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2007.11.12

124 増税論議の前に

国・地方の借金残高900兆、一方,少子高齢化,社会保障費の増大、安全保障費(軍事、自然災害)の不確実性増大などが国家財政に追い討ちをかける.

そんな中で,消費税増税論議が胎動している.増税が説得しやすい事から、福祉目的税的な言い方もされはじめている.

しかし,’不足するから増税が必要だ’’財政破綻するから増税だ’と言う子供みたいな発想では未来の国民に説明が出来ない.増税論議の前に、やるべき事がある.

900兆の借金の使用内訳の開示
②既に効果がなく借金返済のみ発生している事業の開示
③無駄防止の為の制度改革の策定
福祉予算を優先割り当て,それ以外の事業で増税論議

①②は効果の見返りとして返済し続ける借金(優良債務)と見返りのない借金(不良債務)を明らかにする事が未来の国民に対する責務である.②はどれくらいあるか分からないが、この不良債務(食っただけの借金)こそが財政問題である.

ばら撒いた金を取り戻す事が増税ならば、ばら撒きを受けたところから取り戻して欲しい感情もある.未来の国民に負の遺産を残してはならないのである.

効果の見返りに借金返済するなら、何とか説明できる.従って、借金の額ではなく、借金の中身が重要なのである.この意味で、帳尻あわせの財政再建ではなく、不良債務をなくす財政健全化(借金健全化)こそが大事だと思う.

③は行政改革の継続は勿論であるが、縦割り弊害の防止、特別会計を含む予算のP.D.Cの制度化、個別案件別財源(税収か借金か)の明確化、同時に経費は税収で、見返りのある公共投資は借金での考えが必要である.

④は福祉目的の増税論議は他事業の無駄や既得権を温存した議論になりかねない.福祉予算枠を固定し、他の事業の為の増税論議をする発想が必要である.

経済成長こそ財政を良くし、福祉を豊かにする、福祉に多くの税や借金をつぎ込むと,福祉を続けられない事になる.従って、パイの拡大に使う、と言う考え方は正しいと思うが、金をばらまいても経済成長に繋がらない.制度・仕組みで成長や効率化を考える時代である.

以上、増税論議の大事な前提条件だと思うが.そんな事を言っても実行は難しい、との声が聞こえてきそうである.

ところで、90年から10年間で税収減、低金利もあって、600兆の借金が増えた.バブル崩壊後,日本の構造的脆弱性を改革すべきとの機運もあったが,結局踏み切れず,景気対策・ソフトランデングと称して,金をばら撒いたのである.これを推進した政治家,政党の総括なしで増税論はあり得ないと思う.

さらに言えば,バブル経済の崩壊,少子高齢化,社会保障(年金・医療・介護)問題,経済のグローバル化,途上国の台頭,そして税・財政問題等,どれも偶然起こった問題ではない.10年,20年前から予見できる必然的問題である.国民も政治家も見識者も経済発展の'ゆで蛙'状態であったと思う.ゆで蛙を放置した無責任な,厚顔な,政治家が頭から離れない.

戦争による負の遺産もきわめて大きいが、借金の遺産も何十年と国民を苦しめる.’米百俵の精神’で登場した小泉政権に続く、政治家がいないのだろうか.’明日の事より今日の事’で国民は動くのだろうか.これも民主主義であるが、未来の国民の民主主義を奪う事を忘れてはならない.

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2007.11.06

123 政治混迷の根幹

予想どうり、政治が混迷している.ねじれ国会が原因とよく言われるが、もっと本質的な問題が根底にある.

本質的問題は憲法解釈問題、憲法改正問題、安全保障問題などの国家の基本政策問題である.具体的には自衛隊の国際協力、対米協力の問題である.

ねじれ国会では、この問題が政局に発展する.大連立騒動はその現われである.かといって各政党がこの問題に対する統一的な考えを持っているわけではない.ただ党利党略で対決するだけである.

党内でも基本政策の議論がない.議論すると、党が分裂する可能性があるからである.国民も憲法改正の手段を持たない事から,真剣な議論,決断力を迫られていない.

小選挙区制を標榜していながら、’わが党にはいろいろな意見があって、むしろ健全である’と自慢げに言う政治家がいる.頭の中は中選挙区制のままである.全く分かっていない事も混迷を助長させている.

小選挙区,2大政党を標榜するなら

第一に、小選挙区制の政党は国家の基本政策を共有した集団でなければならない(政党政治).でなければ、小選挙区制の選挙は、中身のない政党が権力を握る手段になってしまう.投票した国民は白紙委任した事になってしまう.

第二に、政権交代可能な2大政党とは、少なくとも、国家の基本政策を政党間で共有している必要がある.これがなければ、交代が出来ないし、交代しても国の運営は出来なくなる.憲法を改訂した後でなければ、この第二の条件は成立しないかも知れない.

に取り組まなければならない.

テロ特措法問題は日本の基本政策のリトマス試験紙である.これからも、多くの国際問題が予想される.この基本政策にかかわる混迷から脱却するためには、憲法解釈,政策による政党再編しかない.今回の混迷がこれに発展して行くなら意味があるが、政治家の覚悟が見えない.

いづれにせよ、この憲法問題、安全保障問題は絶対避けて通れない.憲法解釈で、こねくり回しても言葉の遊びになる.(当ブログ112自衛隊の海外活動、で論点を整理)

従って、混迷脱却は政党の国家基本政策をしっかり策定する事が先決である.その上で,政党間で基本政策を争点にすべきである.

