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2009.12.31

195 混迷が続いた2009年と日・米の政変

今日で2009年は終わる.今,1年前の当ブログNO160'危機・混迷の2008年'を読み返している.

2007年のサブプライム問題,2008年のリーマンブラザース問題を引き金に世界の信用が一気に収縮,金融資産が暴落し,経済危機が世界を覆った.まさに,2008年は経済も政治も危機・混迷の年であったのである.

そんな混迷の中で,2009年1月,米国では共和党から民主党へ,日本では9月,自由民主党から民主党への政権交代が起こった.日米とも,ゴスベルとフォークに陶酔する穏健派・リベラルタイプの政権が誕生したのである.

世界の政治・経済では2007年,2008年,2009年と先進国の経済不況が続く中で,中国初めBRICsが大きな影響を持つようになった.又,世界の火薬庫がイラク,アフガニスタン,北朝鮮,等に広がった.イスラム過激派の自爆テロも依然続いている.

政治も経済も多極化(G5,G8からG20へ)がルールなきグローバル化を招き,2010年も引き続き,国連,安全保障,地球温暖化,貿易,金融自由化,為替レート,等,の問題がますます複層化,複雑化して行くと思われる.一方で,世界の産業界は,国を超えた業界再編を加速しながら,新技術の加速とマーケット争奪競争が激化して行くと予想されるのである.

一方,日本においては,初めて政権に就いた民主党は,’所得の再分配’に軸を置いた2010年予算案を策定した.しかし,多くの借金で賄う事から,’借金による再分配予算’とも言えるのである.

この労働組合の賃上げ闘争の様な民主党の政策は,いかにも内向きであり,パイの回復・拡大に繋がる可能性は少ない.世界の経済動向に取り残される懸念もある.

このままでは,2010年は依然,円高,株安,デフレ,失業率悪化,が止まる気配はない.ましてや,11年以降も所得の再配分予算が財政的にあるいは優先度として,持続出来るか疑問が残る.NO193で述べている通り,'借金増大すれど展望が見え’なのである.

一方,技術の世界では,00年代,デジタル革命,情報通信革命で世の中が激変した.この動きに加えて,素材技術革命,環境技術革命,エネルギー技術革命,医療技術革命,バイオ技術革命,ロボット技術革命,等が進行中である.それを供給する側も,それを使う側も,その影響は大きい.その市場も世界規模である.反面,産業の淘汰も進む.低付加価値商品も発展途上国の商品で淘汰される.

10年代は,これらの技術革新で世界をリードする日本になりたいものである.混迷する世界秩序の中で,多分,日本の立ち位置はこれしかないと言えるかもしれない.その為に国家戦略としてテーマを掲げ,その実現に向けた研究改革,教育改革,産業改革,などを描きたいものである.2010年はその元年であって欲しいと思うのである.

ところで,昨今,韓国に関心している.熱弁を振るう熱血感が多い国だと思うが,その上に,ゴルフ,サカー,柔道,あるいはサムスン,ハブ空港,電子行政,等世界に突出した部分が目立つ.多分,財政破綻から立ち上がった一点集中の戦略が功を奏しているのではないかと思う.

ゴルフで言えばゴルフ専門の高校がある.勿論,狭き門だが,今アメリカ,日本で活躍している選手は,この高校を卒業していると聞く.エリ-ト育成の費用が日本と比べて極端に安いはずである.そして,その卒業生は,韓国国内ではトーナメントや賞金が少ない為,若くして日本やアメリカに行くのだと言う.

昨今のように海外での活躍が目ざましいと,国内の人気が高まり,ゴルフ人口やゴルフ産業が増える.国も国民スポーツとして,安くプレーできるゴルフ場を作るようになる.今やゴルフは老いも若きも,国民的スポーツなのだそうだ.そんな中で,さらに素質のある子供が育って行く.その経済効果も大きい.まさに戦略的な頂上作戦が功を奏しているのである.

最近の日本には,科学技術やスポーツのみならず,あらゆる分野で活躍の場がほどほどにある.しかし,どうも中途半端な感じがする.世界の頭脳が日本に集まるわけでもなく,日本の頭脳が積極的に海外に行くでもなく.結果,日本の人材や製品が中途半端のまま淘汰されるのではないかと言う心配である.あたかも,飛行場を全国に乱立させたように.

