« 134 温暖化ガス削減問題 | トップページ | 136 天引文化を考える »

2008.04.12

135 供述調書引用本の大問題

報道・出版・表現あるいは言論,宗教等の自由は人間にとって極めて重要な権利であり,そのもとで行われる営利活動も自由な社会を作る社会的機能を担っているのだと思う.一方,この自由な権利がプライバシー,風評,公序良俗,著作物等に被害ををもたらしてはならない事は自明である.

奈良県の医師宅放火事件で逮捕された少年の供述調書を引用した本の出版をめぐり,調書を漏洩した精神科医が秘密漏示罪で逮捕・起訴された.一方,嫌疑不十分で不起訴となった出版社,著者について,出版社は第三者委員会を発足し,取材や出版の経緯について調査報告書を発表した.

新聞報道によれば,発表内容は,秘密漏示罪,無断引用,プライバシー,取材源隠匿,の意識が薄く,営業優先で出版倫理の重大な瑕疵があったと批判した.

小生の感想としては,言論界の割に言葉使いが間違っていると思う.これは,瑕疵ではなく,出版倫理ではなく意識が薄いのではなく,犯罪を覚悟して出版したと言うべきである.身内意識があるのか,嫌疑不十分で不起訴になっているからか,甘すぎる指摘の様に感じる.

供述調書を引用すれば,取材源は簡単に特定するし,供述調書は秘密書類であることは自明である.無断引用やプライバシー侵害も出版業界の人なら,一番気にする事である.決して,意識の薄さや瑕疵の問題ではない.罪を犯す覚悟がなければ,本は出来ないのである.それ程までして,本を出したかったのではないか.

出版の自由を盾にすれば,不問に出来る,営業優先に出来ると,マスコミ特有の体質,特権意識,おごり,が働いていた可能性もある.第三者委員会は自浄努力のアリバイ作りだった感じもする.素人でも感じる疑義を言論の専門家は誤魔化してはならない.専門家ほど恣意的に動いてはならない.

そもそも,検察が出版社・著者を嫌疑不十分としたのは不可解である.報道・出版の内容が違法に取得した物であっても,出版社は善意の第三者として出版出来るのだろうか.秘密内容を無断で写真に撮り,本を書いた著者に秘密情報の窃盗,無断引用,著作権侵害,プライバシー侵害などの罪はないのだろうか.

取材側がよく言う取材源隠匿の厳守は,取材源の保護だけではなく,違法取得を隠す為なのだろうか.取材源に秘密漏示罪が確定しても,出版社が嫌疑不十分であれば,本は流通し続けるのだろうか.自主回収する意志はあるのだろうか.検察は取材源に厳しく,言論界に弱いのだろうか.あるいは,言論界を抑制する為に,取材源を締める意図が働いているのだろうか.

何かすっきりしない供述書引用本事件である.自由は義務と背合わせである.義務のない自由は許してはならない.言論界も検察も義務に対して甘い感じがする.秘密にしたい情報を他人が勝手にネットに流すなようなネット社会を防ぐ為にも,業界も検察も厳しく義務の重要さを社会に発信すべきなのである.

今回の事件で出版社側の罪が問われないとすると,ネット社会では何でもありになってしまう事を識者は想像しているのだろうか.ネット社会は報道・出版とかマスコミと大衆個人とに区別がない.マスコミ特有の悪しき体質をネット社会にまん延させてはならないし,マスコミ業界は今以上に,義務に対しては厳しくあらねばならないのである.

.

|

« 134 温暖化ガス削減問題 | トップページ | 136 天引文化を考える »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134518/40855271

この記事へのトラックバック一覧です: 135 供述調書引用本の大問題:

« 134 温暖化ガス削減問題 | トップページ | 136 天引文化を考える »