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2010.05.24

213 無責任な首相・民主党

昨日(5月23日)総理は普天間基地移設先を現行案の辺野古にすると沖縄県知事に伝えた.『最低でも県外』と,国政選挙でも,総理の立場でも,沖縄地方選挙でも,訴えてきたが,御免なさい,県外はあり得なかったと結論を出したのである.

現行案になる事は予想された事ではあったが,総理の『最低でも県外』の発言に,護憲論者,安保反対論者,駐留反対論者,地元住民が一体となって,沖縄の基地反対運動は盛り上がった.

当然,昨日の総理の発言に対し,沖縄としては,いまさら納得できるはずも無い.出来もしない事を言って,移設問題をさらにむづかしくしてしまったのである.

この普天間基地移設問題だけではなく,総理,民主党の政権運営は危ない,との発信を『NO210 普天間基地移設問題に見る政権担当能力』で述べた.裏付けのない政策を主張し,その非を率直に認めず,言葉で言い逃れをしようとする姿勢がますます混迷を深めているからである.今回も同じ事が起こった.

これまで総理は苦し紛れに,随分うそや愕然となる事を言い続けて来た.加えて,昨日の『出来るだけ県外と思って努力してきたが・・・』,云々.の発言には唖然とする.出来なかった事の言い訳か,今までの言動を『最低でも県外』から『出来るだけ県外』にすり替えたのである.

国語的に言っても,『最低でも県外』は『最悪でも県外』であり,これで選挙を戦ったはずである.又,総理の発言とすれば『県内に移設しない』との強い意志である.

それを『出来るだけ県外・・・』は,今までの主張を願望で゙しかなかった事にすり変えたのである.きっと唖然とした人も多かったと思う.言葉が軽いどころの話しではない.誰でも不信に思う事を平気で言う'稚拙な神経’に誰しもが唖然とするのである.同席者が誰も正さなかったのだろうか.

抑止力の理論武装や県外移設可否の検討もなしに,『最低でも県外』と選挙対策だけの主張をし,内外に大きな混乱を撒き散らしてしまったと,反省と責任を述べる事もなく,他の民主党目玉政策もそうだが,またしても,『そうなればよいと思ったが,ダメだった』としたのである.民主党共通の特質である.

政策のいい加減さによる政策変更の理由を説明する事もなく,責任に言及する事もなく,理屈に合わない言い訳・すり替え,もしくは沈黙・先送り,が政府,政権与党の態度である.政策の善し悪し以前に国を預かる資質が欠落していると言わざるを得ない.

政権発足当初から懸念して来た事だが,もう,裏付けのない政策,出来ない事への苦しまぎれの言い訳,を止めないと日本がおかしくなる.政治を落ち着かせる為にも,政治の危機管理からも,これ以上の続投は本当に危険である.

その原因は票につながれば何でもありと,選挙協力,連立,政策を進めているからである.従って,政治信念もごった煮状態であり,国家の安全保障問題や財政問題に直面すると,たちどころに立ち往生し,迷走するのである.更に悪い事に,今回もそうだが,苦し紛れの言い訳や,メンツ・保身が問題を更に悪化させ,ますます問題を大きくするのである.

そんなわけで,NO210が真実味を帯びてきた.『出来るだけ総辞職』ではなく,『最低でも総辞職』と言わざるを得ない状況だと思う.当ブログで度々言っているが,『合成の誤謬政党』は国家を確実におかしくするのである.

今年夏の参院選は,その後3年間は選挙がない事を考えれば,3年間の信任投票になる.何と,しても,『衆院解散,民主党分裂,政界再編,最低でも総辞職』につながる選挙であって欲しいと思う.

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2010.05.17

212 鈴木教授提言(第3の道は誤り)への賛同

2010年5月17日,日本経済新聞・経済教室で学習院大学鈴木教授の提言が掲載された.教授の提言は民主党の言う『増税&社会保障で経済成長を』は誤りだ.と提言されている.

