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2011.04.25

241 政治力が問われる避難生活・仮説住宅・復興計画

当ブログで当初より,仮設住宅への入居が,避難生活から脱出の一つのゴールであると位置づけ,一日でも早い実現を願っていた.勿論このゴールとは,住宅,仕事,事業,病院,介護,学校などと折り合いを付けて,復旧まで一次的(数年間)に生活出来る段階を指している.

現在,残念ながら,いまだに,この一次生活は始まっていない.地元から離れるわけも行かず13万人の被災者が体育館などで避難生活を続けているのである.

全てを失った上で,先行きも見えず,生活の折り合いもつかず,どうする事もできない,多くの被災者が不安を抱きながら,寄り添うように避難生活を余儀なくされているのである.

言うまでもなく,大事な事は,いろんな課題も含めて,完成までの手順がしっかり出来ている事,仮設住宅に関わる土地造成,ライフライン,道路整備などの予算措置が明確になっている事,仮設住宅設置に関する法的な対応が出来ている事,が絶対必要である.これらに問題がないのだろうか.政治や行政に不信感を抱かざるを得ないのである.

この仮設住宅を作っている間に,次に復興計画の策定も急ぐ必要がある.ガレキ撤去,道路,漁港,土地改良,学校,病院,集合住宅,等の社会資本とライフラインの整備計画を決め無ければならない.特に,土地の区画整理,防災計画,所有権者との調整は早く決めなければならない.又危険な土地や使え無くなった土地の取り扱い等も決める必要がある.この上に,住宅や民間企業の復旧作業が乗っかって来るのである.

この復興計画は市町村が主体となって決めるべきであるが,県,国の支援が不可欠である.特に中央省庁は,この復興計画作りに国家事業面,法制度面,予算面で全面的に支援すべきである.

この計画を早く作る事は,行政,民力が一斉に立ち上がる事につながる.まさに復興構想会議なんかやっている暇は無いのである.下手をすると,被災地の復興の足を引っ張りかねないのである.

折角復興するのだから,昔の復元ではだめだ,防災,産業振興,エコ,未来都市,等に新しいコンセプトを作って復興計画を策定すべきだ,将来の東日本のあり方に繋げるべきだ,との意見が政治家や有識者の間に多いようだが,この議論は要注意である.地獄の被災地に理想や日本が抱える根本的問題を持ち込むべきではない.防災などの配慮をするにしても,とにかく早い復旧が絶対必要なのである.千載一隅のような議論を持ち込むべきではないのである.

仮設住宅に適当な場所がない時,被災者が元の地域に仮説住宅を望んでいれば,そこに作れば良いと思う.勿論,インフラの整備もやる.そこは津波の危険があるからと,禁止していても,解決しない問題である.本格的な復興は別にして,数年間の仮説だからとの割り切が必要な気がする.

以上の如く,仮設住宅にしても復興計画にしても,政治力が極めて大きく影響するのである.はたして現政権が被災地の悲惨な状態を一日でも早く脱出させられるのか,はなはだ疑問が湧くのである.

本来,有事の対応はスピードが命である.その為に『有事の備え』として,『救難,救済,復旧,復興の実現の仕方』が定められ,中央官庁,地方自治体,あるいは消防,警察,自衛隊,が劇甚災害発生時には即時に動けるようにしておく必要がある.

しかし,憲法に有事の対応についての規定がない為,憲法が,有事の対応の足かせになる問題がある.個々の法律でも同じ問題を含んでいる.現実に有事の対応がもどかしく感じたり,『有事の備え』が貧弱に思うのはこのような根本的な問題が関係していると思う.

軍事的な有事の対応も劇甚災害による有事の対応も,国民の生命と財産を守る上では同じである.泥縄の対応で済む問題ではない.早急に恒常的立法措置が必要である.

そんな根本的問題がある中で,例えば,『避難生活支援マニュアル』『仮設住宅提供マニュアル』『陸海のガレキ撤去マニュアル』『復興計画策定マニュアル』『地場産業・雇用支援マニュアル』など,どの程度整備されているのだろうか.もし無いのであれば,後世の為にも,今回からでも整備すべきである.

政府は,もし上記のようなマニュアルが不備だと思うなら次の対応が必要である.

①想定できる問題とその対応方法を役人を交えて早急に決める事(PLAN)
②関連部門に指示を出し,全行政組織の総力を発揮させる事(DO)
③作戦・実行の状況をマネージメントし,必要に応じて①へ(SEE)


がヘッドクオーターとしての官邸の基本動作である.理想的にはフィードバックではなく,先手先手のフィードフォワードが出来ればリーダーシップがあると言う事になる.

これが全く出来ていない感じがする.20も本部や会議を立ち上げたと言うが,何をしているのだろうか.有事の対応だとは,とても思えない.現政権はその資質から,震災当初より『国難と言う最悪の有事』に全く適していないと感がじていたが,経過とともにその感じは強まるばかりである.

総理大臣は自身も含めて,政権が有事に苦手だと思うなら,即,国民に政権を奉還すべきである.『任期があるから,担当する』では日本の国難に負けてしまう.『国難と言う最悪の有事』に直面してまさに,『日本の政治のあり方』,『日本の政治力』が試されているのである.

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2011.04.18

240 国難なればこそ国民に信を問うべきだ

当ブログで民主党の政権担当能力の問題,総理の資質の問題,政策の問題,等を民主党政権発足当初より指摘してきた.その指摘がはずれる事はなかった.

又,未曽有の国難に対しても,突然政権担当能力が良くなるはずもなく,
1ケ月が経過した現在においても,遅々として進んでいない事が多い.未だ巨大災害対策のマネージメントが出来ていない感じがするのである.

震災発生当初より,いくつかの指摘と提案をしながら,『船頭多くして,船,山に登る』,或いは『船頭いなくて,船,山に登る』事がないよう『ビシとした組織的活動とマネージメント』を期待したが,難しかったようだ.