そこで,韓国の戦略的頂上作戦ではないが,日本も技術革新のテーマを掲げて,それを使った全体のシステムを構想し,官民挙げて,これに取り組む必要がある.

全て国家が統制する事は否であるが,国家目標に対し,それに取り組む予算措置,環境作りはしっかりやる必要があると思う.

最後に日本が各国に先駆けて取り組むべきテーマがある.人口比率が25%を超える高齢化・長寿社会への対応である.高齢者の人口構成からすれば,日本は既に,高齢化の先進国である.高齢化社会は,人類が初めて遭遇する社会なのである.

そこで,単に高齢化対策という発想ではなく,積極的に'長寿国家の建設’という視点が必要だと思う.このた為に,安心なセーフティネットの整備と,元気な高齢者の増加,その高齢者が活躍できる社会の創造が必要である.これは日本ならではの国家戦略としての価値はある.

このテーマは少子化対策だけで解決できるものではなく,今までの社会の仕組み,会社の仕組み,個人の人生設計,家庭の在り方,長寿市場の振興,等の社会変革と長寿国家ドリームを実現していく必要がある.

これに向けて,政治,科学技術,経済,さらに個人の努力も総動員して,取り組む必要がある.その必要性も待ったなしである.結果として,長寿国家のお手本として,世界をリードしたいものである.

政治は常に底辺(救済)と天辺(繁栄)の視点・政策が必要である.

底辺対策だけでは行き詰る.そこで,2010年は天辺が底辺を引っ張るという意味で,世界をリードする技術国家の建設(パイの拡大)と長寿国家の建設(日本ドリーム)という天辺を目指す日本でありたいと思う.2010年はその元年になればと,勝手に思っているのである.

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2009.12.28

194 釣りバカ日誌の感想

探偵もの,刑事もの,水戸黄門,男はつらいよ,初め,多くのシリース作品は,全体に流れるモチーフ,登場人物が設定され,そこに,いろいろな出来事が繰り広げられる.一つの物語とは違って,シリーズ作品にはシリーズ化に耐えられるモチーフと登場人物の設定が必要である.同時に,物語を作りやすい仕事の設定も必要となる.

『男はつらいよ』で言えば,下町の姉と一風変わった弟との兄弟愛をモチーフに,葛飾柴又の団子屋と全国に放浪するテキ屋の寅さんを設定し,寅さんを動かしながら,物語が作られる.又,それぞれの物語にアクセントをつけるためにマドンナが登場する.

このシリーズ物の中で,大好きな『釣りバカ日誌』が20作で終了すると言う.22年間続いたわけだが,是非,感想を言いたい.

『釣りバカ』は管理社会が進む企業の中で,こんな社長や社員がいても良いのではないかとの思いをモチーフに,社長,重役,釣り馬鹿の社員を設定し,マドンナのストーリーを縦糸に,会社のシーン,家庭のシーン,釣りのシーン,宴会のシーン,地方のシーンが展開される.

そこに展開される浜ちゃん,奥さんのみち子さん,釣り船屋のハチさん,社長のスーさん,社長の奥さん,運転手の前原さん,役員と社員,それぞれ,憎めない,漫画的で個性的な,しかも若干社会風刺的なキャラクターが絶妙である.

特に,出世や仕事に無頓着で役員や人事からダメ人間と烙印を押されているが,世話役,まとめ役が似合う,三枚目で’釣りバカ’の浜ちゃん,そんな社員も必要だと思いながら,公言が出来ない創業社長のスーさん.社員が自分の子供を入社させたいと思うような会社にしたい,と現実の企業経営者にチクリと示唆を与えるような事も言うスーさん.

そのスーさんが社員とは知らずに浜ちゃんと知り合い,釣りが大好きになる.会社の外では釣りの師匠の浜ちゃんとの家族付き合いが始まる.会社に隠した平社員と社長の関係が会社では見られない人間味を浮き彫りにする.

又,喧嘩早いが人の良い江戸っ子気質の釣り舟屋のハッちゃん,そのハッちゃんと浜ちゃんの絡みが下町の風情を映し出す.ハッツちゃんの差し入れや釣った魚がいつも食卓に上がるのも羨ましい.この下町の夫婦ラブラブの家庭でハマちゃん,奥さん,スーさん,ハッちゃんのドタバタがコミカルに繰り広げられる.

