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2010.11.30

232 『龍馬伝』最終回クライマックスで流れたテロップの怪

11月28日,NHK大河ドラマ最終回『龍馬伝』のクライマックス場面'近江屋の薄暗い隠れ部屋で刺客と龍馬,慎太郎の決死の格闘''瀕死の龍馬と慎太郎の辞世の会話’'血まみれで息途絶えて行く龍馬'をかたずを飲んで観ていた.

事もあろうに,この時,愛媛県知事選挙で新人の中村時広氏が当選確実になったと言うテロップが,薄暗い画面に白字で,しかも,迫真の演技を隠す様に流れたのである.緊張感が一気に解けた.

この一発のテロップが,ドラマの最後で最大のクライマックスシーンに水を差し,ドラマを台無しにしたのである.一刻を争うような内容でもないテロップが,何故,あのタイミングで,と,怒りのクレームがNHKに殺到したと言うが,当然である.

何故こんな事が起こったのか,直感的に,この時をねらって,意図的にテロップを流したのではないか,土佐と松山の対立が背景にあるのではないか,が頭をよぎったのである.

松山藩は幕末期,佐幕派であり,大政奉還に舵を切った土佐藩と対立していた.鳥羽伏見の戦い以降,松山藩は土佐藩に支配されていた.この時から,土佐藩と松山藩の対立が始まった.

この土佐藩VS松山藩の歴史的対立が現在に至っても,龍馬・弥太郎VS秋山兄弟・子規の偉人対立,『龍馬伝』VS『坂の上の雲』のドラマ対立,土佐VS松山の観光対立,あるいは,道路等の公共事業対立,に,脈々と続いている感じがする.まさに,四つの国がある四国と言われる由縁である.

愛媛県知事当確の中村氏は松山市長として,町おこしの為に,『坂の上の雲』(松山出身の秋山好古陸軍大将,秋山直之陸軍中将,正岡子規を主人公にした青春群像小説)を宣伝していた事も,打倒,『龍馬伝』の意図を感じるのである.

さらに言えば,この最終回に限って,緊急性のないテロップが何本か流れていた.そのこと自体,不自然に感じたが,愛媛県知事当確の本命のテロップを偶然に見せかける蒔きえだったのかもしれない.

NHKが今年,『龍馬伝』と『坂の上の雲』を放送するのも,この対立の激しさを物語っている.NHK内部にも,ドラマ対立があると想像できる.そんな対立の中で,テロップによるテロが巧妙に仕掛けられたのではないか,と推測するのである

結果,視聴率のピークを狙って,愛媛の宣伝をし,同時に土佐が露出するドラマを台無しにしたのである.その絶妙さ故に,上記のような背景と意図を感じるのである.

そんな意図が実現するなら,もし,『坂の上の雲』の放映時間だったとしたら,愛媛県新知事誕生のテロップは,ドラマに影響を与えないように,流れたと思うし,土佐に関するニューステロップなら『坂の上の雲』の名場面に流れたかも知れないのである.

いづれにせよ,今回のテロップは,全く偶然であった,では納得できないのである.これ程の,いかにも歴史ファンが喜びそうな,いかにも有りそうな,理由がなければ,今回のテロップ事件は説明できないと思うし,歴史ファンは納得できないのである.

NHKは是非,得意のドキュメンタリータッチで,次の特番を組んで欲しいと思う.

なぜテロップ事件が起きたのかー今も続く土佐藩と松山藩の対立ー

ところで,一般的に,日常流れるテロップに問題はないのだろうか.今回を契機に,次の2点が気になるのである.

1.テロップで法的問題が起こらないのだろうか

今回の件は,著作物である映像がテロップで台無しにされたわけだが,一般に,こんな事が起これば,著作権侵害,表現の自由侵害,営業妨害,等の法的な問題は起こらないのだろうか.民放で言えば,スポンサーは黙っていられない事もあるはずである.法的にはどの様に取り扱われるのだろうか.テロップはいかなる放送より優先するのだろうか.

2.テロップの基準とテロップの運営はどうなっているのだろうか

例えば,緊急で重要な内容を放送中,地震の震度が1程度にもかかわらず,その地区名が画面を覆ったり,緊急でもない三面記事的事件のテロップが流れたり,する事がある.

テロップに,目的と基準があるとしても,流す判断,流す内容,流すタイミング,流す回数,は何らかの人間の判断があるはずである.だとすると,テロップによる宣伝や番組妨害等の恣意的な運用も起こり得る.そんなわけで,どのように運営されているのか知りたくなるのである.

