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2006.11.17

67 談合問題(再)

1年前の当ブログで談合問題の本質が発注者・買い手側(役所側)にある事を述べた.再度,この視点で指摘したい.

買い手に適正価格の判断能力があれば、談合があろうと,なかろうと,予定価格に対する契約率が高いと思うなら,買わなければ良い.買ってから,高く売った売り手に文句を言っても始まらない.あるいは安く買いたい意思があるなら,予定価格を落とせばよいのである.

普通,’安く買いたい’と’高く売りたい’の拮抗が取引に発生するわけだが,高く売りたい企業の論理は当然だが,はたして’安く買いたい’と言う意思が役所側にあるかどうかが本質的な問題になるのである.この問題を避けて,売り手の価格競争だけに依存する考えは役所の無責任体質の表れだと思う.

議会を通ったアバウトな予算内で,事務的に競争入札し,業者・価格を決める役所のやり方は,談合で高く売る力学が入り込むばかりか,最低応札価格が高いのか安いのか分からないまま買う事になるのである.競争入札をするにしても,適正価格の判断能力,コストダウンの改善工夫能力が買い手には必要なのである.

さらに,公共事業投資には経済政策(金のばら撒き)の意図がある.効果追求や安く買う意思より,税金をできるだけばら撒く政策である.

談合以前の公共事業そのものの問題であるが,競争入札は形式だけとなり,談合してでも高く落とす事が政策に合致する事になる.まさに役所は予算を事務的に執行するだけで良いのである.

これでは役所の価格判断能力も安く買う意思も不要であり,企業間談合や官製談合の入り込む土壌になっているのである.

このように,談合問題は,談合行為そのものの問題より,買い手である役所に本質的問題がある事を認識すべきなのである.談合問題が出るたびに,それをチェックせず購入している買い手の責任が問われない事が不思議である.認可や監督・検査の責任を問われない事と類似している.

役所には,お上意識と保身意識が強く働き.決して責任を取らない,賢い仕組みで出来ているように感じる.なまじ責任が伴う専門能力など役所には不要であり,専門的な事やリスクは全て外部に丸投げする体質、仕組みが多くのムダの温床になっていると感じる.

プアで無責任な買い手に税金の使途をゆだねている事が本質的問題なのである.

民間では高く買ったからといって売り手に文句は言えないのである.買った側の問題となるのである.公共事業を高く買ったとしたら、高く売った業者が悪いのではなく、高く買った役所の問題にならなければ、理にかなわないのである.

責任を問う事から適格な購買行為が育つのである.官製談合も業者談合も買う側の能力と責任で対抗できるのである.巨額の購買部門の責任はきわめて重いのである.

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