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2006.04.25

46 プロジェクトマネージメント

情報システム開発におけるプロジェクトマネージメントのあり方について,私見を整理したい.

ビジネス系の情報システム開発は一般にコンセプト,業務設計・業務仕様を作成し,システム設計,プログラム開発,テスト,システム移行,運用評価改善,が行なわれる.まさに荒削りの段階から徐々に具現化していく作業である.

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従ってチェックポイントをとりながら慎重に費用,納期,資源,性能,技術を見定めながら進める事になる.契約段階では勿論,図面があるわけではないだけに,プロジェクトの進行はリスクや不確実な事を解決していく工程でもある.

まさにシステム開発は曖昧なものを具現化していく特異な仕事なのである.又,この様な性格から,開発は顧客,ベンダーが共同で進める形態がとられる.ベンダーだけでは開発できないのである.

又,プロジェクトマネージメントは,製造業でなぞらえると,製品を作るために工場建設や製造技術から考えるようなレベルと,ものつくりの生産管理を行うようなレベルがある.開発規模の大小はあるが,情報システムの開発は企業の仕組みを作ることであり,前者のレベルがほとんどである,プログラムを作るだけのプロジェクトマネージメントはほとんどない.

かかる開発プロジェクトのベンダー側マネージーには二つのスタイルがある.建築になぞらえると,大工の棟梁型(実務もするコンテンツスペシャリスト)と建築現場の監督型(手配をするプロセスファシリティター)である.(下図はクリックで拡大)

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開発規模によって使い分けるが,建築と違うところは,どちらのスタイルも業務(アプリケーション)を良く知っていなければならない事である.プロジェクトの失敗は業務を知らない事に起因する事が多い.業務を知っているプロマネが顧客側,ベンダー側,双方に存在し,常に調整・合意しながら進める事が成功の秘訣なのである.

次にプロジェクトマネージメントの仕事は物作りに向けて,構想,,開発計画,体制,費用・納期・資源・性能・技術のマネージメントを行う事である.特にリスクを予見し,先手の対策を打つ事が重要である.同時に労働集約作業が多いだけに現場作業と密着したマネージメントが要請される.

この事から,図面があって,段取りが決まっていて,専門分化された中で行なう建築の現場監督とは大きく違うのである.残念ながら情報システムはそこまで成熟していない.建築業の’段取り八分’(段取りが出来れば八分方きまる)は残念ながら情報システムではあり得ないのである.

トラブルが起こるつど,プロジェクトマネージメントの問題がクローズアップされプロジェクトマネージメント強化が叫ばれる.結果,技法の論議やその習得が進められる.そして’アプリケーションを知らなくてもプロマネができる’風の論調や技法,資格制度が一人歩きし始める.

その結果,どんなシステムを作るのか,どんな課題があるかも知らずに,作業計画,進捗管理,費用管理,人の手配,顧客折衝などをするマネージャーが出現する.そのプロジェクトの匂いがしない標準的な作業計画しか書けないマネージャーである.これでは,実態とマネージメントが遊離するだけでトラブルの防止どころか増長するだけである.挙句,土壇場まで問題が蓄積され,発覚した時には大問題になるのである.

もっとも大事な事は顧客もベンダーもマネージャーはアプリケーションスキルに長けていなければならない.従ってマネージャーは民需であれば,経理・財務・生産・販売・物流の一般論と業種別システム(加工,組み立て,装置,卸,小売等),事例などの経験・知識が必要である.勿論,公共関連,医療関連,文教関連も業種スキルが不可決である.

開発システムについては自らアプリケーション構成図(サブシステム構成図)を作成できる力量やパッケージ知識が求められる.又,特に重要な仕様については議論できなければならない.プロジェクトマネージャーはシステム論のオピニオンリーダーで実務者でなければならないと思う.テクニカルなスキルは代替可能だが,プロマネは’余人を持って変え難い’ところがある.

従ってプロマネの育成や資格制度を考える時,業種分野別にする必要がある.公共のアプリケーションスキルがあっても製造業のプロマネは出来ないからである.

