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2010.07.30

221 円高・デフレ・対策考

昨年当ブログ『NO191 円高,株安,デフレ,対策』でこの問題を取り上げているが依然事態は深刻である.そんな中で,GDPの2倍に近い900兆の借金を背景に,単年度の財政赤字対策として消費税増税論が活発である.これで,はたして,税収は増えても,円高,デフレ,株安,景気低迷はどうなるのだろうか.極めて不安である.

特に①経済悪化(デフレ)②財政逼迫③国債発行④財政危機⑤増税①経済悪化(デフレ)へ,と言う連鎖をどう断ち切るか,と言う処方箋が全く見えていないのである.どうも資金の流れの日本的構造を変えなければ,この悪の連鎖から脱出できないのではないか,と感じている.そこで金の流れに注目して考えてみた.

1.日本の資金の流れの特徴

明らかなように,日本の国債は郵貯,簡保,大手銀行,大手生保,社会保険,年金,等,国民から集めた巨額な資金で支えられている事が最大の特徴である.その為,国際的なマーケットの見えざる手,市場原理が働く事もなく,歯止めされる事もなく,政治の名のもとで肥大化して来た.その大きさからすれば,まさに日本は社会主義だと揶揄されるゆえんである.

この国債は,かつて,経済復興,高度成長の為の社会投資で効果を上げてきたと思うが,高度成長後もバブル崩壊後も経済カンフル剤として,利権や選挙対策として,さらには社会保障や巨大化した行政コストの財源として発行し続けてきた.安易な借金が効果のない公共事業を生んできた側面もある.勿論,増税より借金(自分の負担より未来の負担)を許容する政治家や国民性も背景にあったと思う.

元来,日本の資金の流れは投資より融資(借金)が中心である.企業は自己資本より他人資本で,政府も自己資金に当たる税収より,他人資本である借金で運営されてきたのである.かくて金融機関を中心に日本の経済は回って来たのである.しかし,バブル崩壊で莫大の不良債権を抱える事になる.

一時,自己資本強化の動きがあったが,他人資本中心の運営は,現在も余り変わっていない.金融機関も企業も個人も,投資より貯蓄,株式発行より借金を選ぶ文化が国債を支えて来たのである.

振り返れば,明治の中央集権国家建設以来,現在まで,日本の資金の流れは政府(税金,社会保険,国債)・金融機関(預金)で金を集め,公共事業や企業融資で金を流す.その金を集めて又流す,と言う政官財による資金の流れを作り上げ,日本を引っ張ってきたと言えるのである.

2.国債の発行が慢性化した理由

日本国土の特徴から来る建設国債の必要性や歳出の増大(赤字国債)が慢性化の理由であるが,もうひとつ,これを安易に可能とした日本的特質がある.

経済成長とインフレ(物価上昇・貨幣価値下落)が予測されれば,借金する側(債務者)は積極的になる.現に昭和45年(1970年)のGDPは75兆円に対し,平成21年(2009年)は482兆円で,40年間で6.5倍になっている.多分,給与も,物価も,それ位の上昇があったと思う.これを期待して借金をしながら,経済成長を進めて来たのである.

一方,融資する側(債権者)からすれば,インフレ傾向に対し,新たな国債を買わなくなるはずである.これで債務者と債権者の拮抗が起こるのである.

しかし,現実がそうならなかった.郵貯・簡保・社会保険などの政府系資金が国債を買い続けたからである.経済原理に反して,政府系資金は効率の悪い資金運用をし続けた事になる.まさに政府系資金は政官財の財布(打ちでの小槌)になっていたのである.これがいわゆる財政投融資問題である.この効率の悪い資金運用は必ず日本経済を停滞,衰退させる因子になって行くと思う.

一方,GDPのピークは平成9年(1997年)の514兆円を最後に,それ以来,現在まで,右肩上がりの基調を失っている.しかも,現在は円高,デフレ経済である.今度は,経済原理に従って,国債の保有や新たな引き受け手も多くなる.国債を買う資金があるまで,国債は買われ続ける事になる.このようにインフレ時もデフレ時も国債発行は慢性化しているのである.

