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2008.09.14

152 日本の3大閉塞感(憲法・借金・文化)

日本人が抱く閉塞感を3つ上げてみた.

第一,憲法の改定方法のない日本は自立した民主国家と言えるのか
第二,国の借金の限界と返済計画はあるのか,未来の国家財政はどうなるのか
第三,日本文化の葛藤をどう考えるのか(競走と和,縦文化と横文化)

である.この三つの問題に見通しを持たない限り,日本はじり貧になって行く感じがする.識者や政治家の所見も聞こえてこない.知った事かと無視する力も無い,自虐感,悲壮感,閉塞感,だけが漂う.

まづ第一の憲法改正問題である.憲法論議で,集団的自衛権や海外武力協力の問題,有事の時の問題,日米安保との関係,などの多くの議論があるが,現行憲法を変える方法がないのに,その議論は何なんだろう,解釈論の議論なのだろうか.むなしくなる.変えられると言う覚悟があって,初めて世論を巻き込んだ,真剣な議論ができると思う.

そこで,憲法改定に関する現状,問題,所見を整理してみた.
まず憲法第96条は次の通りである.


『この憲法の改正は,各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会がこれを発議し,国民に提案して,その承認を得なければならない.この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において,その過半数の賛成を必要とする.』

たったこれだけである.そこで,いくつかの懸念,問題,所見を述べたい.

まず①衆参それぞれの3分の2以上ないと発議し,国民に提案できないという事は,憲法制定者が発議そのものを実質不可能にし,改正をさせないと考えたか,ハードルを低くして,国民に信を問う事は危ないと考えたか.いずれにせよ,占領時代のなごりが今も憲法を凍結させている.革命でもない限り,永久に変えられないかもしれない.何よりも,変える,変えない以前に,民主主義をかなり抑圧している点が問題だと思う.

次に②’その過半数’の問題である.遅ればせながら2005年に国民投票法が制定されたが,それによると’有効投票数の過半数’である.’その’を’投票’を指しているとの解釈である.英語原文からの解釈だそうである.従って投票率は無関係になる.しかし,’有権者の過半数’ともとれるのである.解釈が曖昧だと,現行憲法で国民の採決ができない事になる.国民投票法が違憲か合憲か決着しておく必要がある.

③さらに難問は国民の意識と覚悟である.必ず通らなければならない問題である,多分,国会発議の提案は新憲法一式である.この一式に対しYES,Noを言う事になる.国民は一部でもNOなら,あるいは欠けている部分があるなら,全部NOとするか,重要な部分がYESなら全部YESとするか,現行憲法よりましだとしてYESとするか,悩ましさがついて回る.あるいは,NOを減らすために,国会の発議を,条文ごとに小出しにする事になるのだろうか.いづれにせよ,国民は人気投票のような気分で投票は出来ないし,有史以来初めての覚悟が問われる事になる.

④新憲法と整合する法律にする為に,現法律を焼き直す作業が発生する.憲法改正内容にもよるが,膨大な作業であり,新憲法発令までにやる必要がある.新旧の法律を並存させたり,新たに作る場合も予想される.

避けては通れない問題であるが,はたして,複雑に絡み合った法律を解きほぐせるのか,本当に実現できるのか,永年放置してきた付けであり,又,難問が立ちはだかる.

⑤現時点でも,憲法改正の手続き法は完了していない.国民投票法によれば,2010年から実施可能だとしているが,細部が詰められていない.しかし,現憲法では,発議すら出来そうもないから,又,手続き法は半永久的に先送りになり,憲法を変えられない国として,これからも存在して行くのだろうか.

しかし,改正の手続き法は民主主義のルールであり,発議の有無とは関係ないはずである.速やかな制定が必要である.

憲法改定方法を持たずにきた事が,長い間の憲法議論を中途半端にし,解釈論,禅問答だけを繰り返し国民も決断を迫られる事もない状態,を作ってきたと思う.

その結果,憲法への愛着や国民の自主性・思考力・立論力の育成を弱め,考え方(顔)が見えない国,世界の常識とかけ離れた国,半人前の国,になっている感じがする.ここに閉塞感がいつも漂うのである.

戦後63年間,憲法を変えていない国はあるのだろうか.憲法改正の手続きが決まっていない国はあるのだろうか.それでも日本は民主主義国家と言えるのだろうか.憲法を変えていない事を誇れても,平和憲法を誇れても,改正の手段を持っていない事で失笑される.