このような人物設定を長期間,見事に演じた俳優も素晴らしいが,特に主役の西田敏行自身の持つエンターティメント性(宴会芸や歌唱力)が一つの見せ場として,いかんなく発揮されていたと思う.

作品に一貫している事は現代社会を写像しつつ,厳しい世の中に,風刺味も入れて,一服の安らぎ,暖かさを与える事である.登場人物のキャラクター,人間関係,ハッピーエンドのマドンナがこれをかもし出しているのである.又,作品ごとに美しい各地域が紹介される事も楽しみであった.

しかし,結構,憧れを抱きながら真面目に見ていた分,娯楽映画に徹しようと,リアリティを超えた演出には抵抗感もあった.

例えば佐世保から米国の潜水艦でハワイに言ってしまう話(16作)など,折角のマドンナストーリー(伊藤美咲,尾崎紀世彦,浜ちゃんを含めたライブハウスシーン)が良かっただけに,余計だったと,残念であった.浜ちゃんのキャラクターはリアリティの中で際立ってくるのである.

この16作で歌われた’MAKING PLANS’,’MY LOVELY TOWN’(佐世保の歌)は印象深く,今でも映画のシーンを思い出す.今の社会情勢にも必要な感じがする.

又,要望を言えば,もっと,釣りに関する話(釣り方とか魚の生態とか,等)を混ぜた方が良かったと思う.

とにかく,『釣りバカ日誌』は明るい娯楽映画だが,会社の風刺映画でもある,下町の文化映画でもある,地域の自然映画でもある.マドンナの人情映画でもある.勿論,釣り好きには欠かせない釣り映画でもある.何よりも見て楽しい,色々な切り口を持った映画なのである.’男はつらいよ’には無い楽しさの広がりがある.

このような,映画の新シリーズがこれから出てくるだろうか.映画がテレビやDVDに移るにしても,大人向きの作品シリーズが欲しいと思うのだが.

問題は,’釣りバカ’に代わる’00バカ’が見当たらない事である.’釣り’は愛好者が多く,身近な趣味である.どの地方にも釣り場があって,自然賛美のご当地映画も作りやすい.何よりも釣り好きな人に悪者はいないし,ロマンチストなのである.シリーズ物には最適な設定だと改めて感じる.

寅さんの露天商で風来坊で人間味があって好かれるが,ほのかに抱く恋心が実らない設定も,ご当地映画やマドンナストーリーを作りやすいキャラクターだと思うが,少し昔の設定になり,人情話の時代劇をみる感覚になる.

比較するわけではないが,’釣りバカ’の方がストーリー展開が多彩になり,マンネリに陥らないと思う.現代感覚で見れるのもありがたい.

海外で見られるとの観点で言えば,寅さんは日本文化を伝える側面を持つが,少し誤解を生み安い所がある.釣りバカは,モチーフ,登場人物,物語は,どの国でも通用する普遍性があるように思う.

さて,今後,どんな癒し系の,身近な人物がシリーズ作品に登場して来るのだろうか.

いっその事,配役を若返りさせても,今の人物設定をそのままに,『釣りバカ日誌』新シリーズを出したらどうだろうか.

世界の釣り場にストーリーを展開してもよい.自然保護や地域おこしのストーリーも良い.あるいは建設業の新たな展開を示唆するストーリーでも良い.いくらでも,『釣りバカ日誌』は膨らむ感じがするのである.

但し,三国連太郎,西田敏行の名優に代わるキャストができるか,が難題である.’釣り’好きの俳優の中から選べないだろうか.

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2009.12.19

193 巨額借金より優先する無責任政治・政策

我が国は財政法の定めがあるにも関わらず,既に世界に類を見ない超借金大国である.借金に追われて借金をし続ける借金地獄国家になってしまった.それでも大丈夫だと言う論拠もだんだん危うくなっている.

