« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006.12.31

73 日本の分水嶺 2007年

バブル崩壊によって、高度成長下で許容された制度、仕組み、価値観の脆弱性が露呈.そんな中で,いくら積極的な財政出動をすれどもデフレ脱却ができず借金のみ残して来た.

この10年間の漂流の後、ゼロ金利政策、銀行への公的資金投入,不良債権処理、預金から投資へのシフト、政治・産業構造改革、価値観の見直し、が徐々に進められ、何とかデフレ経済から脱却.経済も上向き状態になった.2006年は資産バブル崩壊後の再生の年であったと,言えるかも知れない.

一方、国家財政問題、少子高齢化問題、社会保障問題,安全保障と憲法問題、防災問題、公共事業の選別問題,行政の無駄遣い問題、行政改革問題、年金・医療・社会福祉問題、少年犯罪問題、低金利問題、就職問題など,依然と難問が山積みである.

又、規制緩和、競争原理、市場主義、個人主義、自己責任、効率重視、情報化社会、等と伝統的日本文化との葛藤問題もある.

2007年以降も,このような深刻な問題に取り組む事になるが,高度成長期とは違う,たな価値観でスキームを作り、活力を発揮しなければならないと思う.その意味で,2007年は日本の行く末を占う、歴史の分水嶺に当たる年だと思う.

この新しい価値観,スキームで大事だと思う事は,『いかに競争と和の分離共存の世の中を作るか』だと思う.これが国作り,活力の原点になると思うからである.

競争と和の共存の問題は,当ブログでも述べているが、厳しい競争の世界と福祉,地域、家庭あるいはボランティア、宗教、ナショナリズムと言った和の世界を,いかに共存させていくか、言い換えれば、経済的合理性と精神的合理性の共存の問題である.

ポイントはこの二つの世界の共存の仕方である.足して2で割った様な中途半端な従来の混在共存から,これを分離共存の形に変えて行く必要があると思う.政治思想的に言えば新保守主義の考えに近い発想かも知れない.

法制度にも,日本の風土にも影響が出ると思うが,国も企業も個人も,この二つの価値観をそれぞれ徹底し,使い分ける事で,新しい活力ある社会を切り開きたいのである.ラクビーで言えば,激しいぶつかり合う競争の世界とノーサイドの和の世界があるイメージである.

2007年はバブルとともに崩壊した'日本的社会主義’や’もやっとした国家’から’競争と和によるクリアーな,すっきりした国家’に向かう年になって欲しいと思うのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.25

72 6カ国会議の行方

北朝鮮の核・ミサイルの放棄を要求する5ヶ国と、脅威排除、金融制裁解除、経済支援を求める北朝鮮がテーブルについた.

現在,北朝鮮に対しては,国連の核実験に対する経済制裁決議や北朝鮮のドル偽造、麻薬、拉致などの2国間問題もある.現在のところ、6カ国協議は交渉の前提条件で並行線をたどっている.持久戦の様相である.

日本は核・ミサイル問題に加え、拉致問題も6カ国協議の場を通じて打破したいと思っているがテーマが違う理由でテーブルには乗っていない.6カ国協議の枠組を越脱して、日本独自の行動も取れない.

核・ミサイルの凍結もしくは廃止と,これに対応した経済支援が,もし合意された時,日本が拉致問題を抱えたまま,これに同意するかどうかが,大問題となる.日本が合意しなければ,6カ国合意がつぶれる事になる.からである.経済支援に同意するにしても,拉致問題が消えないように,条件を付けなければならない.

北朝鮮は国際世論に従って、民主国家への転換、核の放棄、国際社会への参加、2国間の問題への取り組み,を行う事は何の損失もなく,むしろ北朝鮮にとってきわめて有益である.

何を突っ張っているのだろうか.60年前の時代認識で突っ張っている事に意味があるのだろうか.国民生活を貧困に追い込み,自由を奪っているだけである.世界の救済の手を受け入れて,国民を苦悩から救うべきである.

突っ張ったままでは,歴史が示すように、軍事独裁国家は戦争か国民の発起で崩壊する.戦争を回避するならば,国民の発起とレジューム転換だけが残る手段である.