憲法制定時,憲法改正のハードルを高くした理由は

・戦争放棄を永久化したいから,
・日本を信用できないから,
・憲法改正規定の重要性の認識がなかったから
・占領下で改正規定は重要でなかったから
・改正規定まで手が回らなかったから

かも知れない.制定時,改正方法を議論した形跡は知らない.
又,憲法改正のハードルが高いなりに,現在まで改正手段を作らずにきた理由は,

・日本国民は自ら憲法を作る熱意も,考え方も,決断力も,経験も,ないから,
・憲法を改定する必要が無いから

・改正手段を作る事と,憲法第9条を改正する事が一対であったから
憲法改正という最大の難事業をやる政治力もエネルギーもないから,
・現憲法下で憲法改正発議が出るとは思えないから

かも知れない.いづれにせよ,政治の怠慢である.

結果,自ら憲法を変えられない半人前の国家のまま,憲法全体が凍結状態になり,日本人の思考停止状態を招いていると感じるのである.

民主主義を標榜する以上,憲法の内容より,最も大事な事は,改正手続きである.民主主義は手続きだからである.一般の契約書でも,改正の仕方を定める事は,きわめて重要である.改正条項が不明確な憲法は放置国家,崩治国家ならいざ知らず,法治国家,民主主義国家ではあり得ないのである.

そこで⑥まず民主主義のルールとして,第96条の改正のみで,憲法改正の国民投票をやるべきである.そこで国会では,発議条件はこれで良いか,’その過半数’の意味は何か,等を3分の2以上で発議すべきである.

そして,憲法改正の手段,国民の意識,経験を踏まえて,現実問題としての憲法問題を論ずるべきである.国民も真剣に,リアリティを持って論議に参加出来ると思う.改定手続きもないのに,発議もできないのに,憲法論議をするのは無責任な時間の浪費に等しい.

憲法内容の世論を形成するにしても,その前に,ルールを作っておかねばならない.憲法改正に反対する為に,ルールを作らない,改正する為にルールを作る,では,民主主義ではない.

今頃こんな事になっているのは,わが国は先進国どころか,敗戦直後の政治的後進国と言われても返す言葉が無いが,今の状態では,戦後100年たっても,改正されないかもしれない.憲法を国民の手にするのは,いつの日なるのだろうか.10年に1回くらい憲法が変わるほど,国民の政治参加とシビリアンコントロールが働く国になりたいものである.

日本は戦後,この憲法問題はじめ,領土問題,安全保障問題,戦争責任問題,歴史認識問題など,引きずったまま,閉塞感に覆われていると思う.さらに,近隣の南北朝鮮問題,中台問題も閉塞感を深める.ヨーロッパの変化と比べれば,あまりにも極東の問題解決が遅いと感じる.

次に,日本の借金問題である.GDPの1.5倍(800兆)の借金,そんな国はどこにもない.当然,その返済額は国家財政を圧迫する.20兆の返還に同額の借金をするさまは,サラ金地獄と同じ状態である.

又,効果の出ていない借金(景気対策名目で食った借金)の返済は将来の財産権と主権在民権を侵害する.これがどれくらいあるか早急に精査し,少なくても,未来に引き継ぐ借金は効果が出ている借金だけにする必要がある.まさに不良債務を撲滅し,財政健全化を図る必要がある.

日本は他国の債権を持っているから,借金は国民の財産になっているから,債権者は国民だから,インフレで軽くなるから,とあまり慌てなくとも良いと言う人がいる.ならば,一刻も早く精算したらどうかと言いたくなる.そんな事は出来るわけがないのだが.

そして日本は借金返済の上に,社会保障対策,自然災害対策,安全保障対策,景気対策,等の大きな財政需要がのしかかってくる.常に増税と赤字国債の発行圧力が続く.かくて日本は,’背に腹’で国家財政破綻への道を歩み続ける危険性を秘めているのである.

この借金問題をどのように解消していくのか,その為に歳出削減や増税がどの程度になるのか,返済計画をどうするのか,などの破綻回避の道筋を付けなければ,国民も納得しないし,そもそも,国家予算や税制は論じられないのである.

