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2009.04.26

170 世襲議員是非論

一族で代々作り上げてきた地盤(支持組織)・看板(知名度)・鞄(資金)を,代替わりで,引き継いで行く事は世襲議員だけの話ではない.そこには一定の効果もあり,秩序を保つ方法としても,社会から許容されて来た事でもある.

政治の世界で言えば,選挙による民主主義政治下でも,世襲の利点が発揮され,世襲議員が多くなって行った.歴代総理も,大臣も大半が,世襲議員である.さらに言えば,戦後の三代目に世代交代する時期であり,ますます世襲議員が増えて行く傾向にある.

世襲議員が圧倒的に多くなった時を想像してみた.

・国会が世襲一族に占拠される,
・国会が若輩世襲議員の学校になる,
・世襲一族の伝統維持に国費が払われる,
・政界が歌舞伎界のような民族芸能界になる,
・与党の政治体制が世襲による幕藩体制(幕府と大名)になる,
・政党内で世襲議員の家系,温情,子弟関係,序列が出来る,
・世襲議員序列重視の党内人事が横行する,

いかにも日本の伝統的な血統主義の文化が政治に復活する感じになるのである.歴代総理や永年議員が特定地方に多いのも,世襲の文化が強い証拠だと思う.
この世襲議員の増加傾向に対し,勿論,問題視する意見がある.

・国民の政治意識の変化で世襲への批判が必ず大きくなる,
・オピニオン,
専門性,実力,のある政治家が少なくなる(国,党とも),
・政治家を目指す青年がいなくなる,

現実には,次の様な事に起因しているのかもしれない.

・公認選びで,世襲が優先され,適任者が存在しても選べない,
・党内政敵の代替わりをつぶしたい,
・党内の世襲議員の村社会をつぶしたい,
・他党の世襲議員の攻撃材料として世襲批判をしたい,

いづれにせよ,政治家の世襲は明らかに選挙に有利である.勿論,それに依存する事の問題もある.そこで,世襲の問題を少しでも,抑制しようとする取り組みもある.

例えば,二代目,三代目の新人世襲候補者は他の選挙区から立候補させる.当然,各選挙区の党の公認選定にあたっては,候補者を公募し,世襲者も横並びにして,厳選する.要は世襲頼みではなく,自らの実力で勝ち上る人材を議員にする考え方である.

世襲政治家一族からすれば,一族に伝わる政治哲学・家訓・歴史,幼少からの訓練・勉学を生かして行きたい,先祖伝来の支持者とともに政治をしたい,政治資金も先代から,そのまま引き継ぎたい,と言うのも政治家一族としては,一つのストラテジーである.子供に,一郎や太郎の様な覚えやすい名前を付けたり,先先代の名前をつけるのも(襲名),このストラテジーのあらわれである.

但し,政治資金団体の資金には贈与税,相続税がかからない事から,世襲一族は個人財産を政治資金として寄付し,相続税逃れ(節税対策)に使う問題がある.

ところで,現職の二代目,三代目の要職を勤めた,あるいは勤めている世襲議員を見ていると,気になる共通の性格を感じる.

負けずぎらいで,すぐむきになり,あまり論理的でない反論をする.又,失言しやすく,総じてデベートに弱く,数字に弱い.責任ある要職に就くと,思考の浅さが露骨に見えてくる.要するに裏がない分,幼児性が残っている感じである.

きっと,帝王学は学んでも,神輿に乗っているだけで,実務や苦労の経験もなく,プライドだけは高い育ちが,思わず行動に出てしまうからかもしれない.私だけの偏見だろうか.たちどころに顔が浮かぶ政治家は多いが,正直言ってご遠慮願いたいのである.

勿論,世襲の恩恵を受けながら,真剣に政治を学び,論客になっている政治家もいる.苦労人の政治家の二代目に多い気がする.

さて,世襲議員是非論であるが,明らかに世襲議員の良し,悪しの議論ではない.より広く人材を求められるかの問題である.従って,党内問題ではあるが,それ以前に,志のある人材が立候補しやすい選挙制度(ネット活用等)を作る事も必要である.

これによって,公認争いに参加しやすくしたり,無所属で立候補しやすくなり,広く人材が政治家に集まる可能性が出てくる.はたして各政党は世襲議員是非について,どんな反応をするのだろうか.

勿論,選挙制度や党の公認制度を改革しても,政治は金と数が勝負だ,その為には世襲は有効な手段だ,日本の歴史文化に馴染む,地域の秩序も乱したくない,という考え方もあり得る.要は国民次第なのである.

ところで,小選挙区制度で政権交代可能な2大政党政治を目指すと言う考えに反するようだが,日本はまだ政党再編を何度か繰り返す必要があるように思う.

その意味で党の思惑とは別に,陣傘議員ではない有能な政治家が多く出現できる制度と国民の政治意識の向上を,この世襲議員論議を契機に実現して行きたいものである.

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2009.04.15

169 国家財政の展望なくして社会不安解消なし

07年10月,『NO115 900兆の借金問題』を発信した.膨大な政府の借金をどう評価し,処理していくのか,自民の参院敗退で復活して来た守旧派,保守派の政治家に,この問題を聞いてみたい心境で発信した.保守派は借金を積み上げてきた張本人だからである.

その後,サブプライムローン問題で世界的に信用収縮が始まり,08年9月,リーマンブラザースの破綻が起こり,株の暴落,輸出の激減,国内需要の低迷,企業のリストラ,失業者の急増,等の経済危機が一気に世界を覆った.

この危機に対し,政権維持,選挙対策,保守回帰の思惑も働き,政府・自民党は積極財政出動路線に大きく舵を切った.多分,3年ぐらいで借金残高1000兆になる可能性もある.政局より景気と言うが,国民からすれば景気と国家財政の方がきわめて心配なのである.

そもそも経済危機勃発以前に財政問題,年金・介護・医療の問題,地域財政問題,行政改革問題,など山積みのはずであった.これに,とんでもない経済危機がのしかかって来たわけで,積極財政出動で国家財政は大丈夫なのだろうか,と誰しもが心配する.

こんな心配の中で,08年度補正予算,09年度本予算が通り,現在09年度補正予算の議論になっている.本来厳密に運用されるべき赤字国債や建設国債の制度が景気対策の道具と化し,埋蔵金(準備金)も吐き出し,財政再建どころか,関を切た様に,借金が増加する情勢(09年度赤字国債と建設国債で44兆,財投債,借換債は未調査)になったのである,気になる点をあげてみた.

①とにかく’経済の底割れを防ごう’’景気浮上だ’’火事場で,消火費用の事を言うな’等,なりふり構わぬ風潮が総選挙対策と一体となって起こっている感じがする.

政治家が火の手の上がる屋根の上で,組の’まとい’を血気盛んに振りかざししている火消しに見える.’まとい’で火が消える分けではないが,消火より,組みの存在感のアピールの方が大事だと感じているようだ.そんな火消に国家の存亡をまかせて良いのだろうか.

②’政策の財源は国債発行で’とよく言う.財源は借金でと言う事のようだが,借金は財源ではない.借金を何で返すかが財源のはずである.

借金を歳出削減で返して行くのか,準備金で返して行くのか,資産売却で返して行くのか,増税で返して行くのか,インフレを起こして借金を軽減するのか,等の返済の目途があって初めて財源となる.

借換債での返済(借金して返済)は返済の先送り,借金地獄に突き進む.金利の上昇が即財政破綻につながりかねない状態になる.

返済計画のない国債発行は財源のあてのない借金であり.決して財源ではない.未来への付けで飯を食う事は未来の国民の主権在民権,財産権を奪う事を忘れてはならない.それほど借金は慎重でなければならないのである.

そもそも,役人の世界では借金を収入,歳入と言う.又,政治家も含めて,将来の借金返済の事など自分とは無関係だと思っている.お役所・政治家の非常識な感覚が’財源は国債’と平気で言うのである.その感覚が危険である.

③’景気が良くなったら財政健全化,行財政改革に取り組む’との政府の発言を聞くが,経済成長期であっても実現したためしがない.今度こそと言っても,既に遅く,財政健全化や行財政改革は手に負えない事態になっているかも知れないのである.

少なくとも,3年後,5年後,10年後の国家予算(政策)の姿を描きながら借金・税・社会保険料のあり方を考えなければならない.将来を見ない単年度だけの予算編成は無責任で危険である.900兆という借金も単年度しか考えない政治の結果であり,同じ事を繰り返すのだろうか.積み上った後では遅いのである.

④他国経済頼りの輸出国日本の内需拡大は古くからの課題であるが,経済規模が大きくなった日本は,これ以上内需が拡大するか疑問である.むしろ,もったいない,節約文化に回帰している.ましてや貿易の半減を補う程の内需拡大は不可能である.その意味で,内需拡大の為の財政出動は明らかに効果も小さく,一時的である.

従って,経済規模を維持するにしても輸出産業はどうあるべきか,縮少しつづけた場合の日本はどうしていくべきかを真剣に考える事が重要な経済危機対策だと思う.

⑤年金問題のような大問題が財務省にも内在していないか.責任を感じない役人・政治家に国家の存亡を預けている意味において財務省も厚生省と同じである.国家のとんでもない台所事情が政権闘争の陰に隠されているのではないか不安である.国家財政は大丈夫か専門家の冷静な判断,公表を望みたい.

救済対策と景気浮上対策,財政出動と国家財政対策,のかじ取りは極めて難しいと思うが,せめて次の手(新しい財政規律)を打つべきだと思う.

①不良債務(効果なし,借金あり)の償却・発生防止(債務の健全化)
②救済・人件費は税収,社会資本整備は借金と言った財源の分離

③義務的予算とそれ以外の予算の分離(予算編成のしかた,予算表示の仕方)

④公共事業毎の生涯管理(目的と実際,資金計画と実際,等)
⑤無駄な歳出の徹底削減(危機ならばこそ行政改革の断行)

⑤今後の国家予算の見通し,借金返済計画の表明

バブル崩壊後の国債発行の2倍程度が今後も数年間続くと言う.今後3年間で借金が1000兆になる可能性もある.景気回復に向かうとしても,この借金を抱えて今後,財政が持つのか,年金・介護・医療などの問題はどうなるのか,誰も検証していない.一山越えても,借金の山がさらに高くそびえている事だけは確かである.

経済危機が起こる前.財政規律(国債発行は30兆以下としプライマリーバランスを達成する)は財政問題の入口論で,その先の財政需要を考えれば,もっと大変な事が待ち構えていると言われていた.その話はどうなるのだろうか.’米百俵の精神’の話はどうなるのだろうか.

勿論,借金残が1000兆になっても,日本は大丈夫だ,年金・介護・医療も大丈夫だ,必要な公共事業もやれる,税金もそんなに上がらない,と言い切れるなら,それだけで消費も増え,ローンで大型消費財,車,家屋も売れ,経済危機から脱しられると思うのである.

あまり悲惨な事になるので,とても言えない,と言う事であったら,まさに,かつての大本営発表の轍を踏む.元来,国家財政に余裕を持つ事が国家のリスクマネージメント上必要だが,バブル崩壊後,借金を積み上げ,国のリスク対策を放棄して来た.その後,財政再建に取り組むも,それもむなしく消えた.

ならばこそ,総選挙で借金額の評価,財政問題,今後の国家予算の姿を,争点にすべきである.ばら巻き合戦は国を滅ぼす.今こそ未来を見据えた信念の政治家の出現を望みたい.

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