« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010.08.25

224 限界・民主党政権

1年前,当ブログNO186で自民党崩壊と政治路線の行方を論じた.
その中で,民主党は反自民の党の綱領もないごった煮政党である事,組合闘争の様な政策を言うが,経営者視点での重要度や財源が考えられていない『合成の誤謬政党ある事,から,その政権担当能力に疑問を呈していた.

同時に,政党再編による新しい政治体制(保守,新保守,リベラル)を作るべきだと主張した.時代の変化,日本の情勢に応じて,政権交代や政策の激論を可能とする為である.

問題が多い民主党政権が出来て1年,政権運営の問題,ばら蒔きマニフェストの問題,行革の問題,財政の問題,普天間の問題,政治と金の問題,総理・幹事長の辞任の問題,等,混迷が続き,結局,昨年の衆院戦マニフェストと今年の参院選マニフェストのどちらが政策なのかも不明確になっているのである.又,昨今のデフレ・円高・株安の問題が日本の危機であるにもかかわらず,無策が続いているのである.

つい6月以降をとってみても,,鳩山総理・小沢幹事長辞任,代表選,菅内閣組閣,臨時国会,参院選,夏休み,代表選と,まともに国会が機能していないのである.

加えて,各議員,閣僚とも,オピニオンを発する事もなく,政治家としての実力が感じられないのである.来月の代表選も,政策論争より,出身政党間の確執による権力闘争の色彩が強い.ごった煮政党,合成の誤謬政党からの脱皮は所詮無理だと思わざるを得ないのである.

そんなわけで,1年前の『現民主党では日本の経営は無理だ』との懸念が,現実になっている事に,今後の日本が心配になるのである.

日本の状況からすれば,党派を超えた,見識ある政治家,政策が結集されなければならない時期である.その為に,民主党分裂,野党を巻き込んだ暫定連立内閣設立,政界再編が本当に必要になって来たと感じる.この新しい政治体制作りは,政治家の大きな責務だと思うのである.

こんな情勢下で,民主党代表に誰を選んでも,民主党の根本的問題が解決するとは思えないし,日本の展望が開けないのである.

・・・追伸((10・08・26)・・・

『限界に来た民主党政権』を発信した翌日,民主党代表戦(総裁選)に小沢氏が出馬するとのニュースが飛び交った.菅VS小沢の一騎打ちの戦いになる.来年度の政策,予算も曖昧な中で,又,円高,株安,デフレの真っ只中で,民主党を2分する戦が起こる事になる.

この菅vs小沢の対立は既に菅総理が徹底して反(脱)小沢で固めて来た事からすれば,それを不満とする小沢氏の反撃である.内在していた相容れない確執が表に出て来た事になる.従って,どちらが勝っても,敗者が離党し,民主党が分裂する程の内部抗争になると想像できる.野合政党の顛末と見れば不思議ではない.

だとすると,今回の民主党の代表選は,皮肉にも,『民主党分裂の為の代表選』と言う事になる.分裂すれば,民主党は与党の座を失う.新たな連立政権を作る事になる.そうなると,総理を選ぶ選挙ではなくなるのである.

こうなると,政界再編につながる代表戦』と捉えた方がよいかもしれない.小沢氏が勝っても負けても,またまた,政界を動かす事になる.昨日の記事が真実味を帯びてきた感じである.

いづれにせよ,民主党政権の1年間の混乱は,全て民主党の事情から起こっている.う限界である.その意味で民主党の代表選は意味がないが,政界再編の引き金になる意味は大きいのである.

もし,この見方(民主党分裂)が妥当であれば,いっその事,

①代表戦の前に,菅政権が突然解散.民主党は分裂(参院比較第一党を失う)
②代表戦の前に,小沢支持派が離党(参院比較第一党を失う),菅政権は解散.