とりあえず’赤字国債は出さない’(基礎的財政収支の黒字化・プライマリーバランス確保)は入口の話であり,道筋になっていないのである.

特に国家予算に直結している年金・介護・医療などは,この借金問題と無関係ではない.個人の収入も,国の税収も,経済成長が右肩上がりの時代ではないだけに,不安を加速させる.又,膨大な借金が,あらゆる行動を制約し,公共サービスもなくなる不安もある.国民の自業自特の結果であるだけに,やり場のない閉塞感が漂う.

このことから,苦しい中で,’借金を増やさない’’筋肉質の国家に改造する’は当然のテーマである.特に国家のメタボ治療は,無駄を削るに留まらず,優先度の低い事業・機構も削らなければ,とても社会保障の財源は出てこない.天下り法人や国会議員数の削減も当然である.公共事業で経済を支える手法が又台頭しているが,90年代の600兆の借金を作った二の舞となり,もうその選択肢はないと思う.

借金が1000兆であろうと1500兆であろうと大丈夫だ,と言う論拠があれば別だが,現状は上記のように,財政危機だと思う.繰り返すが,やるべきは

・筋肉質な国家の実現(行政コストの削減)
縦割り予算の調整強化(省間調整強化,一般会計と特会調整強化)
・公共事業の目的・実際の監視強化(国民へのアカウンタビリティ強化)

しかない.この中でパイの拡大(経済成長)を国民は必死に努力するしかない.公共事業経済から脱出するしかない.残念ながら,日本には,これくらいの選択肢しか残っていないと思う.

借金問題の深刻さが騒がれないのは不思議である.悪い事は言わない大本営発表の轍を踏んでいるのだろうか.元来,国や地方自治は借金をしない事が法の基本理念のはずである.未来の負担を先取りさせない為,青天井にならない為である.特別の例外として建設国債と赤字国債があるが,いつの頃から,軽々しく発行し,使い方の追跡管理もルーズになったのだろうか.

以上,わが国の深刻な問題を述べたが,憲法や借金の問題は手段の問題であり,目的が先だ,と言う論客もいる.その人に言いたい.いくら目的を論じても,いくら目的が正しくとも,革命でも起こさない限り,現憲法と借金問題には勝てないと.手段が制約と化し,目的すら論じられなくなっている,と思うのである.

ところで,次の総選挙で,どの程度,この閉塞感に光が当たるのだろうか.票にならない,選挙に勝つ事しか頭にない,と,話題にもならない感じもするが,この二つの閉塞感に立ち向かう政治家こそ,’真の改革の旗手’だと思う.口当たりの良い公約以前に,政治家の反省と解決への取り組みが先だと思う.

最後に日本文化の葛藤問題である.日本は歴史的に中国,ヨーロッパ,戦後のアメリカの影響を強く受け,和魂洋才で文明を積極的に輸入してきた.反物に例えると,和魂という縦糸に洋才という横糸で模様を作り,反物にして来た感じである.

更なる国際化の中にあって,文明だけではなく,考え方,仕組みと言う文化まで,日本的なものが一枚一枚はがされてきている.(当ブログ・日本文化の葛藤,でも発信)良しあ悪しは別にして,洋魂洋才の傾向を強めているのである.縦糸の和魂が洋魂になり,日本的反物がなくなるのではないかという葛藤が起こっているのである.

政治政策,経済政策,あるいは教育現場で文化や価値観の対立が起こる.和魂か洋魂かの葛藤である.私見によれば和,縦の社会と競争・横の社会を場面に応じて切り分けていく必要性を感じる.これらを足して2で割る様な制度・仕組みは中途半端になる.力が半減する感じがする.ラクビーでい言うノーサイドの精神で,社会でも企業でも個人でも,二つの概念を並列に持つ事が必要だと思う.

当ブログでも述べているが欧米社会は見事に,この二面性を使い分けている.激烈な競争社会の反面,宗教やチャリテー精神,夢とファイテング゙スピリットを持ち合わせている.文化問題は長い時間の中で形作られるものだと思うが,二面性を使い分ける考え方は今からでも必要だと感じる.

伝統的な日本文化は村社会で居心地の良い社会かもしれないが,論理性が弱かったり,個人の自立,価値観の多様化,経済の発展にとって足かせになり,世界から孤立する可能性もある.’和と競走’の二面性を並列に持つ文化・制度・仕組・行動がこれからは大事だと思う.