民主党の主張はいわゆる福祉経済論である.その考えは社会保障分野への莫大な公的資金(税金)の投入は福祉が手厚くなるだけではなく,新たな雇用や消費を産み,GDPを押し上げ,国民の所得も税収も増加するとの考え方の様である.

この『増税&社会保障で経済成長を』は大阪大学小野教授の主張を参考にしているようである.その考えは税負担する人と受給する人が違っても国全体では相殺される(富の移転だけ).しかも受給者の消費拡大で税負担者にもリターンがあると言う.従って,失業対策(雇用対策)が経済対策には効果的だとしている.

小野教授の増税は必ずしも消費を落とさないとの説に同調して民主党は人手不足の社会保障分野での雇用拡大を成長戦略としたのである.供給サイドから需要サイドへの公金支出を経済対策だとしたのである.

それに対し,鈴木教授は

・社会保障費拡大が民間自立の潜在成長にまで波及して行くとは考えられない
・不安解消や低所得者への再分配は経済成長に繋がるほど消費は拡大しない


であり,第三の道とか社会福祉経済は『まじない経済学』であり,単にバラマキ政策を正当化しようとしているに過ぎない,との主張である.
全く同感であるが,これに既に発信している私見を加えてみたい

小野教授の考えは『貧しい社会主義国家への道』にならないか.

政府は金を回すだけの再分配機構としても,教授の主張に従えば,限りなく(完全雇用まで)政府のパイの再分配機能を増やす事を意味している.その分自由主義経済の再配分機能が抑制され,社会主義経済に近づくのである.かくて税負担者のパイの拡大意欲が衰退し,格差や失業が産まれない貧しい社会主義経済に行きつくのである.もちろんその前に財政は破綻すると思うが.

ケインズ経済学を誤解していないか


もうひとつ疑問がある.小野教授はケインジアンと聞いているが,大失業時代のケインズ経済学を誤解して,現在の経済環境に持ち込んでいないだろうか
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ケインズ経済学は経済波及効果が期待できる分野への財政出動で当面の雇用,景気を支えようとする考えである.波及効果と言うリターンが前提であり,財政出動は投資である.砂山を移す作業に公金を使う理論ではないのである.

小野教授はこの波及効果をどの程度予測しているのだろうか.学生時代,産業連関分析やターンパイク理論(経済波及効果の予測理論)を学んだ事を思い出すが,小野教授はどのような手法で経済波及効果の予測をしているのだろうか.

③失業率を下げる事と経済成長が連動するか

鈴木教授の指摘の通り,失業率を落とす事と経済成長する事は必ずしも連動しないと思う.現在は大失業時代の様に労働集約産業が経済を支えているわけではない,その経済成長は限界効用が逓減する中で,技術革新や生産性あるいはグローバル経済の中での優位性に依存しているのである.又,日本の経済規模は失業率低下による消費増程度では支えられないくらい大きいのである.ちなみに約500兆のGDPのうち個人消費は半分(250兆)くらいである.

④第三の道がグローバル時代の経済政策か

内需とは個人消費,設備・在庫投資等の民間需要と公共事業などの公的需要に大別される.この内需に外需(輸出入差額)を加えたものがGDPである.

さて,政府が行う経済対策とは,GDP(民需・外需)を伸ばす為に,金融政策,財政政策と並行して,産業が発展して行く為の財政支出(公的需要)や制度改革を実施する事である.あくまでも主役は産業・企業であり,政府はそれを支える立場なのである.

従って,グローバル経済においては,内需拡大と言っても,円高であれば輸入に繋がり易い.従って,内需も外需もなく,国内産業を強くし,国内外に売る事に繋がらなければGDPは伸長しないのである.その意味でサプライサイド(産業)の強化・活力が絶対不可欠だと思うのである.

福祉経済政策に波及効果があったとしても,この様な本来の経済政策とは程遠いと思う.財源は常に公金が伴ういわゆる公共事業経済であり,その支出を超えて税収があるわけではないし,輸出が増えるわけでもない,従って確実に財政を圧迫し続ける事になるのである.まさに鈴木教授の言う民間自立の成長とは程遠いのである.

