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2008.02.28

130 偉大なるインターネットを語る

1995年のWINDOWS-95以来,たかが十数年で世界を覆ったインターネットの偉大さ,人類の英知,について,改めて,後世への記録として,自分なりに要約した.

日本経済の絶調期の80年代,絶不調期の米国でパソコン,インターネットが芽を出し始めた.IBMアーキテクチャーが世界のメインフレームを中心とした情報システムを凌駕していた時代の中で,この芽は多くの専門家の中でも,亜流と捉えられ,誰も今日の隆盛を創造し得なかったのである.

この隆盛は半導体技術の驚異的な進歩によるところ大であると思うが,それと呼応したいくつかの英知を上げてみた.

第一の英知は情報処理方式である.伝統的なメインフレーム(主機構)&スレーブ(奴隷)の考え方(集中処理方式)に対し,サーバー(召使)&クライアント(主人)の考え方(分散処理方式)を唱えた点である.言葉に主客転倒の考え方が現われている.

情報処理方式は国や企業の組織のあり方と類似している.この観点でいえば,日本のバブル崩壊以後,中央集権的社会の仕組みから分権的社会への転換,個の自立といった価値観の変化と併走するような変化でもあったのである.

第二の英知は従来のメーンフレームメーカーの排他的戦略(ハード・基本ソフト・業務ソフトとも)に対し,オープンアーキテクチャーの考え方,分業開発の考え方,を取り入れた事である.これでハード,ソフトの分離開発を可能とし,世界のスキル・パワーを巻き込んで行ったのである.世界的な規模でハード,ソフトそれぞれに専門企業が出現し,この考え方がデジタル革命をも牽引して行ったのである.

マイクロソフトの基本ソフトについて言えば,その戦略はプログラムの動作環境を提供する事にあった.これによって,データベースソフト,言語,メールソフト,汎用ソフトなどのミドルソフトや業務用パッケージソフトが世界規模で,一気に,このOS上で開発されて行ったのである.従来の排他的な,何でも自前主義で作るやりカを取っていれば,今日の隆盛はあり得なかったのである.

の二つの英知は,当時のメインフレームが主流の中で,高額なメインフレームへの挑戦から着想されたものか,あるいは,素朴に個人の利便性を追求した結果出て来たものか定かではない.いづれにせよ,その発想の意味するところは組織,大規模計算の為のコンピュータシステムから個人利用のコンピュータに視点を移した事にある.この発想がワープロ,表計算,DTPにとどまらない可能性を秘めていたのである.これを契機にデジタル技術開発の方向が個人に向う潮流(技術の大衆化)を作ったのである.

第三の英知は,ソフト・コンテンツの巨大化とハード・ネットの高速化・大容量化が相互に刺激しあって,進展した事である.市場性の大きさから,必然的な現象であったかもしれないが,人類にとって,きわめて幸運な事のように感じる.

例えば,,数メガの基本ソフトの開発段階では,それをインストールする為の媒体がなかった.(フロッピイはあったが,数十枚になり,実質,利用できなかった)しかし,その心配をよそに,CDが登場してくれたのである.現在でも,ハードデスク,フラッシュメモリ,DVDの技術革新がパソコン,テレビ,家電,産業機器などと一体となって進められ,新たなアプリケーションを生んでいるのである.

第四の英知はソフトがハードのデファクトスタンダード化を加速させた事である.マイコンが出始めたころ,CPUのアーキテクチャー論争に決着をつけたのは,基本ソフトであった.コンテンツがVHSやブルーレイを決めた様な事が既に始まっていたのである.

重要な事はシステム製品はデファクトの中で育つ事である.競合,乱立のフェーズをできるだけ短期間にし,アーキテクチャーのデファクト化を図る事が開発者にとっても,利用者にとっても必要なのである.特に日本は島国的,箱庭的,ものつくりに走りやすく,アーキテクチャーのデファクト化の視点を持つ事がきわめて重要になっているのである.

第五の英知はインターネットである.最初は大学という閉じた世界で考えられた機能であるが,上記の四つの英知と相まって世界的に発展し,情報化社会を作りだしたのである.特にインターネットの世界は政治的に統治者が作ったものではない事,事業者が事業として作ったものではない事である.逆に,そうでなかったから実現した事である.ここに過去にはない重要な発想が感じられるのである.

その中で爆発的に普及をさせた機能は①TCP/IP(通信プロトコール),②ブラウザー(表示インターフェース),③検索エンジン の3点だと思う.これなくして,人間の欲望(いつでも,どこでも,言いたい,見たい)を満たせなかったと思うのである.