そもそも,財政法第1章財政総則第四条によれば

『国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を以て,その財源としなければならない.但し,公共事業,出資金,及び貸付金の財源については,国会の議決を経た金額の範囲内で,公債を発行し又は借入金をなす事が出来る.(建設国債)
公債を発行し,又は借入金をなす場合においては,その償還の計画を国会に提出しなければならない.』

とある.財政法の精神は借金で国を運営しない事にある.ただし建設国債はやむを得ないとしても,借金は未来の国民に負担を強い,未来の国民の予算編成権を狭め,主権在民権を奪う事になるからである.借金は民主主義の持つ矛盾,弱点なのである.

そこで,財政法で許されていない赤字国債(税収以上の歳出)はその都度,特例法を作って国債を発行している.今年だけ特別に発行したい,という趣旨だが,毎年,特例法を予算とともに成立させているのである.

借金はいけない,と頭では分かってはいるが,どこまで真剣に,それに則した行動をしているのか,日本の国民性,日本の政治風土,財政積極出動派に危惧を抱くのである.右肩上がりの経済情勢の中で’増税より借金を’の文化が定着した感じである.

それにしても’財源は国債発行で’と軽々しく言う政治家が多い.とんでもない間違いである.正しくは財源は将来の税収で,あるいは将来の増税で,さらに資産の売却で,などと言うべきなのである.これも財政法の精神である償還計画に無頓着な表れである.

更に言えば,赤字国債発行の額が何十兆と言う単位である.残高も800兆を超えている.償還も毎年,何十兆になる.政治家はこの数字に麻痺している,のか,将来の事まで考えていない,のか,ひょっとすると,手に負えない数字になっている,のか.全政治家に借金に対する所見を聞いてみたい.

近年の予算編成は財源なき政策が多く,赤字国債発行が当たり前になっている.中には政権維持に使われたり,利権確保に使われたり,行政の無駄に使われたり,した事もあったと思う.

特に,公共事業は,真に経済波及効果が期待できる公共事業以外に,地域の経済・雇用対策で工事が欲し公共事業,選挙目当ての公共事業,官僚の省益を守る公共事業,業界の利権を守る公共事業など魑魅魍魎が渦巻いていたはずである.

真水を流すと言う意味で,すべてが悪いとは言わないが,その結果が世界一の借金大国を作り出したのである.この借金の破綻リスクやその対処法の諸説が飛び交っているが,政治家の発信は今だない.

経済成長期,遅くとも,バブル崩壊後に,小さな政府,構造改革,規制緩和,で日本を筋肉質に戻していれば,未来の展望も開けたし,社会情勢に応じて,もっと効果的な予算が組めたはずなのである.

かつて田中角栄は’財源のない政策はダメだ’を徹底した.’財源をもって来い’が口癖だったと記憶している.自らの政策にも,これを守った.たとえば道路や住宅の建設を加速する為に財源を用意し,公団を作って実行した.この財源ありきによって,人間ブルドーザーと言われる程,説得力,行動力を発揮した.これが日本の経済成長を大きく牽引したのである.

これは,財源と政策が,いかに政治に重要であるかを示している.赤字国債に支えられた政策はモラルも効果も未来の展望も損なう事を知らなければならない.

そんな信念もなく,90年代のバブル崩壊以来,財政法の精神に反して赤字国債発行を特例法(抜け道)で処置して来た.国家を挙げて,財政法を無視い続けてきたのである.

結果的に,抜け道で巨額な借金を積み上げた事は

法治国家と言うより,放置国家だから,
・国家の事より選挙に勝つ事を優先する政治だから,
・国民の政治意識が極めて低いから
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と,言われても,返す言葉がない.
法律という建前が間違っているのか,抜け道による実態が間違っているのか,精査する必要がある.このような類が憲法問題,安全保障問題,等,多すぎる感じがする.理のない国家は閉塞感を増し,活力を失い,漂流国家になるだけである.

現在,GDPの1.8倍の830兆の借金残高を持ち,来年度は国家予算が92兆,赤字国債44兆,税収36兆だと言う.さらに,借款債,財投債を含めると160兆の国債発行になると言う.まさに日本は既に巨大な社会主義国家なのである.

大きな政府どころではない.この勢いだと,1000兆の借金残高になるのも,時間の問題である.かくして,社会主義国家の末路を歩み始めているのかもしれない.

いまさら財政法の精神を持ち出しても,どうにもならない状態だが,これが日本の政治の特徴であり,結果なのである.