3.デフレと連動した財政危機

3年前のサブプライム問題,2年前のリーマン破綻を引き金に世界は金融危機に陥った.日本経済は輸出の激減,株価暴落など経済の縮少が起こった.同時に,中国等の台頭で輸入品の価格下落,工場の海外移転が起こり,国内経済の縮少や価格下落が加速したのである.国民生活も収入や消費の減,失業者の増加をこうむっているのである.

一方,このデフレは税収を落とし,赤字財政を拡大する.そこで国債発行か,増税が必要になる.国債発行に頼れば,残高がさらに膨らみ危険水域に入ってくる.増税すればデフレをさらに加速しかねないのである.従って,このデフレを退治する事が最優先になるのである.

4.デフレの原因と円高の理由

この.デフレになる要因は多くあると思うが,直接的には円高が大きく影響していると思う.円高によって,国内企業は安い輸入品に駆逐され,輸出企業は海外にシフトする.結果,国内経済は需要低迷,産業空洞化,失業に陥っているのである.

本来なら,世界的な金融危機,輸出の下落,新興国の台頭で円安,株安に動く筈である.しかし,円の価値だけは,史上空前の高さで続伸中である.

なぜこんな情勢で円高が起こるのだろうか.ドル安だけが原因だろうか.ならば他国の通貨も上がるはずである.円だけが高くなるのは日本独特の理由があるからに違いない.

考えられる事は,海外から見れば,日本は無借金で債権国に見えているに違いない.膨大な借金も日本人が負担するだけだ.と見えるのである.そこで,世界の行き場のない資金が安全な寄港先として,円に集まっているのである.又,低金利と言っても,日本はデフレであり,物価下落を加味すれば高金利国なのである.これも円買いを加速させている.

この様に,日本はGDPの2倍の借金があるにも関わらず,財政破綻を起こさず,かつデフレで経済不況であるにもかかわらず,円買いが起こっている不思議な国なのである.

5.円高対策

しかし,不思議な国は長続きしない.円高が続けば,いづれ経済不況から国債は暴落し,日本的特質が今度は一気に日本経済に牙をむく事になる.これに乗じて,日本の競争力低下を狙って,円を買い続る国もありそうである.褒め殺し作戦と言う,形を変えた戦争を仕掛けられている事になる.

円高を阻止しない限り,日本は,大噴火が予知されるガラバゴス島になる.NO220第5期グローバル時代と同じ課題を抱えている事になる.

このように,日本の内向きな資金の流れ(日本の特質)が円高の原因になっているわけだが,この特質を変えない限り,国家財政はもちろん経済にも,国民生活にも,光が見えて来ないと思うのである.

一般的に円高・デフレ対策はインフレターゲットによる紙幣の増発(量的緩和)と財政出動による需要拡大と言われている.私見によれば,これでは資金の流れるルートを旧態のままにして,流量を増やすだけである.

欧米各国では財政赤字対策,景気対策,為替対策として,量的緩和,財政縮少,規制緩,を共有化していると言う.これは民間主体の資金の流れを作りながら,財政・経済の問題を同時に解決しようとするものであり,極めて論理的な政策だと思う.

日本も資金の流れを変える事が重要であり,大いに参考にすべきだと思う.又,1500兆(国の借金900兆も含めて)と言われる日本の金融資産をいかに活発に動かすか,と言う次の様な視点も必要だと思う.

・眠っている国内資金を海外に向かわせる方策はないか(円売り・円高対策)
・眠っている国内資金を投資や消費に向かわせる方策はないか(デフレ対策)


小泉改革の郵政民営化等で,資金の流れを変える政策も,この一環だと思うが,最近の政治は逆に内向きで財政肥大化の方向である.もう一度,資金の流れを変える政策の検討が必要だと思う.

素人の分析で,間違いがあると思うが,是非,専門家の所見を聞きたいと思う.そんな矢先,本日,報道番組のスーパーモーニングでエコノミストが面白い提案をしていた.’貯蓄税の新設’である.

例えば名寄せをした上で,貯蓄の元本2000万を超える部分(休眠資金)に数%の課税をせよ,との提案である.毎年,課税分が貯蓄を目減りさせる事になるから,休眠資金を投資や消費に誘導出来ると言う.