①通信制御手順を階層化(電気的レベルからアプリケーションレベルまで)している中で,TCP/IPはその中間層(3層,4層)に位置し,宛先(アドレス)によるルーチング機能(アドレスにたどり着く機能)を言う.通信網との接点であるルーターに,その機能を持ち.世界のルータ-群があたかも世界の通信の交換機の役割を担っているのである.統治者のいない世界の通信網たるゆえんである.

このTCO/IP,アドレス表現(トリー構造)は,世界標準であり,そこに使われる世界のアドレス帳(ドメイン名とIPアドレスの対応表)は世界中に13個に自立分散され,信頼性,安全性,拡張性が確保されているのである.

利用者はこれによって,ネットワークから解放され,いつでも,どこでも接続が可能となったのである.メインフレームメーカーの排他的発想では考えにくいアーキテクチャーなのである.電子メールの送受信やホームページアクセスが世界規模で可能となり,その素晴らしさ,偉大さを改めて実感するのである.

②ブラウザーはコンテンツ(テキスト,画像,映像,音声,イメージ,デザイン,他の情報とのリンクなど)を再生・表示するアプリケーションソフトである.この表示ソフトの文法(HTML)に従ってコンテンツを作成すること(自動変換ツールもある)になるが,この文法が世界的にデファクトスタンダードになったことが,コンテンツ作成,閲覧を一気に広めたのである.これも又,メインフレームメーカーの排他的発想では考えにくいアーキテクチャーであった.

③検索エンジンは見たい,見せたいを繋ぐ機能であり,世界規模の膨大な情報(ホームページ)の中から,目的に合いそうな情報を引き出すアプリケーションソフトである.もちろんその方法に王道はなく,いかにインデックスを作り,該当のホームページをピックアップするかである.

ちなみに,検索サービスには次の機能がある.
第一に情報収集機能である.世界のホームページをなめまわし,カテゴリーや単語別にホームページアドレスを付記していくのである.(自動的に,人為的に).検索対象から外す,あるいは削除するケースもあるが,現在約100億ページがインデックス化されていると言う(専門分野毎の検索サービスは他に多数あり).
第二は検索結果の表示順番付け機能である.検索サービス各社はそのアルゴリズムを進化させている.
第三は検索内容に関連する広告の表示機能である.リステング広告やアドセン広告である.無料の検索サービスは,この広告収入で賄われている.

検索サービス事業者は,いかに利用者の目的に合致したホームページを表示すかが使命であり.インデックスの量,鮮度,表示順番,的確な広告が重要な競争ファクターなのである.

一方,多く閲覧されたいホームページ掲載者は,上記のインデックス付けや検索結果表示順番付けアルゴリズムに呼応して,上位表示されるべく,工夫(SEO対策)をしているのである.

このような検索機能がインターネットの利便性を飛躍的に高めたと思う.日頃調べものをする時,まさに辞書代り,本代り,マスコミ紙代りに,インターネットを使う.レスポンのスピードも含めて,その利便性に驚嘆している.

ついでながら,この検索データベースは米国著作権法(検索目的のCOPYは可)によって米国に集結している.これを政治的に扱ったらインターネットはたちどころに死んでしまう危険性がある.又,この検索サービスが広告収入で支えられている脆弱性もある.広告収入が減る可能性が高いからである.

今やインターネットは有線・無線網のブロードバンド化とともに,パソコンのみならず,携帯電話などの移動端末,家電は言うに及ばず,自動車,産業機器,自動販売機,センサー機器,動物,などにもつながり,世界の隅々まで張り巡めぐされている.映像コンテンツもネットを走り回る.

しかし,インターネットの世界を統治する者も国境もない.人類の有史以来,考えも着かない情報ネットワークが出来上がったのである.多分,数億人がインターネットを利用し,すでに社会のインフラになっているのである.

情報は人間や社会に大きな影響をあたえる.印刷機,ラジオ,テレビ,ビデオなど情報を運ぶメデアの出現がマスメデアとして大きな影響を与えてきた.しかし,このマスメデアは送り手と受け手が一方向のメデアである.

一方,インターネットはリアルタイムで双方向のマスメデアであり,かつ,個人が発信者・受信者になるパーソナルメデアでもある.この意味で,インターネットは,有史以来,印刷機,ラジオ・テレビ,に次ぐ第三の情報革命だと思う.これによって,明らかに,個の時代,多様化の時代を加速させ,個人・社会・政治・行政・産業・医療・何よりも,考え方,知識,価値観に大きな影響をあたえる事は明らかである.