『船が山に登るのは津波でたくさんだ』との悲痛な叫びも,これでは,『船が山に登ったままだ』といった感じである.被災地の悲惨な状態は行き場のないまま漂流しているのである.

そんなわけで,今からでも,国民の信を得た強い政権を作り,この未曽有の国難に対峙すべきだとつくづく思う.任期が残っているから信を問わないという政権と日本は心中するわけには行かないのである.

国民に信を問うべきだと考える理由をを三つ述べたい.

[理由1] 総理の野党感覚の『思い』だけでは危機は乗り越えられない

どうやら民主党の鳩山前総理も菅総理も裏づけの無い『思い』を言うのが口癖のようだ.本人からすれば熱意や思いを一生懸命言ったと思っている様だが,総理の発言ともなれば,『政策の所信表明』だと取られるのは当然である.

従って,『あの時,言った事は思いであって,具体的に検討した上での発言ではなかった』となれば,本人だけではなく,日本の信用が失墜するのである.そんな事になる自覚もなく,自分の『思い』を言う事がリーダーシップだと勘違いしているのかもしれない.

鳩山前総理で言えば『普天間基地は海外移設,最低でも県外移設』と言ったのは根拠の無い『思い』だったようだが,『思っただけなら口にするな』と総理の資質を問われる事になっただけでなく,世界の信用を失ったのである.

最近の菅総理は震災や原発事故に対し,次のような事を言っている.

①『政府として全力を注ぎ,自然災害に堪えうる地域社会を築き,地球環境にも調和しながら人々が暮らしていける社会を創出する復興計画を策定し,その力量を世界に示す』

②『原発事故については日本製品や食品の安全に万全の予防措置をとっている.原子力発電の安全向上のための国際的な議論に寄与するよう,事故原因について迅速に検証を行い,情報を提供する』

③『最後まで被災者の生活再建に向けて,支えていくのが政治の役割だ.全身全霊,持てる力を全て出し切って取り組む』

どれも,内容や根拠や実現性を吟味して言っているとは思えない.多分,本人の『思い』である.だから,多くの悲惨な被害者あるいは一般国民から見て,迫力もリアリティも,感じないのである.希望も湧いてこない,どこの国の話だ,となるのである.

しかし,そんな『思い』を,むなしく聞き流す人もいると思うが,総理の発言なのだから,国民や世界に『約束』(コミット)をした,と受け止める人も多くいると思う.むしろこの方が当然である.

もし菅総理に,この発言の信憑性を追求すれば,あれは私の『思い』を言っただけと言うはずである.開き直って『思いを言って何がが悪い』と言い返すかもしれない.もしそうなら,『思っただけなら口にするな』,『立場をわきまえろ』と鳩山さんと同じ顛末を歩む事になる.

こうなるのは,民主党の両総理とも,野党精神が抜けず,軽々しく『思い』を言って来た癖が出ていると思うのである.鳩山さんは『ボンボンの博愛精神の思い』から,菅さんは『市民運動家のアジテーターの思い』から,脱していないと言わざるを得ないのである.

こんな資質で国難を克服できるのだろうか.日本国をマネージメント出来るのだろうか.大変疑問,どころか危険だと思うのである.震災前からの懸念に,さらに大きな懸念がのしかかったのである.

[理由2] 問題だらけの民主党に国の危機をゆだねるられない

民主党は鳩山総理失脚に加えて,その後も財源の伴わない選挙公約の問題,政治と金の問題,など党内の権力闘争が続いて来た.さらに,社会保障と税の一体改革,TPP対応,普天間基地移設問題,など,6月にまとめるとしつつも,その亀裂は深まるばかりであった.国民の支持も最低のところまで落ちていたのである.

その矢先の巨大震災である.既に多くを指摘した通り,震災対応も組織も着実に進んでいない.リベラル派の特徴である『国防とか有事への思考力,行動力のなさ』も露呈している.そんな政権与党が,未曽有の国難を乗り越えられるとは,とても思えないのである.そもそも不安感,不信感が増大している政権では国難対応が出来ないのである

加えて,『コンクリートから人へ』『第三の道』『控除から給付』『子供手当て』『高速道路無償化』『高校無償化』『農業の戸別補償』等,政権交代した時の公約は,ことごとく,それどころではなくなり,政権に座っている理由がなくなっているのである.

総理の問題と同じように,民主党の震災前の懸念に,さらに大きな懸念がのしかかったのである.

[理由3] そもそも『任期があるから政権続投』は民主主義の理念に反する

もうひとつ,民主主義の理念に対する総理の見識に問題がある.総理『任期があるから,国難と対峙する事は現政権の責任だ』と言っているが,国民に支持を得ていない政権が任期があるからといって,国難と対峙してよいのかと反論したくなる.

民主主義の理念からすれば,国民から国難対策の負託を得ずして権力を行使出来ないと思うし,一大事だからこそ,信を問わなければならないと思うのである.

これは,政局の問題と言うより民主主義の理念の問題である.誰が政権を執っていようと,守らなければならない政治の基本動作である.

解散権を封印して,任期があるから政権を続ける事は,国難と言う最も重要な局面で民主主義の理念を封印する事になるのである.

こんな時期に選挙や政権交代をしている場合ではない,政治家は一致団結して国難に当たるべきだ,ネジレ解消の連立政権を作るべきだ,と言う声をよく聞くが間違いだと思う.国の一大事を決めるのに民主主義の理念を放棄せよと言っているに等しいからである.

繰り返すが,『任期が残っているから,政権は国難と対峙する責任がある』は大間違いである.国難だからこそ,国民に信を問わなければならないのである.

どうやら,民主主義の理念にとって,解散権より,任期満了の方が大事だと総理は勘違いしているようである.ちなみに政権や議員の任期は期間の上限を決めているだけで,任期満了を守れと言う意味ではないのである.

私見としては上述の通り,国民に信を得た政権を一日でも早く樹立すべきだと思う.国民から選ばれたと言う錦の旗が無ければ,国難と対峙できないと思うからである.

