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2006.09.28

61 B型人事の特徴

血液型でB型の人は人気はあるが,興味,アイデア,行動は断片的,重点的になる,との特徴があると言う.突出したところが人気につながり,人気のある歴史上の人物にB型が多い気がする.

さてこのB型の人が人事を決める時,この特徴が現れる.興味のあることに波長の合う人物をアサインし,それ以外は好きに決めたらと言う感じになる.時として,人物中心の人事判断の為,組織の整合性が取れなくなる場合がある.組織体制にはあまり興味を示さない.特命やせいぜいタスクフォース,ワーキンググループの編成までである.横断的に動くことを好む傾向がある.

このB型は論理的なA型人間を好まない.しかし,相性で言えば,B型とA型は腐れ縁だと言う.お互いに波長が合わないが,離れられない間柄なのである.

従ってB型のトップにはA型のスタッフが必要になり一点突破のB型と前後左右の整合性をとるA型でバランスをとることになる.人事で言えばB型の発想を軸に全体の整合ある組織をつくるのはA型と言うことになる.

さて,B型の安倍総理の人事を見ると,人物中心の入閣人事に違いない.その分,行政ラインの大臣,副大臣,官房の大臣副大臣,横串の特命大臣,副大臣,首相の分野別補佐官,さらに党の組織がからみ,組織論で言えば整合性がとりづらくなり,こんな問題をどの組織で誰が責任者なのか見えなくなるのである.

寄ってたかって議論し,結局は人物中心に動く事になりそうである.これに,与党内の組織との調整,整合を考えると余程,切れ物のA型人間がホローしない限り,船頭多くして,決まらないか,多大な労力が必要になりそうである.この状態で官僚がA型の役割を担うと,整合の名のもとに,結局,官僚主導にされる.

あるいは,船頭ガ多いと,政策立案のエネルギーより,調整,整合のエネルギーが大きくなり,結局,全部,総理がさばかざるを得なくなる.挙句,閣内,党内のプロセスで生煮で残ったり,対立を残したままになりかねない.組織論より人物を中心に人事を行った時のリスクである.

今回の官邸主導は大いに結構だが,官邸内や与党,国会のデシジョンプロセスがどうなるのか非常に興味がある所である.

これらのことは,企業の組織人事でも同じことが言えるのである.

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2006.09.26

60 必然と偶然を見極める目

成功が必然だったのか,偶然だったのか,失敗が必然だったのか,偶然だったのか,を認識する事はきわめて重要である.特に失敗が必然であったとすると,本質的なことにメスを入れない限り,何回も失敗を繰り返すことになる.勿論,

'成功は必然,失敗は偶然'であって欲しいのは当然である.さて,

先の戦争での敗戦,日本の脆弱性を露呈したバブル経済の崩壊,,崩壊後の対策が10年間迷走した,世界の冷戦体制が崩壊し,新たな秩序に向けて紛争が起こった,大義名分のもとで不正が起こる,企業の倒産や業績不振,国家財政が危機,借金だけ残った効果の無い公共施設,など

ほとんどが偶然に起こったことではなく,必然で起こっている.偶然で無い限り,防げるはずの失敗と言わざるを得ない.

しかし,どうやら,人間は必然的に起こるであろう事に未然防止の手を打つ事がきわめて苦手であると言わざるを得ない.この苦手を直さない限り,同じことを繰り返すに違いない.

政治家や経営者の資質はこの必然的に起こる悪い事態を認識し未然防止を図る能力を有する事である.言い換えると,予知能力である.予知能力はリスクの回避や成功に向けた意思決定に,きわめて重要な能力である.

この予知能力は誰しもが持ち合わせている能力だと思う.しかし,それが発揮されにくい理由がある.事実を知らなかったり,無関心であったり,経緯や立場であったり,見栄であったり,目先の利益に走ったり,損切りが出来なかったり,勇気がなかったり,である.

又チェックポイントを持たない事も予知のチャンスを失う.予知できても手が打てない場合もある.結果,行くところまで行ってしまうのである.地獄を見ないと直せない,ならまだ直すチャンスがあるが,現実は地獄を見たら終わりなのである.

企業で大事なことは,成功が必然なのか,偶然なのか,検証することである.必然なら,それをさらに伸ばす事である.もっと大事な事は失敗が必然なのか,偶然なのかを検証する事である.

必然なら徹底的にその原因を追究し,対策を打たなければならない.必然的失敗を個人の問題で片付けたり,偶然のアンラッキーとして蓋をする事は絶対避けなければならない.必然的失敗の要因を認識し,改善しない限り,成長しないし,いつか致命的な問題に遭遇する事になる.結局,そのような企業は予知能力が無いことになる.

国であっても企業であっても,起こってしまった過去の失敗を繰り返さない為に,その本質的原因がナレッジとして共有されているか,対策が打たれているか,が成長の決め手となる.対策が不十分であっても,原因が認識されていれば,回避したり慎重にする事ができる.