この貯蓄税は消費税のようにデフレや負担の逆進性は起こらないだけでなく,消費税増税並みの税収を得られると言う.たとえ貯蓄税を回避する行動があっても,休眠資金が消費,株,不動産,海外投資に向う事になり,,生きた金に変わると言う.その結果,円安,株高,景気上昇,税収増に繋がると言うのである.

これで莫大な資金が動く可能性があり,試算が必要であるが,円高,株安,デフレ,財政赤字の解消に効果が出る感じがする.

民間の休眠資金を生き金にする発想は,なる程と思った.儲ける事より,損しない事を好む国民性や,それで集めた貯蓄を国債に回すと言う日本的構造からの脱却にも繋がる.確かに,儲ける事,楽しむ事の価値観がなければ,経済は回らないのは当然である.

この’貯蓄税’のさらなる検証や制度設計が必要だと思うが,是非検討すべき政策だと思う.又,資金の流れを変える政策は他にもあると思うが,経済のメカニズムに逆らうのではなく,そのメカニズムを利用した政策でなければならないと思う.

6.現状の政策論議

昨今の政策論議では,相互にリンクした円高,デフレ,財政赤字,の問題に対し,今のところ,的確な対策が打ち出されていないと思う.昨今の史上空前の円高に際しても,政府も日銀も,’様子を見る’と言うが,傍観しているだけなのである.世界中が為替戦争の真っただ中だと言うのに.

この傍観に加えて,政策論議においては,歳出が膨らむから増税だ,財政危機が来るから消費税増税だ,借金してでも,財政出動で経済を立て直す事が先だ,郵政民営化に反対だ,増税しても需要は落ちない第3の道がある,などと言う政治家がいる.何かピンボケに感じる.

発想がいづれも従来の内向きな資金の流れの上塗りから脱していない.結局,日本的特質を肥大化させるだけで,円高,デフレ,財政破綻のリスクは軽減どころか増幅する危険性を感じるのである.資金の流れを変える発想が不可欠だと思う.

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2010.07.24

220 第5期グローバル時代

島国日本は,古来から最も栄えた世界の文明・文化の影響を受けながら,その良さを取り入れ,和魂洋才,和洋折衷の文明・文化を形成して来た.現在でも,この流れは続いている.反物に例えれば,和魂の縦糸に,洋才の横糸で模様を描いてきたのである.

この世界の文明文化の影響を,私見ではあるが,5段階で整理してみた.

第1期・・・・飛鳥,奈良時代の仏教,律令国家(隋・唐・百済からの渡来)
第2期・・・・明治の文明開化(西欧からの政治・産業・軍備の輸入)
第3期・・・・戦後の復興(米国からの科学技術,文化の輸入)
第4期・・・・経済のグローバル化(高度成長と輸出産業の形成)

第5期・・・・人・言語・文化・制度のグローバル化(ソフト・アーキテクチャーの国際化)

明確に変化の仕切りがあるわけではないが,おおよその流れである.特に現在の第5期はBRICSの台頭以降だと思うが,グローバル化の深化に伴う必然的現象である.しかも過去のグローバル化とは決定的に違う変化である.いくつか現象を上げてみた.

・世界規模のインターネットの定着
・デジタル革命と世界的産業構造の激変(フラット化)

・グ゙ローバル企業の国内幹部社員への外人登用
・グローバル企業の海外子会社への現地人経営者の登用
・グローバル企業の社内公用語の英語化
・キャリアパスとしての海外勤務の義務化
・社員の長期海外研修
・入社,昇格の条件に語学力を追加

・内需型企業の国内での外人登用(小売・サービス業等の外人顧客対応)
・技術者(現役,定年者)の海外転職(途上国,高度成長国への転職)

・製造拠点,本社機構の海外移転(グローバル企業のみならず中小企業も)
・求人・求職・出稼ぎのグローバル化(労働市場のグローバル化)
・外資の日本株売買の増加

・上場企業公開情報の英文化(短信,株主総会関係資料,等)
・病院のグローバル化(患者,医師,治療,設備,言語,制度のグローバル対応)
・英会話能力が問われる政治家,学者,ジャーナリスト,キャスター
・国内法の国際化(安全保障,貿易,会計,労働,医療,等々)


有史以来の日本のグローバル化は,限られた分野の貿易と翻訳が中心であったと思う.それに比して,第5期の特質は,広い分野での他国とのコミュニケーション能力や日本社会の仕組み,と言うソフトに,グローバル化の波が押し寄せている事である.