有識者,マスコミ,政治家はどう考えているのだろうか.なんとなく,政治空白を作らない為に現政権の続投もやむなし,と思っているのだろうか.

法律も,政策も,優先順位も政治家のタイプも一変する未曾有の国難発生に対し,民主主義のあり方の『白熱授業』をやってみたい.

以上3点の理由で国民は速やかに政権選択の権利を主張すべきだと思し,その為に総理は民主主義の基本動作に従って,解散権を行使すべきだと思う.その結果,続投となれば,気持ちも新たに国難に対峙できるのである.

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2011.04.14

239 欠落している有事の備えと有事の政権担当能力

欠落している『有事の備え』と今後の対応(4月10日日曜日)

有事とは,なにも軍事衝突だけを言うわけではない.今回の地震・津波・原発事故はまさに有事である.勿論,テロや化学兵器の使用も有事である.つくづく日本は『有事の備えが出来ていない』と思うのである.

備えとは想定される問題に,あらかじめ対策を用意する事である.しかし,現政権を見ていると,被難所生活に始まって,色々な問題が次々に起こる事に対し,先手先手で対策が打たれているように見えない.予想できる問題にも,ゼロベースで走り回っている感じである.まさに『有事の備え』が出来ていない,無防備国家,泥縄国家の様相を呈しているのである.

そもそも日本は大地震でも新幹線事故を起こさない技術やレスキュー隊や自衛隊の救難能力が高い反面,災害対策の全体の仕組みやマネージメントが弱いと言う側面がある.

テクノロジーはあっても,アーキテクチャーに弱いと言う日本の欠点が有事にも表れていると思う.まさに『有事の備え』とは,このアーキテクチャー(処理方式)であって,コンピューターで言えば,OS(オペレーテングシステム)に当たる.これなくして有事対応全体が動かないのである.

不幸な事に,これに輪をかけて民主党政権の問題がある.『政治主導』『国家戦略室の設置』『コンクリートから人へ』『事業仕訳』『第3の道』『控除から給付へ』『子供手当て』『農家の所得補償』『高速道路無償化』『高校無償化』等を言う民主党現政権の思考に,国防とか有事対応の思考はない.火事場を仕切るようなタイプもいない.まさにフォークを合唱して酔いしれるタイプばかりである.その上に,国家の運営や政権与党として未熟である.こんな政治のリスクを回避するためにも『有事の備え』を早急に作る必要がある.

一方,日本にはこの『有事の備え』に根本的な問題がある.憲法に有事の対応が規定されていない為,有事に憲法が足かせになる事が多く発生するのである.個々の法律も,同じ問題を抱えている.この事が『有事の備え』に思考停止させられているのである.

この根本的問題はあるが,思考停止する事なく,『有事の備え』について総点検し,憲法と整合する形で徹底的に制度化すべきだと思う.特に,今回の地震,津波,原発事故は多くの問題を網羅していると思う.全て『有事の備え』に反映すべきである.過去の経験談をその都度持ち出すような口頭文化は卒業すべきである.

韓国では有事の時,高速道路は飛行機の発着場になると言う,幹線道路や橋は戦車が通れる仕様だと言う.わが国では道路も道路交通法も重量制限も有事の事など考えられていないのである.

米国では大災害対応や原子力事故対応は国防の一貫として,軍のオペレーションになっているようである.体制も装備も手順も訓練も事前に出来ている感じである.日本とは大違いである.

例えば,ロジステックの確保は軍事行動の基本であるが,災害時のロジステックの確保にもそれが適用される.被災地の道路,港,飛行場の修復の為にヘリコプター部隊が人と重機を運び゙ルートの確保を行う.同時に大量の物資を積んだトラック,輸送船,輸送機が被災地に出発する.ルートの確保と同時に,大量の物資が運び込まれる.かくしてロジステックが素早く実現するのである.

津波に飲み込まれた仙台空港は米軍のこのロジステック作戦で短時間で復旧し,被災地の輸送基地になったと言う.何と言っても,発着用の滑走路を作っている最中に,既にアラスカから物資満載の大型輸送機が仙台に向けて飛び立っていたと言う.大した機動力である.

日本では多分,こんな事をやれとは誰も発想しないし,関連する部署が多すぎたり,法律や制度が引っかかって,やる気が出る前にギブアップしそうである.

『激甚災害対応マニュアル』の策定(有事の備え)(4月4日月曜日)

前項で『有事の備え』の欠落と,今後の必要性について述べたが,その具体的備えの一つとして,激甚災害対応マニュアル(仮称)の作成を提案したい.自然災害が多い我が国であればこそ,このマニュアルに災害対応のすべてを蓄積すべきである.

激甚災害対応マニュアルは災害の激甚指定によって行われる政府,自治体の行動マニュアルである.このマニュアルには,対応組織体制,役割,各フェーズ毎で発生する問題とやるべき事,手順,担当する部門,適用する有事の法制度,予算措置などが,記載され,災害発生と同時に行動出来るようにしたものである.

フェーズの設定は次の通りであるが,言葉の統一,実行内容の共有化,対応漏れの防止,等も,これで図れると思う.

①救難フェーズ・・・不明者捜索,避難(1次,2次),生活・介護・医療支援,等
②救済フェーズ・・・仮設住宅,ガレキ撤去,ライフライン確保,生活・雇用・事業支援,等
③復旧フェーズ・・・復興計画策定,社会インフラ建設,住宅
建設,会社・工場建設,等
④復興フェーズ・・・産業振興,都市機能増強,等

現実には膨大な激甚災害マニュアルになると思うが,必要に応じて,メンテナンスされ,オーソライズされる.このマニュアルに従って,被災地の自治体では状況に応じて,災害発生後の救難,救済,復旧,復興のロードマップが作成される事になる.

例えば,こんなマニュアルが整備されていればと思うのである.