又,ベンダー側の組織人事は専門家集団として,プロマネ資質が管理職の条件になると思う.自らプロマネを行なったり,複数のプロジェクトを担当したり,複数のプロマネをマネージメントするからである.

真のプロマネを育成する事は時間を要する事である.それ故,システム開発者はアプリケーションに関する知識,事例,業界動向,システム化領域,システムコンセプトなどに興味を持って,仕事をしなければならない.

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2006.04.05

45 図解思考・図解の重要性

文章の記述を補助するために,現象,課題,問題,対策,仕組み,論理などを図解する事が多いが,言うまでもなく,図解の重要性は次の通りである.

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①図解で考え方や捉え方を整理する事ができる

②文章を書く前に図解を完成させると,本文が書きやすくなる

③図解によって正しく,早く,伝える事が出きる

④完成度の高い図解は作品であり,企業のナレッジになる

⑤図解力は個人,組織,会社の力につながる


図解例(クリックで拡大)
 

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しかし,必ずしも図解力向上に努めているわけではない.

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とりわけ,日本は欧米に比べて,図解力が劣っている感もある.行間で物を言ったり,行間で分かり合う文化がある,考え方・主張,構造的論理的組み立てより情緒的,風景描写に陥りやすいきらいがある,などの民族性に原因があるのかも知れない.

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ある完成度の高い文章を読んで,その内容を複数人が図解す時,経験や知識の影響も受けるが,図解表現力の高い人同士の図解は類似するはずであるが.実際は完成度の低い十人十色の図解が描かれることが多いのである
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反面,完成度の高い図解を見て,その内容を文章にする時,各自の実力に関係なく,ほぼ同じ文章になる.もちろん完成度の低い,分かりづらい図解で文章を書けば,十人十色になるのは当然である.

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この事から分かる事は,完成度の高い図解は間違いなく伝わり,図解の威力を発揮できるが,問題は,はたして,そんな図解を描けるのか,図解力をどうやって高めるかである.まさに,図解表現力が問われるのである.
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ビジネスマンとりわけ専門分野の仕事をする人にとって,この図解思考(図解を推敲しながら完成度を高めていく思考過程)はきわめて重要である.特にシステム概要図やシステム設計図,は品質,効率に直結する.製品機能や制度仕組みの説明図は利用者の理解度に直結する.最近,複雑化する役所の制度説明図解やマスコミの記事に関する図解など,分かりにくい表現が多いように思うのである.

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この図解表現能力を高める為の王道は無いが,いくつか列記したい.

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①テーマと図解を一致させる(図解のタイトルと内容)

②図解の構図(構成要素の体系)を考える(6パターン)

③構成要素の言葉,要素間の関係を正確にする(構図の推敲)

④論理展開の流れと,見る人の思考の流れを一致させる(スムーズな論理展開)
⑤他の人の評価を受け,推敲する

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を意識して作成しなければならない.これらを鍛えていく為

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①日常の中で,図を多く描く

②目にした図解に対し,自分なりに評価・改善する

③自分が納得できない図解は盲目的に流用しない

④他人の評価を参考に,自分が納得できるまで推敲する

⑤作成した図解で文章がスムーズに書けるかセルフチェックする

⑥作りっぱなしにしない(不具合に気付いた時はすぐ修正する)

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が必要である.同時に個人のこだわりだけではなく,組織全員の切磋琢磨が必要である.このこだわりが表現力とともにコンセプチャルな力も高めて行くのである.活力のある会社は総じて表現力に優れているのである.

ところで,本質をとらえ,表現する為に,この図解思考は極めて有効である.私はこれを広く啓蒙する為に『図解思考講座』を開いている.その概要を紹介したい.


1.講座内容

図解思考の体験

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①提示した文章を読んで、その内容を図解する
事前に受講生に同じ文章を渡し,各自は自分なりに文章の内容を図解する.それにタイトルをつける.

②全員の前で自分が書いた図解発表する.
受講生全員が自分の書いた図解を発表し,それぞれ自分との違いを認識しながらQAや感想を述べ合う.日ごろ経験しない事を体験.

講師より適時,改善点を指摘.