日本民族独特の内と外を区別する文化にも大きな影響を与える変化であり,従来とは決定的に違うのである.冒頭の反物で言えば,縦糸にグローバル化の波が押し寄せてきた事になる.内向きになり易い島国の日本がボーダーレス時代に,これから,どう融合して行くか,問われていると思う.

この第5期のグローバル化が進まなければ,日本はガラバゴス島になるかも知れないのである.日本国内だけで生きていけるとする従来の感覚は通用しないと言う事になる.

一方,この第5期のグローバル化は上記の様な顕著な例が出てきたものの,まだ多くの日本人は特別な分野,企業の話として見ていると思う.
しかし,教育も,働く者も,大学も,企業も,病院も,農林業も,今やグローバル社会の中に存在しているのであって,国内と国外は密接につながっている事を意識した対応が必要なのである.

特に対応すべき例を上げたい.

現在日本は,景気対策や成長戦略が緊急の課題となっているが,発想が依然としてハード(技術や製品)の域を出ていない.この第5期のグローバル化に対応しなければ,技術や製品の世界的交流や貿易が出来ないのである.まさに,国際国家日本の建設が問われていると思うのである.

又,内需拡大とよく言われるが,円高時は特に,輸入が増え,デフレ圧力を加速し,国内企業は疲弊する可能性もある.実は内需産業と言っても,常に輸入品あるいは海外との戦いがあるのであって,既にグローバルの競争に巻き込まれているのである.結局,どの企業も国内・海外の区別なく,売る事が全てなのである.まさに,どの企業も第5期グローバル対応で,サプライサイドの変貌・強化が求められているのである.

ところで,この国際国家の姿とは,日本人が国際的に活躍する,外国人が日本企業で活躍する,事をイメージするが,他国の人や企業が,日本に来たい,日本で生活したい,日本で学びたい,日本で商売したい,日本で研究したい,国になる事も大事な視点である.

又,教育分野も.グローバル化の認識のもとで,人材育成が必要である.新興国の熱意に比して,日本の学生も大学も,極めて,旧態依然の感じがする.このままだと,大学は公費と時間の無駄使い,社会損失を産む機関になりかねないのである.就職氷河期の原因も,これと無関係ではないと思う.

韓国サムソンのヘッドハンテングは有名だが,大学入学者の中から内定者を選び,奨学金付きで,専門分野の勉学をさせる方法をとっていると言う.人材育成への熱意の表れと言う意味で,従来の青田刈とは全く違うのである.

第5期グローバル化は長い道のりが必要かもしれないが,明治の長崎ではないが,地方で国際都市作りをする事で,そのスピードを上げる事が出来ると思う.勿論,国内法が阻害しているのであれば,積極的に特区の検討をすべきである.これに取り組む自治体の出現を期待したい.

この様に,血統主義で,島国で,経済大国の日本ではあるが,新たなグローバル化の波が押し寄せているのである.元来,血統主義の国はDNA的には人には排他的だが,文明や文化には寛容なところがある.和魂洋才や和洋折衷でも明らかである.その延長で開かれた国際都市,国際国家作りと多くの国と交流する日本人を目指したいものである.

ところで,日本のパスポートがあれば,100カ国程度,ビザが不要だと言う.それだけ日本は海外に信用され,どんどん来て欲しいと思われている事だと思うが,逆に言えば,それだけ,各国に滞在する人が少く,日本人は管理する値しないと思われているのかもしれない.こんなところにも,島国日本の姿が見えるのである.

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2010.07.17

219 コラム・小説のタイトル,書き出しへの興味(祇園祭,他)

毎年行われる祇園祭の記事をいつも興味深く見ている.新聞記事と言うより,毎年の催事を伝えるコラムであるが,この長い歴史を引き継いだ壮大な祇園祭に対して,何を取り上げるのか,どんなタイトルにするのか,書き出しをどうするのか,著者の感性や教養,コラムニストの力量が現れるだけに,興味が湧くのである.そして,自分だったらどう書くか,とか,やっぱり記事はすごい,とかを思うのである.