が,手間が省け,政界再編が進む事になる.国民もその選択に参加できる事になる.いや,やっぱり,民主党の分裂は何としても避けるべきだ,となると

小沢氏が立候補を辞退,現代表を再任.(参院の比較第一党維持)
代表戦の敗者派が離党しない事で代表戦実施.(参院の比較第一党維持)

となる.③は分裂を避けたとしても,ごった煮状態は続き,いくらトロイカ体制維持と言っても,先の鳩山・小沢辞任,菅体制発足と整合しない.又,具体的に予算編成や税制改革がどうなるのか,人事をどうするのか,と言う問題に直面する.

④はノーサイド(離党しない)を前提で戦うわけだが,はたして,敗者が軍門に下るかは不明であり,残るとしても,③の問題がくすぶると思う.

さらに,③④で,なんとか分裂を回避しても,参院のネジレ状態は残り,依然と政権の不安定さは続く.一時的に体制を繕っても,民主党の苦悩,限界状態は続くのである.

この様に民主党としての代表選の意味は薄れる状況であるが,敢えて本質的な事を言えば,いまさらながらではあるが,政権与党として,政治理念,政治路線,政策を決める事ある.その結果,両者がノーサイドになるか,決裂するかは次の問題となる.代表選前にトロイカ体制とか挙党一致とかを言うのはピンボケと言う事になる.そこで,私見を言えば,

⑤代表選で混迷する民主党の方針を決める.その後,分裂有無は議員の判断

当たり前(普通の)の手順だと思う.日本の危機・難題に直面して,いまさらなんだ,の感はぬぐえないが,これが与党民主党の現実なのである.従って,この⑤で代表選を終えても,民主党政権の苦悩・限界は続くと思う.

・・・追伸(10・09・03)・・・

予想した選択肢の通り,建前④,実質⑤の形で,代表選が始まった.菅VS小沢の主張を聴いていると,いかに政権与党としての党内の論議が出来ていなかったかを露呈している.衆院選のマニフェスト(小沢)VS参院選のマニフェスト(菅)の戦いが顕著な例である.

又,その主張は,保守的に見える小沢氏がリベラル的思考に固執し,リベラル的に見える菅氏が現実派になっている感じである.人と政策がネジレている感じがするのである.両者とも,何か勝つ為の方便に走っている感じである.

その為か,両陣営の推薦人を見ると,ほとんど知らない人ばかりだからか,両陣営の性格,信念,政策などの色が見えてこないのである.元の出身政党で分かれているわけでもない.保守色とリベラル色で分かれているわけでもない,単に,今までのしがらみで,分かれている感じである.

その結果,争点が広く,別々の党の戦いの様である.新人議員初め推薦人以外の議員も,只,うろうろしているだけに見える.まさに,ごった煮政党の実態を露呈しているのである.

ごった煮を整理する為にも,主張内容の曖昧さを正す為にも,この際,経済問題,行政改革問題,マニフェスト問題,財政問題,党運営問題,来期予算問題,参院ネジレ問題,と直面する政策課題について,所見を書面で明らかにすべきである.

マスコミが質問や取材をして,断片的な主張を書き出している様では話にならない.中身が希薄であったり,言質を取られない為に,政治家は書面化を嫌うと思うが,そんな口頭文化は時代遅れだと感じる.これは,政治家全員に言える事だと思う.

以上,代表選の感想や願いを述べたが,
結局,『限界に来た民主党の『不毛な戦いどぶ板選挙』を国民が見ているだけになるのかもしれない.貴重な時間が失われて行く.せめて,野党も観戦している場合ではなく,国の為に,積極的に立候補者の主張の善し悪しを国民に発信すべきだと思う.悪手をつかまない為にも,次期国会を有意義にする為にも.

・・・追伸(10.09.14)・・・

本日,菅総理VS小沢の代表選で菅総理が大差で勝利した.党員・サポート,地方議員の大差が決め手となった.国会議員投票は僅差であった事から,国会議員の認識が下部組織と大きく隔たっている事を露呈した.下部組織の票が世論に近いとすれば,国会議員の投票は魑魅魍魎で汚れきっているとも,取れるのである.