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③講師より模範図解例を説明
講師より,模範図解例を発表し,表現したい事,図解の推敲内容,等を説明.受講生の書いた図解との違いを解説.

 

図解の重要性の体験


①提示した図解を見て、図解の内容を文章にする.

②その文章を全員が発表する
図解の完成度によって、各自の文章が大きく異なる事を体験、完成度の高い図解だと、ほぼ全員の文章が同じになる事を体験する.


講師よりまとめ

具体例を示しながら、図解思考及び図解表現の重要性を改めて説明.特に、完成度の高い図解は重要なナレッジである事を説明.その上で、図解表現力向上の為に、日常での図式化、既存の図解の見直しを提案. 


2.図解思考講座の
実施要綱

事前に受講生へ宿題を出すが,講座は一日.受講生は10名程度.但し当日の聴講生は何人でも可.上司や同僚の聴講は極めて意義あり.

尚,同じ企業で何回か実施する場合は,その都度,宿題内容を変更.

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2006.04.02

44 格差社会論議

91年のバブル経済崩壊(資産の暴落)が起こり,高度成長,右肩上がりの日本経済が終焉した.株価,地価,物価の下落,担保や債権の不良化,消費の低迷などによって経済が縮少し,建築業,金融機関,流通業などの倒産,統廃合が起こった.

保険や年金の資産暴落,右肩上がり前提の資産運営の崩壊,高度成長下で許容されたオーバーカンパニー,公共事業のムダ,公務員のやり放題,などが露呈したのである.あたかも湖水の水が引いたら,ヘドロやゴミだらけの汚い湖底が現れた如くである.好景気で慢心の国民に手厳しい見えざる手が下されたのである.

世界に類を見ない日本の戦後の経済復興,高度成長は借金,税金,貯金,保険の資金を集め,護送船団政策,公共投資,さらには,あらゆる分野での官業展開と言う明治以来の官主導の混合経済によって進められた.

多くの銀行が全国に支店を持ち,全国の郵便局が貯金を扱ったのも市中のお金を集める目的であった.貯蓄性向の高い,皆が同じを好む国民性が見事にこの成長モデルを支えたのである.発展途上国にも参考になるスキームだと思う.

問題は高度成長真っ只中でも,このスキームを続けた事である.高度成長期にこそ構造改革,官のスリム化,財政改革が必要だったが,崩壊するまで,地獄を見るまで,変えられなかった事である.官も民もバブルに酔って,借金を大きくしていったのである.

又,バブル崩壊後の経済危機に直面した時も,成功体験から更なる借金と公共投資による景気回復,ソフトランデングを望んだ.結果,更なる借金の山を作ったのである.

そして,資産の膨大な評価損の中で,規制緩和,会計の国際標準化(時価会計)の導入,企業のリストラ,産業再生政策,ゼロ金利等の金融政策,金融機関の統廃合,不良債権処理,等に着手し,5年をついやして,やっと経済の明るさが見えてきたのである.これも後世への貴重な教訓である.

さて,経済の明るさが見え始めた現在,’格差の拡大’を問題視する論調が多く出始めた.世界的に見れば日本は格差社会に程遠い国であるが,改革の中で格差が拡大しやすい経済環境になったのは事実である.皆が中産階級,皆が同じ,との伝統的文化は復興経済の終焉,経済的合理性の追求によって,必然的に発生しているのである.いくつか列記したい.

①5年前からの金利ゼロ政策によって,利息分の資金コストの激減,貯金から資産投資へのシフトが資産価値を高め,デフレ脱却に効果を上げた.明らかに貯金,間接金融から投資と直接金融の時代に変わったのである.この事は当然,貧富の差を生みやすくなる.皆が同じ金利を得る社会ではないからである.

②グローバル競争,低価格化によって,効率の追求,独自性の発揮,国際分業が加速し従来の縦型産業構造が維持できなくなり,横型産業構造に変化していった.フラットな産業構造は各企業が厳しい競争に身をさらす事になり,企業の格差が出やすくなる.グローバル化で海外進出が進むほど,国内に格差が生じる.海外企業をもっと受け入れ,雇用の確保が必要である.グローバルな自由主義経済は海外進出と海外受け入れが両輪となる.

