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2011.09.26

256 縦と横の視点

いろんな思考・構造で,縦と横の視点がある.その視点によって見え方が全く変わる.しかし,縦のものを横に,あるいは,その逆にする事はそう簡単ではない.そこで,この縦と横の違いを『縦横無尽』に,いくつか挙げてみたい.

①反物の縦と横

言うまでも無く,反物の縦糸(経糸)は強さを発揮する.西陣織などは3000本から5000本あると言う.横糸は縦糸と絡めて布にするのだが,模様を編み込む役割がある.この様に,縦糸と横糸がそれぞれ役割を持って,反物と言う作品が作られているのである.この反物に見る縦糸と横糸の関係は,いろんな事に例えられる象徴的な関係である.

②文化の縦と横

反物になぞらえれば,縦糸を日本固有の文化,横糸を西洋の文化とすると,日本は和洋折衷文化,和魂洋才文化と言う反物を編んできたと言う事になる.但し,縦糸がしっかりしていないと,この文化は崩壊しかねない事も意味している.

ひょっとすると,国際化によって,縦糸と共に,反物自体も弱くなり,ついには,縦糸が西洋文化,横糸が日本文化となって行くのかも知れない.

(詳細は当ブログNO19葛藤する日本文化②で発信)

③国家の縦と横

日本は1300年前に中国・唐の影響を受けて,律令国家を目指した.明治維新によって,さらに上意下達の官僚国家体制による統治体制を強め,縦社会を定着させて行ったのである.戦後,主権在民の民主主義制度を導入するも,1300年の律令国家,官僚国家,縦社会国家の臭いは連綿と続いているのである.

一方,市民活動を中心に国家が形成されて来た国家は,憲法より民法の歴史が永い.英国は国家と言う概念がなく王国のままであるが,法律も,判例が第一次的な法源とされる不文法,慣例法である.それゆえに中世の慣習との歴史的継続性が強調されるのである.

律令国家に慣れている国からすると,全体の体系が見えずらく,何とも,掴まえ所のない不安な横社会に見えるのである.明治維新で英国から近代的制度を学べなかった理由である.

構造の縦と横

自前で設計・製造・販売・保守,等,全てを行う縦型事業と,得意の分野のみ事業化し,あとは他の事業者と連携する横型事業がある.日本の多くの大企業は縦型企業が多いが,特にドメステックな企業,例えば,運輸業界,放送業界,電話業界,電力業界等,は垂直統合の典型的な縦型企業である.

しかし,そんな企業でも,利用者や消費者からすると,機能が分離された横型構造の方が便利な事もある.

例えば,宅急便事業は集荷・配達と路線物流の分離,電力事業は発電と送電の分離,電話事業はネット事業と端末事業の分離,放送事業は放送と番組の分離,航空事業は飛行機の運行と航空券販売の分離,等,いくらでもある.

縦から横の転換は,自前主義の伝統的垂直型経営が海外の特化企業や世界的なデファクトスタンダードの製品によって,あるいは国際標準によって,崩壊するからである.

携帯電話を見るまでもなく,国内の垂直統合企業は一気にカラバゴスになってしまうのである.ましてや,日本で発達した携帯電話及びビジネスモデルは世界市場で戦えないのである.

明らかに,国際化の中で,日本企業は国内での縦思考から世界と連動した横思考に考えを切り替える必要がある.残念ながら,日本に閉じた箱庭だけでは,生きていけないのである.これは今後の日本にとって大きな課題なのである.

⑤組織の縦と横

企業でも役所でも,組織とは機能の重複を避け,役割分担と専門特化の分業体制である.従って,組織とは元来,縦割組織の集合体で成り立っているのである.

時として縦割組織では完結しない出来事が発生すると,横串の対応が必要になるが,セクショナリズムの問題が起こる.そこで,縦割の弊害を軽減する為に,各ライン共通の前さばきの組織(対策本部等)を作ったり,各部門が参画するタスクホース或いはプロジェクトが編成されるのである.横串の情報共有なども縦型組織の弊害を軽くする効果はある.

⑥平時・有事の縦と横

平時とは通常の状態を言い,一般的には,それに合致する様に,役割分担された行政組織や法制度が作られ,社会が運営されているのである.

有事とは,平時の仕組みでは対応できない事態であり,平時の機能・権限・組織・行動,予算処置,等を集結して事態にあたる事である.平時は合理的な縦組織だとするなら,有事は目的達成の為の横組織と言う事になる.

そこで,日本の場合,災害や国防で有事になった時,平時に変わる組織体制や法制度が準備されているか,が問題となる.残念ながら,直近の東日本震災を見ても,全く有事の準備が出来ていないと実感するのである.

勿論,平時の仕組みで対応できる部分が多くあると思うが,平時の仕組みが足かせになる事も多く,対処が遅れたり,現場が混乱する事も多いのである.

実は災害対応は,阪神大震災,東日本大震災を見るまでも無く,被災地で起こる多くの問題は,あらかじめ想定できる事ばかりである.あらかじめ,横串の体制,権限,役割,予算処置,法律,など決めておく事は自然災害国家として当然の準備である.

そして,この準備は,災害対応マニュアルとして,日頃から行政に周知徹底しておく事も大事である.これらを含めて,わめて重要な災害対策になる.又,法制度の変化を含めて,逐次マニュアルをメンテナンスして行く事も重要である.

震災被害を目の前にして,利尻ではどうした,阪神ではどうした,あの時作った法律は生きている,等と言っているような光景はもう見たくないのである.

次に,国防に関しても,巨大災害と同じように,平時の仕組みを横串にした対応や有事独特の行動が必要になる.残念ながら,平時の法制度も有事の法制度も,その対処方法も,極めて曖昧である.

憲法解釈の問題,国境の無人島実効支配防止の問題,集団的自衛権行使の問題,国防の為の実力行使の問題,自衛隊の海外派遣の問題など,基本的な事が全く決まっていないのである.まさに,平時も有事も,縦も横もない無防備,無策状態なのである.

自衛隊の毎年5兆円の予算さえ疑問になってくる.5兆円を使いながら,有事の対応が決まっていない事は全く抑止にもなっていない可能性もある.逆に,他国から見ると,非武装と同じ状態に見えるとすると,これが抑止力になっている可能性がある.なんとも皮肉な話しである.いや,なんとも間抜けな話しである.

以上,縦と横の視点を述べたが,どうやら,今後,横思考をもっとやらないと,時代遅れになりそうである.高度化された社会程,横思考が大事になると思う.

所で,『ものの見方の視点は3つある』と言うのが私の自論である.言い換えると,『真理は3つある』と信じている.従って,『3択が究極の選択だ』と言う事になる.

この自論によれば,『大事な事は5つある』は絞りきれていない,『大事な事は2つある』は何か一つ欠けている,と思うのである.日頃,この様に,自論を使っているが,今のところ間違っていない.

従って,この自論によれば,『縦』,『横』にもう一つ,『斜め』と言う中間的な視点が必要なのかもしれない.

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