’成功は偶然,失敗は必然’の状態を認識し,徹底的に排除しなければ,’成功は必然,失敗は偶然’に近づかないのである.

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2006.09.21

59 程遠い2大政党(形だけの小選挙区制度の危険)

’我が国を小選挙区制度による政権交代可能な2大政党政治体制にする’との大儀には賛成するが,いまだ政権交代可能な2大政党が存在しているとは言い難い.制度が先行している状態である.その意味で,極めてリスキーな政治体制が続く事になる.

現在,存在しているのは与党と野党の2大政党である.政権交代可能な2大政党とは国の基本にかかわる考え方や政策を共有している政党でなければならないと思う.その上で発生する多くの課題を論じて欲しいのである.政権の変わるつど,そもそも論から対立しているようでは,将来に向いた対策が打てないのである.

日本の現状は憲法,安全保障,社会保障,など政党間の共有がなく,まだまだ国の基本的政策が揺れ動いている.この状況で政権交代を唱える野党も無責任である.

断片的な主張や揚げ足取りは,単に天下取りの野望に見える.なりふり構わぬ選挙活動に政策不在の不安を感じる.政策・政党の選択を期待した小選挙区制が勝ち負けだけの競争手段になっている感じがする.

これでは日本の抱える難問対策に国民不在を招く事につながる.国民も政策ではなく人物を選ぶ度合いが強ければ、政策とのアンマッチも起こる.小選挙制度を作ったが、中身がプアと言わざるを得ないのである.例えば,’我が党には,いろんな意見があり、幅広い政党だ’とよく聞くが,小選挙区制を全く理解していない証拠である.国民も政党を選べないのである.

早急に取るべき道は日本の基本政策を軸に政党再編を行うべきだと思う.これなくして,政権交代可能な体制は作れないと思う.選挙事情とか,政治資金とか人間関係で政党に所属しているようでは,小選挙区制度は権力闘争の勝ち負けを決めるだけの制度になる..

ところで基本政策を共有した上で,日本の2大政党はどんな対立軸で分かれるのだろうか.安定的な分割は’個々の政策’より’政党・政治家の性格’によると思う.その性格は保守,新保守,リベラルに分かれると思うが,これを軸に政治家をガラガラポンしてはどうだろうか.

余談だが,物事の見方,考え方を徹底的に追及していくと,3つに集約される,『真理は三つある』,と言うのが私の自論である.坂道を例えて言えば,立つ位置によって,①登り坂だ②下り坂だ,地球規模で言えば③平坦だ,と言う主張が出てくる筈である.決して登りか下りの2択ではなく,3択の方が究極の選択になるのである.

日本文化で奇数にバランスを感じるのも,この事と関係しているかもしれない.この仮設の詳細は省略するが,これに従えば,政党は2大政党ではなく,3大政党に集約される筈である.従って,選挙は2択ではなく,新保守,保守,リベラルの3択が望ましいと言う事になる.

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2006.09.20

58 大学の課題と対策

過去に駅弁大学乱立に際し,大学亡国論が叫ばれた事があった.ここにきて,その心配が真実味をおびてきた.若者が熱っぽくないのは大学に原因があるのかもしれない.大学亡国論が言われるのは裕福さが人間を堕落させるから,かもしれない.

学生はアルバイトに明け暮れ,挙句に,ニート予備軍になる.公立大学は独立法人化で産学連携を唱えながら補助金の確保に必死である.私立大学は一貫教育と言う青田刈りで学生の確保にやっきである.下手をすると大学4年間(学生200万人くらいか)は国家損失になっているかもしれないのである.

改めて,今,大学がやるべき事は研究と教育を分離し,人材育成へ回帰する事である.

学生はローンを組んででもアルバイトをやめ,勉学に専念すべきである.自己教育投資は決して損は無いのである.就職面接で,大学でなにを学んだかを問うた時,圧倒的にアルバイトを通して社会勉強をしたと答える.次に多いのがクラブ活動でリーダーシップやチームワークを学んだ,とかと言う.学業で学んだ事は出てこないのである.

大学はどんな人材を育てるのかマニュフェストを作り公言し,それに応じたカリキュラムを実行すべきである.これが大学の特徴につながる.当然,教科の利権状態を打破すべきである.地方の大学は天下りの受け皿から脱しなければならない.

又,大学は生涯教育やインターネット大学などの機能も持つべきである.何よりも先生の教育への情熱が不可欠であり,大学の知名度より,先生自身の知名度が大事である.

その結果,淘汰される大学や先生があっても問題がない.むしろ大学が多すぎるのである.人材を育成できない大学は大学ではないし,むしろ社会悪だと認識すべきである.卒業に値しない学業成績者に卒業証書を出してはならないのである.学生にも厳しく接するべきである.

少子時代,大学進学率が50%を超えてきたが,大学の経営の為の受け入れ競争の結果であってはならない.進学率の上昇が,ニート予備軍の増加につながるからである.大学改革が人材開発に向かって欲しいのである.その取り組みが本業であり,大学存続の決め手だと思うのである.