余談だが,95年以降情報システムの革命が起こった.メインフレームをサーバーにノンインテリ端末をインテリパソコンにし,パソコンをクライアント(主人)にした処理方式が出現した.まさに中央集権から分権,フラットな構造,国際互換への移行であり,その後で起こる社会の変化と同じ事がすでに始まっていたのである.企業も個人も個の自立へ向かう事も格差が生じやすくなる.

③経済規模も大きくなり,技術革新が経済を引っ張る社会は企業も個人も貧富の差が拡大しやすくなる.完全雇用も難しくなる.貧困国家からの経済成長なら別だが,先進国の経済成長に伴う格差拡大を防ぐ方法はない.防ぐ必要もない.勝者が経済を牽引しているからである.

④経済社会の活力を発揮するために,結果の平等から機会の平等に軸を移す考えが出てきた.規制緩和が代表的例である.規制や利権で安定的秩序を保持する制度の撤廃である.無秩序になってはならないが,機会均等,フェアーな経済活動を促す狙いである.その結果として勝者,敗者が出るようになるのは必然である.

⑤個人の力量が求められる社会,発揮しやすい社会,個の自立と連動した社会,への移行は個人の経済的格差を生みやすくする.

以上のように,伝統的混合経済の日本は,従来より格差が出やすい経済環境に移ろうとしている.今後の日本経済を維持向上するための変化だと思う.日本の政治・経済構造や,成長のやり方を変えていく改革である.ここ数年,国民は多くの経済知識を得,見識と自立の意識が高まったと思う.価値観も変わっていくと思う.

格差は自由な経済活動の結果であり,格差拡大の問題は格差が大きくなる事が問題ではなく,敗者・弱者をどうするかの問題である.格差拡大に名を借りた改革批判,政治批判だけであってはならない.分配論を主張してもパイの低下を招いては何の解決にもならない.

持てる者と,持てない者で大きな教育格差,ひいては人生格差がでる傾向を大問題視している人もいる.戦前戦後などの格差からすれば,きわめて小さな格差だと思う.経済力によって人格,能力が高くなるなら結構である.勿論,経済力が弱くても人格,能力は高められると思うが.

地域格差の問題は自然環境,交通環境,経済立地環境による都市集中の結果である.地域発展は国力を高める上でも,住民にとっても重要であるが,どんなに公共投資をしても,都市集中が限界に来ない限り,効果は出にくい.経済的地域間格差の拡大は益々増大する.

マクロで言えば人口の移動は経済的にはきわめて合理的な現象である.又,地域への平等な税金のばら撒きは,ムダと不平等を生んでいるとも言える.財政改革の大きな課題である.

今大事なことは地域公共経済,地域社会主義経済からの脱却である.この視点でポテンシャルを伸ばすしかないと思う.又,過疎を防ぐ方策だけではなく,過疎を前提にした方策,過疎地を移転する方策,も必要なのである.

しかし,地域活性化に取り組めば取り組むほど,地域間格差は拡大していく必然性がある.経済や人口以外の多様な価値観が必要な気がする.

所得格差,教育格差,地域格差,等の問題は日本の過去,世界の後進国,発展途上国から見れば贅沢な悩みかも知れない.大事なことは格差の発生を認めた上で,これをどのようにモチベーションし,行動するかである.価値観も多様化することは悪いことではない.政治は不幸の最小化に努めるべきなのである.

富める人は大いに稼ぎ,アメリカのようにボランティア精神を発揮し,老人施設や病院を応援して欲しいのである.勿論この場合,税金から控除しても良いと思う.税金より寄付の方が無駄な投資にならないからである.貧した人は経済価値以外の価値観を持ったり,ファイテングスピリットや自営業で立ち上がって欲しいのである.

このように格差社会を肯定した上で,価値観やモチベーションを変えていく必要があるが,弱者支援策は今以上に大事である.特に現国民年金は,これで生活できる,との狙いで作られてはいない.年金・介護・医療・生活保護を合体した保障制度が必要だと思う.弱者支援制度はまさに国の鏡なのである.

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