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2008.05.05

137 後期高齢(75歳)の意味

後期高齢者(75歳以上の高齢者)医療制度がもめている.発案の原点は財政赤字対策である.もっと源流をたどれば,900兆の借金の重さがある(年25兆の償還).借金を増やせない中で,国家としては,国民に流れた900兆の資産をいかに取り戻すかが財政赤字対策の根幹である.

日本の経済は900兆の借金の上で成り立っている上げ底経済である.投資の効果で返金するなら健全であるが,効果の出ていない無駄な公共事業の借金返済は国民経済を疲弊させていく.900兆の内,これがどれくらいあるのかが,真の財政問題なのである.

さて,この構造の中で,'なぜ75歳か’について,誰も指摘していない理由(私見)を述べたい.

年金の給付は75歳で累計払込保険料と累計給付額がほぼ一致する.75歳以降は年金資産は持ち出しになる.又,定年退職者の組合健康保険加入者は75歳までには国民健康保険に移管される.本人に先駆けて75歳以上の扶養家族は組合健康保険から脱会することになる.この様に75歳は制度的に国家負担が大きくなる切れ目の年代なのである.

医療費が増える理由で75歳の設定は弱い.上記の様に既存の制度から75歳が設定されていると思う.900兆の借金,高齢化を前提にしていない現制度の限界を少しでも埋める為に,現制度をいじらずに,後期高齢者を切り出し,新たな財源にしたのである.医療保険の危機対策で生まれた介護保険も同じ手法である.

抜本的議論に結論が出ないまま,75歳以上の扶養家族から保険料を取ろう,年金から取ろう,(年金財源の一部を医療財源に流用しよう)と単純に発想した感じである.

元来,医療財源問題は少子高齢化が進む中で,900兆借金問題,経済成長問題,年金・介護問題,安全保障問題,災害対策問題,などと関係した問題である.省庁を超えたグランドデザインなしには方向を打ち出せない問題である.

財源領域を新たに切り出して,現制度の穴埋めをする官僚的視点では済まない問題である.どんな新たな切り出しをしてみても,負担は国民だ゙からである.

そもそも,社会負担が増加すれば社会主義化に向う.社会主義に向かうと個人・法人の自由度や経済活力が疲弊する.ますます年金・医療・介護の財源がなくなる.この’経済活力と負担増’’パイの拡大とパイの分配’をどのように両立させるか,日本が抱えた大きな難問である.財政難の中で,徹底した無駄の排除,活力の向上を目的にした小さな政府論,構造改革論は一つの方向であったが,現在曖昧である.

日本は年金・医療・介護の社会保障問題だけではなく,安全保障問題,憲法改正問題,財政赤字問題,政治・行政問題など,思い切った議論と決断が必要になっていると思う.先送りするほど,問題が肥大化する.選択肢もほとんどなくなる.

何とか’世界から憧れるジパング像’を描きたいものである.魑魅魍魎,権力闘争,利権・地位確保,直面の選挙対策,地元への公共事業誘致に走る政治家が小さく見える.

日本が抱えたいくつかの問題にグランドデザインはおろか泥縄の対応すらも的確に出来ないとすると,すでに,国民・政治家の意識,能力を超えた問題になっているのかもしれない.

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