このインターネットにネット犯罪,コンテンツの信頼性,著作権,プライバシーなどの課題がある.しかし,インターネットには無償の互助精神が根底にある.子供のころから,文明の利器であるこのインターネットの精神を教育し,悪貨が良貨を駆逐する事だけは避けなければならない.いまやインターネットは人類共通の財産になっているからである.

ところで,個人的には,足腰が立たなくなっても,インターネットは生活のインフラになっていると思う.好きな音楽ライフやテレビの特集番組,社会の動き等を見たり,ネットショッピング,メール,ガス抜きのブログ等,インターネットライフを満喫していると思う.

高齢化社会のライフワークとして,インターネットの果たす役割は大きいと思う.パソコン,インターネットになじんでいる団塊の世代以降の高齢者のライフスタイルは,それ以前の高齢者とは大きく変わってくると思うのである.

以上,昭和40年代からコンピューターの歴史を体験して来た者の一人として,激変の一端を自分なりに整理してみたのである.一貫して感じる事は,独自性,排他的優位性の発揮が中長期に利用者の支持を得られるかと言うことである.激戦に勝ち残ったものがデファクトスタンダードに君臨する進化の形は,必死の研究開発を促すが,高いリスク,長い期間,利用者の混乱,独占の弊害が伴う事が多い.

その意味で,世界規模で考え方,方式,インターフェースのいわゆるア-キテクチャーのデファクト化(国際標準化)を先行させ,その上でテクノロジーや物作りの競争が繰り広げられる形がむしろ進化を加速させると思う.

特に高度化され,ソフトの比重が高まるデジタル製品には不可欠なテーマだと思う.すでに,アーキテクチャー重視の時代に突入しているのである.

話が変わるが,日本の電子行政システムは日本全体のアーキテクチャー(処理方式,セキュリティ,各データフォーマット,文書仕様など)を誰も決めない為,自治体ごとに検討される.これではパッケージ開発競争も価格低下も起こらない.導入スピードも落ちる.まさにアーキテクチャー不在が巨額のロスを生んでいるのである.

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2008.02.26

129 論理・主張の一貫性

論理や主張は立場や感情も混ざって,一貫性を損なうことがある.人間社会のなせる技かもしれない.

同じ事象に対し,絶対だめだと思う人,まあまあいいじゃないかと思う人,もいる.絶対だめだという人も,立場を変えると,その論理や主張が腰砕けになることもある.自分に関係ない事は徹底して論理性を追求するが,関係してくると,とたんに論理性が乏しくなる事は世の常である.

一方,社会科学の世界では絶対正しい理論等ないと,思った方が良いのかも知れない.しかし,明らかに一貫性がない事は人間社会の営みを混乱させる.いくつかの例を上げ,考えてみたい.

①行政の裁量権の問題

医師の名義貸し,勤務実態のない医師・介護士・政治家秘書等の登録,補助金・政務費・事務費等の目的外使用,行政の裏金作り,効果・必要性の粉飾による公共事業,大義名分とかけ離れた公共事業,
耐震強度・材料強度・食品表示・古紙表示・等の虚偽,記載,粉飾決算,脱税,労働基準違反等の処置問題

等,虚偽事件が良く起こる.その時行政は行政指導(勧告,修正,ペナルティなど)や刑事告発で処置するが行政の裁量幅が大きすぎ,その基準が見えない.その結果,色々な処置に,一貫性が失われる事がある.又,行政自身に責任がある場合,行政訴訟となるが極めて少ない.

②弱者が正,強者が悪とする感情問題

舟の衝突で,小さな船の被害が大きい為,大きな船が加害者になってしまう.回避行動は小さな船の方が有効であり,責任は重いはず.感情的に小さい方を正当化する感じもする.この感情は法の一貫性を損いやすく,あらゆる場面で顔を出す.

③自分の都合,片手落ちの論理の問題

外国軍の地位協定に反対する論理と,自国軍の海外での地位協定を主張する論理とが相反する場合がある.自分の都合だけの論理は弱い.

又,米国の核,軍備の傘の下で核,軍備反対,平和憲法国家日本と主張しても説得力が無い.

④弁済責任のない政治家・役人へ金を預ける危うさの問題

弁済責任のない政治家,官僚に税や社会保険料を預ける危うさが露呈.いつまで続くのか.責任のあいまいさに加え,金も戻らない.それどころか追加の金が発生する.なのに,このリスクを徹底的に排除する制度が弱い.