ならば、もし交渉が決着して、軍事独裁国家を残す事になれば、北朝鮮の国民にとっても、南北統一にとっても逆行する事になり、民主国家への道が遠く.この意味で交渉決裂はむしろ良い事かもしれない.

こう考えると、一刻も早く、北朝鮮の民主国家への歩みが始まる様、在日の人々や韓国と協力して、対策を講じる方が重要だと考える.

あるいは,経済支援と引き換えに核を抑制した上で,レジーム転換を仕掛ける作戦か.

いづれにせよ,戦後の極東は南北朝鮮問題、日朝問題,日露領土問題,中国・台湾問題、など歴史が凍結したままである.戦後処理は終わっていないとも言える.東西ドイツの統一、ソ連の崩壊、などと比べれば、政治の問題は大きい.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.22

71 税調会長辞任劇

本間政府税調会長の官舎利用に対し、①官舎等国家資産のムダを指摘していた者が官舎を利用している②さらに常勤ではないのに経済諮問委員の時から官舎を利用している③交際中の女性と同居している 事がけしからん.税調会長にふさわしくない.としてマスコミ、与党、野党のバッシングを受け辞任した.

改革・反増税の論者であり、増税派の行政・政治家の圧力や野党の任命責任を攻撃材料にしたい思いが辞任圧力として働いたように感じる.

選挙で選ばれていない要人は'ふさわしくない’との攻撃を受けやすいく、政治家には、この種の問題は出てこない.辞任すべきとした政治家の意見を聞いてみたい.

私見で言えば、該当部門の許可を得て入居しているわけで、本人には、なんら問題がない.問題とするならば許可をした側である.

官舎に入居している者は官舎のムダや税制を論じる資格が無いと言うのもおかしい.官舎に入居している政治家は行政のムダを主張する資格が無いと言っている様なものである.新築した議員宿舎に誰が入居するか見ものである.又、高額所得者、資産家も税制の議論が出来ない事になる.問題だとする人に論理性が見えない.税を論じる人のモラルの問題だと言うにしても、政治家や公務員に逆に問いたい.

任命権者の総理も、任命責任を避けたい思いから、辞任の必要はないとしながらも、本人からの辞任表明があると、すぐ受け入れる.意思や見解が無い.任命責任を回避し、逆風を早く収束したいだけの対応である.

とにかく、問題があるのか無いのかはっきり主張する政治家は見あたらない.当ブログで一貫して主張している事だが、国民もマスコミも政治家も、もっと論理的に筋道を考える風土が必要である.理屈を屁理屈と言って、耳を傾けないどころか、協調性がないとして村八分にする.こんな島国根性は直さなければならない.

この問題にかかわらず、論理的思考の欠如が日本の最大の欠点だと思う.この欠点は立論力を弱め、不安や矛盾を増大させる.理論や主張より、魑魅魍魎の世界を泳ぐ、選挙に勝つ事しか考えない政治家ばかりになる.

今回の辞任劇も、立論力、説得力より’事なかれ主義’’島国根性’の本性が丸見えになった.これでは、これから内外で増大する難問に、とても対峙できないし、政治は三流と言われても、しかたないのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.12.16

70 道路目的税問題

揮発油税(ガソリン料金の45%、年3.5兆円)等の道路目的税の取り扱い方が先送りになった.財政難の中で,三つの主張がある.(高速料金収入の額,使い方についての議論はあまり聞こえないが)

①今後も道路拡充が必要であり特別会計のまま継続すべき
②一般財源化し、道路建設は一般会計で審議すべきだ
③いったん終了し,新たに考えるのが筋だ

この議論の根底には,財政危機を横目にして、道路目的税にかかわらず,特別会計の治外法権の中で収入を好きな様に使って来た事への反感がある.又、そこに族議員や業界の利権が根付き、無駄な事をやる温床になっているとの指摘がある.

この問題提起が正しければ,①はありえない.道路が必要というなら、福祉など全体の要求と比較して決定すべだとする②③の案になる.経済復興時代の社会資本整備を進める目的は終わったとの認識も①案が難しい理由として挙げられている.