この第三の道論は①でも触れたが,混合経済から社会主義経済への道である.貧しい社会主義国家への道を良しとするなら別だが,パイの拡大を目指す経済対策ではないと思う.

⑤公金の使い方を投資と経費に分離して考える必要があるのではないか.

雇用・年金・医療・介護・教育あるいは災害対策,国防,等は社会的費用と考えて,経済政策とは分離して議論すべきだと思う.

昔,田中角栄は新潟の豪雪地帯の道路・トンネル,土地改良を福祉事業だと言った.経済効果ではなく,命にかかわる事業だと主張したのである.議論を呼ぶ所ではあるが,少なくとも,経済効果がある等と嘘は言わなかったのである.一方,列島改造論では経済成長に向けた先行投資論を展開したのである.

社会的費用支出も経済対策だとする考えは経済成長はおろか公共事業経済を拡大するだけである.何よりも財政の破綻への道になる.

又,現政権は公的資金の使い方を'コンクリートから人へ’と言うが,これを経済政策と位置付けている向きもある.この考えで支出を続けると,経済も財政も悪化のスパイラルに陥る可能性がある.成長戦略がないとの批判は当然である.

私見であるが,田中角栄ではないが,公金の使い方を投資と経費に分離して考えるべきである.経済政策は投資である.リターン(波及効果)を求める事から戦略性が大事になる.社会保障は経費である.経費は波及効果で分配先を決めるのではなく,平等性や人道性が大事になる.もちろん経費は稼ぎの中からしか捻出できないのである.

投資と経費がまぜこぜの議論は財政を拡大させるだけである.又,戦略性のない経済政策は無駄と機会ロスを産むだけである.従って,財政支出は,この二つの概念で考えるべきだと思うのである.この事こそが,選挙目当てや当面の景気対策で行われた従来の公共事業の教訓だと思う.

以上,鈴木教授の主張に加えて,私見を述べた.

現状認識としては,不況から新しい技術や産業が起った歴史を信じたい気分である.内向きなパイの分配論に終始している場合ではないと思う.グローバル時代に日本の凋落(技術や職人,ものつくりの流出)を防ぎ,いかにクールジャパンを世界に売るかが緊急の課題だと思う.

政府の役割はこれを仕切るのではなく,民間活力の足を引っ張らない事である.技術や産業振興なしに社会保障の議論もないのである.

しかし,民主党は行政の脆弱性を撲滅する改革をやりながら,その削減財源の使い道は第三の道の社会主義的な大きな政府志向である.これでは財政問題も経済成長も展望が開けないのである.

真の経済対策とは借金900兆に代表される日本的公共事業経済,日本的社会主義経済,茹で蛙経済から脱却する事である.苦しい事ではあるが,これしか選択肢が残っていないと思う.

経済政策や政治は,時代背景,問題に応じて論じ,実行すべきである.時代背景と無関係な理屈の話や,合成の誤謬になるような選挙公約を掲げたり,その公約に固執する政党,政治家に国を任せられないのである.

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2010.05.14

211 山口教授提言(民主党原点回帰)への反論

2010年5月14日,日本経済新聞・経済教室での北大山口教授の提言に対し,率直な感想を述べたい.

記事によれば,教授は民主党を軸とする政権交代の必要性を説いていた.しかし民主党政権は政権交代が自己目的化し,後の展望がなく,期待はずれであった.しかし,政権を投げ出す事なく,原点に立ち返って,政策,人事,政権運営を見直せ,との提言である.

この原点とは自民党政権からの政策転換であり,

①裁量的配分から制度的再配分へ
②米国追随からアジアへのシフトへ
③成長の限界を踏まえてポスト物質主義,ポスト権威主義へ
④選挙至上主義からの脱却
⑤政治と金の疑惑解明
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だと言う.これに立ち返るべきだとした.いくつか感想を述べたい.

