,みんな18である.この結果を受けて民主党野田代表初め主流派は責任を取って,党内役職を辞任したのである.民主党の再生に暗雲が広がる.

大勝利した阿倍政権は早速,組閣,政府人事,党内人事に着手.新総理は来夏の参院選対策もあって,経済復興,災害復興,を優先し,金融政策,財政政策,成長政策に着手すると発表.市場も,これに反応して,円安,株高に動き始めた.(執筆中)

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