一方,高額の入学金,授業料を取って,裕福な子弟を預かり,キャンバスライフを楽しむだけの大学があっても良いかもしれない.その大学,学生が納得しているなら,どうぞご自由にである.

そもそも大学の増加や進学率の上昇は職人や就労人口を減らしてきた.この際,職人の増加に国全体が動くべきだと思う.特にブルーカラーは大学,専門学校の区別が不要なのかもしれない.高校卒業後の教育について,抜本的な改革が必要なのかもしれない.

私見によれば,大学の数の縮小である,10%くらいの進学率でよい.勉学は生涯学習が望ましい.職人や就業人口の拡大,少子化の防止にもなる.

学ぶ,好む,楽しむ,の仕事人生を歩んで欲しいのである.有意義な人生が国の繁栄にもつながる.明治維新で個の自立が叫ばれたが,残念ながら一般大衆にまで広まる事はなかった.今こそ実現したいものである.

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2006.09.17

57 広告収入が支えるネットサービスのリスク

ネット広告サイトは民放テレビと同じように,視聴率(アクセス)を高めるべく,多くのサービスを無償・有償で提供している.検索やブログのように,今や,なくてはならない機能として,何千万,何億の人に定着している.

一方,利用者の方から見ると,バナー広告やリステング広告はほとんど見ない,又,ネット広告の新たな方法として,何万,何十万ヶ所の個人サイトに広げ,成功報酬で広告料を払う仕組みが急速に広がっている.こちらの方が視聴率が上がる可能性があり,確実に大手の広告サイトの収入が減少するはずである.

この事から,はたして広告収入を当てにした大手の広告サイトのサービスが今後とも成り立つのか疑問を感じる.現在,ネット広告の収入が増加しているが,しだいに,ネット広告サイトは下火になると考えられる.楽観的に見ても,いつまでも存在し続けるわけが無い.

広告収入をもとに,現在,検索やブログやホームページ,あるいはショッピングのサービスが行われているが,広告収入が衰退すれば,日常生活に不可欠になったサービスが受けられなくなる可能性がある.テレビ局の衰退とは,わけが違う影響が出る.

具体的に調べていないが,法的にも,このリスク対策が必要だと思う.サイトがグローバルなだけに,国際的な検討も必要である.あるいは,利用者責任として扱かわれるのだろうか.ネット社会の多くの問題の一つとして,対策が望まれる.

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2006.09.07

56 緊急を要する天皇家,宮家の継承問題

日本の天皇家,宮家は男系男子で引きつがれている.世界に類をみない日本の伝統である.それゆえに,いつの世でも,日本国民は,権力や武力とは無関係に,錦の御旗として,国民の象徴として,特別の存在として,尊敬し,礼を尽くしてきたと思うのである.又,皇室の国民を思う気持ちや,伝統的な日本文化を守る気持ちは,ゆるぎなく現在に至っていると思うのである.

よく,男系男子は男尊女卑だとか,男女平等に反するとか,と言う人がいるが,そう言う問題ではないのである.簡単に男系男子の意味を説明するとこうである.

親子の関係をたどると,家系図になる.その中から,男子だけたどると,『種』の系統が出来る.これが男系男子の系統図(血統図)である.この血統図に上に宮家や天皇家が存在しているのである.一方,女性の子をたどっても,いろいろな男性の子になってしまい,種の系統が作れないのである.ようするに男は種,女は畑なのである.

男系男子の伝統を守る事によって,皇室に対する尊敬の念が生まれるのである.しかし,男子の誕生が無い現在の皇室は,いずれ、宮家も天皇後継者もいなくなってしまうのである.

そこで,今考えられている案は,一時的に皇室を存続させる為に,結婚後も『一代に限って,女性天皇,女性宮家を認める』,との案である.その夫及び子供は宮家を継げないとする案である.しかし、一時的な延命であって,継承者を増やす事にはならないのである.過去の女性天皇は一代限りに存在していたのである.

もう一つの案は,マッカーサーが廃止した旧宮家に男系男子が存在していれば,宮家に復活させる案である.その男子を現宮家に養子縁組させる方法もある.皇室典範の変更もほとんどないし,実現的な案かも知れない.

 

あとは、皇太子が側室に男子を産んでもらう方法しかない.長い皇室の歴史では,側室の子が天皇になったケースが多いのである.はたして,この方法が許されるのか,議論が必要である.又.,現代風に考えれば,念のため,男性の精子を保存しておくことも必要かもしれないのである.

そんな折、2006年9月6日,秋篠宮誕生以来41年振りに、秋篠宮家に悠仁親王が誕生したのである.日本国中、喜びと安堵に包まれ、これまでの皇室存続論争が急速に下火になったのである.

しかし、皇室存続問題は解消されたわけではないのである.今のままでは,皇室は悠仁親王一人になるかも知れないのである.その事を念頭に置いた皇室存続の対策が必要なのである.

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