この代表戦で決まった事は総理の続投と昨年の衆院マニフェストの扱い(修正)くらいである.日本の直面する課題に光が差したわけではない.党内人事や内閣改造で,一悶着があった後,代表選前の多くの難問が利息をつけて待ち構えているのである

そんなわけで,党内の反菅勢力(小沢派)がほぼ半数を締めた事で,依然と民主党政策の迷走が続くき,国会での来年度予算案も,立ち往生し,衆院解散の可能性が現実味を帯びるのである.

そんなわけで,民主党政権の限界が今回の代表選で解消されたとは思えないのである.只,民主党が悪手を掴まないよう祈るだけである.

.

| | コメント (0)

2010.08.16

223 終戦の日・改めて戦史年表をじっと見た

8月15日終戦記念日(敗戦の日)は65年目を迎えた.毎年,この日に,日本人は,戦争の悲惨さを思い起こし,300万人の戦没者への哀悼をささげ,2度と戦争を繰り返さない決意と平和への誓いを,し続けて来たのである.

今年は,自分なりに,改めて史実を列記し,そこから何が浮かんでくるか,もう一度凝視する事にした.

1894年(M27)・・・日清戦争
・1895年(M28)・・・台湾併合
・1902年(M35)・・・日英同盟(対ロシア満州侵攻阻止)1923年8月失効
1903年(M36)・・・ライト兄弟・動力飛行成功(飛行時間15秒,距離36メータ)       

1904年(M37)・・・日露戦争  
1910年(M43)・・・朝鮮併合(~終戦,今年併合100周年)
1914年(T03)・・・第一次世界大戦
・1917年(T06)・・・ロシア革命

・1929年(S04)・・・世界大恐慌
1931年(S06)・・・満州事変(軍部の大陸侵攻),(ドイツ・イタリアのファシズム台頭)

・1932年(S07)・・・満州国誕生
・1933年(S08)・・・国際連盟脱退(連盟は満州国を未承認)

・1934年(S09)・・・日米親善野球(ベーブルース・沢村対決
・1936年(S11)・・・二・二六事件(軍事クーデター)勃発,鎮圧
・1936年(S11)・・・3月広田弘毅内閣発足
・1937年(S12)・・・6月第一次近衛文麿内閣発足

1937年(S12)・・・日中戦争突入(抗日戦線攻撃,北京上海,南京へ侵攻)
・1938年(S13)・・・ドイツのオーストリア,チェコへ侵攻

・1939年(S14)・・・ドイツのポーランドへ侵攻(第2次世界大戦勃発)
・1940年(S15)・・・日独伊三国同盟締結
・1941年(S16)・・・日ソ不可侵条約締結

1941年(S16)・・・日本の中国侵攻に対する経済制裁(ABCD包囲網)

・1941年(S16)・・10月東条英樹内閣発足
1941年(S16)・・12月マレー半島・真珠湾・奇襲(太平洋戦争突入)
1942年(S17)・・・6月ミッドウエイ海戦日本軍玉砕
1942年(S17)・・・8月ガダルカナル島日本軍玉砕
1943年(S18)・・・東南アで消耗戦展開(連合艦隊・山本五十六戦死)
・1944年(S19)・・・6月連合軍ノルマンディ上陸
1944年(S19)・・・7月サイパン島日本軍玉砕(B29による日本空爆基地化)
1944年(S19)・・・7月東条英樹内閣総辞職,小磯内閣発足

・1944年(S19)・・10月フィリピン・レイティ島日本軍玉砕(マッカーサーの反撃)
・1945年(S20)・・・3月硫黄島日本軍玉砕
1945年(S20)・・・3月無差別大空襲(東京,大阪,名古屋,横浜,神戸,等)

1945年(S20)・・・4月米軍沖縄上陸
・1945年(S20)・・・4月鈴木貫太郎内閣発足(終戦工作)