そもそも,効果のない公共事業や年金保険の失政などに対し,評価・反省など聞いたことがない.無駄の発生も合法的で問題がないと思っているのだろうか.リスク排除の制度強化が税制論議の前に絶対必要である.

⑤未来の主権在民権を奪う膨大な借金問題

主権在民の要求で無駄な借金を増やせば,未来の主権在民権を狭めてしまう.民主主義は,借金を増やし,未来の国家財政を滅ぼす事もありうる.だからと言って,どこまで借金してもよいか国民は知らない.民主主義の危ういところである.

⑥許認可はするが,責任は取らない行政問題

日本独特の入り口を重視する文化の現われ.薬など,本来,許認可したなら,責任を持って,その後のチェック責任を果たす義務があるはずだが.

⑦行政の丸投げ構造の問題

公共事業の調査,構想,見積もり,業者選定,納品確認,支払,運用改善など一連の工程を天下り先の外郭団体に丸投げし,役人は事務処理をするだけ.外郭団体も,さらに丸投げし,問題が起これば,それは先方の問題だと言える余地を何段階にも作る.

この役人の保身構造を税金が支えている.役人側に立てば,見事な,逃げ道作りの一貫性がある.反面,この事が,行政コストの肥大化を生むのである.責任回避・保身構造を維持している限り,行政改革は出来ない.

⑧儲ける事や外資を生理的に嫌う問題

個人的感情で嫌う事は自由だが,現実は『儲ける事』や『外資』で経済が成り立っている.合法的な経済活動に品格差などない.実業も虚業もない.儲け方や資本の所有に良し悪しはない.
’外’に対する生理的嫌悪感で,制度を作りたければ,日本企業の海外進出,海外への投資,社会保険の資金運用も止めなければならないのだが.

そもそも外資の定義も曖昧な議論が多い.海外株主が50%を超える優良日本企業を外資というのだろうか.

『少しの儲けは善で大きな儲けは悪』『実業は善で虚業は悪』『内資は善で外資は悪』『年金の融資,投資の運用益は善で,個人や企業の不労所得は悪』等,論理矛盾がこの世に多すぎる.

⑨外国人犯罪,外国農作物問題

輸入食品に違法性があったり,日本で外人の犯罪があった時,国内の同種の問題を棚に挙げて,ナショナリズムむき出しの過敏な反応をする事がある.このように,ナショナリズムに走る事なく,国内外をフェアーに見る感覚が,グローバル社会では必要である.論理の一貫性を保つ為にも必要だと思う.

⑩国の民意を無視する政党の問題

選挙で負けそうだと総選挙はしない.当然のようだが,民意より党利優先のあらわれである.また少数政党でも連立で内閣に入る.これも民意とはかけ離れている.政党は民意とかけ離れた自己中の行動をする.

⑪憲法と民主主義問題

戦後,現行憲法を変えていない事を自慢する人もいるが,憲法改定の仕組みを持っていない事で
失笑される.当然,憲法改定の仕組みも,改定した経験もない国が,民主主義国家だと言えるはずがない.日本は世界に唯一,不思議な異国である

このような論理に一貫性がない問題は枚挙にいとまがないが,グローバル社会の中で,もっと理論立てをしないと,日本は世界についていけなくなる.物質文明も結構だが『考え方・制度・仕組み』という『アーキテクチャー』もきわめて重要なのである.この『論理的なアーキティクチャー』は国家のみならず企業においても不可欠だと思うのである.

論理の一貫性がないと,いづれ,国の品格,信頼感を失い,社会秩序が崩壊して行くと思うのである.

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2008.02.25

128 経済国際化時代の経済統計の在り方,見方

新興国のWTO加盟によって,世界貿易が急速に拡大している.金融や資本の自由化,関税障壁の低下は,外資の投融資や外資企業の進出を促す,これによって,新興国は加工貿易の促進,雇用の拡大,技術の移転,社会資本の整備,国民所得の向上を進めている.同時に,各国の価値観・文化などの相互理解,共有化も促し,世界平和にとってきわめて望ましい方向で進んでいると思う

一方,国際化している経済活動を従来のように,国とか県とかで切り出しただけでは実態が見えなくなってきている.

例えば,07年の中国の輸出額は約130兆円,6年間で5倍,日本を04年に抜き,昨年米国を抜いてドイツについで世界2位だと言う.