巨額な借金が経済大国になった代償であっても,日本の民主主義の代償であっても,国民性の代償であっても,今後は財政破綻の可能性を徹底的に消して行かねばならない.又,未来の国民に説明ができる借金にしておく必要もある.

従って,今や,財政破綻させない事が政治の最大の使命だと思う.いかなる政策も,この使命の下にあるべきである.’仕方なく戦争した’と同じように'仕方なく借金した'で国を滅ぼしてはならないのである.’仕方ない’と言う日本の風土を繰り返してはならない.先手先手の厳しい対策が求められるのである.

そこで,度々当ブログでも言っているが,今後の予算編成について,次の四点を提言したい.

①総額の赤字国債発行は廃止できないか

歳出の帳尻あわせで,総額で赤字国債を発行する制度は廃止できないだろうか.何の為に借金したのか,どの政策で借金したのか見えないからである.未来の国民も,借金の内訳を知る事が出来ないのである.

税収は目的税以外,一般財源でよいと思うが,借金も一般財源のように使われて良いのだろうか.ドンブリ勘定の赤字国債は廃止すべきだと思う.内訳が見えるように,公共事業は案件毎に,すべて建設国債とし,せめてドンブリの赤字国債発行部分を減らす事が必要だと思う.専門家の知恵を得たいところである.

②公約に予算概要,国債に関する記述を義務付けできないか

政党の公約に予算編成方針,概略の予算規模と内容,国債償還計画,国債発行計画を義務づける必要がある.公約が予算で裏付けられ,選挙目当ての政策が排除できる.巨額の借金をした後,国民に信を問うても遅すぎる,からである.

何よりも財政問題に関する国民の参否を問えるからである.財源の裏づけのない政策は政策にならない事を国民,政治家は強く自覚すべきなのである.

③毎年度予算案に財政健全化計画とその状況を義務付けできないか

政権政党は,毎年度,財政破綻の不安を払拭する為にも,財政健全化計画とその状況,税制対策,予算案をセットで示す必要がある.

④赤字国債発行条件を厳しくできないか

冒頭で引用した財政法の改正が必要だと思う.建前と実態が180度違う政治は法治国家ではないからである.赤字.国債発行の上限値を簡単に変えられない法律で規制する事が必要かも知れない.

政治家の背に腹は変えられない感情と選挙への保身が赤字国債の発行を促す.国民としては,その都度,国民に賛否を問われる事が無いだけに,法的にハドメをかけないと不安なのである.借金してからでは,遅いのである.

特に,選挙を気にせず,財政健全化を断行できる政治家が見当たらない.そんな政治家のいない政治主導も,金庫番の財務省も期待できないのである.金はこれしかないと言った方が,選挙の為の財源の無い政策は抑制できるし,むしろ,本質的な政策論議や工夫や知恵が出る可能性がある.

以上,今,薄氷の上にいる日本であるが,そんな中で,民主党政権のマニフェストは’思い’だけで,裏付けがなかった事が露呈した.

当初から予想された事ではあったが,案の定,財政のリアリティにぶち当たって,結局,赤字国債増発になりそうな気配である.選挙目当ての政策が赤字国債増発に繋がったとしたら,大問題である.

遅まきながら,赤字国債増発が判明したなら,マニフェストに自縛される必要がない.財政の現実を見て,選挙公約の全面見直しが必要である.民主党のマニフェストより,国の財政問題の方が圧倒的に大事だからである.

国民も騙されたと思う以上に,国家財政が心配であり,見直しには反対しないと思う.当たり前であるが,民主党より国家の方が大事だからである.

民主党の動きを見ていると,NO186自民崩壊と政治路線で述べたリベラル派の性格の通りである.そのブログで,リベラル派は思いを歌う事に酔いしれているフォーク派と言ったが,まさに,民主党政権はそんな感じなのである.

民主党がゴタゴタして見えるのは,経過を透明化しているからだと,言うが,もともと選挙公約に裏づけが無かった事が原因なのである.

又,この事態に対し,総理の考え方も何度かぶれた.その都度’最後は私が決める’とリーダー健在ぶりを装ったが,リーダーシップが無いと言われても,仕方がない.最後に決める事がリーダーシップではないからである.