・1945年(S20)・・・5月ドイツ敗戦(4月ヒトラー自殺)
1945年(S20)・・・6月沖縄戦玉砕
・1945年(S20)・・・6月ポツダム宣言無視(ソ連仲介の和平工作も失敗)
1945年(S20)・・・8月6日広島原爆投下
1945年(S20)・・・8月8日ソ連対日宣戦布告(
満州侵攻,日本人シベリア抑留)
・1945年(S20)・・・8月9日長崎原爆投下


・1945年(S20)・・・8月10日ポツダム宣言受託通知・無条件降伏
1945年(S20)・・・8月15日玉音放送・終戦(日本の終戦日,今年65周年)
1945年(S20)・・・8月28日ソ連北方領土占拠
・1945年(S20)・・・8月30日マッカーサー日本到着

・1945年(S20)・・・9月2日戦艦ミズーリー号で降伏文書調印(連合軍の終戦日)

・1946年(S21)・・・4月極東国際軍事裁判
・1946年(S21)・・・5月吉田内閣発足(1953年5月まで)
・1946年(S21)・・11月憲法公布(1947年5月施行),戦争・戦力・交戦権放棄
・1948年(S23)・・11月極東国際軍事裁判,判決
・1950年(S25)・・・6月朝鮮戦争(53年7月休戦)

・1951年(S26)・・・9月サンフランシスコ講和条約調印
・1951年(S26)・・12月日米安全保障条約締結(米軍の駐留)
・1952年(S27)・・・4月28日サンフランシスコ講和条約発効(日本の独立)
・1954年(S39)・・・7月自衛隊発足
・1960年(S35)・・・1月新日米安全保障条約締結
・1972年(S47)・・・5月15日沖縄返還

上記史実に抜けている事が多いと思うが,流れ,意味を重視して独断で列記してみた.赤字で日本の激戦を表した.

戦後の様変わりで,遠い昔の歴史のように感じられるが,現在65歳以上の戦中派の方は,自分が誕生した時,幼児の時,何が起こっていたのか,と改めて想像せずにはいられなくなると思う.戦争を経験された方は思わず目をそらす事も多いと思う.それほど現在と隣接した歴史なのである.

この歴史は年表が示している様に,悲惨な戦争の歴史である.戦後の民主化,経済発展の代償だとしても,余りにも大きな戦禍と犠牲を払った歴史である.戦争回避,早期終戦の水面下での工作があったと思うが,これが結果である.

この歴史で300万人の尊い命を失い,悲惨な爪痕を残したのだが,なぜ『戦争を回避出来なかったのか』,せめて『戦禍を小さく出来なかったのか』,と,年表が我々に迫っているように感じるのである.

まず,戦争を回避出来なかったのかについて考えてみた.

大きく歴史をとらえると,日清,日露戦争,朝鮮併合,世界恐慌,満州侵攻,国際連盟脱退,中国侵攻,ABCD包囲網,と一連の伏線があって,太平洋戦争に突入している事が分かる.

戦争回避は,この経過の中で見ると,国際連盟の決議に従って満州から撤退していれば,さらに,石油を止める等のABCD包囲網に対して,満州,中国から撤退していれば,可能だったかもしれない.しかも,米国との戦争に勝ち目はないとの認識のもと,戦争回避に向けた水面下の交渉があったのである.

しかし,いまさら,撤退など出来ない,今までの多くの犠牲を無に出来ない,との感情や勝ち目がない等と言えない軍部の立場が,短期決戦なら勝てる,との仮説にすがるようになる.この様に,いつの間にか,『戦争回避』から『戦争やむなし』『短期決戦』『早期講和』の機運になって行ったのである.

当時の経緯を振り返ってみたい.

日独伊三国同盟,日ソ不可侵条約などの手を打つも,経済孤立化とロジステックの弱点を抱えたまま,戦争の引き金を引いたのである.

そんな中,戦争に対し理性的な判断力を持っていた連合艦隊司令長官山本五十六は,日本の国力から見て,短期決戦(6,7ケ月)しか出来ないと考えていた.その前提で,マレー半島・真珠湾への奇襲作戦を敢行したのである.