国家ビジョン,政策なしに政権をとる事しか頭にない政党では政治の混迷は続く.山ほどある国内政治課題も宙に浮く.

国家の基本政策は生活と無関係だと装う政治家もいるが,グローバル,ボーダーレス時代に国際政治と国内政治は密接に関係し.国家予算にも大きな影響を与える.何よりも日本の閉塞感を克服できないのである.

政党政治が無理なら、中選挙区制の人物中心の人気取り選挙に戻して、魑魅魍魎の政党を作り、多数党による是々非々の国会運営をやるしかない.この方が日本人に向いているかもしれない.小選挙区制、政権可能な2大政党は10年、20年、早いのかもしれない.

どうも,知る権利,報道の自由,言論の自由と言いながら,視聴率至上主義の人気取りに走るテレビと同じような傾向が政治にも色濃くある感じがする.

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2007.11.05

122 ゴルフの薦め

'ゴルフの薦め’と言うほどの実力もないが、無駄なゴルフ人生を過ごした、いや、今も過ごしている中から学んだ事を述べたい.

どうやらゴルフの腕前は語学と同じように、急な階段を登るような成長曲線を描くらしい.うまい人はこの成長曲線に乗って、昔からうまい.フォームが変則な人は、相変わらず階段の踊り場に留まって、なかなか上の階段に登れないのである.

リタイアー組みのウイークディゴルフが盛んであるが、そのゴルファーは皆、腕に覚えのある人達で、フォームが自然で達者である.時間とお金の余裕から、回数も増え、現役時代より、さらに上の階段を登っている人が多い.

よく言われるように、正しいフォームを身につける事がゴルフ上達と長続きにつながる.ゴルフ産業の振興は正しいフォームを広める事だと思う程である.

私の遠回りゴルフ人生は、最初に、正しいフォームを身に着けなかった事に起因している.今から思えばオーバースイング&コックがショットの確率を悪くし、諸悪の根源になっていた.このことは,随分前に自覚していた.

だが、このオーバースイングはひとたび身に付くと、修正する事はきわめて難しい.オーバースイングを抑制すると自分のタイミングが全て狂う.強く打ちたい意識とスイングとのギャップが大きくなるのである.結局、この欠点を直す方法が長い間、見つからなかった.

そんな中で、ゴルフスイングの基本はパンチショットにあると思い始めた.ボディターンで、ヘッドが上から入るインパクトの感覚を身につける.そして振り幅を体のねじれまで大きくして行くだけで自然とオーバースイングとコックとは無縁のスイングになり、コンパクトなスイングが作られると悟った(ちょっと独断だが).

パンチショットのリズムは'スーーバシ’である.決して’チャーシューメン’ではない.筋力の弱い人はシューの溜めでオーバースイング、コックが入り、フェースの向きが狂い、捻転力が解けてしまうのである.この’スーーバシ’のリズムを徹底的に身体に覚えこませる事にしたのである.

結局,スイング全体のイメージを変えないとコックはなくせない.パンチショットのイメージがスイング全体のイメージを変える方法だったのである.私見によれば、初心者はパンチショットを徹底的に身に着ける事から始めるべきだと思う.

教則本的に言えば,’トップを直そうとトップをいじってもダメ.基本的なインパクトのイメージを持たないと直らない’.と言う事になる.

この事は企業経営でも言える.悪いところは、そこだけの対処療法では解決しない.全体の考え方を変えない限り、直らないのである.

多くの場合,’失敗は偶然’ではなく’失敗は必然’であり,繰り返される事が多い.失敗に本質的問題のヒントがあり,その対処が必要なのである.

ところで、不思議な事に、長期間クラブを握らなかったとしても、絶対、癖は消えない.癖を忘れる方法、癖を直す方法、は脳の仕組みと関係がありそうである.脳の記憶を塗り替えるか、別の記憶を作るかである.

パンチショットは別の記憶を作る方法だと思う.従来のスイングをそのままにして、別のスイングを記憶するのである.別ルートを作るようなものである.記憶を塗り替える方法はきわめて難しそうである.左利きを右利きにかえるのは難しいが左利きはそのままにして、ある動作だけ右利きを覚える、ようなものである.

いずれにせよ、脳の特性を利用した改善方法が見つかれば、変則スイングだけでなく、スポーツの悪い癖やあらゆる行動の悪い癖に応用できると思う.

話を戻すと、もう一つのポイントであるグリップの感触について触れたい.左小指を締めると言われているが、素人はむしろ、オーバーラップの右手小指を締める.あるいは両親指の内側でグリップをしっかり挟む、とフェースのブレを止められる感じがする.

まだ、身に付けるには途上であるが、これも又、自己流の繰り返しかもしれない.今のところ、なぜもっと早く気が付かなかったのかと、またまたゴルフ人生の無駄を嘆いている.

いまさらテーチングプロに基本から教わる覚悟はない.向上心を持ちながら、自己流で思考錯誤を繰り返し、一生を終わる可能性が高い、これが自分なりのゴルフライフかも知れない.そうであれば、悲しむ事ではなく、なんと幸せな事であろうか、と開き直っている.

余談だが、趣味のゴルフ以外に絵画、音楽も思考錯誤の連続である.小さな発見でもヘボなりに自己満足を繰り返したいと思う.

余計な話になったが,’たかがゴルフ、されどゴルフ’でお許しを願いたい.

ついでながら、以前に書いた'私のゴルフ川柳’

http://critic.cocolog-nifty.com/kk/2006/03/post_da64_1.html

ご参考:パンチショットhttp://kyushu.yomiuri.co.jp/sports/golf/fujita_r/go_fu_025.htm

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