繰り返すが,民主党が必要な事は,選挙公約を歌う事ではなく,財政のリアリティを踏まえて,子供手当て,ガソリンの暫定税率廃止,農家の所得保障,高校の無料化,高速道路の無料化など,もう一度,徹底した吟味をする事である.

どれも恒常的に巨額な予算が必要になるからである.年金・介護・医療などとの優先度の問題もある.一方でNO192円高,株安,デフレ対策で述べたように短期,中期の経済対策も大事なのである.

何よりも,民主党は財政破綻の可能性を徹底的に排除する義務がある.その為に,まず筋肉質の国家にする事を優先すべきである.それが自民党を引き継いだ最大の仕事だと思う.その上で,許される範囲で政策を選択すべきなのである.

是非,年明けの通常国会で財政は大丈夫か,徹底した議論をし,限られた財源,国債発行の中で,有効な予算を作って欲しいのである.責任の一端がある自民党も,国を誤った方向に行かせないように,真剣な提言を願いたいのである.

日本は今,剣が峰にいる.真剣な議論に注力して行きたい.

追記(12月26日) 

12月25日閣議決定された来期予算案(92兆)を受けて財務省が発表した来期の借金状況を記す.

・国債発行額・・・30兆増の162兆(赤字国債44兆,借款債102兆,財投債15兆)
・長期債務残高・37兆増の862兆(国663兆,地方199兆)

尚,政府は国債増発に対し,財政健全化について触れていない.家計支援など巨額な予算が毎年発生する政策についても,その持続が可能かどうか説明がない.デフレ脱却や経済成長政策についても,言及がない.

私の感想で言えば借金が増える割に展望や希望が見えてこないどころか,不安が増す感じである.こうなる事を先の総選挙で国民は選択したとは思えないのである.自民党を賞味期限切れにしただけだと思う.

年明けの通常国会前に,マスコミは是非,借金増大でも民主党の家計支援政策を支持するのか否かを有識者と一般国民にアンケート調査をして欲しいのである.是非その答えを知りたい.

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2009.12.17

192 クラウド・コンピューテング 考

今,クラウド・コンピューテングと言う言葉が華やかである.グーグルが初めて使った言葉だと思うが,その意味する所は,一言で言えば,世界の情報を電子化し,いつでも’’どこでも’利用できる,と言う’ユビキタスの実現’である.

情報端末の主役は,大容量,高速化が進む無線網(データー系,電話系)と繋がった携帯端末(タブレットパソコン,スマートフォン)である.従って,クラウド・コンピューテングはモバイル・コンピューテングで急速に拡大しているのである.これは,利用者から見れば『ネットワークからの解放』(自営網からの解放)を意味する.

又,『サーバーからの解放』も同時に進む.システムの多様化,拡大化による自営サーバーリソースの拡大は大きな課題になっているからである.パブリッククラウド・コンピューテング(同一アプリケーションの不特定ユーザー利用)は既に,サービス・プロバイダーを利用しているが,企業固有のアプリケーションも,プライベートクラウド・コンピューテングと言う形で徐々にサービス・プロバイダーに委託されて行く.自営サーバーでモバイル・コンピューテングの仕組みを作ることや,リソースの維持管理が難しいからである.もうひとつ,『セキュリティからの解放もある.これも,自営装備のセキュリティ対策が困難になっているからである.

この様に『インターネットとネットワークの発達』で,処理内容の飛躍的拡大や処理方式の革命が起こっているのである.極端な言い方をすれば,利用者はタブレットパソコンやスマートフォーンを持つだけで,ネットワークやサーバーは外部利用と言う事になる.従って,プログラムとデータは全て外部に置く事になる.

そして利用者は,その処理が,どのネットワークを通して,どこのサーバーで処理されているか気にする事はなくなるのである.ただ,蜘蛛の巣状(WEB)になったネットワーク群やサーバー群のどこかで処理されていると思うのである.あたかも雲(CLOUD)の中で処理されている感じになるのである.

別の言い方をすれば.利用者の要求に基づいて,雲の中で処理され,結果が返ってくると言う,『オンデマンド・コンピューテング』とも言えるのである.