以上,日本の3大テーマ(憲法改正問題,借金問題,日本文化問題)を述べたが,日本の進路を考える上で避けて通れない問題であり,識者の見識を求めたいのである.

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2008.09.11

151 自民党総裁選早くも失望

9月10日,国会を犠牲にした自民党総裁選が始まった.日本の総理を決める選挙ではあるが,自民党の基本政策,総選挙の顔を決める選挙である.

しかし,開始早々であるが,まるで緊張感がない.自民党の危機など,どこ吹く風である.それどころか,日本が苦境に直面している認識もない,と言わざるを得ない.国会まで止めて何をやっているのだろうか.

危機に,じたばたしない態度が好感を得られると思っているのだろうか.もう選挙結果が決まっているからだろうか,内輪で激論を交わす事は,はしたないと思っているのだろうか,白熱戦を期待していただけにガッカリである.

日本の現状認識,与党としての反省,取り組む政策課題,所信も良くわからない.国民へのメッセージもない,熱意も臨場感も伝わってこない.演説のうまさとリーダーシップは政治家の命だと思うが残念である.米国の民主党の大統領予備選,オバマvsクリントンの演説と,つい比較してしまう.数段,いや数十段,レベルが違う.

自民党は米国の予備選挙をイメージして盛り上げようとしたはずであるが,米国のような党内バトルは望むべくもない.舞台で演じる役者もセリフも弱い.一強四弱の配役を決めたせいか.これから,5人の候補者が揃って地方公演で同じ舞台に立つと言う.これでは総選挙の予備選にならない.自民党にとっても逆効果である.

本質的な議論もなく,決める為だけの総裁選なら,談合入札と同じである.密室で決めるより迷惑な話である.自民党の立論力,発信力の問題は
自業自得で済むが,日本の政治がそうであってはならない.

後は総選挙で激しい論争を待つしかない.

この総選挙では,民主党の政策も現実性がない,民主党は政治信条がばらばらの党だ,自民党では改革できない,などの批判合戦や社会保障を守ります,地方を支援します,農業・漁業を助けます,景気対策で財政出動します,財政再建を優先します,等のスローガン合戦では日本の難問は解決しない.だから何をするのかと問いたくなる.

前のブログで述べた程度の研ぎ澄まされた政策を作り,好試合を期待したい.選挙とは白紙委任を取る手続きではない.政策の論争こそが,選挙という民主主義の本質なのである.

税財政問題,道路税問題,行政改革問題,年金・介護・医療問題,経済・金融政策問題,外交・安保問題,など短期,中期,織り交ぜて明確な主張を期待したい.

しかし,内心は政治家が回答を出せるか心配である.すでに,問題の難易度が政治家の能力を超えているかもしれない.政権争奪戦を激しくやっても,問題の解決は,はるか遠い所にあるのかもしれない.

政治家には自分や党を超えた真剣な取り組みが求められていると思う.こんな状況を見て,与野党及び熱血感のある有識者を含めて,新勢力を作ろうとする政治家はいないのだろうか.今がチャンスだと思うが.この方が今より解決に近づく可能性があると思う.

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2008.09.06

150 総裁選・総選挙の勝つ為の論法

自民総裁選,臨時国会,総選挙,と乱世が続く.選挙戦について,当ブ゙ログ「NO11戦う構図の重要性」でも述べているが,勝つ為の論法について述べたい.

自民党の総裁選だが,選ぶにあたって,立候補者の政治信条,考え方,政策,もあるが,性格,人気,キャリア,議員同士の人間関係,派閥やグループのしがらみ,自分の今後のふるまいや出世,等もからむ.もちろん,誰が総理にふさわしいか,総選挙の顔を誰にするか,も重要な選択肢である.

さてその中で,小泉政権以降の迷走(迷走の理由は,当ブログの’福田総理辞任のわけ’で記載)した政治路線をこれからどうするかが注目の的である.その中で,財政出動派,構造改革派,財政健全化派,あるいは防衛・外交重視派等,立候補者も乱立気味である.

しかし日本の情勢からすれば,とにかく筋肉質な国家にしなければ,福祉も増税も,何も出来ない状態だと思う.行政の脆弱性,無駄に,国民の怒りは大きい.従って,改革の断行は必須である.これが国民の空気である.