こんな,疑問,疑念を払しょくする為にも,NHKも民放も,テロップを出す基準,出す判断,出すタイミング,出す回数,について,改めてキチッと国民に説明する必要がある.その上で,今回のテロップ事件の顛末をつけなければ,怒りは収まらないのである.

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2010.11.23

231 若者の深刻な就職問題に思う事

新卒学生の多くが,いまだ就職先が見つからないと言う.内定者もワラをも掴む思いであった為,手放しでは喜べないと言う.それを反映してか,近年,若者の退職者が急速に増えていると言う.その結果,若者のフリーターの増加傾向は止まらないのである.本人にとっては大変な問題であるが,それに加えて晩婚化,少子化を余儀なくされ,経済力や社会保障の大きな問題に繋がって行くのである.

この就職難問題は,デフレ,不況によるところが大きいと思うが,根本的な要因があると思う.企業の大小にかかわらず,雇用環境の大きな変化である.学校も学生も,これに対応できていない事が,就職を難しくしているように思うのである.

先ず,学生であるが,どの大学でも行く事が目的だった,大学を卒業して有力企業に就職したい,3K職場はいやだ,どんな職種をめざすのか曖昧だ,学業よりアルバイトや遊びに貴重な時間を使っている,自分の進路に真剣に対峙していない,と言う事が多いのではないか.

大学も,駅弁を通り越して,竹の子のように学校を増やしたまま,少子化の中で,学生確保に躍起になっている,大学は教育関係者の利権の為に存在している,教育内容が産業界の変化に対応出来ていない,学生の学力低下に野放しである,多くの若者のたまり場になっている,その結果,大学はフリーター製造機関になっていないか.だとしたら親の負担,国の負担は無駄になり,巨額な社会的損失になるのである.

どの大学も,何の為に,何のスキルを育てるのか,マニフェストを掲げ,それに沿ったカリキュラムを作るべきである.カリキュラムを教育者の利権で作ってはならないのである.この様に,各大学はマニフェスト,教育者,卒業生の実力,で競い合って欲しいものである.ブランド,イメージだけのマンモス大学は若者の貴重な時間を浪費させ,社会的損失を生むだけである.

一方,産業界は,グローバル化や新興国の台頭で,労働集約作業は海外に移り,企業は海外に転出し,縦型産業構造が崩れ,ハイテク産業は自動化が進み,ネット社会で仕事の合理化が進んでいる.同時に定年の延長(65歳)で,採用も抑えられる.この様に採用数は減少傾向になっているのである.

さらに,減少傾向の採用の中で,海外からの留学生の採用が増え始めている.小売業,サービス業などの国内産業にも,日本に来る外人対応で留学生が採用される.又,国際化と関係なく,そもそも,留学生の資質,学力,言語で日本学生より優秀だと言う評判も聞く.又,優秀な人材はストックからフローに移る傾向もある.

等々,景気とは無関係に雇用環境が大きく変化しているのである.就職難は景気頼りの一過性の問題ではない事は明らかである.根本的に意識を変えなければ,ましてや,従来型の学生感覚のままでは,就職はますます狭き門,氷河期が続くのである.

残念ながら,政府の短期的な数合わせ的雇用対策では解決出来ない.例えば,介護が人手不足だからと言って,そこに斡旋する事が雇用対策ではない.求人と求職のマッチングの問題ではないのである.就職は各人の人生観,仕事観,モチベーションと,それを支える教育,とつながっているからである.

そこで,就職問題解決には,第5期グローバル時代を踏まえて
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『社会への入り口の多様化』自立,国際化,教育改革』が必要だと考える.具体的には次の3点である.

①大学数の大幅縮小と職種に特化した育成機関の拡充
②海外就職への意識,言語力,の改革(邦人系,外資系,問わず)
③労働市場の国際化への制度改革(年金,保険,労働法等の改革)

新興国と比べれば,明らかに日本はぬるま湯の感覚,制度が残っているように思う.高度成長期のままの雇用環境ではないし,第5期グローバル化に応じた対策が必要なのである.それが出来ていないツケが最近の就職問題に現れていると思うのである.