そこで,勝負がかかる『タイトル』と『書き出し』をいくつか列記してみた.

本日の記事(日経新聞夕刊)

『さあ夏本番,山鉾巡行16万人,近畿で梅雨開け』
京都の夏を代表する祇園祭りは17日,ハイライトの山鉾巡行を迎え,豪華絢爛な山と鉾,計32基の祭列が都大路を優雅に進んだ.・・・・・・・

過去の例

『豪華絵巻の山鉾巡行』
日本の三大祭りのひとつ,京都祇園祭りは17日,ハイライトの山鉾巡行が行われた.阪神大震災からちょうど半年,町衆たちは被災地復興への祈りも込めて,高らかに祇園囃子を奏でた.・・・・・

『都大路,ひしめく熱気,祇園祭,宵山に56万人』
古都の夏を彩る京都・祇園祭は16日の夜,宵山を迎えた.コンチキチンの祇園囃子が聞こえるなか,歩行者天国に変わった四条通り周辺は,うちわを帯にした浴衣姿の若い女性など,人の波で埋め尽くされ,宵宵山(15日)の45万人を上回る56万人の人出を記録した.・・・・・・・

『56万人,最高潮、祇園祭・宵山』
16日宵山を迎えた京都・祇園祭は56万人(午後11時現在,京都府警調べ)が繰り出し,最高潮を迎えた.市内のこの日の最高気温は29.1度,古都の夏はまっ盛り.
「安産のお守りは常に出ません,今晩限り.信心のおん方様は受けてお帰りなされましょう」と,ちまきや厄除けのお守りを売る,はっぴ姿の子供の掛け声,祇園囃子の鐘の音.山鉾を飾る南蛮舶来の懸想品が提灯の明かりに浮かび,祭り気分を盛り上げた.・・・・・・・・・

『傘も彩り山鉾巡行,雨にも負けず11万人』
祇園囃子もにぎやかに,世界からの宝物で飾られた山鉾が都大路をゆっくりと進む.京都・祇園祭は17日,山鉾巡行が行われた.梅雨前線の影響で雨が降りしきる中,約3キロの沿道は傘をさした11万人(正午現在京都府警調べ)の観客で埋まった.変わろうとしている古都の街並みの中をコンチキチンの囃子が響き,祭りは最高潮に達した.・・・・・・・

こんな感じである.若干,新聞記事らしく,天候や観客数に触れる事は例年同じだが,タイトルや書き出しには毎年苦労しているに違いない.いやプロの書き手は,人波と熱気の現場に行けば,たちどころに文章が湧いてくるのかも知れない.あるいは,毎年の事だから書き出しの常套句がたくさん蓄積されていて,その中から選んでいるだけかも知れない.本当のところはわからない.

何10年間の祇園祭の記事(コラム)を新聞社毎に,年順に並べたら,どんな事が見えてくるだろうか.一度やってみたい気もする.意地悪だろうか.新聞社毎の傾向とか,視点の置き方,或いは,力作が出た翌年のコラムには興味が湧く.

祇園祭ではないが,私なりに,感心した書き出しの例を次に紹介したい.

『9人と40万人』
鷲羽の山は全山紅葉,児島湾に燃えるような朱を落とす.倉敷市の最南端,備讃瀬戸に突き出た久須美鼻から南を望む島々もまた初冬の日を受けて一段と鮮やかな色合いを増している.その鷲羽のふところを,縫って下津井電鉄が走っている.延長6.5キロのミニ電鉄で1日19往復,利用者は日に千人ばかり.この会社の従業員は管理職を含めて9人にすぎない.・・・・・・

『洞爺湖サミット』
森の青葉を揺らし,紺碧の湖面を渡る風が,22カ国の首脳が集う山上のホテルを吹く抜ける.洞爺湖サミットは初夏の北海道の透明な光と,火山が生んだ絶景が主な舞台装置だ.それがあいにくの雨と霧.光も絶景もなく視界不良のまま幕を開けた.・・・・・

まさに映画のトップシーンである.さてこれからどんなドラマが始まるのか,読み手を惹きつける.静寂な大自然を写しながらゆっくりと幕が開き,遠くに牧場が見える,その牧場にズームインしながら,井戸水をくみ上げている娘に焦点が当たる.質素な服装ながら気丈な感じのする美人だ.そんな西部劇のトップシーンを彷彿させる.こんな入り方には思わず唸ってしまうのである.