そして,7ケ月後,ミッドウエイ,ガダルカナルの戦いで日本の国力は予想通り,限界を迎えたのである.しかし,この段階で国家が講和に動く事はなかった.ずるずると悲惨な消耗戦の戦いに突入して行ったのである.

一方,奇襲作戦が米国の正当性,ナショナリズムを高める事になり,短期講和も困難になったのである.元来,戦争回避論者の『山本五十六の無念』は計り知れない程,大きかったと思う.

連戦連敗,続行不可能の状態になっても,またしても,『今までの多くの犠牲を無に出来ない』,『いまさら,引き返せない』の感情が『一億玉砕』にまで突き進む事になるのである.これで,戦禍をますます拡大する事になったのである.

そこで次の問題であるが,戦禍の拡大を防ぐ事が出来なかったのだろうか,この事を考えてみた.

1944年,日本の生命線であったサイパン島の日本軍玉砕,東条内閣総辞職の時が最大の時期だったと思う.サイパン島(日本の委任統治領)の陥落は日本本土への直接空爆が可能になり,首根っこを押さえられた形になったからである.本来なら,これで投了である.

この時,終戦もしくは敗戦の決断をしていれば,1945年の各地への大空襲,沖縄掃討作戦,広島・長崎への原爆投下は無かった筈である.しかし,最後の最後まで,投了の決断が出来なかったのである.

では,なぜ,勝ち目がないと分かっていたにもかかわらず,敗戦を決断できなかったのだろうか.

いつもの,国が滅びる事の恐怖心や,今さら敗戦を言い出せない心情,が原因だったのだろうか.それとも,戦争を続ける理由があったのだろうか.

どう考えても,人間の命や理性的判断より,辺境な感情(辺境人ゆえの根性)が日本を支配していた,と言わざるを得ないのである.結果論で言うわけではないが,少しの理性が働けば,こうはならなかったと思うのである.つくづく,悔やまれるのである.

この偏狭な感情とは日本のナショナリズム,大和魂,の影響を受けた『玉砕思想』が上げられる.これは’生きて虜囚の辱めを受けず’’一億玉砕’と言っていた様に,生きて敗戦の屈辱を受けるより,徹底抗戦で死ぬか,自決する事を’誇りある勇敢な死’と’死を美化’したのである.国民全体の戦意高揚の言葉が,死の恐怖を軽くする為に使われていったのである.

この思想が,戦禍の拡大を加速して行ったと思うのである.

例えば,捕虜になった時を想定した教育はなかったと言う.その結果,捕虜になった人は,自分を責め続けたり,捕虜の几帳面な日記によって,日本軍の行動や情勢を筒抜けにしたり,があったと言う.


又,敗戦が明らかな状況であっても
,若年兵の動員や特攻隊,人間魚雷による攻撃に繋がって行った事もこの思想の影響である.

一方,この思想による戦い方は米国の戦い方と大きく異なっていた.米国では,一個師団で2割か3割の戦死者が出た時,司令部の命令を無視して,降伏するか,撤退するかは,各師団に任されていたと言う.

捕虜になった時の行動も教育されていたと言う.'生きる事を優先’した選択肢を現場に持たせていたのである.戦い方として論議が分かれる所かもしれないが,日本とは全く違っていたのである.

日本の'生きる事を優先しない思想' は,もっと大きな影響を与える事になる.

性の情報を封印して,大本営発表を繰り返したり,戦いの無意味さや敗戦を口にすれば,非国民にされる風潮を作った事である.何よりも,この事が冷静さが求められる国家戦略にも,蔓延し,終戦,敗戦の判断力を失わせ,悲惨な戦禍を生んでしまった事である.

もう一つの大きな影響は,連合国の日本人に対する感情である.日本人は野蛮で,残酷で,好戦的で,降伏しない国民,だとする偏見と異質な民族への差別と脅威を増幅させたのである.今で言う自爆テロへの恐怖と似ていると思う.これが米軍の執拗な無差別攻撃に繋がったのではないかと思うのである.