とは言っても,直近の就職問題は解決しない.今年,就職先が決まっていない学生,あるいは現役の学生は,学卒のインセンテブはない事を自覚し,待遇やカッコ良さを求めず,漫然と会社に就職する感覚を捨て,自分の一生の仕事(職種)は何かを,この際,じっくり考えて欲しいと思うのである.

ブルーカラーでもホワイトカラーでも,どんな仕事でも世界と繋がり,深みがある事を認識し,興味,探究心,モチベーション,を高めて欲しいと思うのである.
高浜虚子の'闘志湧きて,夏の雲湧く,丘に立つ'の心境になって欲しいのである.留学生には間違いなく,これがある.

その上で,勉強するのも良し,海外を回るのも良し,修業するも良し,まさに,自立が始まるのである.企業もそんな志を期待しているはずである.画一的な就職戦線に乗れなかった事が逆に良い結果をもたらすかも知れないのである.’急がばまわれ’である.人生は永いのである.目的もなくフリーターを続ける事だけは絶対避けなければならない.若者の健闘奮起を祈りたい.

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2010.11.17

230 中国漁船衝突事件に見る政府の問題

当ブログNo227でナショナリズムとグローバリズムと中国発信した.そこでも今回の中国漁船衝突事件についての中国の戦略・戦術を論じたが,ここでは,日本政府の問題点について述べたい.

民主党代表選のさなか,沖縄県・尖閣諸島付近で9月7日,中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件が発生した.中国政府の意図であったかどうかは不明であるが,民主党の普天間基地移設問題や与党の内紛状態に乗じて,未熟な政権を揺さぶり,中国の覇権を強める絶好の機会となったのである.

これに対し日本政府は,夏目漱石の草枕ではないが,'日本独特の心境'に陥ってしまったと思うのである.

智に働けば角が立つ.情に棹させば流される.意地を通せば窮屈だ.とかくに人の世は住みにくい.』

政府,政治家はこんな状況に答えを出す事が仕事である.しかし,政権は,悩ましき心境に浸かったまま,おどおどし,外交の弱さを露呈してしまったと思うのである.事件の経緯は省略するが,政府の対応はあらまし下記の通りだったと思う.

海上保安庁は船長,船,乗組員,を拘束,その後,船,乗員は解放するも,船長を公務執行妨害で逮捕,政権は’粛々と法に従って冷静に対応すべし’との見解で,検察の対応を’良し’と表明.

10月4日,検察は船長の拘留期間延長したにもかかわらず突然,船長を処分保留で釈放.政府はこれも司法の判断だとして,政治介入はないと公言.ただし,外交案件を検察に任せている政府への批判,外交問題を判断した検察への批判が高まる.

一方,海保が撮っていた,ビデオ映像を公開すべきとの政治家や国民の要求に対し,政府は裁判の証拠は公開出来ないとして,これを拒否.しかし,予算員会の決議に従って,一部を公開.

そんな国会での騒ぎと裏腹に,映像は海保の教材用に編集され流通していた.その映像が海保士によってYOU・TUBUに流出したのである.この海保士は自首し,国家公務員法違反(守秘義務違反)で任意調査を受けるも,法的に秘密情報漏洩に当たるのかとの疑義があり,今のところ,逮捕に至っていない.ただし,職務違反で海保内懲戒になる模様である.

又,中国政府の映像流出に対する反応は特にない.只,中国は衝突の正不当の問題ではなく,本質は領土・領海の問題だとの姿勢を崩していない.’領土問題は存在しない’との日本の主張への崩ししか興味がないのである.

そこで,この事件に対する政府対応の問題点を列記したい.

①指揮権発動なしに司法介入し,外交案件を司法に判断させた疑い.

’粛々と法に従って冷静に対応する’として検察も政府も逮捕から立件まで行く予定であったと思う.しかし,中国の報復(APEC・首脳会議・レアアース・邦人逮捕など),中国国内の反日・反政府運動・尖閣諸島の帰属問題の過熱に配慮せざるを得なくなり,政府は急遽,処分保留・釈放に方針を変えたはずである.

しかし政府は指揮権を発動せずに,あくまでも,処分保留,釈放は検察の法と証拠による冷静な判断だとしたのである.司法の独立性を縦に,政府が中国に屈したのではないとの姿勢を貫こうとした,と想像できるのである.

反面,その政府の姿勢は指揮権発動なしで,政治の司法介入,政治の司法利用と言う大きな問題をを抱える事になった.同時に,政権は国よりも政権の保身を優先して検察にやらせた印象を受けるのである.

