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2006.08.10

54 歴史認識問題の整理

終戦記念日で毎年繰り返される歴史認識問題や靖国問題の議論について,自分なりに、もやもやを整理してみた.

まず近代の歴史を簡単に整理した.

ヨーロッパ列強国のアジアの植民地化,アヘン戦争,日清戦争.欧米列強国の清国への侵攻,清朝の崩壊,日露戦争,朝鮮併合,等を経て,列強国の富国強兵競争の中で,日本はさらに,満州建国、盧溝橋事件,上海陥落,南京陥落と中国に侵攻し続けた.

国民党の蒋介石はドイツ、ロシアからの武器を輸入し世界世論に向けて日本の侵略行為を糾弾し,経済制裁を訴えながら,抗日戦争を展開した.蒋介石が上海を主戦場にしたのも国際都市であり世界にアピールできるからであった.上海陥落後、日本軍部の独断で首都南京の攻撃に向かい、全面戦争に拡大していく事になる.(日中戦争).

上海,南京陥落に日本は歓喜するも,日本の覇権拡大は国際非難,軍拡非難,,経済制裁(エネルギー制裁)と対峙する事となり,結果,米国との戦争に突入.ドイツのヨーロッパ戦線拡大とあいまって,世界が歴史上類を見ない大戦争時代を迎える事になる.

日本の敗戦後,抗日戦を戦いつつ,互いに対立関係であった共産党の毛沢東と反共産党の蒋介石がそれぞれ中国と台湾を分裂統治する事になる.又、共産国ソ連と自由主義国米国の覇権争いを背景に、ドイツが東西に分裂、朝鮮半島も朝鮮戦争を経て南北に分裂した.

日本は鎖国から開国に移り,明治維新後,富国強兵,列強国との対峙を旗印に,日清・日露・日中・大東亜と戦線を拡大し,軍国主義が強固となって行った.東京裁判でその軍国主義が断罪され,軍備を持つ力もない事もあって,新しい憲法によって,国際紛争に軍事力が使えない国になり,現在に至っているのである.

壊滅的焦土となった日本であったが,天皇を日本の象徴として残した事,行政機能が存在していた事,共産勢力の防波堤として米国統治であった事,賠償負担や軍事費用が軽くした事,国民の勤勉性が発揮された事、経済政策が効果的であった事,等によって、奇跡的な経済復興を成し遂げ、さらに世界の先進国,経済大国になったのである.

戦後50年たって,自由化の嵐が共産主義国を崩壊させた.ドイツは東西が統一された. ソ連は多くの国に分裂して行った.しかし、中国と台湾問題、南北朝鮮問題、中国、北朝鮮の民主化問題、日本の北方四島返還問題などは旧態依然のままである.この意味で極東は戦後状態のまま,東西の冷戦が氷解しても,現在まで,くすぶっているのである.

明治,大正,昭和と簡単な歴史を述べたが,重要な論点について所見を述べたい.

1.中国人,韓国人,日本人は相互に友好的になれるか

戦争の歴史とともに,中国,韓国の『反日の歴史認識』は国家・国民の認識として,国内で共有され,教育,政治,等を通じて,この感情を風化させない取り組みをしているのである.

日韓基本条約,日中国交正常化,などの締結で,未来志向の取り組みを進めても,問題がある都度,この認識が顔を出すのである.時には,政府の求心力を高める為に,反日のナショナリズムを煽ることも見受けられるのである.

この『反日の感情』は先の戦争も含めて,根本的には『類似民族同士の対立』が根底にある感じがするのである.

当,ブログで,国籍の決定方法に『血統主義(血統で国籍を決める)』,と『生地主義(生まれた場所で国籍を決める)』があると述べた.その中で,一つの仮説を紹介した.

血統主義は中国,韓国,日本がそうであるが,文化に対しては寛容だが,民族間の人間関係は排他的だと.他国で,チャイナタウン,コリアンタウン,ジャパニーズタウンを作る国である.しかし,他国の宗教や生活様式,あるいは料理等の文化は受け入れるのである.


生地主義は
人間関係は寛容だが文化に対しては排他的だと.多民族の人が住む国家であるが,宗教が排他的であったり,生活様式や料理なも,折衷する事はないのである.

この仮説によれば,血統主義は民族や国家間に政治が介入するほどナショナリズムが加熱し,イチゼロの民族の戦いに発展しやすいのである.この様に血統主義は血筋の継承を重んじる事から,本能的に対立するDNAが働くのかもしれない.従って,友好的な人間関係作りは難しい事になる.

一方,経済主体の交流は経済原理で動く為,比較的,血統のナショナリズムが入りにくい事から血統主義の国家間の関係は『政冷経熱』になると,仮設できるのである.

2.中国,韓国,日本国内で歴史の共通認識ができるか

歴史認識とは戦争をした理由,戦争でやった事,それらの評価,その後の態度,行動を認識する事だと理解している.

