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2007.04.29

95 強まる『すっきり』への欲求

人間の性格や文化には

①'もやっと’の状態でも許容できる性格,文化
②'すっきり’しないと気が済まない性格,文化

が存在する.それ故,夏目漱石ではないが’理は角が立ち,情は流される’事が発生する.農耕民族文化と狩猟民族文化,縦社会文化と横社会文化,和の文化と競争の文化,精神的合理性(情)と経済的合理性(理),などの葛藤は,この二つの性格・文化に起因していると思う.

ところで,’もやっと’に偏っていると矛盾や問題の解決が停滞し,社会の活力が失われて行く.かと言って’すっきり’は其の実現が難しかったり,精神の荒廃などの問題がある.しかし,論理性や合理性の追及,あるいは競争によって,②が①を駆逐する事になる.

特に,複雑化・多様化・国際化,あるいは財政問題,安全保障問題,社会保障問題,等,大きな問題は’もやっと’のままでは動きが取れなくなる.’もやっと’しているうちに立論力や決断力が低下し,政策を打ち出せない事になりかねない.そんなわけで,今,’すっきり’しようとする機運が強まっている様に思う.

この’すっきり’願望は,’もやっと’に対する危機感から来るが,'すっきり’出来ない’もやっと’状態への苛立ちとも取れるのである.

例えば,典型的な議論は9条の改憲問題である.軍備は一切持たないとするなら論理としては’すっきり’である.しかし,'自衛の為に武力を持つ’はもやっと’である.自衛の大義でいつも国際紛争が起こっているし,そもそも自衛の定義は不可能に近いからである.集団的自衛を持ち出せば,自衛の為の武装論はますます'もやっと'になる.

’国家として武力を持つ,其の行使はシビリアンコントロールで行う’は'すっきり’である.これは世界の常識である.

又、市場原理、効率化、競争原理、利益追求などの局面と和・道徳・協力・ボランティア・集団活動・感情などの局面に対し、足して2で割る文化は’もやっと’である.結果、どちら付かずの行動になる.それぞれの局面で徹底する文化は’すっきり’である.格闘はするがノーサイドの付き合いもする行動である.

さて,日本が抱える大きな問題に対し,'すっきり'することが出来るだろうか.'もやっと’の日本文化が根強いだけに心配である.それとも,'もやっと’が日本人の英知とすれば,戦略的に'もやっと'のままにする可能性もある.

この'もやっと'文化は大きな問題だけではなく,日常,論理性が求められる表現にも入り込んでいる.卑近な例を挙げてみた.

日本では社外取締役(アウトサイドデレクター)と言うが,アメリカではインデペンデントデレクター(独立取締役)と言う.利害関係がない取締役と言うなら,アメリカの言い方が論理的である.

社外と言う言葉は日本の`内と外`を分ける文化(血縁・地縁・村社会の文化)から来ており,会社にとって,利害関係のない意味であるが,異文化の人からすれば,社外にいくらでも利害関係者はいると思うし,利害関係がない人という意味にはならないのである.従って,社外取締役は’もやっと’,独立取締役は’すっきり’である.

外資という言葉も金融,株式のグローバル化とともに,曖昧な言葉になった.筆頭株主が外国の人・法人である場合を言うのだろうか.トヨタ,ソニーを外資企業というのだろうか.ファンドが株主の場合,その資金源は個人,法人,国内外,大多数であり一概に言えなくなる.この定義もなく,従来の感覚のまま,外資を嫌ったり,外資規制の論議が行われたりする.

そんなわけで,言葉は文化であり,歴史的経緯の中で概念化され表現である.従って,日本語で論理を表現する場合,単語の定義が常に必要になる.上記の例の通り,日本人同志ですっきり表現したつもりでも,使われた言葉が昔の概念(暗黙知)のままなら,その論理は簡単に崩れるのである.

’もやっと’’すっきり’問題はあらゆる分野で存在し,今後も避けて通れない問題である.そして,’もやっと’から’すっきり’に移行して行く為には,考え方・言葉の使い方から訓練して行く必要がある.同時に決断と覚悟も必要になる.日本はそんな試練に直面しているのである.

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