①民主党政権は’期待はずれ’との指摘について,

私見によれば’期待外れ’ではなく,’予想通リ’の感が強い.何よりも,当ブログで懸念した事ばかりが起こっている.偶然ではなく,必然的に起こっている事ばかりである.’期待はずれ’と言う教授は,必然性を見抜けなかったのだろうか.

②民主党の本来の政治理念に立ち返って,政策転換をせよ,との提言について

政策転換の軸である制度的分配論であるが,国民に公平に政策的恩恵を配分し,生活不安を解消するとともに,内需主導の経済を作り出す,いわゆる’公明正大な再配分’’生活第一路線’を貫けとの提言されている.

私の理解不足かも知れないが,富の産出も分配も社会主義に移行しよう,あるいは,パイの拡大は資本主義で,パイの分配は社会主義で,と言うのだろうか.分配論だけではリアリティがない.

私見によれば,厳しい財政事情の中でこそ,優先度や重点施策による分配しか考えられない.もちろん,教授が指摘するこの裁量的分配の問題点は厳しく排除しなければならない事は当然である.

率直に言って,教授の提言する政策転換を貫けば,財政危機,デフレ経済,が加速し,日本は貧しい社会主義国家になる.教授の提言に近い民主党目玉政策も,現実の政治の中で,迷走を繰り返し,いかに裏付けのない政策であったかを証明した.

実現性のない思いや使命感は野党に許されても,与党には許されない.与党が公約を実行できなければ,責任を取らねば,詐欺になる.

従って,政治理念に立ち返って政策転換に徹せよ,ではなく,責任を取って解散し,裏付けのある理念,政策を,しっかり作り直せと,提言すべきである.

③民主党が続投せよ,との提言について

上記の様に既に露呈した政策の問題は必然的結末であり,いまさらそこに回帰して,続投せよ,は有り得ないと思う.これ以上の続投は日本にとって極めて危険だと思う.

当ブログで度々触れているが,合成の誤謬につながる’選挙優先','優しさ'は無責任と表裏一体であり,こんな政党に厳しい日本の経営を任せられないと思うのである.

又,そもそも,民主党は反自民で集まった,ごった煮の政党であり,批判勢力として存在していた.従って,理念の浸透や政権運営など,もともと無理なのである.

従って,原点回帰し続投せよ,ではなく,『ごった煮政党』,『合成の誤謬政党』,から脱却する為に,政治理念,政策による分離再編をせよ,と提言すべきだと思う.

急がばまわれになるが,それが政界再編につながれば,日本の政治にとって,より建設的だと思う.

④米国追随からアジア重視へ,との提言について

経済は既にボーダレスで動いている.又歴史的に経済支援もやってきた.環境問題もアジア規模での取り組みは当然である.問題は安全保障であり,中国・北朝鮮対策である.これをどうすべきと提言しているのか見えない.紙面の関係だと思うが,是非御提言を知りたい物である.

⑤ポスト物質主義,ポスト権威主義について

これも良く分からない.紙面の都合で言い足りないのだと思うが,’消費は美徳’’伝統的家父長’文化からの脱却を言っているのだろうか.いかにも文化論的で禅問答を繰り返すだけで政治課題になじまない感じがする.

文化論で言うなら日本文化と米国・中国・ヨ-ロッパとの比較分化論や政治で言えば憲法問題,集団的自衛問題,財政赤字問題,教育問題の論議を,経済で言えばパイの拡大策など,やるべきことはたくさんある.政権与党として処方箋が既にあるなら,民主党に示せと言うべきである.

⑥選挙至上主義の脱却,政治と金の疑惑解明への提言は当然である.

政治資金問題初め,数々の言動に責任を取らない現政権は野党時代,事あるごとに責任を追及していた事と180度違う.又,裏付けのない政策を平気で吹聴する.そんな自分に恥ずかしくないのだろうか.自尊心・プライドより,自分の保身を優先する政治家,言動に責任を取らない政治家は信用されない,どころか失格である.