同じ史実を共有しても,その意味付けになると,方や侵略者,方や英雄と認識するように,歴史認識を統一する事は極めて難しいのである.

従って,『歴史認識を同じにしないと話し合いが出来ない』では何も出来ない事になる.これに,こだわり続けると,何百年も,『思考停止』状態になり,結果として,お互いが不幸になるのである.

一方,たとえ,激しい戦争を繰り返し,歴史認識が全く違う,国同士でも,長い歴史の中で,友好関係に発展する国は多くある.ヨーロッパなどを見れば,歴史認識の一致が全てではない事を証明しているのである.

国際社会は,戦争による歴史認識の対立はあっても,戦争のケジメとして国際裁判による戦争責任や損害賠償の決定,条約の締結,領有権の再定義,などが行われ,未来に足を向けて,歩んで来たのである.

勿論,日中,日韓の関係も,歴史認識が共有できない事を承知の上で,日中国交正常化,日韓基本条約,これにもといづいた,人的,経済的,交流,あるいは日本のODEを通じて,未来志向に足を向けて来たのである.

ところで,日本国内の歴史認識は中国や韓国の様に,自国は被害者,日本は加害者,と言った歴史認識に必ずしも立っていない.もっと多面的な要素があり,諸説が存在しているのである.戦争の総括が出来ていないとの批判を受けている由縁である.そこで,歴史認識に対する内外の諸説を自分なり整理してみた.

.中国,韓国,北朝鮮のナショナリズムから見た歴史認識

現在の日本の大国化を牽制し、今後とも日本を侵略、虐殺、の歴史の鎖にしっかり繋いで置きたい、風化させない、損害賠償をいつまでも要求し、これをテコに交渉力を高めたい、自国のナショナリズムを維持していきたい、と考えるのが,中国や韓国・北朝鮮及びそれを指示する反日勢力の日本への歴史認識である.

東京裁判,サンフランシスコ講和条約,日韓基本条約,日中国交正常化,等で戦争のケジメはついていないとしているのである.又,戦争責任は無条件降伏するほど,焦土となった事で軽減されるとは思わず,日本の惨禍は自業自得だとしているのである.

.日本のナショナリヅムからみた歴史認識

日本を一方的に悪とした東京裁判の認識を否定し、戦勝国も含めた戦争の精査を行い、日本人の自立心、正等性を少しでも取り戻したいとする考え方をとり,単純に自己批判する事に反対する国内勢力の意見.

ドイツの戦争責任とは全く違うとの考えで、特に東南アジアの欧米からの植民地解放、ロシアの条約違反、北方領土侵略、シベリア抑留、米国の主要都市への空爆,沖縄掃討作戦,原爆投下などの言及もあわせて総括すべきとしているのである.

300万人の戦争被害者,戦没者の事を思えば,戦争の大義や意味を訴えないと,浮かばれないとする心情が働いているのである.

.東京裁判,サンフランシスコ講和条約から見た歴史認識

戦争裁判やサンフランシスコ講和条約は戦勝国の一方的な主導であるが,一つの戦争のケジメとして捉える考え方である.日中国交正常化で周恩来が述べたとおり,戦争責任は軍国主義を進めた指導者にあって,日本国民には責任がないとする責任分離案に近い考え方である.ドイツの戦後処理も同じ様な戦争責任論をとったのである.
この考え方は,歴史認識として,サンフランシスコ講和条約,東京裁判を認めたうえで,戦後の日本の外交、政府見解、経済発展等の現在までの取り組みを踏まえて,未来志向で考えようとする現実派の意見である.
この考え方は,戦勝国の認識を認めることから,曖昧な部分は,あえて言及しないか、決着済みとするか、必要があれば,その都度,見解を付け加える,といった対応を取る事になる.

そんなわけで,国家間,或いは,国内でも歴史認識は一致しいない問題なのである.歴史認識は色々あるとしたうえで,現実的な取り組みをする方が建設的だと思うのである.

3.認識の差異がある中で、中国,韓国、との外交、国内政治をどうするか

まず,国家間で歴史認識が違うからといって、その事を外交カードにしたり、交渉を拒否したり,交渉開始の条件にしたり、する事は辞めなければならない.

小泉首相に対し中国が’靖国に参拝するな,参拝するなら首脳会談を拒否する’の姿勢で,結局,首脳会談が開催されていない.速やかにこの中国の姿勢を撤回すべきだと思う.

一国の総理の行動を規制すべきではないし,軍国主義を顕彰する態度だと批判する事も時代錯誤である.戦前の日本に対する歴史観が依然と頭にこびりついているか,歴史的反日思想,反日教育の手前,言わざるを得ないことなのかも知れない.