②逮捕・拘留延長・処分保留・釈放と言う筋が通らない悪手を取った.

もう一つ問題は,外交案件への対応方法を事前に持ち合わせていなかったのではないかと言う問題である.

常識的には,政府や司法は,この様な問題を想定して,警告レベル,逮捕レベルを設定し,その根拠となる情報は政府主導で公開する.逮捕の場合は,罰金レベル,国外追放レベル,実刑レベルを設けて対応すべきなのである.

これによれば,せめて釈放ではなく追放である.逮捕しておいて処分保留,釈放では,逮捕は間違いだった,罪を問わないと表明したようなものである.最低限,国外追放と言う刑罰で結審すべきであったと思う.

どうやら,政府は主権に対する一寸の魂もない感じがする.早急に類似案件への今後の処置方策を決て置く必要があると思うのである.

③衝突映像ビデオを非公開とした.

中国漁船の無謀行為は明らかなのに,なぜ国民や中国ほか世界に映像を公開しないのか,との批判が高まった.

政府は裁判の証拠を理由に非公開とした.しかし処分保留で船長を釈放し,裁判が開かれる事はないのだから非公開にする意味がなくなるのである.それとも永久に処分保留が続き,永久に非公開にするつもりなのだろうか.

本当の非公開の理由は,公開すれば中国に角が立つ,非公開を中国と約束していた,或いは,ビデオを中国カードに使いたかった,のかもしれない.それよりも,政府は処分保留で釈放した理由が成り立たなくなる事を恐れたからかも知れない.

いずれにせよ,公開は当たり前であり,真実の公開にリスクはない.それを,裁判の証拠等と,次元の低い理由で非公開にしたのである.何もしない,先送りする,体質そのものである.

そんな中で,ビデオが流出した.中国や政府のシナリオが一気に崩れる事になる.国家秘密の漏洩事件だとする政府見解の表明は,中国に申し開きをしている様に取れる.しかし,法的には秘密ではないとの事で,その見解もあやしくなる.

法的には,国家公務員の守秘義務情報とは職務上知り得た情報で,非公知で,守秘に値するものとされている(実質秘説).しかし,海保の活動映像はこれに該当しないと言う見解が多いのである.尚,行政の長がマル秘(形式秘)と言っても,守秘情報にはならないのである.

又,海保の活動映像は今回に限らず,海保の仕事ぶりを明らかにする為,あるいは,外国船の問題行動の対処方の教材とする為にビデオをを編集し,内部で見ていたと言う.又,過去にも多くのビデオが国民にも公開されている.北朝鮮船との銃撃戦などは顕著な例である.そんなわけで,海保の活動映像は,誰も守秘情報とは思っていなかったのである.

そんな事実も知らず,闇雲に国家機密として厳重に管理する,とか,公務員の守秘義務違反だ,とか,守秘義務違反の刑罰を重くすべきだ,とか,政府の答弁はピントがづれているとしか言いようがないのである.

何が国家秘密なのかの議論も無く,刑事事案と職務違反事案とを,ごちゃ混ぜにして,政府は,けしからんと言っているように聞こえるのである

又,政府は流出後も,映像は非公開だと言い続けているが,今度も流出事件の証拠だからと言うのだろうか.当初から,おかしな事は証拠云々の前に,公開すべきか否かの政府の意思が見えない事である.国会質疑で,まず公開・非公開のどちらの考えを持っているのか聞くべきである.

・公開すべきでないとの考えなら,真実の力,それを伝える義務を放棄してまで,どんな理由があるのか明らかにする事である.
・公開すべきだと考えるが裁判の証拠だから公開出来ない,と言うなら,公開の方法を議論すればよい.
裁判の証拠だから公開しない(公開できない)は明らかに意思の表明を逃げているか,分からない,あるいは,迷っている,からだと思う.

尚,流出した映像の一部が連日テレビに流されている.公開を拒んでいる政府はむなしく感じないのだろうか.それとも,政府はテレビ局は政府方針に逆らって,けしからんと思っているのだろうか.又,流出していない映像部分も公開すべしとの声が上がっているが,今後,どうするのだろうか.政府は頭がこんがらがっていなければ良いのだが.

以上,今回の政府の対応を総括すると,

粛々と法に従って対応すると言いながら,中国の圧力があって,あるいは忖度して,突然の処分保留,釈放,情報非公開になった.中国や他国から見れば,中国の主張が正しかったと見えかねない悪手である.ビデオ流出によって,かろうじて日本の正当性が証明された形になったが,逆に,中国に屈した姿が浮き彫りになったのである.