この動きはコンピューター業界の従来の商売に大きなインパクトを与える.ハードやソフトが物販からサービスの提供に変わる.システム販売や個別システム開発の量が減少す.売った後のハード・ソフトのメンテナンスも減少する.その意味でコンピュータ業界はレガシー時代,オープン時代,を経て,今度はクラウド時代へと突き進む事になるのである.

この動きは,グループウエアー(文書管理,掲示板,等の情報共有)から普及し始め,次に,自治体,医療,大手企業,などの業務システムに展開されていくと思われる.又,中小零細企業に関しては,サービス提供側の模索がしばらく続くのではないかと思う.

このように,グーグルが唱えたクラウドコンピューテングは,次世代の情報処理の姿を示唆した事になったが,いくつか気になる課題を提起したい.

まず第一はクラウドコンピューテングサービスの持続性の問題である.例えば,グ-グルがサービスを停止したり,倒産したとすると,社会活動が停止したり,巨大な情報や利用者のブログ情報,サービスがどうなるかと言う問題である.

グーグルに限らず,多くのプロバイダーは広告の革新と広告収入で無償サービスを提供しているが,そのサービスは利用者にとって,なくてはならない機能・利便性を発揮し,世界的規模で社会のインフラになっている.それだけに,持続性の問題はきわめて深刻であり,社会の安全保障にも関わってくる.

また,無償・有償に関わらず,多くのサービス提供者の出現は,持続性リスクの確率を高める事になる.行政や法的な対応策が必要かもしれない.自己責任論だけでは済まないように感じる.

第2の課題はプライベートクラウドにおけるサービスレベルアグリーメント(サービスに関する契約書)の問題である.企業の命である情報や処理を担うことから,上記の持続性の問題も含めて,セキュリティや信頼性あるいは損害弁済の約束を,どこまでできるかの問題である.

アグリーメントの内容によっては両社が引き下がる可能性もある.従来のアウトソーシングでもこの問題があるが,これ以上に,インターネットは結構,荒っぽい性格を持っている.はたして,シビアなシステムに向くかという問題である.この問題は自営か委託かの別れ道になり,間違いなく,普及の鍵を握る.

第3の課題は,利用者の使い方の問題である.単一目的(グループウエアー,技術計算,手形管理等の部分業務)の使用か,業務システム(販売管理とか生産管理など)として利用するかの問題である.後者はシステムの内容にもよるが,そう簡単ではない.個別仕様の問題もある.現実的には,クラウドの良さと自営の処理を使い分けて,相互に連動するシステムが現実になると思うが.

最後の課題であるが,ボーダレスが当たり前のクラウドであるから,プログラムやデータはボーダーレスに存在する事になる.現にグーグルの検索用データベースは世界各地に分散されているし,他の多くのプロバイダーのサーバーはアメリカに存在している事が多い.

そうなると国家間の安全保障と関係してくる.武力や経済制裁だけでなく,自国に設置された相手国のサーバーが人質になる事は容易に想像出来るのである.

以上,クラウドコンピューテングのイメージと課題を述べた.昨今の風潮は我田引水的な良い事ばかりの話が蔓延し,結局,うまく行かず,夢をつぶしかねない感じもする.なんとかクラウドコンピューテングの良さ(ユビキタス志向)を活用して,アプリケーション・ブレークスルーを行い,便利な社会を実現したいものである.

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2009.12.03

191 円高・株安・デフレ対策

91年のバブル崩壊以来,日本は構造改革も中途半端なまま,経済や株価は低迷し続け,財政赤字も増加の一途をたどった.

そんな中で,昨年のサブプライム問題,リーマンショックで急速な信用収縮,輸出激減,経済不況,株価下落が起こり,さらに,先般のドバイショックで一気に円高が進み日本経済はデフレ基調に入ったのである.

かくて日本は,円高,
株安,不況,デフレ,巨額の財政赤字と,いよいよ深刻な事態になったのである.

この事態に際し,財政出動による内需拡大,セーフティネットの拡充,等が議論されているが,私見によれば,’円高の解消’を先行しなければ,この難局から脱出できないどころか,デフレ,株安,を加速するのではないかと危惧している.

そもそも世界経済は,米国も各国も,勿論日本も, 『ドルが強く,自国通貨は低く』 が良いと思っている.米国もドルを世界の基軸通貨としてドル高を容認し,次に政策を取ってきた.