一方,中国進出の外資企業は累計で63万社,雇用2300万人,年間投資約8兆円,で外資の貿易黒字は1300億ドル(中国全体2600億ドルで約50%)だと言う.多分,外資企業の輸出が全体輸出の50%あるのではないかと思う.

かっての日本と同じ加工貿易と言っても,外資企業グループ間の貿易が多い.だとすると,貿易額,貿易収支額あるいは国民総生産に外資系企業の売り上げが多く占める事になる.従って,従来のように,単純にその国の合計値だけでは実態を見失う事になる.

投資なども従来の感覚で見てはいけない.よく世界のファンド資金が新興国に流れていると言われる.しかし,正確には新興国の既発行株式や債権の買いの場合,売り手が必ずしも新興国だとは限らない.従って資金が新興国に流れているとは言えない事になる.又,外資の株保有が増加すれば,当然,配当は外資に流れる.

ただし,資本への出資(投資)や貸付(融資)なら,新興国へ資金が流れている事になる.このように,数字の中身を見ないと正確に実態をつかめないのである.

日本国内で言えば,最近,景気が良いのに,その実感がないと言われている.これも,海外関連企業が好調であったり,輸出が多かったりしている場合が多い.設備投資,従業員への分配,配当,税金などが海外に向いている可能性もある.

反面,ドメステックな企業は国内需要の低迷で景気の実感はなく,為替レートも実力と乖離する事になる.海外進出が増えれば,国民総生産や国内雇用は増えることはない.単純に国民総生産で経済成長を図れないのである.

地域格差,人口流出,地域振興などの県単位の議論も,経済の国際化の中にある.いくら県単位で地域振興策をとっても,経済は県境どころか国境も越えて動く.当然,経済合理性や他府県,海外との競争優位がなければ,地域振興策は無意味となる.地域という限定世界で経済は動いていないのである.

このように,経済の国際化によって,経済実態の把握や政策立案は,国際的視野が当然不可欠になる.従来の合計された経済数値だけでは実態がわからないのである.その内訳が必要である.無意識に働く’島国的思考’は,もはや通用しないのである.

島国的思考は’内と外の概念’が代表的例である.民族的・文化的背景が根底にあると思うが,時として,実態を見失うことがある.’外資はけしからん’と言う感情,論理もそうであるが,外資の定義が極めてあいまいなまま,無条件に’外’を排他的に考える習性が影響していると思う.現在の日本の統計も,世界とつながっている意識を欠落させる.内訳を示しながら,グローバルな思考を育てなければならないと思う.

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2008.02.10

127 米大統領選挙制度

現在,アメリカでは大統領予備選挙がヒートしている.米国内の選挙ではあるが,世界に与える影響が大きいことから,人物,政策は世界から注目されている.一方,私も含めて,意外と選挙制度がよくわからないと言う人は多い.今回,調べてみても,素朴な疑問に答えてくれる資料がないように思う.そこで,自分なりに理解した内容を簡潔に整理してみた.

大統領選挙は各党の立候補者を決める予備選挙と各党の立候補者の中から大統領を選ぶ本選挙がある.制度の理解がしずらい点は次の3点だと思う.

①類似している予備選挙と本選挙の制度が混同されやすい事
②州の独立性から,制度の上では間接選挙制度をとっている事
③日本の様に住民台帳から選挙人名簿を作る律令国家ではない事

予備選挙は党の統一立候補者を決める仕組みである.最終的には党大会で決まる.全国区選挙のように,州の頭越しで,直接選ぶ形をとっていない.本選挙と同じ様に,投票によって州毎に代議員(DELEGATES)を選び,党大会で代議員が統一候補者を選出(候補者指名)する形をとっている.州の独立性,連邦国家の精神を取り入れているのである.

ところで,代議員は,州の勝者陣営の人,州党集会で選出された人,党の幹部(現職議員など)で構成されている.従って支持候補を拘束されていない代議員がいることになる.この非拘束代議員は選挙結果が接戦の時,キャッシングボードを握る.どちらが他党の候補者に勝てるか,などの判断が働くのである.

設定されている州毎の代議員の数(拘束,非拘束)は政党によって違うようである(未調査).選挙結果にもとづいて,州毎に,この設定人数を得票数で比例配分するか,第一位が総取りするかも,党によって違う.

この代議員は候補者の熱狂的な支持者だと思うが,州で勝って,党大会に出席する栄誉を得る為に,代議員になる戦い(選挙,集会)がある.予備選を盛り上げるもう一つの行事である.