小説でも,論文でも,コラムでも,あるいは,映画でも,プレゼンテーションでも,タイトルと書き出しでほぼ掴みが決まる.本文を推敲するうちに,言いたい事が変化し,それにふさわしいタイトルと書き出しが最後に決まる事もあると思う.それ程,大切なのである.

話が変わるが,最初に描写力,文章力のすごさを感じたのは笹沢佐保の小説であった.そのすごさに魅了されて,200冊ほど片っぱしから乱読した.彼の単行本はどれをとっても,最後まで引きずり込まれ,一気に読まずには,いられなくなる.深夜の帰宅にもかかわらず,人影もまばらな下車駅のベンチで,街灯を頼りに,最後まで読みふけった事を思い出す.

笹沢佐保の小説の書き出し例

『大江戸無頼,反抗の日々』
その日,江戸は霞ヶ関にある松平肥後守の上屋敷を,ひとりの男が訪れた.年は二十七,八で,顔色は青白いが背が高くて,堂々たる体格をしている.木綿布子を着て,町人風の外見である.武家奉公をして歩く中間なのに違いない.だが気品があって眼光鋭く,なかなかの面構えであった.男は取次ぎの者に,何度も頭を下げた.組頭に,会いたいというのである.特技は槍持ちで,どのような槍でも自由に扱えると男は豪語した.・・・・・・・

大作家に不遜だが,私の感想で言えば,彼の小説には全く冗長度がない.途中で横道にそれたり,説明や講釈にページを裂く事はない.松本清張とは全く違う.この書き出し例もそうだが,一字一句の描写が,その後の物語の展開に効いてくる.それだけに,最後まで読み手を掴んで離さないのである.

そのせいか,小説全体に凄味や臨場感,があふれている.ストーリー展開も息も抜けないスピード感がある.彼の小説は,きっと,構成力や文章力だけではなく,笹沢佐保自身の人生観や価値観が大きく影響していると思う.

そんなわけで,祇園祭を記事のように,書き手の苦労に思いをはせながらも,惹き込まれる文章,言い得て妙な表現や言葉に出会うと,大変,徳した気分になる.そんな文章や言葉に,これからも出会いたいものである.

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2010.07.12

218 参院選後の政権・政局

7月11日の参院選の結果,民主党の大敗,自民党が改選第一党に躍進,みんなの党の大躍進,連立与党の過半数割れ,ねじれ国会,云々の活字が12日の新聞を飾った.

しかし,マスコミが言う程,大きな変化があったわけではない.3年前に当選した非改選議員(121人)が存在しているからである.元来,参院の制度は3年前の当選者が後3年議席を占め,急激な勢力の変化を抑制している制度なのである.

現に,単独過半数政党が出たわけでもなく,依然として連立を組まないと過半数を確保できない状況も同じである.ただ今回の選挙の結果,連立与党の議席減によって,過半数割れが起こり,新たな連立の枠組みが必要になっただけである.これとて,もともと無理な連立をしており,連立組み替え問題は選挙前と変っていないのである.

そこで,参院の政党別議席数の変化(カッコ内は非改選議員数)を見ながら,政権,政局がどうなるか考えてみた.

参院議席数242(過半数121)ただし議長・欠員数は総議席数減

民主党 1
16から106(62) 自民党 71から84(33) 公明党 21から19(10)
みんなの党 1から11(1)  共産
党 7から6(3)      社民党 5から4(2)
たちあがれ 3から3(2)    新党改革 6から2(1)   国民新党 6から3(3)
他 5から4(4)       

衆院議席数480(再議決可能議席320)ただし議長・欠員数は総議席減

民主党 306 自民党 116 公明党 21 みんなの党 5 共産党 9 社民党 7
たちあがれ 3 新党改革 0 国民新党 3 他 2 

上記の通り,民主党は参院の数あわせだけで言えば,公明党との連立で過半数を確保できる.一方,自民,公明,以外の党との連立は複数の会派が必要になり政策的に実現は難しい.