①消費財は安く輸入し,最先端製品,穀物,飼料
は高く輸出する
②各国の経済成長を米国の輸入で支える
③各国は輸出を維持する為に米国債権を買って,米国の需要を支える
④米国は各国から資金を調達し,最先端技術開発に投資する.
⑤米国への輸出国に最先端技術商品を輸出する

である.
現に,世界各国は日本もそうであるが,米国への輸出で自国の経済成長を促進し,米国の需要拡大や投資の為に資金を供給して来た.その結果,米国は輸入大国であると同時に世界の先端技術の輸出国なのである.

かくて,『ドルは高く,その他通貨は安く』,『決済通貨はドルで,外貨保有もドルで』が世界共通の秩序になったのである.

この構造で,リーマンショックのように債権の不良化,信用収縮,需要低迷でドル安になれば,たちどころに,世界の輸出が落ち,米国債券・保有ドルが目減りするのである.当然,世界各国は,こぞってドルの防衛(自国通貨安,ドル高)に走るのである.これも世界経済の秩序なのである.

巷で,円高は良い事だという論調がある.高い円で世界の富を買えるからである.ところが残念ながら,円高は輸出が下落するだけでなく,輸入商品による価格破壊で国内産業は疲弊し,空洞化するのである.当然,株価も下落する.地方経済の低迷も,これが主原因だと思う.円高はこの様にデフレスパイラルの要因になるのである.

このデフレは物価下落や経済が縮小する事で,膨大な借金残額や返済額がさらに重たくなる.まさにインフレとは逆の現象である.特に国内資金で国の借金をまかなっている日本は借金がますます重たくなる.円高はきわめて怖い現象なのである.自国通貨が高くなって困らないのは,米国だけだと思う.

では,世界に類を見ないGDPの1.8倍の借金を抱えている日本が,なぜ異常な円高になるのか.これは明らかに『他国から借金していないから』,『日本円の通過量が少ないから』である.

他国から見れば,いくら日本が財政赤字であっても,他国に借金しているわけではないから無借金国家である.しかも,世界に冠たる債権国家でもある.異常な赤字でも世界から警戒感や利息上昇圧力はかからない.そこで,ドル安になると,資金の逃避先として,円買いが集中するのである.

しかも,各国は円高になっても,世界経済に悪影響しないどころか,日本の輸出力を抑制し,かつ日本への輸出機会が増えるのである.そんな訳で,ドル安が異常な円高に跳ね返るのである.

振り返れば日本は借金の鎖国状態の中で,財政赤字でも財政出動を繰り返し,借金の上に日本経済を支えて来た.現在の経済危機は,そんな日本経済のもろさが発展途上国の躍進や円高の前に根底から揺さぶられているのである.

この円高を解消しない限り,いくら内需拡大の財政出動をしても,安い商品の輸入が増えて,企業の疲弊,空洞化,デフレスパイラルが加速し,借金を増やし,財政破綻に近づくだけになりかねないのである.

このように為替レートは経済の基盤であり,財政出動やセーフティネットの対策の前に,早急に円高の解消に取り組まねばならないと思うのである.

中期的には,発展途上国の安い商品が入ってきても,影響が少ない国内産業の差別化を進めなければならない.特に,内需企業であっても,輸入品に対する競争力を常に意識しなければならないのである.

『日本を滅ぼすのは刃物はいらぬ,円高にすればよい』では,きわめて危険なのである.

ところで,企業より人に税金を使うと言う現政権の政策は救済,少子化防止,内需拡大,を狙っているのかもしれないが,この政策が,安い輸入商品を増やし,デフレスパイラル,産業の疲弊を加速する事に,つながるかもしれない.

そうだとすると,家計への給付は,それ以上の収入減を招きかねないのである.財政破綻の展望は拓けても,経済の明るい展望が見えないのである.

以上,私見としては,短期的には円高の解消に向けた金融緩和政策,中期的には差別化産業の拡充が,必要だと思う.勿論,ドルの回復も期待したい.

私見によれば短期的には1ドル120円から150円位が日本の実力だと思う.企業の変身ができれば,中期的には100円位で安定して欲しいのである.日銀,政府がどう動くか注目したい.

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