予備選挙は長期間(5か月)かけて全米で行われるが,国民の意識,候補者の考え,候補者の淘汰などを促しながら,勢力の支流を大河のうねりに変えて行く,候補者の風格をつけて行く期間であると言える.

又,全州同時に選挙が行なわれるわけではないので,後半行われる州は,態勢に影響がなくなったり,逆にキャッシングボードを握ることもある.有権者も,これまでの選挙結果の影響を受ける.従って候補者の選挙戦略は極めて大事になる.全州の選挙スケジュールは歴史的に決定しており,最後まで盛り上がるように設定している(大票田の州をちりばめている)感じである.

選挙後,7月,8月に開催される各政党の党大会で統一候補者が決定され(候補者指名),11月の本選挙に向けて,政党間の選挙戦が展開されるのである.

ところで,米国の有権者とは18歳以上で自己登録した人である(条件はあるが).又,事前に支持政党を登録する事(党員登録)もできる(しなければ無党派).20歳で自動的に有権者になる日本とはまったく違う.

自己登録された有権者の情報は州の選挙管理部門で管理されているが,あくまでも申請主義である.日本は自治体の住民情報から選挙のつど,選挙権保有者を抜き出し(大変な仕事であるが),有権者に投票案内が送付される.

各党の予備選挙の参加者を自党員に限定するか,他党員や無党派も許すかは州によって違う.もちろん,有権者の投票は一回だけである.予備選の投票率は20%程度(算出方法は未調査,全有権者の各政党への投票者数の比率か,党員数と投票者数の比率か)と言われているが,党内の選挙であり,本選挙と比べれば窮めて少ないのは当然である.ちなみに,2004年の本選挙の方は有権者約2億人,投票率51%であった.

本選挙(一般選挙)も形の上では選挙人(ELECTORS)を選ぶ間接選挙である.各政党は州ごとに設定された選挙人分(上下院議員数)の選挙人名簿を作る.各州の有権者は立候補者,政党ではなく名簿を選ぶ形をとる.選挙は全州同時(11月第一月曜日の翌日)に行われる.州ごとに選挙日が設定されている予備選とは違う.

そして,名簿が選ばれる事によって,勝者は州の選挙人をすべて獲得することになる(総取り方式).選挙区ごとに選ぶ州もあるが,州の独立性の観点から,州の意見を一本化する総取り方式が一般的である.法的には代議員が支持候補者を拘束されているわけではないので,12月,選挙人による大統領選出が行われる.しかし翻意する選挙人は過去にはなく,本選挙の結果で大統領が事実上決定し,1月20日就任することになる.

このように,予備選挙でもそうであったが,本選挙は州の独立性,連邦国家の精神から,州の頭越しで国民が直接大統領を選ぶ形はとらず,勝利した州の選挙人の数を合計して,競うのである.当然,選挙人数の設定が大きい州の勝利は優勢になり,選挙戦略の腕が問われるのである.

ちなみに,本選挙の選挙人は現在,538人を51州に割り当てられている.大きい順はカリフォルニア55人,テキサス34人,ニューヨーク31人,フロリダ27人,イリノイ21人,オハイオ20人,など,最小は3人で7州ある.2大政党なので,270人選挙人を確保すれば大統領になれることになる.

そもそも連邦国家である米国の各州の政治は,住民に判断を仰ぐ事が多いと言う.大統領選挙もこれと同じ様に,州としての大統領を誰にするかを住民に仰ぐ形をとるのである.

多分,大統領制をとる国の制度の中で,最も複雑な仕組みかもしれない.しかし,選挙の意識は高い国である.党員も広く国民に広がっている.選挙資金も個人献金で賄われる.この中に大統領選挙制度があるように思う.

以上が米国大統領選挙制度のあらましであるが,法制度と党の制度の範囲,代議員・選挙人メンバーの選び方,予備選挙時の拘束代議員の役割,得票数が同じときの処置,投票率や得票率が低いときの処置,選挙運動のルール,選挙資金や献金のルール,選挙違反の実態,など詳細は調べていない.ただインターネットやテレビ,マスメデア,出版物の使い方は日本では大きな課題であり,先行する米国のやり方を知る必要があるように思う.将来のデジタルデモクラシー(ITを屈指した政治・行政・投票等の仕組み)の姿を描く為にも.

ところで,現時点で民主党の予備選挙が接戦で,マスコミをにぎわしているが,静かに見える共和党との論戦(本選挙)が真の戦いである.政策色が際立ってくると思う.これに注力して行きたい.

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