立場が変わると,考えも,言動も,変わるのは人の世の常であるが,政治家は変わるなら責任をとって辞任しなければならない.それほど権力を与えられる政治家の言動は重いのである.

⑦第3の道への提言について

教授は政治・経済理念として第3の道を提言されている.勉強不足であるが,第1の道は戦後の公共事業による経済振興,第2の道は新自由主義による経済振興,そして第3の道を環境・福祉による経済振興,と言うようである.

供給サイドへの公金の支出から需要サイドへの支出,パイの拡大よりパイの分配と言う社会主義への道,と言った方が分かりやすい感じがする.

この第3の道の中身が分からないが,人手不足の福祉,介護分野に公費を入れて雇用を増やし,失業率を改善し,内需を増す,と言っているようである.これを経済対策と言うのであれば,財源や経済の波及効果の疑問がある.

そもそも経済対策や雇用対策で福祉や介護を論じる事に違和感がある.介護を充実させる為に,人材・技術・施設・民間活力をどう高めていくか,の発想が必要なのである.

時々,聞く福祉経済論も同じである.牽引するエンジンが税金である内は経済対策にはなりえない.ただ,福祉分野の公共事業経済を拡大するだけである.まさに第一の道と同じであり,混合経済をさらに進めて,まさに,社会主義経済に行き着く道である.

公金投入が続く内は良いが,結局,貧しい社会主義国になって行く.パイの拡大を経済政策とするなら,間逆の道と言うしかない.

子供手当て,農家の戸別保障,などの個人財産への給付政策も第3の道なのだろうか.所得再分配を繰り返しているうちに,財源が無くなるか,借金が増えるだけである.

支給の規模にもよるが,内需拡大効果も限定的である.そもそも,個人救済目的ではなく,個人への資産を増やす為に税金を使う事は日本の税制ではなかったのである.

要するに公金の使い方は経費と投資を仕分けすべきである.経費は公平に,投資は戦略的に,は当然である.その中に,公金の使い先があるのであって,使い道が先にあるわけがない.

果たして民主党は,この第3の道を社会主義的政治思想から考えたのか,選挙屋が選挙に勝つ為のポピュリズムから発想したのか,定かではないが,財源などの裏づけが乏しい事を考えれば,無責任な道だと言うしかないのである.

第3の道と言うと,何か救世主が現れたように,大衆の気を引くが,中身は文学の域を出ない感じがするのである.

私見によれば,日本の凋落を救うには,歳出削減(小さな政府・国の固定費縮少・規制緩和),円安誘導,輸出及び技術革新による民業の活性化,しかない.稼がねば何も始まらないのである.

決して公共事業経済の拡大,格差是正,公平な分配,増税と言った大きな政府志向ではないと思う.そんな余裕や冗長は,もう日本に残っていないのである.

以上,浅学の感想で教授には失礼であるが,率直な感想を述べさせてもらった.

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2010.05.09

210 最悪の政権担当能力

先の戦争で戦場となった沖縄は,米国の占領下に置かれて以来,米軍の駐留によって,日米安保,東アジアへの軍事的抑止力の要所として,又,朝鮮戦争,ベトナム戦争,イラク戦争など米国の世界戦略の要所として位置付けられて来た.反面,この地勢学的な要所にある沖縄島民の苦悩は現在も続いている.

この背景の中で,普天間基地の問題解決と米国の海外基地再編計画によって,普天間基地の返還,海兵隊のグアム(8000人)・辺野古(2000人)への移転を日米で合意された.

この合意に対し,政権を取った民主党は辺野古移転に対し,海外移転,最低でも県外移転を主張し,日米合意を反故にしてしまった.

しかしながら,現実には海外,県外の可能性はなく,またしても,思いだけで根拠がない民主党政権の無責任さを露呈したのである.それだけではなく,内外の政権への不信感を深め,沖縄住民の政権への信頼を裏切り,もはや日米合意に戻れない事態を招いてしまったのである.