この一連の政府の対応での問題点をまとめて列記すると,

・指揮権発動せず,司法に介入,或いは利用したとの疑いがある事
・政府の介入の有無とは別に,結果的に
司法が外交判断をした事
・逮捕・拘留延期・処分保留・釈放と言う悪手を踏んでしまった事
・類似案件発生時の対応策が事前に検討されている様子がない事
・真実の強さ,真実を伝える義務を放棄し,映像を非公開としている事
・非公開の理由を裁判の証拠だと,次元の違う理由を挙げている事
・政権の外交対応能力の弱さが露呈した事
・領海・領土を守る為の実効支配,警備,牽制が弱い事
・国の事より政府の保身を優先した言動が見える事

である.

こんな事になったのも,もともと外交に弱い民主党に加えて,民主党の代表選(9月1日公示,14日投票)の真っただ中で事件が起こり,しかも新内閣で人事が変わり,初動から対応策が作れなかったと思う.あげくに,充分の経験と判断力,中国との人脈もないまま,悪手をつかんでしまったと思うのである.

外交には一瞬の断絶や隙を作ってはならないとの鉄則を政権は守れなかったのである.又,外交に携わる政治家・官僚には経験,貫録,人脈,威厳,威圧感,押し,等の’手ごわさ’が必要だと思う.

残念ながら,民主党政権が誕生して以来,中国のみならず,ロ.シア,アメリカ,韓国,も,現政権は極めて軽いと認識したと思う.この政権に,一触即発の危険が伴う外交を任せて良いのか極めて不安になるのである.

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2010.11.07

229 世界の潮流(自由貿易圏・集団安全保障)と日本

東西冷戦時代,思想対立時代の終焉から20年,相次ぐアメリカの金融破綻をきっかけに,世界的な経済不況が続き,今や,躍進中のBRICSに世界経済が頼っている状態になった.

同時に,天然資源,地球温暖化,自由貿易協定,通貨安値競争,領土・領海,安全保障,等で国益をき出しにした駆け引きが顕在化して来た.特に経済の勢いと共に,中国・ロシアの野望が目立ち始めた.

この多極化,複雑化した世界情勢の中で,日本は,内向きな政局を繰り返し,円高・デフレ・失業・株安・不景気・社会保障不安,等に,打開策が見えないまま,閉塞感だけが蔓延しているのである.

合成の誤謬政党の民主党政権は,当初の懸念通り,打開どころか,海底から持ち上がる大きなうねりに激しく揺さぶられ,自らの軽さも加わって,難破船状態に陥っている感じである.

そんな中で,世界の動きと日本の方向について,いくつか考えを巡らせてみた.

1..アジアの集団安全保障体制の形成と日本

アジア地区の巨大な経済市場・埋蔵資源・食料資源が世界の注目を集めているが,このアジアでの覇権に中国,ロシアの動きが活発である.米・ソの対立であったヨーロッパの東西冷戦構造が,今度は,このアジアの地で展開され,NATOのような東南アジアの集団安全保障体制が出現するかもしれないのである.

残念ながら,現行憲法ではこの問題を主体的に論ずる事は出来ない.せいぜい,後方支援と金で勘弁してもらうしかない事になる.しかし,確実に,アジア地区での集団安全保障に関してはジャパンパッシングになる.果たして,このままで日本は,世界の枠組み(集団安全保障体制)の中で生きていけるのだろうか,大きな課題に直面しているのである.

それとも,アジアにおける集団安全保障体制に反対する事になるのだろうか.この問題を政治家,有識者はどう考えているのだろうか.日米安全保障条約では解決できない,日本自身の問題なのである.

.アジア・太平洋自由貿易圏の形成と日本

従来,自由貿易協定は2国間で行われてきたが,EUの様に,アジア,太平洋沿岸諸国間で,自由貿易圏の形成をめざす動きが急速に高まっている.

この構想(TPP)では加盟国同志で品目制限も関税も,非関税障壁も取り払い,ドメステックな企業も国際市場にさらされることになる.さらに,貿易手続も統一されたり,労働者の移動も自由にすると言う.又,これによって起こる,貿易不均衡や経済発展の格差も調整を行うと言う.各国にとって,かなりハードルの高い構想である.