『避難生活支援マニュアル』『仮設住宅提供マニュアル』『陸・海のガレキ撤去マニュアル』『一次生活支援マニュアル』『仕事・再操業支援マニュアル』『復興計画策定マニュアル』,等

これらによって,中央官庁,県,市町村,がいっせいに動けるのである.現政権のような,対策本部が乱立して機動力の足を引っ張たり,責任者不在になったり,泥縄の検討が無くなる.

救済や復興には難問が多く含まれるだけに,あらかじめ,いくつかの方法や法律を決めておく必要がある.マニアル化はそれを促すのである.災害が起こってから泥縄で議論する事は極力避けなければならないのである.いくつかの難問を挙げておきたい.

①②の救難,救済フェーズにおいては,災害の大きさによって長期間になる事が想定され,住む場所の確保と仕事の問題など極めて難しい問題が発生する.勿論,長期間,体育館で過ごす事など避けなければならない.仮生活の介護,医療の問題もある.それだけに,いろいろなケースについて,法制度も含めて,あらかじめ考えておく必要がある.

次に,③④の復旧・復興フェーズであるが,その下敷きになるのが復興計画である.学校,病院,介護,公共施設,或いは港,道路,などの社会資本の復旧,住宅,事業,農地などの復旧,が策定される事になる.

この中で大議論になるのが『従来の土地の扱い』である.そこには次の難問が立ちはだかる.

・安全策を講じて従来の土地に原状回復をする(原状回復型)
・安全な代替地に移動し,従来の土地は別の利用をする(新転地開発型)


今回,被災地が広域な為,また,地盤沈下もあり,現実には,両方あると思うが,この問題は土地の所有権,ローン残高,資産価値,土地への愛着,仕事,事業,などが絡まって,調整は極めて難しく,時間も掛かると思われる.
しかし,生活や仕事,事業が切迫しているだけに計画づくりに余り時間はかけられないのである.

学者や評論家が言う構想は被災地から見ると『更地で物を考えている』,『構想実現までの生活を無視している』,『金の裏付けがない』 と見えるはずである.被災地に千載一隅の理想やそもそもの日本の問題を持ち込むべきではないと思う.

これらの問題は,住民分裂を招いたり,被災者に過酷な判断を迫る事になる.復興計画では,このコンセンサスつくりが最も大きなテーマになる.被災地の組長は大変な立場に立たされる事になる.

この復興計画の策定は主体は地方自治体,各省庁はそれへの支援と国家事業の計画立案となる.又,国会は計画のチェックと予算化,法令の整備を行う事となる.大事な事は,このような復興計画策定の役割・手順をハッキリさせる事である.

れによって復興計画の策定と執行を早くする必要がある.又,復旧は間違いなく日本を戦後復興のような土建国家に舞い戻らせる.政治家の魑魅魍魎や無用の箱物が出来ないよう国民は監視する必要がある.

さて,今回,復興計画でもう一つ重大なテーマがある.放射能被災地の問題である.福島原発問題は,まだ①救難フェーズである.②の救済フェーズでは代替地に本格的に移住する話が出てきそうである.

放射能汚染による移転と言う問題は,災害による地域ごとの移転と同じ様に,仕事を捨てる話になったり,帰る当てのない話になりかねない問題である.難問だけに,方法論をいくつか議論しておく必要がある.

又政府や自治体としても何をもって移転すべしとするのか,何をもって復帰出来るとするのかも議論しておく必要がある.

以上激甚災害が発生した時の激甚災害対応マニュアルの策定を述べたが,既にあるのかもしれないが,今回の政府の動きを見ると,そんな下敷があるとは思えないのである.是非,今回の対応を含めて,いまからでもマニュアルを作るべきだと思う.

何をするのか復興構想会議4月15日金曜日)

政府は東日本大震災の被災地復興に向けた指針作りの為に,有識者,被災地県知事による復興構想会議を編成した.6月,この会議の答申を出して,政府の基本方針に反映すると言う.昨日初会合があったとの事だが,次の方針で答申をまとめると言う.

①超党派の国と国民の為の復興会議とする
②被災地主体の復興を基本としつつ,国としての全体計画をつくる
③単なる復興ではなく創造的復興を期す
④国民的な支援,負担(復興税等)が不可欠とする
⑤クリーンエネルギー社会など明日の日本への希望となる青写真を描く

現実は未だ救難,救済フェーズで苦労しているわけだが,その対応と並行して,復興計画を検討しようと言う事か.

はっきり言って,中身が無いのに,又,会議かと,民主党政権独特の幼児性を感じる.まず必要な事は復興に向けて全体の手順を定める事である.それなくして,全体が同時並行に動かないのである.

例えて言えば,現地からすれば,港,漁港,道路,農地,牧畜,学校,病院,介護,宅地,等,の場所や予算を決め,早く着工する必要があるが,実は,それを決めるだけでも,大変である.調整も極めて難しいと思われる.従って,これらをどう進めるのか,早く,各省庁,自治体の手順を決める必要がある.この事と,復興構想会議がどういう関係になるかも極めて曖昧である.

問題意識の無いまま,この復興構想会議を続けると,何を議論するのか分からなくなると思う.会議や本部を乱立している事と同じ事になる.大問題は,この会議がある為に全体の組織が思考停止になり,復興計画作りが止まる事である.だから,全体の組織を動かす為に,進め方を先に決める必要がある.

これらの問題を防ぐため,復興に向けての全体の手順は次の様にすべきだと思う.はっきり言って復興構想会議は不要である.もし未来志向があるなら,それぞれの復興計画の中でアイデアを出せばよいと思うのである.

①復興計画は各自治体で住民とのコンセンサスを得て作る
②各省庁は自治体の計画づくりを支援する.必要な法制度も検討する
③放射能被災地は国,自治体,諸団体で検討機関を作り対応策を策定する
④政府は自治体が作る復興計画のチェック,調整,予算化,法制度化を行う
⑤国が行う事業は各省で策定する

実は行政内部では,進め方など決まっていて,復興構想会議などは,政治家のポーズ,パフォーマンス,あるいは,増税ムード作り,の為に作った会議なのだろうか.