コップの中の嵐ではあるが,民主党の改革攻勢に先んじる意味も合って,総裁戦で改革の機運を,もう一度,盛り上げる必要がある.改革を重視しないと党の分裂にまで発展しかねないと思う.これを踏まえて,総選挙の顔を選出し,新総理のもと,総選挙に向けた基本政策を策定すればよいと思う.

総選挙は,相変わらず,勝つ為には,何でもありの選挙戦が繰り広げられる.‘正論必ずしも解ならず’で政策論だけで勝つとは限らない.立候補者それぞれの,人物評,どぶ板,地域との関係,しがらみ,あるいは公共事業誘致等の要素がからむ.

そして,得票の原因が何であろうと,勝った党としては,政策,主張,が支持されたとする.負けた党は,説明が足りなかったと言う.選挙とは’勝てば官軍’なのである.

本当に政策・政党を選ぶなら,全国区比例選挙の方がすっきりする.この場合は政治を付託する代議士を選ぶというより,代議党を選ぶことになる.

あの政党を支持するが,その立候補者はいやだ,も解消する.おらが町の事しか考えない国会議員や能力もない国会議員を排除できる.(比例名簿しだいだが)国会議員の数も選挙費用も半減し,選挙の在り方も,情報社会にふさわしいやり方に変える事ができる.政党も,ばらばらの集団から政策集団に変身して行く.一考すべきテーマだと思う.

一方,政策重視にも課題がある.基本政策は,日本の場合,憲法問題から安全保障政策,社会保障政策,経済財政政策,行政改革など,どれをとっても日常的課題であり,政策課題を絞り込みにくい,重要視する政策課題も違うのである.各政党も,まとまっていない部分や他党から攻撃を受けやすい部分には触れない事もある.

有権者からすれば,各政党の政策に優先度,不明,疑義,賛成,反対などが入まじり,政治意識が高いほど,政党選択は苦渋を伴う.これは選挙制度の難しいところであり,それゆえ,選挙で勝者が決まっても,敗者の建設的反論,提案は,きわめて重要になるのである.

今回の総選挙は現行の選挙制度で行うわけであるから,政策以外に現場レベルでは何でもありの選挙になる.ただ政治の世界にも,ロングテール現象があり,組織票で勝敗は決まる時代ではない.投票率が高ければなおさらである.

そこで,大衆に訴えるキャッチコピー(旗印)が重要になる.平和な世界を,暮らしやすい社会を,安全安心社会を,などという言い方は意味がないし訴求力もない.そんな政党は存在価値もない.

勝つためには,自身の政策のコンセプト,意志を強くアピールした言葉・旗でなければならない.又,他党を攻撃する言葉は自分の所に帰ってくる,反感も買う.やめた方がよい.キャッチコピーの神髄は自分は何をするかである.小泉アジテートは大成功の例である.

当時,小泉総理は’自民党をぶっ潰す’と叫んだ.民主党が‘自民党ではだめだ’と言えば言う程,小泉アジティートが支持される.小泉総理の応援団が民主党になる構図を作った.小泉論法の圧勝である.また’改革をとめない’に対し,民主党は’日本をあきらめない’と言った.これも同じである.デベートに勝つシナリオとキャッチコピーが必要なのである.

これを踏まえて,自民,民主のキャッチコピーを考えてみた.

まず民主党は前回の参院選では,伝統的自民党手法のどぶ板選挙活動を展開しながら,‘生活第一’を合言葉に,小泉改革の格差問題,地方救済をアピール.年金問題や自民党の失策もあって,大勝した.

今度の総選挙は小泉流改革戦法を取るはずである.特に政治の根幹である官僚政治・政官癒着の構造を変えると訴えると思う.この改革の下で,無駄の排除,社会保障改革,弱者救済等を訴えるはずである.与党では反論しづらいテーマになるはずである.

自民の遅遅とした対応への国民の不満を味方につける戦略である.自民党の賞味期限切れ論の展開である.だとすると,キャッチコピーは’官僚政治の打倒’,’官僚政治からの脱却’,’行政改革の断行’等が良いと思う.この視点は,小泉流と同じく,勧善懲悪,悪代官をやっつける正義の味方として,国民の喝采を狙う戦法である.