しかし,国際的な経済競争時代からすれば,この自由貿易協定に加盟しない事は,不利な競争を強いられ,孤立する事になる.こうなると,国内問題があっても,雪崩を打つように自由貿易圏への加盟が広がる可能性がある.

只,自由貿易圏の国々が,集団安全保障体制も,政治理念も,知的財産権なども,同じ価値観でなければ,とても,自由貿易圏は形成できない.例えば,武力転用可能な物資の自由貿易は不用意に出来ないからである.中国と同じ自由貿易圏に入りながら,集団安全保障では中国と対峙する体制をとる,わけにはいかないからである.

そんなわけで,この自由貿易圏の形成は経済問題のように思われるが,実は,価値観,政治体制,集団安全保障体制と表裏一体の問題なのである.その意味で自由貿易圏作りは『新たな世界の勢力圏』作りであると同時に,激しい経済戦争への幕開きなのである.

一方,この自由貿易圏構想に留意すべき事がある.貿易の偏りを自動調整する形で為替レートが働くかと言う問題である.通貨安を人為的に操作できれば,経済の自由化は政治でゆがめられる事になる.円高ドル安でTPPに参加すれば,輸出で,相手の関税障壁はなくなるが円高障壁は残る.逆に輸入は関税なしに加えて円高で更に安く物が入る.結果,TPP参加はデフレ経済を進める事になる.

こう考えると,TPP推進はドル安の米国の輸出振興による景気回復,失業率対策になるが,日本にとっては円高のままでは輸出の障壁は残り,輸入の障壁だけが無くなる事になる.だとすると,各国は日本の参加を強く望むはずである.ちなみに,韓国は各国と関税撤廃で成果を上げているのではなく,ウオンが安い事が大きいのである.

いづれにせよ,今の国際情勢からすれば,このアジアの自由貿易圏は中国・ロシアと対峙する国々で形成されるはずである.その意味で,現在の政経分離で中国との関係を保つ事は,限界を迎える事になる.

ところで,日本が自由貿易圏に参加を表明したとしても,集団的安全保障に,ただ乗りだと言われ,拒否される事は無いのだろうか.TPPの用に,アメリカが加盟する自由貿易圏であれば問題はないのだろうか.

以上のように,自由貿易圏に入れるとしても,

円高の問題,集団的安全保障の問題,島国気質などの問題,等が立ちはだかり,単に農業問題だけではないのである.日本が世界の潮流に乗る事は簡単ではないし,また
また歯切れの悪い日本の姿が浮き彫りになりそうである.

3.国際国家へのシフトと日本

どの振興国も英語も学問も生きて行く上で必須であり,海外で稼ぐ事も当たり前である.従って,語学も勉強も生きる手段であり,それを身につける事は死活問題なのである.

1997年金融危機に陥って韓国は『通商国家(貿易立国,GDPの40%))』になる事を宣言し,国を上げてこれに取り組んできた.その為に,特化産業の振興,農業改革,エリート教育,海外留学,海外進出,自由貿易協定の促進,等を積極的に実施し,現在,目を見張る成果を上げている.

一方、日本は第5期グローバル時代(当ブログNO220)入っているにもかかわらず,いつも,発想が内向きである.日本は,未来に向けて鎖国の選択肢はないとすれば,日本の風土・文化・制度をブレークスルーして行く必要がある.,遅まきながらでも,国際国家に向けた改革を進めなければ,ガラバゴス国家になってしまうのである.ガラバゴス化も生き道だとの考え方もあるが,ここは100年の計の決断が必要だと思う.

4.日本の借金残高1000兆円問題

自由貿易や集団安全保障を支える力は国の財政力である.果たして1000兆にならんとする借金や社会保障費の拡大にあえぐ我が国に,その力が残っているのだろうか.パイの拡大が出来たとしても,これに消えてしまうのではないか.だとしたら,世界の潮流の中で,経済も安全保障も疲弊して行く可能性がある.

以上,集団安全保障問題,自由貿易問題,財政問題,国際国家問題,に対し,.行くも地獄,行かぬも地獄かもしれない.残念ながら,日本の政治が必死の覚悟で,この事を考えている様子が伺えない.

ところで,当ブログで,『NO152日本の3大閉塞感』(憲法問題,借金残高問題,日本文化)を発信したが.世界の潮流にも,しっかり,これが立ちふさがっているのである.悩みは深い.色々思いを巡らしてみたが,閉塞感が増すばかりである.

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