国難への対応は現政権で本当に良いのか(4月15日金曜日)

『有事の備え』に弱点があるわが国ではあるが,これに輪をかけて民主党政権の問題が震災対応に影を落としている.日増しに現政権の続投でよいのか,懸念が深まる.

民主党は元来,『政治主導』『国家戦略室の設置』『コンクリートから人へ』『事業仕訳』『控除から給付へ』『子供手当て』『農家の所得補償』『高速道路無償化』『高校無償化』等の選挙公約に固執し,国防とか有事対応への思考がほとんど無い政党である.

はっきり言って,火事場を仕切るようなタイプもいなければ,防災服を着てもよそ行きの感じである.そんなリベラル政党の弱点をあざ笑うような今回の大震災である.

阪神淡路の時もそうだが,政権が弱い時に限って,大災害が起こる,と思わず感情的になってしまう.本当に世の中はままならないのである.

結果,不安から不信,さらには政権交代を望む人が増えていると思う.当ブログの中でも,次のような事を指摘をして来た.

想定出来る問題に手が打てているのか』,
『原発事故の対応組織を一本化すべきだ』,
『国難対策の第一歩はそれにふさわしい政権の樹立だ』,
『本部を乱立するような現政権で国難に対峙できるのか』,
『欠落している有事の備えと今後の対応』,
『今からでも,国,自治体の激甚災害対応マニュアルの策定を
』,
『復興計画の策定手順,役割分担
を明らかにせよ』.
『復興構想会議は何をするのか,もう一度吟味せよ』,

気づいた事を早め早めに発信して来たわけだが,心配した通りの事態に陥る事ばかりで,つくづく,政府の対応力の弱さを感じるのである.政府への信頼が落ちる事は国難対応の足を自ら引っ張っている事になる.

こう言う難局で求められる事は言うまでもなく 『リーダーシップとマネージメント』である.その為に『人心を得た政治家のリーダ-シップと行政組織力の発揮』が不可欠のはずである.その意味で現政権に限界を感じるのである.

民主党は自民党の自滅で政権を得た.その後の政権運営で国民の支持が最悪の状態になった.その矢先,巨大災害に遭遇し,引き続き国難を担当しているのである.

国民から見れば,支持していない政権が最も重要な国難を担当している事になる.本当にこれで良いのだろうか.又民主党政権自身も国難を担当する事の可否を国民に問うと言う民主主義の理念や謙虚さがないのだろうか.

元来,国難と言う事態が起これば,いかなる政権も,国民に信を問う必要がある.信を得た政権こそが,国難と対峙できるからである.任期は期間の上限を定めたものであって,任期いっぱい担当する事が民主主義ではない.重要な事について,国民に信を問う事は民主主義の根本的な理念である.この理念は国民に覚悟を求める意味でも大事なのである.

こんな時期に選挙や政権交代をしている場合ではない,政治家は一致団結して国難に当たるべきだ,ネジレ解消の連立政権を作るべきだ,と言う声をよく聞く.大間違いである.

これは,国の一大事に民主主義の理念を放棄せよと言っているような物である.これでは震災が政権選択の権利までも奪った事になる.又,総理の解散権を封印する事は国民と遊離した議院内閣制を認める事になる.そもそも議員内閣制は国民の意思が伝わりにくい制度であるが,それを補うのが,総理の解散権である.その解散権を封印したのでは,民主主義の理念が4年に一回しか働かなくなるのである.

繰り返すが,現政権はどうして国民に国難対策をやるに当たって信を問わないのだろうか.国民に了解を得ずに,国難対策をやる理由が分からない.任期があるから一大事に対応するのは政権の責任だと総理は言っているが,信を問う事より,任期が大事だとでも言うのだろうか.国民から見れば権力にしがみついているだけにしか見えないのである.

民主主義とは国民に責任を取らせる方法でもある.信を問わないと言う事は国難対策で国民に負担をかけないとでも言うのだろうか.是非国会で議論願いたいのである.

国難に匹敵する有事の発生は,公約や政策も,優先順位も,政治家の資質も,がらりと変わる.国民も有事の対応までも現政権に負託したつもりもない.さて,有事における民主主義のあり方について,マスコミや有識者はどのような所見を持っていのだろうか,是非聞いて見たい.

危機的状態になった時,民主主義などと言っている場合ではないとでも言うのだろうか.日頃,民主主義にうるさい御仁は,そんな事を言うとは思わないが.

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2011.04.11

238 問題だらけの巨大災害・原発破壊への対応

誰でも想像できる問題に手が打たれているのか(3月27日日曜日)

2週間を超えたわけだが,大災害に付きまとう問題が次から次に起こっている.ここで,少し,そもそも論に立ち返って問題を整理してみたい.

ライフラインや道路,港等の社会資本の復旧,新しい町作り,住宅建設,産業復興,等を除いて,直近の問題を列記すると,おおよそ次の通りだと思う.

<地震・津波災害問題>
①被災地の避難所生活支援の問題
②被災地の介護,医療の問題
③被難所からの集団再避難の問題
④被災者の仕事,生活資金支援の問題
⑤安否不明,身元不明の問題
⑥ガレキの中の貴重品や財産の問題
⑦ガレキの撤去・リサイクル・焼却・埋没の問題
⑧仮設住宅等仮住まい確保の問題
⑨震災遺児,孤児の問題

<原発事故問題>
①食物汚染の問題(食物,飲み物,水道,地下水,土壌,海水,等)
②放射能危険エリア(避難エリア)の設定の問題
③避難所確保,移動方法の問題
④避難者の仕事,生活資金支援の問題
⑤地震・津波の被災地でかつ危険エリアの安否捜索の問題
⑥危険エリアの保全の問題

⑦福島第一原発事故修復の問題
⑧電力不足,計画停電の問題
⑨事故の長期化・悪化への準備と対策の問題

⑩既原発の総点検と中止原発の再操業の問題
⑪原発事故に伴う損害賠償問題(避難,汚染,停電,等)

<政治問題>
①救済方針,救済内容と救済予算の問題

(個人支援も含めた救済・復旧,賠償に関する予算処置)
②平成23年度国家予算,補正予算作成の
問題
③救済,復興の特別立法の問題
④社会保障手続き等の特例処置の問題
⑤債務不履行,倒産等の問題
⑥福島第一原発事故対応組織の問題
⑦復旧・復興体制の問題(推進組織,計画立案,予算化)

これらの被災現場で起こる問題は,ほとんど,誰しもが想像出来る問題である.問題が大変なだけに,これらを想定し先手先手の体制や対策を打つ事が極めて重要なのである.