まさに玉砕思想と言う戦意高揚の為の『戦う美学』が,劣性の戦いが続く中で,『破滅の美学』になって行ったのである.これによる戦禍の拡大は計り知れないのである.

最後に,この年表は,国を守る為に国民,兵士,戦没者が必死に戦った事を示している.一方,玉砕戦が次から次と起こった事を見れば,軍国主義,玉砕思想の被害者,犠牲者であった事も示していると思う.

歴史認識の問題が今でも議論されるが,表面的であっても,戦史年表を眺めるだけで,新たな発見もある.調べたくなる事柄も出てくる.今さらながら,年表を見る事の意義を実感したのである.

2006年8月,NO54歴史認識問題 を,又,2007年7月,NO104 『しょうがない』心理 を発信した.

・日本の軍国主義,海外侵攻の問題,
・韓国・中国の歴史認識の問題,
・米国の無差別攻撃の問題(沖縄及び各都市,原爆投下),
・ソ連のシベリア抑留,北方領土占拠の問題,
・第2次世界大戦,太平洋戦争,における米国の考え方,

等々に対し,世のいくつかの諸説・評価を上げながら,自分なりの思考整理を試みたのである.

専門家の間で,語り尽くされているテーマだと思うが,自分としては,すべて,はっきりと整理出来たわけではなかった.勿論,浅学では無理だと思うが,戦史年表が語っている事を通して,思考整理が一歩前進したように思うのである.

その上で,この戦争は何だったのだろか,どうして,戦争し,占領した米国を多くの国民が受け入れたのだろうか,どんな方法で,日本が戦後復興をし,経済大国になったのだろうか,自分なりに,思考整理をしてみたいと思うのである.

いづれにしろ,戦前,戦中,戦後の日本の歴史は,国民性,思想,政治,政策のどれをとっても,後世に引き継ぐべき貴重な史実,教訓が詰まっていると思うからである.教育の場だけに,この問題をあずけてはダメだと思うのである.

.

| | コメント (3)

2010.08.09

222 次世代インターネット空間

インターネットの素晴しさ,利便さは,今や社会にとって欠く事のできない機能となり,ビジネスや私生活のインフラになっている.それを実現している通信方式も,あらゆる通信に利用されている.今後のモバイル時代の到来で,さらに,その役割や広がりは大きくなるのである.

このインターネットはITに総称される科学技術の進展とオープン・フラット・フリーな管理者のいない仕組みによって,ボーダレスのネットワーク社会を形成したのである.もはや,人類史に燦然と輝く,世界人類の共有物になっているのである.

思い返せば,自分らの世代は,多くの人類の英知に遭遇し,その変わり目を体験し続けて来た.インターネットはその最たるものの一つであり,その幸運に感謝せずにはいられないのである.それだけに,便利さを実感出来るわけだが,逆に,使えなくなった時の恐怖が悪夢となって,頭を過るのである.

当ブログ’NO192クラウドコンピューテング考’でも便利さゆえの懸念を発信した.その事も含めて,頭をかすめる悪夢を列記してみた.

①悪意・犯意の情報攻撃の横行
情報社会の影として,悪意・犯意を持った,改竄,誹謗,中傷,漏洩,偽装,搾取,詐欺などが発生する.消去の問題もあるが,根本的には,ネットの利用には匿名を許さない仕組みが必要かも知れない.

②責任者不在のレスポンス悪化
真綿で首を絞められるように,どんどんレスポンスが悪くなってきた感じである.プログラムの巨大化,セキュリティソフトのオーバーヘッド,ネットやサーバー資源の過負荷,など原因はあるだろうが,どこがクリテカルになっているのか不明である.従って,誰が対処するかも不明となる.
当ブログもレスポンスが極端に悪化している.今のところ原因・対策が不明である.

利用者や情報の膨大な増加で,この問題はますます顕在化すると思う.勿論,技術や資源で対応可能であっても,プロバイダーやキャリアーの設備投資には限界がある.利用制限やネット離れが起こるかもしれない.

