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2011.04.18

240 国難なればこそ国民に信を問うべきだ

当ブログで民主党の政権担当能力の問題,総理の資質の問題,政策の問題,等を民主党政権発足当初より指摘してきた.その指摘がはずれる事はなかった.

又,未曽有の国難に対しても,突然政権担当能力が良くなるはずもなく,
1ケ月が経過した現在においても,遅々として進んでいない事が多い.未だ巨大災害対策のマネージメントが出来ていない感じがするのである.

震災発生当初より,いくつかの指摘と提案をしながら,『船頭多くして,船,山に登る』,或いは『船頭いなくて,船,山に登る』事がないよう『ビシとした組織的活動とマネージメント』を期待したが,難しかったようだ.

『船が山に登るのは津波でたくさんだ』との悲痛な叫びも,これでは,『船が山に登ったままだ』といった感じである.被災地の悲惨な状態は行き場のないまま漂流しているのである.

そんなわけで,今からでも,国民の信を得た強い政権を作り,この未曽有の国難に対峙すべきだとつくづく思う.任期が残っているから信を問わないという政権と日本は心中するわけには行かないのである.

国民に信を問うべきだと考える理由をを三つ述べたい.

[理由1] 総理の野党感覚の『思い』だけでは危機は乗り越えられない

どうやら民主党の鳩山前総理も菅総理も裏づけの無い『思い』を言うのが口癖のようだ.本人からすれば熱意や思いを一生懸命言ったと思っている様だが,総理の発言ともなれば,『政策の所信表明』だと取られるのは当然である.

従って,『あの時,言った事は思いであって,具体的に検討した上での発言ではなかった』となれば,本人だけではなく,日本の信用が失墜するのである.そんな事になる自覚もなく,自分の『思い』を言う事がリーダーシップだと勘違いしているのかもしれない.

鳩山前総理で言えば『普天間基地は海外移設,最低でも県外移設』と言ったのは根拠の無い『思い』だったようだが,『思っただけなら口にするな』と総理の資質を問われる事になっただけでなく,世界の信用を失ったのである.

最近の菅総理は震災や原発事故に対し,次のような事を言っている.

①『政府として全力を注ぎ,自然災害に堪えうる地域社会を築き,地球環境にも調和しながら人々が暮らしていける社会を創出する復興計画を策定し,その力量を世界に示す』

②『原発事故については日本製品や食品の安全に万全の予防措置をとっている.原子力発電の安全向上のための国際的な議論に寄与するよう,事故原因について迅速に検証を行い,情報を提供する』

③『最後まで被災者の生活再建に向けて,支えていくのが政治の役割だ.全身全霊,持てる力を全て出し切って取り組む』

どれも,内容や根拠や実現性を吟味して言っているとは思えない.多分,本人の『思い』である.だから,多くの悲惨な被害者あるいは一般国民から見て,迫力もリアリティも,感じないのである.希望も湧いてこない,どこの国の話だ,となるのである.

しかし,そんな『思い』を,むなしく聞き流す人もいると思うが,総理の発言なのだから,国民や世界に『約束』(コミット)をした,と受け止める人も多くいると思う.むしろこの方が当然である.

もし菅総理に,この発言の信憑性を追求すれば,あれは私の『思い』を言っただけと言うはずである.開き直って『思いを言って何がが悪い』と言い返すかもしれない.もしそうなら,『思っただけなら口にするな』,『立場をわきまえろ』と鳩山さんと同じ顛末を歩む事になる.

こうなるのは,民主党の両総理とも,野党精神が抜けず,軽々しく『思い』を言って来た癖が出ていると思うのである.鳩山さんは『ボンボンの博愛精神の思い』から,菅さんは『市民運動家のアジテーターの思い』から,脱していないと言わざるを得ないのである.

こんな資質で国難を克服できるのだろうか.日本国をマネージメント出来るのだろうか.大変疑問,どころか危険だと思うのである.震災前からの懸念に,さらに大きな懸念がのしかかったのである.

[理由2] 問題だらけの民主党に国の危機をゆだねるられない

民主党は鳩山総理失脚に加えて,その後も財源の伴わない選挙公約の問題,政治と金の問題,など党内の権力闘争が続いて来た.さらに,社会保障と税の一体改革,TPP対応,普天間基地移設問題,など,6月にまとめるとしつつも,その亀裂は深まるばかりであった.国民の支持も最低のところまで落ちていたのである.

その矢先の巨大震災である.既に多くを指摘した通り,震災対応も組織も着実に進んでいない.リベラル派の特徴である『国防とか有事への思考力,行動力のなさ』も露呈している.そんな政権与党が,未曽有の国難を乗り越えられるとは,とても思えないのである.そもそも不安感,不信感が増大している政権では国難対応が出来ないのである

加えて,『コンクリートから人へ』『第三の道』『控除から給付』『子供手当て』『高速道路無償化』『高校無償化』『農業の戸別補償』等,政権交代した時の公約は,ことごとく,それどころではなくなり,政権に座っている理由がなくなっているのである.

総理の問題と同じように,民主党の震災前の懸念に,さらに大きな懸念がのしかかったのである.

[理由3] そもそも『任期があるから政権続投』は民主主義の理念に反する

もうひとつ,民主主義の理念に対する総理の見識に問題がある.総理『任期があるから,国難と対峙する事は現政権の責任だ』と言っているが,国民に支持を得ていない政権が任期があるからといって,国難と対峙してよいのかと反論したくなる.

民主主義の理念からすれば,国民から国難対策の負託を得ずして権力を行使出来ないと思うし,一大事だからこそ,信を問わなければならないと思うのである.

これは,政局の問題と言うより民主主義の理念の問題である.誰が政権を執っていようと,守らなければならない政治の基本動作である.

解散権を封印して,任期があるから政権を続ける事は,国難と言う最も重要な局面で民主主義の理念を封印する事になるのである.

こんな時期に選挙や政権交代をしている場合ではない,政治家は一致団結して国難に当たるべきだ,ネジレ解消の連立政権を作るべきだ,と言う声をよく聞くが間違いだと思う.国の一大事を決めるのに民主主義の理念を放棄せよと言っているに等しいからである.

繰り返すが,『任期が残っているから,政権は国難と対峙する責任がある』は大間違いである.国難だからこそ,国民に信を問わなければならないのである.

どうやら,民主主義の理念にとって,解散権より,任期満了の方が大事だと総理は勘違いしているようである.ちなみに政権や議員の任期は期間の上限を決めているだけで,任期満了を守れと言う意味ではないのである.

私見としては上述の通り,国民に信を得た政権を一日でも早く樹立すべきだと思う.国民から選ばれたと言う錦の旗が無ければ,国難と対峙できないと思うからである.

有識者,マスコミ,政治家はどう考えているのだろうか.なんとなく,政治空白を作らない為に現政権の続投もやむなし,と思っているのだろうか.

法律も,政策も,優先順位も政治家のタイプも一変する未曾有の国難発生に対し,民主主義のあり方の『白熱授業』をやってみたい.

以上3点の理由で国民は速やかに政権選択の権利を主張すべきだと思し,その為に総理は民主主義の基本動作に従って,解散権を行使すべきだと思う.その結果,続投となれば,気持ちも新たに国難に対峙できるのである.

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