そんなわけで,公明党の出方が注目される所だが,各党とも次の総選挙が早まる可能性がある事,多くの難問に対する政策も政策課題の優先順位も多様な考え方がある事,打倒民主の立ち位置の方が戦いやすい事,等から連立に組みしないと思う.むしろ民主党を揺さぶりながら,是々非々の対応に回るのではないかと思う.

一方,自民党としては早期に総選挙に持ち込みたい為,野党連合を組んで,出来る事なら参院の過半数を取り,完全にねじれ状態にしたいところである.その為には,公明党,みんなの党,たちあがれ,新党改革,との野合が必要になる.ただし,過半数確保には数票の攻防が成非の別れ道になる.民主党からの引き抜きも必要になるくらい過半数確保は自民党にとって高いハードルなのである.

ただし3年後の参院選まで待てば,間違いなく民主党は議席がさらに落ち,ハードルは低くなる.なぜなら今回非改選の議員(3年前大勝した議員)が62人もいるからである.大幅に落とす事はあっても,これ以上増やす事は至難の業だからである.

逆に自民は33人であり,大幅に増やす可能性がある.今の政治体制のままで考えれば,衆院も含めて,3年後が一つの政局の山になるはずであり,各党はこれに照準を当てていると思う.

以上のことから,国会は,各委員長人事の戦いに始まって,多くの法案の激しい攻防,調整が始まる事になる.又,証人喚問や参考人招致,あるいは内閣不信任も参院で行われる可能性もある.

いづれにせよ,参院が政策論争の主戦場になる事は間違いない.それを見越した政策がどう調整されるのか大いに注目される.菅政権はいきなり難しい舵取りに見舞われるのである.

この戦場の中で,参院で僅差で否決されても衆院で再議決されるケースも出てくると思う.例えば国民新党や民社党が郵政法案や派遣法案を衆院の再議決で賛成すれば議長と欠員2があり,3分の2に達する可能性があるからである.

以上,民主党の政権運営方法をまとめると次の4つになる.

①参院の過半数確保の為に連立を組む
②連立を組まず法案毎に他党との協議を覚悟する(元来の二院制の姿)
③参院否決時,法案毎に衆院の3分の2を確保し,再議決に持ち込む
④衆院再議決を可能とする連立を組む

こう見ると,①は公明党次第,②は自民が反対のとき公明党次第,③は衆院の少数政党次第,④も衆院の少数政党次第,となる.現実的には②③になると思う.

そんなわけで,国会は政策バーター,根回し,法案修正,等が飛び交い,各議員は法案に対し,わけがわからなくなり,党の拘束に従って,ただロボットのように投票するだけになるかも知れない.(今までと同じかも知れないが)

もう一つの変化はみんなの党の動きである.みんなの党は今回初めて法案提出の権利を得る.新保守的改革派として独自法案を国会に提出し,民主党,自民党を揺さぶる事は当然想像される.出来るならば,次の総選挙,3年後の参院選を視野に,民主,自民を巻き込んだ第三極の勢力を拡大したい所である.その先に政界再編を目指すと思う.

このように魑魅魍魎の国会になると思うが,政界再編に発展する芽もある.任期の上では衆参とも3年後に大きな山が来ると思うが,その前に,参院がネックになって国会が機能不全(デッドロック)になれば,3年後を待てずに,参院の勢力図を変えるしか策がなくなるからである.

例えば民主党が旧民主党と旧自由党に分離,自民党も保守と新保守に分離,形としてはリベラルの民主党,自由党と保守が合体した保守党,改革を軸にした新保守党に政界全体が収束される,まさに真理は3つに集約される,との私の持論にも重なるが,3大政党の体制が出来上がる.

この3つの政党が中大選挙区制度によって,政権を担当するのも良いのではないかと思う.(当ブログで度々発信している持論であるが)

そんなわけで,ここ数年,難問を前に政界は不安定になり,一寸先は闇の時代が続きそうである.願わくば,難問解決,安定的な政治体制に向かった葛藤であって欲しいと思う.後戻りは難問が待ってくれないからである.

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