③情報のゴミが世界に蔓延
ネット上の情報は放置され,急速に情報の夢の島状態になりそうである.今のままでは,何年も前の放置された情報(所在不明情報)が実質,検索の機能を不全に陥れる可能性がある.

ネット上の情報の有効期限や無更新・無アクセス期間の条件をつけて,自動的に検索対象から削除する機能がプロバイダー側,検索側に必要になりそうである.又,ホームページやブログの無料掲載を無くす必要があるかもしれない.

④サポート終了OSにウイルス蔓延
パソコンOSやミドルウエアーの提供者側の維持管理期間にはおのずと限界がある.セキュリティソフトの維持管理期間にも限界がある.

最悪は,ソフトのメンテナンスは終了,セキュリティソフトのメンテナンスも終了,しかしパソコンは昔のまま動いている状態である.
心無きウイルス製造者からすれば,縦横無尽の活躍の場が出来る事になる.この問題は自己責任だけでは済まされない.アナログからデジタルへのテレビの切り替えくらいの社会的問題になる事が予想される.


⑤プロバイダーの経営破綻

社会的インフラとして,その機能を提供している企業が未来永劫,存続し続ける事は考えられない.当然,経営破綻したり,事業が他に移る事があり得るのである.特に大手プロバイダーの事業モデル(民放の広告収入モデルの延長にあるモデル)に限界を感じている.
その時,機能や情報が引き継がれる保証はない.いくら社会的機能だと言っても,保証する法的根拠は無い.只ほど高い物は無い事になる.

この問題は有料のプライベートクラウドにも発生する.契約があるからと言って,解決できる物ではない.せいぜい利用者の自己防衛しか対処できないと思う.

⑤プライベートクラウドのSLA契約訴訟
アウトソーシングに於けるSLA(Servis Level Agreement)の問題であるが,②の問題や障害に対して,インターネットは脆弱である.どの程度の約束とするか議論すべきテーマになる.これも利用者の自己防衛のテーマになる.

⑥人質になるサーバー(システムとデータ)

自分の処理をしているサーバーがどこに存在しているか,利用者から見えない事から,WEBやCLOUDと言う名が付いているのだが,日本の場合,米国に設置されたサーバーの中で処理されている事が多いと思う.グーグルのような巨大な検索システムは数万台のサーバー群を一塊にして,世界に7箇所に分散設置されていると言う.

そんな状態の中で,政治的に自国にある他国のサーバーを人質に取る事はあり得る.テロリストがサーバーを不法に押さえ込む可能性もある.'相手を脅すには刃物は要らぬ,サーバーの回線を切ればよい’と言う事になりかねない.サイバーテロの恐怖である.このように世界のサーバーが安全保障の対象になるのである.

このように,性善説に立ったオープン,フリー,フラットなインターネットの精神,仕組が,巨大な社会のインフラになった時,その良さが,裏目になって現れていると思う.そもそもインターネットが一般化した15年前,今日のようなネットやハード,ソフトの発展を想定していたわけではないし,セキュリティ問題にも目をつむっていたのである.それだけに巨大化,荒れ地化するインターネットの世界を,このまま放置しておくわけにはいかない時期に来ていると思う.

折角の人類の共有物を保持する為に,今こそ,新たな英知が,インターネットに求められていると思う.

例えば,あくまでもインターネットの精神を踏襲しつつ,あくまでも自然なメカニズムを進化させて,秩序を維持して行く方向とするのか,精神に反する事になるが,ネットも,サーバーも,情報も,利用者も,管理されたインターネットの世界(社会規模でのイントラネットイメージ)を考えて行く方向とするのか,思いが巡るのである.

いずれにせよ,未来に向けて,『安全で安心な,ウイルスも住めない快適な次世代のインターネットの空間』を作って行く挑戦者が出てきて欲しいものである.自分の人生で,次は,そんな世界に遭遇したい.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »