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2005.09.06

04 情報化社会で問われる日本的表現力

言葉で伝えるには,言語知識と経験知識が共有されている必要がある.まさに文化の共有が必要なのである.従って、異文化間で’伝える’事はきわめて難しいと言う事になる.

'古池や蛙飛び込む水の音’で日本人は静寂な世界を思い描くが,米国人は騒々しい古池を思い浮かべ,蛙は複数形になると思う.

文化の塊である古典落語を英語に翻訳しづらいし,したとしても米国人は理解できない事も同じである.

又,伝える為に文化の共有が必要だと言っても,それに依存しすぎると,文化そのものが元来,曖昧な概念であるだけに,伝わったと思っても,意味や論理が曖昧だと気づく事がある.文化の持つ曖昧さが,思考力や立論力の掘り下げを阻害しているからである.

以上のことから,情報化社会,インターネット社会では,言語知識,経験知識の共有もさる事ながら,たとえ共有していると思われる相手に対しても,意味,論理,をしっかり伝える為には,細心の留意が必要になるのである.その努力が,ひいては思考力,立論力,文章力を高めて行くと思うのである.

情報化社会は,情報の大衆化と同時に,表現力の研鑽が求められていると思うのである.特に日本人の文化は

①主語がはっきりしない
②説明ばかりで主張がない
③玉虫色の言いまわしが多い
④語尾の言いまわしで論旨がボケる

であり,日本語表現も,この表現が得意である.これに慣れてしまうと,言葉で逃げて,説得力や立論力が育たない事になる.

日本文化が持つ曖昧の合理性(曖昧にしていた方が白黒はっきりする,よりうまく行く)は,情報化社会では通用しないと思う.論理や主張をはっきりし,それを日本語で表現する訓練が必要だと思う.

又,理解を補足する図解の活用も重要である.ただし,未熟な図解は逆効果になる.完成度の高い図解は早く,正しく伝わるのである.

総じて,日本的なウエットな表現・文化からドライな表現・文化も取り入れていかねば,世界の人々と交われないと思うのである.思考力も発達しないのである.日本独自の文化だけでは,情報化社会,グローバル社会に取り残されると思うのである.

情報化社会では『翻訳出来ない文章表現』では通用しないのである.翻訳できる日本文を書いて行きたいと思うのである.

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