この中国の姿勢は,自国の反日感情を高める為,日本の混乱を助長させ影響力を強める為.自国のナショナリズムを高め政権維持に使う為,としか写らず,きわめて未成熟な態度と感じる.これが続くなら,血統主義の性格に立ち返った外交をするしかないのである.

日本の戦後外交は謝罪外交,弱腰外交,援助外交と言われているが,これに乗じたような外交カードは日本の外交や国民の意識を敵対的方向に変える可能性もある.意見が違っても外交の門を閉めてはならないのである.政治家は歴史認識を議論するのではなく、具体的政治案件について対策を協議すべきなのである.

現実に、歴史認識が違う米国とは友好国である.又、ロシアの北方領土問題、シベリア抑留問題、中国の人権言論問題、共産主義や一党独裁、軍拡等の問題があっても、日本は外交の門を閉ざしていないのである.歴史認識より現実の問題解決や双方の利害調整の為に外交が存在していると考えるからである.

国内での歴史認識の差をどうするか.

まず歴史認識の象徴として靖国神社への参拝問題がよく議論される.私見によれば、A級戦犯の論議がどうあろうと、合祀の賛否がどうあろうと、参拝しようが,しまいが、慰霊の相手が戦没者全体であろうと,親族であろうと,慰霊の気持ちがなんであろうと、たとえ、戦時中の国家神道を顕彰する意図があったとしても、自由なのである.

靖国神社は今や一宗教法人であり、信教、言論の自由の中に存在している.政治家、政府首脳も政教分離のもと、参拝は自由である.従って、靖国神社参拝は個人的な行為であり、国家レベルの歴史認識問題とは直接関係ないと思う.靖国問題を議論している人達は現在も靖国が何百万人の戦没者を祭った国家神道の神社であると無意識に思っているふしがある.

一宗教法人の靖国神社と参拝者に対し、信教の自由,思想言論の自由,政教分離の原則が守られている事が大事である.天皇・皇室と靖国神社の関係も、今や、靖国神社に国家神道の役割りはないのだから、天皇と靖国の間で神事として自由に考えて良いと思う.又、国家として慰霊の碑を作るべきかどうかは靖国神社とは関係ない議論だと思う.単純に割り切り過ぎているだろうか.浅学の理屈だろうか.

次に日本の歴史教育で歴史認識の問題をどう取り扱うかの問題であるが、まず現代を遡る形で、歴史の勉強をすべきである.いつも古代から始まるやり方を変えるべきである.

史実やその理由、責任等に諸説があるならば併記すべきである.バランスをとるという考えではなく、考え方がいろいろある事を学ばせる為である.同時に近代史の勉強にもっと時間を割くべきである.国家に都合の良い歴史教育に偏重する考えもあるが、国際化時代、情報化時代、成熟社会にはなじまないと思う.

歴史認識の差を無理になくす事より、差があった方が社会としては健全である.偏った歴史認識で世の中が間違った方向に行く事や国家間の信頼を損ねてはならない.国民の知識、考え方を豊かにする事も大事である.知識人,マスコミも正確な差の掌握と,言論が必要である.

中近東地域の歴史認識問題を言い始めると2~3千年くらいの歴史が必要になるし現在も戦争が続いているが歴史認識を関係国が共有することなど無意味と思うくらい不可能である.

日本は島国である事,長い鎖国時代があった事から近代の国家間の歴史は開国から、たかが150年くらいである.明治、大正、昭和、平成の歴史を記述した書物は多くあると思うが、戦後生まれの日本人はほとんど知っていない.この期間だけの高校生向け歴史教科書を中国、韓国、日本の識者が執筆したらどうだろうか.勿論対立する認識があれば併記する事になるが.

以上,歴史認識問題のもやもやを整理しようと試みたが,すっきりには程遠い感じもする.

宗教、民族、思想、国益などの価値観で政治が行なわれ、歴史を刻んできた.立場の違う者が歴史を共有する事はほとんど不可能に近い.又、その時々に多くの葛藤があったに違いない.’そんな馬鹿な’と現在の物差しで昔の歴史を批判できるものでもない.戦争になれば大義の旗も、思想統一も、非民主的行為も、戦場の恐怖からくる非人間的行動も起こる.歴史を単純に外野席から評価出来るものではないと実感する.

時間とともに、世代とともに過去の非は忘れず、過去の非を攻めず、現在.未来を考える事が現代を生きる生き方のように感じる.日和見的な部分があっても仕方がないと思う.

願わくは、国家やナショナリズムの壁が低い世界を望むのである.戦後の復興を願った国体の県別対抗の意味が少なくなって来たように、成熟社会の国際試合も国別よりクラブ別試合が、産業・経済もボーダレスが望ましいと思うのである.

『経高政低』を世界の政治家の目標にして欲しいのである.勿論、『政低』は政治力が低い事ではなく、政治案件が少ない事である.

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