そこで②③であるが、揮発油税(ガソリン税)を廃止し、改めて税を制定する考え方が論理的である.目的を定めない消費税と考えるか、エネルギー対策、環境対策、防災対策あるいは社会福祉対策などの目的を定めた財源として、改めて税率を考えるか、である.大きな財源だけに広く議論して欲しいのである.

ついでながら、税制について本質的な話をするならば、税金は広く集めて優先度に応じて使用先、額を決定し使われる.反面、長期に渡る重要な事業で、安定的な財源を確保する必要性がある場合、他に使われないと言う納税者の納得の上で、目的税があるのだと思う.

政治の税の使い方に不信感が強い場合、目的税の方が安心かもしれない.さらに言えば、いくつかの目的に対し、納税者が選んで納税するほうが良いかもしれない.寄付は究極の納税の仕方かもしれない(日本では寄付は納税と見なされないが)

税制度の議論で公平性がいつも問題になるが、もっと重要な事は使われ方への不信感をいかになくすかである.使い方の評価、透明性がなければ、いかなる税制度も税の精神も無意味になる.税制を議論する前に、是非この制度の議論が必要である.形だけの民主主義、政策不在の選挙では、この不信感を一掃できないのである.

手始めに、効果がなく借金返済だけが続いている食い逃げの公共事業はどれか、国・地方の借金のうち、どれくらいその借金が占めているのか、その当初の計画内容がどうであったのか、立案・推進・決済者は誰であったのか、の公表は少なくとも納税者に必要である.

税金をどうやって取るかの前に,どう効果的に使うか,その効果はどうだったのか検証する制度が先である.政治に信頼がなければ,税は国家権力による略奪になる.

今後を予想すると、先送りは①の弊害を温存するだけの悪手である.復党決定も、道路財源の問題の先送りも、改革の続行どころか自民党の先祖帰りを象徴した動きだと感じる.

安倍政権は憲法改正、安全保障強化、に向けた勢力の拡大が目的だとすると、改革による党内の摩擦を避ける力学が働き、改革のエネルギーは抑制される.憲法改正を人質に守旧派の勢力が復活する.

まさに自民党の保守と言う先祖帰り現象がこれからも起こるはずである.改革は頓挫の方向に行く可能性がある.元来,阿倍総理は保守的,復古主義的性格を持っているようにも見える.

小さな政府、効率の追求、規制緩和、財政再建、行政改革、特別会計改革など何処に行くのだろうか.憲法改正問題とは別の問題なのだが.

政治とはまマニフェストではなく、政策の取引で成り立っている事を新ためて実感する.今後,難問が多く発生するだろうが,問題ごとに政党内でも賛否が割れる事態が起こる.

政策・主張を重んじるなら離党や再編が起こるはずであるが,現実には重要と思われる政策を通す為,選挙,選挙組織,政治資金を維持する為,に政策の妥協・取引が起こる.結果、マニュフェストが宙に浮き、小選挙区にふさわしい政党への進化が退化するのである.

やっぱり、わが国の選挙は,人物,利権,地元貢献,等で代議士を選ぶ事であり、政策で政党を選ぶ政党政治には,遥かに遠いのである.政党は政治資金を得たり、代議士の保身機構かも知れない.

10年後を予想すると、行政は肥大したまま、借金で首が回らなくなり、税負担も限界になり、要介護高齢者や老老介護の社会的支援が薄くなり、経済力は急速に低下し、生活レベルも途上国に追い越され、一流企業や人材の海外移転が当たり前になり、義理人情が最も大事な価値観になる.

こんな事態を気にしなかった守旧派と言う勝ち逃げ族は既にこの世にいない.そういうシナリオを歩み始めた感がする.

こうならない為に、国家の基本政策を共有した上で、保守派と改革派に政党が再編されるべきである.小泉改革はその第一歩であったと思うのだが.

道路目的税先送り(温存)の気配があるが,本当の民意なのだろうか,政治屋の道具になっていないだろうか,今後の政権を大きく左右する事案である.

.

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »