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2009.07.31

183 マニフェスト合戦への危惧

従来になく,マニフェストが注目され始めた.しかし,根本的な難題を多く抱えた日本において,マニフェストがはたして日本の進路を良い方向にリードしてくれるのだろうか,感じる違和感について述べたい.

まず,マニフェスト重視における問題点を,いくつか上げてみた.

①断片的なマニフェストで政党選択ができるか

ともすると,マニフェストは党内不一致の重要課題の政策を避けたり,政策が立てられなかったり,他党との選挙協力や連立同士の配慮で取り上げるのをやめたり,選挙目当ての政策であったり,する.国民の為の主張であるべきものが,党利党略の視点で書かれていると思わざるを得ないのである.

日本は現在,憲法に始まる外交・安全保障問題,少子高齢化に始まる年金・介護・医療等の問題,膨大な借金問題,等々,長期にわたる重要な課題を抱えている.こんな重要な事が,マニフェストから抜け落ちたり,掘り下げられていない.今回も生活重視と財政出動の話ばかりである.

勿論,外交・安全政策で明らかに出来ない政策もあるかもしれないが,それにしても,憲法問題,憲法解釈問題,など根本的考え方すら見えないのである.

票を取るための断片的な,人気取りのマニフェストなら国を食い物にするだけである.政党はこれらの重要問題についての認識と所見をまず表明する必要がある.施政方針なしの短期的政策を述べるマニフェストでは国民の選択と国の進路を間違う.国民はむしろ書かれていない問題に留意する必要がある.

②政党の活動評価はマニフェストの達成度で計れるか

与党の評価を党利党略で作ったマニフェストの各項目毎に実現度で測ることが意味ある事か疑問である.又,評価の物差しも簡単ではない.そのた為に評価し易い政策表現をすべきだとの意見も出る.ますます,通信簿の様なマニフェストになる.これでは国の難題解決から,ますます離れて行く.

国民から見れば,与野党問わず,政党の実績評価は,考え方,政治路線が間違っていなかったか,立法活動や法案への賛否実績はどうであったか,国会での質疑内容も評価の対象になる.

これらの政党活動の実績報告は全政党の義務であり,それを国民が評価するのであって,マニフェストに対応した達成度で与党のみ評価しても,あまり意味がないと思う.

又,議院内閣制で政府の総辞職や内閣改造があり得るが,これもマニフェスト評価の意味が薄れる.

マニフェスト重視で政治家の選択が希薄にならないか

知事や市長のマニフェストは個人に帰属し,個人を選ぶ材料になる.国政政党のマニフェストは,①②の問題も含みながら,良くも悪くも,政策・政党選択の材料になる.

従って,地盤,看板,鞄,地元への公共事業誘致,なども含めて,政治を負託する人物の選択が希薄になる.小委選挙区制も含めて,代議政治が人から政策・政党にシフトして行くのである.政党は人が欲しいのではなく,議席が欲しいのであって,人気があれば政治能力など,どうでもよくなる.

マニフェスト重視が日本の多くの難問解決に向かうどころか,ゴッタ煮の政党を選び,力量不足の政治家を選び,難問を先送りする事になりかねないのである.

ならば,間接民主主義の基本にかえって,信念を持った政治家を選ぶ方を優先すべきではないか.政治家(選挙区)と政党(比例区)を分けて考える必要があると思う.

難問と対峙出来る論客を国会に集結させる方が,今後の日本の政治にとって,きわめて大事だと思う.主義主張に応じた政界再編もし易くなる.日本の政治体制,はここからやり直すべきではないかと思うのである.その意味で,マニフェスト合戦に巻き込まれて,貴重な人材を失ってはならないと思う.

官僚主導から政治主導にするとしても,制度の問題より,政治家の力量の問題の方が深刻だと思う.実力のない政治家主導は危なくてしょうがない.官僚主導の無駄なぞ比ではない.

④調査や裏付けのない政策が国を危うくしないか

もし,政権をとった政党の政策に問題が発覚した時,政党はどうするのだろうか.政党のメンツで何が何でも公約を実行するのだろうか.マニフェスト重視の風潮が,こんな事を誘発しないだろうか,心配である.
特に野党の政策に裏付けなしの政策が多く心配である.選挙期間中,国民がこれを見抜く事は難しいだけに,競合政党の政策評価が必要である.しかし明らかに間違っていても,政策毎の賛否投票は国民には出来ないのである.

ところで,マニフェスト信奉者は直接選ぶ地方の首長選挙と代議士・政党を選ぶ国政選挙とを勘違いしていないだろうか.国政の課題は極めて広く,難題ばかりである.考え方や政策も簡単ではない.それも含めて代議士に負託する部分は大きい.むしろ,立候補者にマニフェストを求め,負託する代議士を選びたい位である.

こんな思いの中で,断片的,表面的,政策ばかりの報道を見ていると,違和感どころか危機感すら感じる.又,やたら,具体的内容を迫る報道姿勢も,ますます本質的問題から目を遠ざける様に思う.

思いつくままに書いたが,断片的なマニフェストで選挙が加熱する事に,大きな危惧を抱くのである.

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2009.07.29

182 旧態依然の選挙活動

いよいよ選挙モードに突入した.しかし,日本の進路に取って極めて重要な選挙にもかわらず,怒りさえ覚える選挙活動が目につき始めた.いくつか上げてみたい.

シーン① 地元への公共事業誘致

地元民を前に’永年にわたって,公共事業を地元に持ってきた,これは支持を頂いた地元への恩返しだ.これからも地元の為に戦う’と演説.口利き政治家を認めたような,道路族の演説である.

何かおかしいと怪訝な聴衆もいたようだが,頼れるおらが先生と思っているのか,拍手の方が多い.

かつて地方には,こんな政治家が多かった.毎年の地元商工会の賀詞交歓会等での国会議員の挨拶で,公共事業誘致の話ばかりである.公共事業を持ってくれば票がとれたのである.80年代のバブル経済,90年代のバブル崩壊経済,00年代の公共事業減少時代と,どの時代でも,この戦法が与党を支えて来たとも言えるのである..

特に,古手の党幹部の身体に,この戦法が染み付いているようである.地元の為に,国を食い物にし,膨大な借金を積み上げてきた箱物政治家だと感じる.

せめて,そんな戦法で当選し続けながらも,国政に対する自らの政治信念に取り組んでいるなら弁解の余地はあるが,それも見えない.地位,名誉,議席,権力の対価を公共事業で払っている様に見えるのである.

政治家には国民の政治意識を育てて行く使命があると思うし,国会議員は地元の利益代表ではない.ましてや公共事業を地元に持ってくるのが仕事ではないと,言うべきなのである.

言うまでもなく,国会議員は国家の在り方や法律を決め,予算の効果的活用を行うのが仕事なのである.そのオピニオンの賛否を問うのが国政選挙なのである.そんな意識もない演説に思わず目を覆いたくなる.

厳しい選挙だ,逆風が吹いている,と古手の政治家は言う.その原因がすべて自分の政治姿勢にある事に気が付いていない.

今更,政治姿勢や信条を変えられないだろうから,せいぜい公共事業誘致をアピールして,古い政治手法を演じ続け,住民の国政政治の勉強教材になってくれればと思う.

出来れば,過去に誘致した公共物の脇に銅像を置くのも,政治の歴史遺産として,後世に役立つかもしれない.

シーン② 業界・団体の組織票固め

’こんな政策で貢献したい,要望も是非取り入れたい,どうぞご支持を’と党や立候補者は業界・団体の支持をお願いしている.

支持を得られれば,国会議員・党は支持母体の利益代表として,国政で主張する事になる.それが支持への見返りである.シーン①と同じ族議員の構図がそこにある.護送船団時代の戦法である.

政治家や党はこれらの意見を聞くのは勿論必要であるが,国の視点での政策判断とは一線を画しておく必要がある.投票する国民はこの視線で判断する必要がある.

小泉改革政権の反動で,組織票復活の動きがあるが,古い政治手法に戻るだけである.票を前にすると,国会議員のあり方や政治信念など吹っ飛んでしまう感じである.

シーン③ どぶ板選挙合戦

あいも変わらず,どぶ板選挙が始まった.弁論など二の次である.握手をすれば,立候補者の達成感が満たされると感じるのかもしれないが,ペコペコする政治家はみっともない.いまどき,これで票が得られるとは思わないし,国民はそんなに盲目的ではないと思う.しかし,もし投票行動につながっているとしたら,これも民主主義ではあるが,レベルが低すぎる.

どぶ板に徹したから勝てた,十分でなかったから負けた,では政治信念も政策も関係なかったと言う事になる.どぶ板で勝ったと言うなら,政策が支持されたと言わないように願いたい.国の進路がおかしくなる.

シーン④ 国民へのサービス合戦

生活支援,少子化対策,個人消費増,等を掲げて個人に直接公金を渡す制度,税の再分配先が個人,で本当に良いのだろうか.

かつて,公金は公的なものに使うと言う大前提で運用されて来た.かろうじて,生活保護等の救済目的で支給したり,公的費用の免除で,個人支援が行われてきた程度である.

自然災害をこうむっても,道路復旧に公金を使えても,個人の財産損失や生活基盤の崩壊に公金を支給する事が制度的に困難と考えられて来た.又,一般般個人への支援は減税どまりであった.

今,流行りそうな,一時的な給付金,定常的な手当支給は,従来の公金の使い方からすれば,大きな変化である.この意味を考えてみた.

まず,財源に限りがあると言う前提に立てば,公的事業への支出から個人向け支出へのシフトとなる.簡単にいえば高所得の企業・個人から集めた税金を国民にばらまくのである.

たとえば,

①託児所,保育所をきめ細かく開設する
②託児所,保育園の料金を無料化する.
③子供手当てを支給する,

と言う案があったとする.①②は公的事業への支出,③は個人への支出.である.

さて,同じ予算規模だとして,一つを選ぶとしたら,どの政策が効果的で,公金の使い方として公平なのだろうか.

子供がいる夫婦共稼ぎを支援するなら①,一時的であるが,経済波及効果もある.②③は富裕層にも公金が使われたり,子供を持たない人との不公平感がある.

又③は膨大な予算が毎年必要になり,目的が家計支援,個人消費拡大,になり,①②とは目的が変わってくる.しかし,公共事業と違って,効果の良し悪しが見えにくく,かつ途中で中止する事が至難になる問題を含んでいる.

従って,手当て支給合戦は,国の力を落とす危険性を持っている.やるとしても,財政難を考えると予算の少ない方法を選ばざるを得ない面もある.無節操な支給は重税への拍車,重要政策の実行力低下,国家財政破綻,を間違いなく招く.

税金で手厚い保護を続けると,そのうち保護すらできなくなる.と言う宿命がある事を忘れてはならない.財政難の中で,税金の使い道を真剣に考えた時,個人支給の必要性を説明できるか,大変疑問である..

そんな金があるなら介護保険料や医療保険料をもっと軽くせよ,老人施設や介護者の待遇を良くしろ,医者や病院を処遇せよ,又,そんな財源があるなら,中所得層の所得税,住民税を低くせよ,など,いくらでも議論がある.それでも個人へのばらまきが優先するとは,どうしても思えない.

シーン⑤ 人物より議席が欲しい党公認立候補者

立候補は誰でも出来るが,少なくとも政党公認の立候補者には,政治信念,政治課題と政策への見識,を求めたい.又,党はそのような人を人選すべきなのである.

しかし,どう見ても,知識も主張もなく,デベート出来そうにない立候補者が散見される.うわべの聞いたような話をもっともらしく言う立候補者に苛立ちを覚える.どうせ落選すると思っていても,立候補を許していること事態に腹が立つ.

日本の難問を眼前にして,とてもじゃないが,そんな人に日本の政治を負託できないのだが,国民の政治意識からすると,当選するかも知れないのである.

党から見ればその人が欲しいのではなく,その人の人気で議席をとりたいだけである.その人は国会で党の指示で投票するだけの人になる.

本人もこの事を自覚するなら,絶対立候補すべきではない.党も党利党略で,そんな人を公認すべきではない.国の政治家が弱体化し,まったく国費の無駄になる.せめて票を与えても,議員はいらない.

以上,国家の難題を前に①地元への公共事業誘致②組織票固め③どぶ板選挙④個人へのサービス合戦⑤議席が欲しいだけの党公認立候補者,を垣間見て,はっきり言って’国をつぶすのか’と怒りを禁じ得ないのである.

ところで,どう考えても支持できる立候補者,政党がなかったら,皆さんどうされるのでしょうか.棄権か白票でしょうか.エイヤーと,どちらかに決めるのでしょうか.どちらにしても,国民の責任はなくならないのだが,せめて,白票が一定数を超えたらその選挙区の選挙は無効と出来ないものだろうか.選挙区のまずいメニューを食べたくないのである.それだけに,メニューを出す政党の責任も重い.

そこで,国会議員の選挙は全国区比例区並立制で選挙制度を考えても良いのではないかと思う.勿論,政党の政策と立候補者の政治信条,取組テーマ等は開示される.

地元とか,どぶ板とか,選挙区のまずいメニューから選ばなくてもよくなる.情報化社会なら検討に値すると思う.勿論,国会議員の数も大幅に減らす必要があると思うが.

いずれにせよ,8月18日公示日まで,堅苦しい選挙制度に縛られる事なく,闊達な議論が起り,国民の選択の眼力が高まる事を願いたいのである.そして全国の優秀な論客が国会に集まる事を夢みたい.

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2009.07.28

181 全体予算構想を示さないマニフェストは論外

民主党のマニフェストが発表された.予想通り,特徴は個人への分配,官僚国家からの脱却である.庶民,有識者の反応は.大方,そんな事が出来るのか,とその実現性を疑問視するものであった.又,成長戦略がない事や安全保障の方向が見えない事も予想通りの指摘を受けている.

この中で,年間16兆に及ぶ新たな支出に対しての財源問題に批判が多い.しかし,指摘する方も答える方も本質がずれていると思う.

そもそも政策ごとに財源を割利当てているわけではないからである.例えば戦闘機購入の財源はどうするのか,公務員給与アップの財源をどうするのか,と聞いても答えられない.新たに目的税を新設すると言うのであれば別だが.

従って民主党も公共事業の無駄排除,事業の縮小,人件費削減,埋蔵金,等で捻出すると言うのも説明になっていないのである.要するに全体の予算規模,内訳を示さない限り,財源の信憑性はないのである.

民主党案で個人への分配を優先するにしても,削減する事業はなにか,増税なしでできるのか,結果,予算規模が増えるのか,減るのか,財政赤字はどうなるのか,さっぱりわからないのである.

さらに言えば,個人への子供手当支給と扶養控除廃止,農業所得保障は生活支援,少子化対策,個人消費拡大,と効果が盛りだくさんだが,はたして公平な分配と言えるのか,個人への手当支給,高校無料化は地方政治で考える問題ではないのか,と言った根本的な問題もある.

公共事業の無駄の排除についても,地方分権で解決するとの主張なら削減分は地方の他の事業に使われるわけで,国の財源は出てこない事になる.それとも地方への財源移譲を削減する事になるのか.これも不明である.

とにかく,全体の予算構想を述べずして政策,財源問題は語れないのである.従って,各政党へは,今後4年間の予算編成構想を出す事を必須にすべきだと思う.予算書にすべてが集約される為,予算案だけで競争しても良いくらいである.

一方,自民党は7月末マニフェストを発表するとの事である.どの程度,成長政策,改革政策が入るか注力したい所だが,前回のブログでも言っているが,上記の事も含めて,次の事は明らかにして欲しいのである.民主党も政権交代を主張するなら是非,上記のことも含めて,マニフェストを補足して欲しいものである.

願わくば,マニフェストで論ずべき必須項目(下記)を国会で決めて解散して欲しいくらいである.自分達の都合や選挙目当ての政策だけでは,納得できる選択が出来ないし,そんな政策だけで国を運営できないからである.

各党が明らかにすべき項目

①国家の借金残高の評価と対策
②予算編成の構想
③行政改革の構想
④社会福祉の構想
⑤経済・金融政策の構想
⑥農業政策の構想
⑦文教政策の構想
⑧税制改革の構想
⑨憲法解釈と安全保障の構想

繰り返すが,マニフェストブームに乗じて,あれもやる,これもやると言うのは片手落ちである.その代わりに,こんな事はやめる,或いは増税する,と言って初めて,やる事の評価が可能になる.又,やめる事も重要な政策であり,選択肢なのである.その為にも全体の予算案は不可欠なのである.

又,政権を狙う党なら,上記の如く,すべての政治案件に対して,所信を述べる必要がある.断片的な所見だけでは政権を選択できないのである.

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2009.07.20

180 歓迎すべき党内部抗争

7月21日衆議院解散,8月30日総選挙が決まった.9月に自民党総裁任期が切れる事もあって,総選挙前に次の総裁を前倒しで選ぶべきだとの主張が反麻生陣営から噴き出した.結局,今のところ,現体制のままで選挙に臨む情勢である.

マスコミもコメンテーターもこの一連の抗争に対し,自民党の末期症状,政権陥落の悪あがき,政策をまとめられない程の凋落,分裂選挙必死と報道した.

残念ながら,なぜ今回の内部抗争が起こったのか冷静に見つめた報道は皆無であった.表面的な興味本位の人事抗争だけを伝えただけであった様に思う.

私見によれば,何度も当ブログで述べているが,今回の抗争は小泉政権以降くすぶっている保守勢力対改革勢力の政治路線抗争であったと思う.誰が総裁になるか,誰が人気をとれるかではなく,今後の自民党の政治路線の戦いであったと思う.

一方,自民党内の過去の抗争もそうであったが,政治路線や政策を前面に出して戦う事を避ける傾向がある.引っ込みがつかなくなる,妥協・収束できなくなる,からか,派閥間の権力闘争という形を取ってきた様に思う.

今回も抗争の根底になる政治路線,政策を,あからさまに主張する政治家が皆無であったように思う.保身が働いているのだろうか,小選挙区制ゆえの縛りが働いているのだろうか残念である.

今回の抗争は現体制存続で第一ラウンドは終わったが,マニフェストづくりで第二ラウンドが起こると思う.ここで,もう一度,保守と改革の戦いが起こる.こちらの方が本質的な抗争になると思う.

又,民主党も政権奪取の前に結束しているようだが,政治信念や路線,政策はゴッタ煮状態である.自民よりもっと大きな考え方の差が内在しているように見える.権力奪取を目の前にして,内部抗争を封印している感じである.

結果,主張も表面的であり,内部抗争になりそうな政策は避けている感じがする.これでは政権をとったとしても,無責任である.

ところで,総選挙にあたって,戦う構図を作る事が極めて大事である.民主党が国民への分配重視,行政構造改革断行,だとすると,自民党はどうするかである.

明らかに自民党の保守路線では公共事業バラマキ,官僚国家のイメージが強く,支持されない.日本民族主義的国家像を信条とする保守本流に拘るだけなら,現在の政治課題は解けないと思う.

自民党が勝つ為には,未来の日本に向けた課題を直視し,その対策を打ち出す必要がある.天に唾するような課題であっても逃げてはならない.長期政権を担ってきた責任だからである.’実績を見てくれ,安心・安全は自民’,では負けである.既に支持率で評価はなされているからである.

自民党は政策で戦う構図を作らずして民主党政策の実現性や政権担当能力を批判出来ないし,選挙には勝てないのである.その意味で自民党のマニュフェストが注目される所である.前回ブログの政界予想通りだと思う.

繰り返すが自民が保守本流政治を標榜し,’保守の自民’’改革の民主’の構図になれば勝負あり,である.既に安倍・福田・麻生政権の保守回帰で支持を落としているからである.

このように,意味ある選挙にする為に,どの政党も闊達な路線・政策の党内抗争をして欲しいのである.その上で政策を,国民に訴えるべきである.議論を封印して,ただ結束を叫ぶ政党は信用できないのである.

もし,政治信念・路線が違えば,離党し,無所属もしくは新党で戦うべきである.政権交代の前に政界再編が先と考えるからである.選挙の結果,離合集散するのでは,選挙の意味,国民の選択,政党政治を無視する事になる.何でもありの代議政治になってしまうからである.

ところで,マニフェストであるが,是非,各政党とも,次のことに触れて欲しいと思う.

①国家の借金残高の評価と対策
予算編成の構想
③行政改革の構想
④社会福祉の構想
⑤経済・金融政策の構想
⑥農業政策の構想
⑦文教政策の構想
⑧税制改革の構想
⑧憲法解釈と安全保障の構想

小選挙区制度にも関わらず,わが党にはいろいろな意見がある,と中選挙区感覚の政治家がまだ多い.ゴッタ煮の政党ならば,大いに党内抗争をやるべきである.

政治路線が許容出来なければ,分裂すべきである.小選挙区制は政治路線,政策の抗争をやりながら党を編成し,2大政党になって行く制度だからである.

それとも,小選挙区制はゴッタ煮の2つの権力闘争チームを作るだけ,政策と無関係に政権交代が起こるだけになるのだろうか.だとしたら人物中心に選択し,人物に政策を負託するしかなくなる.そうであるならば,小選挙区制だからといって,必ずしも,党の政策を選んだ事にはならないのである.

人物中心に選び,その人物が党を構成し,党で政策を討議し,国会で政策論争を行う,という人物中心の中選挙区制が日本の実態に合っているのかもしれないのである.

形だけ小選挙区制にしても,ゴッタ煮の政党のままでは,選挙は勝ち負けを決めるだけの場になる.活発に党内抗争をやってゴッタ煮の政党から脱却すべきなのである.

はたして国民の選択理由が,人物か政策か政党か,知りたいものである.そんな世論調査があっても良いと思う.

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2009.07.05

179 私の政局予想

本日,静岡知事選が行われる.その結果が出ていないが,現時点での政局のシナリオが絞られてきた感じがする.希望的観測を言えばブログで発信しているように,保守対改革の政界再編の後,総選挙が望ましいと思っているが,現実は政界再編を封印してゴッタ煮の政党のまま,総選挙になる模様である.この上で,政局を予想してみた.

シナリオ①
自民党は改革色を取り入れたマニュフェストを掲げ,麻生政権で総選挙突入.結果,現議席数は激減するが,公明を含めた議席で,なんとか過半数を確保.

シナリオ②
自民党は改革色の強い次期総裁を選出し
,選挙突入.結果,単独過半数を確保.

シナリオ③
自民党が保守色を強めて選挙突入.結果,第一党は民主党になる.但し単独過半数にはならず,連立がらみで,政界が不安定になる.いづれ政界再編に向かう.但し民主党が新鮮な党首を立て,党内の政治信条を統一出来れば,単独過半数まで伸びる.

この三つである.いずれも,’バラマキ合戦’より’改革色がキイ’になる.

この3択で言える事は自民党次第だという事である.自民党が改革に歯切れが悪く,保守色を強めれば,間違いなく民主党が第一党になる.

自民党の古参議員が,今度の選挙は厳しいと言う.その原因が自分にある事を自覚しないようでは自民党の勝ちは無いと思う.

こんな分かりやすい選挙なのに,自民党がもし負けたとすれば,勝つ為の手を打たなかった自民党の自業自得としか,言いようがない.

ところで,マスコミで世論調査結果を定期的に発表しているが,質問の内容がよく分からないので,余り影響されないように見ている.時々我田引水の様な調査結果があるように感じるからである.

例えば,総理はブレる,リーダーシップがない,とさんざん報道し,調査結果に指示しない理由として,ブレる,リーダ-シップがないと出る.すると,今度は国民の判断はこうなっていると,自分の言ってきたことを国民の声だと言い始めるのである.

あたかも,芸能報道のようである.自分で言いふらしておいて,話題になっていますがと,世間の声のように言い,さらに面白くする為に,突っ込むのである.芸能人もこの展開を承知で相乗りしている節もある.

ファッションも同じような事がある.まだシーズン前にもかかわらず,今大変話題になっています,とか,流行になっています,などと,あたかも消費者の声の様に言う.これなども,客観性を装って,恣意的に誘導しようとしているだけなのである.

従って,国民は,自作自演で興味を盛り立てる政治報道とは距離をとって接する必要があると思う.

ところで,新聞報道,有識者は支持政党を明らかにして報道・発言すべきだと思う.中立,公平,客観を装って,恣意的な報道・発言をする事は卑怯であり,無責任である.

実際,中立,公平,客観性は証明できない建前でしかなく,支持政党を明らかにしない理由には成らないのである.アメリカの新聞の成熟度を学んで欲しいと思う.

今回,世論調査に影響されず,政治の潮流から,大局的な予想をしてみた.勿論,各選挙区の状況や立候補者の人物を調査したわけではないので,外れれば,まったく自分の読みを反省するしかない.9月に入ったら検証してみたい.不遜ではあるが,当たるか外れるか,個人的には楽しみである.

遅くとも後2ケ月しかない.しかも,日本は難問山積である.人気,保身,誹謗中傷だけでは,日本の難問に太刀打ち出来ない.各政党が国の為に,建設的な激論を交わして欲しいのである,熱い夏にしたいものだ.

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