はたして,官僚政治を敵に回して政治が出来るのか,と言う問題がある.政策力,知識,経験で政治家が官僚をリードできるのか,そもそも,官僚政治を強固にして来た原因が政治家にあるのだが.

まさに,政治家の実力が問われるテーマであるが,官僚が立法と行政を握っている現実を明らかにしながら,構造・制度改革で,この問題に挑戦したいと言えば,反対する国民はいないと思う.

もうひとつ民主党の戦法で大事な事は,上記のような外の事以前に,自分の事を改革するとの意思表示が必要である.いくら良い事を言っても,そんな力はない,となりかねない.

憲法・安保・外交,等の国家像の違う人を抱えていては信頼が生まれない.政治信条より数を優先した政党とみなされる.党の目指すものを定め,統一を図ることが求められる.政権を目指すなら不可欠の事である.この事に民主党からの発信がない.最大の問題である.

れに対し,自民党は過去の失政も多いことから,天に唾をする様な政策を出せない.開き直って,出すとしても,小泉流に’自民党をぶっ壊す’というスタンスがなければ説明がつかない.

民主党が上記のキャッチコピーだとすると,自民党としては民主党と一緒にやりたい,としておく方が得策である.対立する必要がない.その上で,税財政問題を意識した上で,社会保障問題,農業問題,資源問題,等を論ずる事である.憲法・安全保障問題,外交問題で民主党に議論を仕掛ける事も作戦的には有効である.

難しい問題ばかりであるが,その難しさを説明しながら,政治課題に挙げて方向性を示す事が必要である.ポイントは’信頼の確保’である.

だとすると,自民党のキャッチコピーは’行財政改革と日本の再生’が考えられる.900兆の借金の総括をしながら経済政策,社会保障政策を掲げる事だと思う.これなくして国民の信頼は取り戻せない.

特に借金の総括で,効果もなく借金だけが残っているものがどれくらいあるのか,その事業の当初の計画と実際との差異とはなにか,を明らかにする必要がある.この返済こそ急がねば,将来の国民を苦しめる,この撲滅こそ’不良債務の撲滅’であり’債務の健全化’である.効果が出ている借金返済は将来の国民も納得するからである.

同時に,不良債務を生んだ責任を取らせる事も,強烈なメッセージになる.排除すべき悪を掲げる事は戦いの基本である.これなら,自民党の再生に国民は期待するはずである.それくらいやらなければ,自民党の危機は解消しない.党の責任感と自浄作用がなければ,選挙と言う国民の審判に勝てない.

歴史が証明している様に,昨今の政権にしても,’組織は内部から崩壊する’決して外部から滅ぼされるわけではない.まず,内部を正して行くことが,勝つ秘訣である.内部をさらけだし,内部の異論者を排除(離党)する姿勢が国民からの信頼を得る秘訣である.これで政党が分裂するなら,政党政治にとっても,日本にとっても,進歩である.これは自民党も民主党も共通したテーマである.

いずれにせよ,キャッチコピー,論法の構図は,これからの選挙には極めて重要である.そのポイントを整理すると,

①自軍のコンセプト,やる事を表現する(意思・主張,熱意)
②相手の正論には賛同する(誠実,争点回避)
③相手を一方的に非難しない(謙虚,品位,反感防止)
④自軍の中に悪玉を作り,これと戦う(反省と自己改革,相手攻撃の防御)
⑤相手の主張・
問題点をカバーする論理を作る(大局的立論力)

以上,総選挙が.好試合になることを願って提言した,選挙参謀の皆さんいかがでしょうか.日本は今,ジャパンバッシングからジャパンパッシングへ,そして,ジャパンミッシングへと,世界の評価が落ちていると言う.総選挙の行方に注力して行きたい.

それにしても一票しか行使できないのは,余りにも少なすぎる.
悩める季節が続く.

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2008.09.02

149 福田総理辞任のわけ

9月1日夜,突然,福田総理が辞任を表明をした.安倍前総理に引き続き,就任後,約1年の短命総理になる.

竹下総理から森総理まで14年間で10人が変わった.その後,小泉総理が5年半,続いたものの,安倍,福田で短命総理をぶり返した.もちろん大臣も短期に多数が入れ変った.喜んでいるのは念願の元△△大臣の肩書を手に入れた多くの政治家と官僚国家を証明できた役人である.