橋本政権当時,苦悩の中で決めた折角の日米合意を反故にし,逆にグチャ,グチャにしてしまった責任は極めて大きいのである.

どう見ても,米軍の沖縄基地の抑止力の重要性と基地の県外移設は両立しないのである.従って,沖縄の負担軽減,基地の県外移設と言うなら,沖縄基地の抑止力や機能を落としても良いとの覚悟と論拠が必要である.あるいは,もし,抑止力,機能を維持しつつ,県外,海外移設が可能とするなら,その根拠を示す必要がある.

これらの論拠をまず国民,米国,近隣諸国に説得できなければ,県外移設を主張できないし,ましてや実現など到底できないと思うのである.素人でもわかる話である.

又,さらに米軍基地駐留問題を本格的に議論するなら,国家戦略,憲法,日米安保条約,防衛予算・体制などの議論が必要である.

現政権ではそんな理論武装はなく,子供のような言動が又露呈した.結局,県外移設の主張は挫折し,普天間基地の移設先を辺野古に戻し,その上で,少しでも負担軽減をする為,一分機能を県外に求める案を模索するようである.この場に及んで,首相のメンツを保つ為の模索にしか見えない.

しかし,辺野古案に戻る事に,いまさら島民は納得せず,一分機能の県外移設も米国の了解は極め困難である.結局,’行くもダメ,帰りもダメ’となり,普天間基地移転問題は完全にデッドロックに乗り上げてしまったのである.このままでは普天間基地の返還も海兵隊8000人のグアム移転も,先送りになりかねないのである.

度々当ブログで発信しているが,現政権の裏付けのない’思い’と選挙目当ての’ばらまき’体質がまたしても普天間基地移設問題にも現れたのである.’思い’だけの’裏付けのない政策’は苦しまぎれに,どんどんおかしくなって行く.もう勘弁して欲しいのである.この政権を止めないと,日本が完全におかしくなる.

もはや信頼感どころか嫌悪感すら感じている国民は多いと思う.首相は宇宙人だからでは済まない.民主党の中からも意見が聞こえてこない.党員が日本の諸問題を必死で議論している様子も見えない.党員は数の意味しかないなら,年間,議員一人1億円の公費負担は無駄である.大至急,国会議員の事業仕訳が必要である.

民主党政権は首相・幹事長の政治資金問題に始まって,ガソリンの暫定税率問題,天皇の政治利用問題,家庭・農家への現金支給問題,高速道路や高校無料化問題,財源不足問題,経済対策問題,郵政事業問題,行政コスト削減問題,公務員改革問題,旧国鉄労組員への補償問題,官邸主導問題,基地問題,等々,枚挙にいとまがないが,全てにおいて言行不一致,ケジメの無い混迷を招き,政権担当能力のなさを露呈している.

この状況は新政権の若葉゙マークの問題ではなく,野党時代の無責任な政策,選挙対策の政策にすべて起因しているのである.

選挙目当ての政策は確実に合成の誤謬(個々に良い事でも全体として成り立たなくなる現象)を招く.ちなみに選挙目当ての政策とは裏付けのない政策の事を言う.国民はこれに騙されやすく,民主主義はこれを防げない.これが民主主義の弱点でもある.この弱点を多分に民主党は使ったところがある.

ここであらためて民主主義のあり方に提言したい事がある.確かに民主主義は国民の意思による政治であり,その政治の結果責任は国民が負う事である.しかし,その重責の割りに,国民は政治家の示すメニューの中からしか選べないのである.

従って民主主義の大前提は各メニューが研ぎ澄まされた政策でなければならない.数を取る為の無責任な政策や人気頼りの立候補者を,国民の選択肢にしてはならないのである.政治家たるものは,こんな事で票を得る事をむしろ防止する側に立たなければならないのである.

しかし,選挙に勝たなければ,何も始まらない,正論・実効性より選挙に勝てる政策が大事だ,との声がベテラン選挙屋から聞こえて来るが.

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