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2006.06.20

50 昔の肩書を必ず付け日本の文化

マスコミなどでは個人名に必ず’元△△’’△△役’などとつける.政治家には10年間役職についていなくとも元△△と10年前の肩書きを付ける.一ヶ月程度の役職でも同じである.

サラリーマン世界でも’◇◇会社の・・’・・部長’など言う.新入社員も’□□大学から来ました・・・です’と言う.

どんな活動,仕事をしたか,なにが出きるか,より,どこの出身で,どの大学を卒業して,どの会社に入り,どんな肩書きを持ったかを重視する.60歳70歳の人にも学歴が書かれる.たかが数年いた学校など関係ないのだが

個人名に学校や所属,役職をつける風潮はそれで品定めができてプロフィールが分かるからだろうか.それらをつける事が失礼にならないからだろうか.

ところで,日本の履歴書は生まれたところから書く.米国の履歴書は現在から書く.過去より現在を重視する現れである.生まれ育ちに価値を持つ日本の感覚とは違うのである.

まさに日本の血統主義,村社会のDNAが肩書き,略歴,履歴書に現れているのだと思う.

そんな文化の中ではあるが,個人名に職業や所属や肩書きを必ず付けるマスコミ報道の風潮は再考してはどうだろうか.私見によれ,個人名だけを基本と考えるべきだと思う.

例えば交通事故等では職業を言う必要はないと思う.'教諭の△△が買春をした'も職業はいらないと思う.もし,意外性や公僕の犯罪を強調するのであれば,記事の中で言えば良い.常套句のように常に名前に職業や肩書をつける必要はないと思う.

肩書きや職業で名前を修飾し,それで品定めをするような社会の風潮は好きではないし,間違ったイメージを与えかねない.是非マスコミから是正して欲しいのである.

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