政府としては,国全体の救済対応の段取りを国民に示し,自治体も含めて,個々の問題が,どこまで進んでいるのか,問題は何かを国民に可視化すべきである.これなくして見通しも持てず,民力を含めた国家の総力が発揮できないのである.

残念ながら,今のところ,政府から方針,方策に関する所信表明も聞こえて来ない.混乱が続く現状は,不信感,不安感が増すばかりである.

例えば,急がれる仮設住宅で言えば,国際調達はどうなっているのか,電気,ガス,水道,下水などのライフラインを意識した建設場所が確保出来ているのか,現地作業を軽減する集中組み立ては出来ないのか,現地作業要員の短期大量確保は出来ているのか,等,短期に大量に住宅を用意する為に,死に物ぐるいで,やっているのか,その状況が全被災地でどうなっているのか,大変気になるのである.

なんと言っても,仮説住宅の準備は被災者の命との競走なのである.借り住まいが出来るようになる事が当面の大きなゴールなのである.

政治家や行政の保身からくる『やってます』の発言は禁句にすべきである.事実に基づいて,『申し訳ない,やれていない』『こう言う事で,進んでいない』『ここまで出来てきた,今後の予定は・・』 の発言を期待したい.この方が信頼を産み,課題が見え,解決へのエネルギーになると思う.

国難を担う政権の選択を(3月27日日曜日)

偶然に,巨大な国難に遭遇した政権が引き続き政権を担当しても良いのだろうか.そんな事まで,国民は負託していないと言う国民もいると思う.早い段階で,国難対策,国難体制について,国民に信を問うべきだと思う.

こんな時,選挙をやっている場合ではないとの意見もあると思うが,国の一大事への対策が国民に信を得ていないと言うのも,おかしな事である.重大な事であるが故に、民主主義を機能させなければならないと思う.これは法律の問題ではなく,現政権の能力の問題ではなく,民主主義政治の理念の問題だと思う.

そもそも国難によって,必要とされる政治家タイプも政策も大きく変わる.しかも震災前の公約など吹き飛んでいるのである.これだけでも,政権を持ち続ける理由が無いのである.国民は,どの政党の,誰に,この国家の運営を負託するのか,覚悟を持って決めるべきだと思う.

私見によれば,この国難を思えば『巨大な行政組織の活力を発揮できる政治家』が必要だと思う.瞬間的にイメージした政治家タイプは『田中角栄』である.彼ほど人を動かす事に長けた政治家はいないし,列島改造を掲げて驀進した迫力,ブルドーザー的実行力が懐かしい.今こそ彼ほどの人物が必要だと思うのだが.ないものねだりか.

当面,現政権は6月めどに方針を出すとしていた問題も含めて下記の問題をどうするのかはっきりする必要がある.

主党内部抗争問題,政治と金の問題,ネジレの23年度予算問題,沖縄基地移設問題,TPP問題,社会保障問題と消費税等税制一体改革問題,財政再建問題,デフレ問題,雇用対策問題,など,

現政権の目玉である『政治主導』『国家戦略室の設置』『コンクリートから人へ』『事業仕訳』『控除から給付へ』『子供手当て』『農家の所得補償』『高速道路無償化』『高校無償化』の継続可否の問題,など,

同時に与野党共に,この問題と震災の復旧・復興問題を含めた政策の組み直しが必要である.その上で国民に信を問うべきだと思う.

この中で財政問題は深刻である.毎年40兆の一般会計赤字に数兆円の社会保障費が増加して行く.これに,震災復旧,復興で数十兆の金が必要になる.ざっと見て,今後,5年間で230兆から240兆円の財源が必要になる.すべて国債とするなら,5年後に1150兆位の借金残高になる.

増税で借金を抑えるにしても,借金1000兆は簡単に突破する.国債の引き受け手がいるのか,国債が暴落しないのか,極めて危ない,危険水域で日本は生息する事になる.勿論,5年後も雪だるまは大きくなる.

この事実はどの政権でも変わらないとすると,次期政権の条件は,『いかに政官民の活力を発揮できるか,いかに国債不安を防ぐか』 と言う,まさに『国家のマネージメント』が重要になる.ここは,覚悟を持って,日本の復活を負託する政権を国民が選びたいものである.

これが国難に対峙する内閣か(3月31日木曜日)

3月も,もう終わりである.西日本のサクラ開花の便りも,ちらほらと聞く.パーと明るく行きたいところだが,やむなく,気になる話を記載しておきたい.

懸念した国家としての体制や行動が,案の定,ビシイとしていない感じがする.特に福島原発対応も含めた官邸の体制や行動がひどいものだと感じる.民主党の性格から,予想通り,対策本部の乱立をしているし,打つべき政策が遅すぎる.

『船頭多くして船,山に登る』,あるいは『船頭いなくて船,山に登る』のは『津波でたくさんだ』と発信して来たが,本日の日経夕刊でも,現在の官邸の体制図を示しながら,この問題を指摘していた.その本部は現在,次の通りである.今後も増えそうである.

本部長はいずれも菅首相(内閣官房参与6名が補佐),下記氏名は副本部長
・緊急災害対策本部
(松本防災相,枝野官房長,片山総務相,北沢防衛相,メンバーは全閣僚)
・被災者生活支援特別対策本部(松本防災相,片山総務相,仙石官房副長官)
・被災者生活支援各府省連絡会議(各省次官)
・府省間プロジェクトチーム(5チーム,各副大臣,政務官)
・原子力災害対策本部(海江田経産相,枝野官房長,片山総務相,松本外相)
・原子力災害生活者支援チーム(海江田経産相,福山官房副長官)
・福島原発事故対策統合連絡本部(海江田経産相,東電社長,細野・馬淵)
・電力需給緊急対策本部(枝野官房長,海江田経産相,蓮ぼう節電啓発相)
・震災ボランティア連絡室(湯浅内閣参与,辻元補佐官)

日経は首相の政治主導で,『膨れる組織,薄れる責任,現場混乱』と報じている.多くの人も,『何だこれ』だと思う.このメンバーが本当に国難と対峙出来るのか,信じられない.政権の目玉であった『国家戦略室』はなんだったのか,むなしく思い出される.

本人たちは,防災服を着て,掛け持ちの会議に奔走し,すっかり仕事をした気分になっているのかもしれない.どうか,行政現場に負担をかけず,行政現場に首を突っ込まず,現場の足を引っ張らず,勝手にやってくれ,と願いたい.本人達も『何でこんな時に大臣になったのか,災害対策など知らない』と嘆いているかも知れない.

危機の時ほど,適材適所で少数精鋭のヘッドクオーターを作り,中央官庁・全国行政組織を動かすべきである.国民から見て,『何やってんだ』と見られたら政府は信頼を失い,国難を乗り越えられなくなる.もうその兆候が出始めている.

はっきり言って,総理初め,現在の官邸のメンバーが民主党のベストメンバーなら,原発事故や地震・津波の復旧・復興は荷が重いと思う.根本的に,経験・能力・性格,が国難に似合わないと感じる.

糊のきいた防災服をよそ行きのように着ている姿は,もう見たくない.敢えて言えば,能力もさることながら服装も,顔つきも似合わない.

この国難に,法律や行政組織を良く知った,精鋭のメンバーによる内閣が必要である.そうでないと日本は2重遭難で沈没する.何としても,政界再編をして,新しい内閣を誕生させたいものである.現政権に良心があるならば,異論はないと思う.

東大教授を続々登場させるテレビ局の怪(3月31日木曜日)

原発事故のテレビ解説,コメンティーターとして,各局が競って東大教授を登場されている.別に東大の先生でなくても説明やコメントが出来ると思うのだが,権威が必要なのか,東大にしか,先生がいないのか,あるいは政治的意図があるのか,良く分からない.

総理が母校の東工大の先生から助言を得ていると聞く.どうも,困った時の神頼みとして先生がいるようだ.そんな先生に失礼だが,専門家であるがゆえの弱点を敢えて述べてみたい.

その弱点とは,『多岐にわたる問題を短時間に要約して話をする事が下手だ』と言う事である.テレビに登場する東大の先生にも,この弱点を感じる.

例えば,福島原発事故で『放射性物資を外に出さない為に,何をすべきかとの漠然とした質問があったとする.多分,専門家らしく,調査もしていないので答えられないとか,方法が多岐にわたり,条件も違うから,一概に答えられない,と思うはずである.

しかし,論文のタイトルのようなこの質問に,『一概に言えない』 とは言えず,どう答えるべきか,一瞬,頭の中がパニックになる筈である.その結果,汚染したガレキを撤去すべきだ,とか大量の汚染水を閉じ込めるべきだ,とか,とにかく冷却すべきだとか,断片的な事をつい,言ってしまうのである.

聞く方からすると,『外に出さない為に』 どんな方法があって,その実現性はどうか,結果として,外に出さなくて済むのか,出てしまうのか,その時の影響も聞きたいのである.そんな欲張りの聞き手が,既に言われているような断片的な事を聞いても,納得できるわけがないのである.

多分,偉い先生は,漠然とした質問に対し短時間に,全体をとらえて要約して話す事が苦手だと思う.専門家ほど,日頃,そんな事をする必要が無いし,なまじ要約すると正確性がなくなるからである.理系の人によく見られる現象である.そんなわけで,一言で言うと,権威ある学者ほど,テレビに向かないと思うのである.

余談だが,デベートで理系の専門家に反撃する時,抽象的な漠然とした事を話題にする.そうすると,専門家の目がうつろになる.具体的な細かい事で戦ってはダメなのである.又,コンセプトは文系で,物作りは理系で,とか,大きな論理は文系で,小さな論理は理系で,アーキテクチャーは文型で,テクノロジーは理系で,等も経験している事である.

要約してポイントを話すには,知識と経験だけではなく,文学的構想力が必要である.細かい事は抜けるにしても,鳥瞰的に問題解決の構想図を描く能力がないと,旨く話せない筈である.この大局的にまとめる能力は専門家より,評論家や記者,或いはキャスターの方が得意のはずである.

最近,テレビ解説が盛んだが,解説者はスペシャリストではなく,ゼネラリストの記者とか評論家,或いはキャスターが多いのも,.この人達には素朴な疑問と鍛えられた洞察力,構想力,表現力,があるからだと思う.

原発問題も,この人達の方が東大の先生より,的確に話をすると思う.それとも,テレビ局は発言のリスク回避を優先して,どんな当たり前の事でも,権威者に言わせようとするのだろうか.或いは,何にも考えていないのだろうか.

難しさが予想される義援金の配分(4月4日月曜日)

現在,海外からも含めて,赤十字等に集まった義援金が,約1000億円超えたと言う.個人で多額の寄付をした人も少なくない.阪神淡路大震災の寄付スピードより早いと言う.今後も増えて行くと思う.

過去の大災害でも多額の義援金が集まっているが,義援金総額が多いからと言って必ずしも被災者への支援額が多くなるわけではない.被災者や被災世帯の数によるからである.

ところで,各募金団体が集めた義援金は過去の例によれば,第3者機関として発足する配分委員会に集められる.そこで,死亡,けが,住宅損壊状況などによる見舞金や教育・住宅などの助成金に,どのように配分するかが決められる.これに基づいて,市町村経由でお金が届けられるのである.

さて,今回の義援金の配分は従来にはない難しさがあると思う.被災地が多県にわたり,被災者も多く,かつ,地震,津波,原発事故と被害内容も多岐に渡っているからである.又,現場実務の容易性も考慮されないと,混乱するかもしれないのである.

チョット考えただけでは,どう配分するのか,解が見えない.津波に町ごとさらわれたり,原発事故で町ごと避難したり,放射能汚染被害がでたり,一体,どんな人に,どれくらいの配分になるのだろうか.

又,下手をすると,被害状況の確定に時間がかかり,義援金の配分はずっと先になるかもしれない.そうなれば,折角の『熱い金』が,ぬくもりのない『冷たい金』になってしまうのである.

そんなわけで,大口の寄付者の中には,独自に基金を作って拠出するとか,自治体,医療,NPOなどに直接寄付をするとか,あると思う.しかし,広く浅く集まった義援金は配分基準を作って,渡さなければならないのである.

この配分の基準作りも苦労すると言う.『公平にすると遅くなって,薄くなる,重点志向にすると,早くなるが,公平さが薄れる』と言うジレンマであると言う.今回は県単位に按分する事から,まず頭を悩ます事になる.

私見であるが,義援金は税金ではないので,自由に使えば良いと思う.税金や公共サービスの補助でもないし,政治家や役人が仕切るものでもない.配分基準を簡易にし,ほぼ一律で,早く,お見舞い金を配っても良いと思う.あるいは,生活家電一式を仮設住宅や家屋倒壊の世帯に配ってもよいと思う.あるいは役場に寄付して,大きな公衆浴場を作っても良いかもしれない.

避難所の生活あるいは避難所移動で,たとえ10万でも持っていれば,どんなに心強い事かと想像する.多分,同じ趣旨で原発の賠償金の仮払いが近々出ると思う.それだけに義援金の配分も早くすべきだと思う.

とにかく,『早く配る』『早く作る』事が『生きた金』になる.役立つ姿が見えれば,今後の義援金も増えると思う.金のいる事は,これからもずっと続くのである.

先行きの心配だが,行政からの支援,義援金からの支援,原発の賠償が見合いをして,支援の穴があく事のないよう願いたいものである.

福島第一原発の問題認識と専任チームの編成(4月4日月曜日)

未だ地震・津波で受けた破損の全貌をつかみ切れていない福島原発の状況について経緯及び今後の段取りと体制について述べたい.まずこれまでの経緯・現状はおおよそ下記の通りである.

①地震・津波による核分裂・発電の停止,冷却機能の損傷による停止
②水素爆発で建屋崩壊,放射性物資飛散
③海水放水による冷却開始
④大気汚染検知,避難エリアの設定と避難実施
冷却機能回復へ向けた電源復旧に着手,汚染検知で中断
⑥敷地内タンク及び海への排水部に汚染検知
⑦高濃度汚染水がタンク内に充満している事を検知
⑧コンクリートひび割れから高濃度汚染水が海に流出している事を検知
⑨放射線物資が原子炉から漏れている可能性を認知(圧力・格納容器の破損)
汚染水の濾水経路・部署(配管やコンクリートの損傷部)は未確定
⑪濾水防止策の検討
⑫高濃度汚染水の貯水,その為の軽濃度汚染水の海への放流

結局,冷却機能を失った火の玉状態の原子炉に外からの放水で冷却をしているが,破損によって,炉からの放射線物資が大気と海に放出され続けているのである.その間,避難エリアはゴーストタウン状態が続き,食品や土壌も汚染の危険にさらされているのである.

とにかく,高濃度放射線物資の流出,水素爆発,原子炉の破壊,と言う最悪の事態を絶対避けなければならないが,今後,次のような段取りになると言う.

放水による原子炉の冷却
汚染物資の流出防止
③水素爆発の再発防止
④全体の損傷把握と対処
⑤貯水汚染水の処理
⑥循環冷却の実施

ここまでが一応の処置になると思う.高濃度の敷地内での作業でもあり,これだけでも,年の単位の期間が必要になりそうである.

しかし何としても,まず①②③で小康状態に持ち込んで欲しいと思う.そして,避難エリアや食品・土壌・海洋の汚染の問題にストップをかけたいものである.

徹底した原因分析や,閉炉計画の策定は⑥が出来てからになると思うが,ずっと先になりそうである.いづれにせよ,人類の英知で,『制御がきかなくなった火の玉原発』を抑え込んで欲しいと思う.

その為に,是非,官民学一体となった専任対応組織(福島第一原発チーム)が必要だと思う.災害対策本部の直轄に位置づけて,東電や関係官僚組織から切り離すのである.尚,住民や産業への対応は政治・行政の仕事となる.

この分離案は,当然事故対策ではあるが,次の狙いもある.
東電は上場企業であり,安定株として,多くの株主や信託商品に組み込まれている.今回の事で株価が暴落し,年金資金等は大きく目減りしたと思う.

今後も事故対策や損害賠償で株価の下落は避けられない.又,上場企業のまま原発事故対応をやる事は金取法で禁止されている風評の流布と紙一重の事が繰り広げられる.

そこで,株価や東電の電力事業を安定させる為に,第一原発事故対応を東電から切り離し,閉炉まで,国費による独立法人で対応して行く必要があると思うのである.

国民から見て,勿論海外から見ても,誰が責任を持って,対応していのるか分からない現状だけ見ても,手を打たねばならない問題なのである.

これも政治家の仕事だが,このままの体制で,事故対応を進めるつもりなのだろうか.国難と言う割に使命感を持った真剣な発言が聞こえて来ない.どうも,政府も行政も東電とは距離を取った立場で物を言い続けたいようだ.

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