さて福田総理の辞任劇であるが,昨年8月の参院選での自民党大敗,9月の安倍総理辞任で福田政権が発足した.一年前,その経緯,課題など当ブログで克明に発信しているが,予想通り,福田総理は挫折した.

福田総理は’主張より話し合いを’と,ねじれ国会に臨んだが,遅遅として進まず,民主党との大連立を仕掛けるも失敗.

8月1日,内閣改造で,新幹事長による公明党との再結束,財政出動派・元郵政民営化反対派の登用,それをテコにした民主党からの引き抜きを画策.しかし,民主党離反議員は出るも,過半数確保に届かず.今回も今一歩のところで挫折.

何でもありの状態で臨んだ福田総理は,政治信条や政策など,あったものではない.’主張より話し合い‘’国民目線での政治‘と迎合一辺倒の姿勢は,国民から,主張がない,リーダーシップがないと映ったのは当然である.

福田総理は最後の一手として,自民党総裁選挙後,総選挙突入し,これに勝って,再度,引き抜きによる参院の過半数確保というシナリオを描いた.その実行の為の辞任だと考えられる.米国の予備選,党大会,大統領選をイメージしたのかも知れない.

とにかく福田総理は就任当初より,解散・総選挙は次の総理にまかせ,自分としては,政策を曲げてでも,参院の過半数を確保したいと思ったに違いない.振り返ればすべての行動がこれに符合する.今回の辞任も最後のシナリオであったはずである.

しかし,次の総選挙は,単独過半数政党が出現しないと思う.そこで,参院も巻き込んだ連立の組み換え,もしくは政党再編が起こる.政権抗争が激しくなり,混乱期が続くと思うが,野党も含めて,政策中心の政党再編,たとえば,改革派対保守派に政党が収束して行くプロセスであって欲しいと思う.

自民党としては,総選挙を有利にする,自民総裁選挙としたい所だろうが,保守的な財政出動路線を取るのか,小泉流の改革路線を取るのか,党利党略,権力闘争ではなく,日本の為にもう一度,争点にすべきである.

その上で,野党も含めて,憲法問題,安全保障問題,外交問題,医療・介護・年金問題,経済・財政問題,などしっかりした政策を示し,総選挙に臨んで欲しいと思う.

権力に向けた数合わせの政党,政治資金を得るための政党,では国民の選択ができないし,政治の混迷・漂流から脱却できないのである.

思い返せば,

失われた10年の政治混迷の後,改革を旗印に政権をとった小泉政権に引き続き改革路線を突っ走しりながら,年金問題や行政の無駄使い,政治資金問題に厳しく対処していれば,日本にとっても,自民党にとっても,良かったと思う.参院の大敗もなかったと思う.

小泉政権は’改革なくして成長なし,聖域なき行政改革,郵政民営化,行財政改革,小さな政府,官から民へ,自民党をぶっ潰す,官邸主導,不良債権処理,金融改革'など,すさまじい熱気で国民を引っ張った.破天荒な政治手法で国民の喝采を受け,国民の政治意識を盛り上げたのである.

しかし安倍総理は戦後レジュームからの脱却,福田総理は参院議席確保の為に道路族,郵政族の復権,支持母体との関係修復,10年にわたる道路財源確保案,行革の骨抜き,最近では財政出動による大型景気対策案まで飛び出し,改革路線がすっかり影を薄めて行ったのである.

参院戦の敗因がバラマキが減ったから,支持母体離れが起こったから,これを民主党がついてきたから,は守旧派復権の我田引水の論理,小泉政権が日本の窮地を救った事を無視した論理,であると思う.

参院選の敗退は決して改革路線のせいではないし,現在でも,構造改革すべき課題も多いのである.ましてや国家の財政から考えれば,筋肉質の国家を作らなければ,その後の展望はないのである.

自民党は結局,失われた10年の間に600兆の借金を作った財政出動の反省もなく、先祖帰りのように,保守・自民党への回帰に舵を切ったのである.総選挙を真近に控えて,伝統的バラマキ政治で議席を確保してきた習性・DNAが頭を持ち上げた感じである.

小泉政権以前の自民党の失政,無駄使い,膨大な借金,行政の肥大,に反省もない派閥のボス,オールドファッションの政治家は退場し,新進気鋭の中堅・若手の台頭,政界再編を期待したいものである.CHANGE は CHANCE なのである.

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