« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011.09.28

257 原発事故損害賠償制度の抜本的見直しを

原発事故対応の問題は私見によれば,大きく分けて次の11項目である.その中で,①の損害賠償について243原発事故賠償スキーム政府案の本質的問題を5月17日に,役人や小粒な政治家が作った感じのスキームでは,うまくいかないと批判した.この問題について,4ヶ月経った現在,再度,全面見直しを提案したい.

見直し提案の理由は『理にかなっていない制度は必ず行き詰る』からである.混乱を避ける為にも,被災者の為にも,見直すのは今がラストチャンスだと思うのである.

・被災者への対応の問題
①被害者への損害賠償の問題
②放射能汚染地域の除染の問題
③放射能汚染物資及び汚染ガレキの問題

④将来の放射能人体被害の問題

・福島原発の問題
⑤福島第一発電所の危険防止,安定停止,廃炉の問題
⑥東電の存続問題


・日本の問題
⑦既原発の安全性確保,体制の問題
⑧今後の電力(エネルギー)政策の問題
⑨使用済み核燃料処理の問題
⑩原子力研究開発及び人材育成の問題
⑪今後の
原子力産業の問題

本題の賠償問題だが,現在やっと被災者の賠償請求が始まった.申請書類が極めて煩雑だ,自主避難の賠償をせよ,仮払いを早く出せ,子供の内部被爆情報を出せ,事業者からは逸失利益の賠償に不満がある,等々,懸念していた不満と混乱が,やっぱり出始めたのである.

又,東電に公金を入れる事を理由に,人員の削減,資産の売却,給与・年金の削減,あるいは,金融機関の債権の放棄など政治家の東電バッシンクも又,始まった.

東電の債務超過が見え見えの中で,東電悪玉論をぶって見ても,被害者は救われないと思うのだが.政治家は気づかない振りをして,被害者にいい顔をしている様に見えるのである.

5月17日にも指摘したが,そもそも,国難レベルの問題を,一民間企業に対応させている現スキームに問題がある.加えて,誰しもが困っている問題に対応できていない不完全な制度なのである.このままでは,賠償制度が混乱し,泥沼の状態になる.復旧どころではなくなるのである.

そこで,遅ればせながら,損害賠償の仕組みを,下記のような,手順で再整理すべきである.これによって,内容が網羅され,混乱が少なくなると思う.それでも,損害賠償だから裁判になることも想定されるが,出来るだけ,そのケースを回避出来る賠償制度にして行くべきだと思うのである.

野田新総理が『福島の復興なくして日本の復興なし』と大見栄をきった以上,問題の多い損害賠償スキームを,新政権で,今すぐ,見直すべきだと思うのである.

手順① 損害賠償をする対象者を明確にする

被害者は内外含めて,住民,個人事業者,法人,学校,諸団体,自治体,等である.この中で,行政等公的機関も賠償を受ける対象になるのか,納税者の立場に立てば,気がかりである.

又,賠償を受けられる地域に制限を付けるのか,放射能汚染エリアが定かでないだけに,この問題も難しい.海洋汚染による海外からの賠償請求に,どう答えるのか,も気がかりである.

手順② 損害賠償の対象になる被害を明確にする


上記賠償対象者に対し,どんな被害を賠償対象にするのか,特に,自主避難の費用,給与や事業の収入の補償,家畜・家屋・土地・田畑,の放射能汚染被害の補償,個人が行う除染費用,或いは,行政が行う被災対応事業費用(特に除染や医療),等,出来るだけ,きめ細かくリストアップし,混乱の縮小と賠償制度への信頼度の向上を図るべきである.賠償を避ける気持ちが現れると,泥沼の戦いになる.復旧どころではなくなるのである.

手順③ 賠償被害内容毎に賠償額算定基準を明確にする

上記で決めた賠償対象被害毎に,賠償額算定基準を設ける事になるが,基準への被災者の同意の問題など難問はある.極力,個別対応,訴訟を少なくする基準作りが必要である.

特に次の問題が気にかかる.今回の被害者には

①地震,津波,放射能の被害を受けている人
②放射能の被害だけ受けている人
③地震,津波の被害を受けている人


があり,①②の賠償金額をどうするのか,③との関係に問題が起こらないか,等,悩ましい算定となる.又,
海外に対する損害賠償額の算定も気にかかる.

手順④ 賠償被害毎の責任と賠償者を明確にする


賠償の中身を決めたうえで,ここで初めて責任と賠償者の問題を決める事になる.
まず,『責任があるところが賠償する』との原則に立つ.現制度が,その責任を吟味する事なく,
東電に無限責任を課した事で,スキームを曖昧にし,問題を先送りした感じがする.

そもそも,東電に過失があると法的に決まらない限り,東電に『賠償責任』は発生しない.この法的根拠をはっきりしない現状で,政府は『賠償』と言い,東電は『補償』と言っているのである.

このままでは,賠償なのか,補償なのか,支援なのか,制度なのか,お見舞いなのか,或いは,主旨が未定の仮払い,代行払いなのか,意味不明である.現在の制度は全く,この仕訳が出来ていない極めて曖昧な制度なのである.

こんな逃げ腰だから,現制度に網羅性も整合性も欠如するのであって,今後,被害者は苦労するし,復旧は混乱すると思うのである.それとも,政治家,役人は,問題に蓋をして,口を拭って逃げ切れる,と考えているだろうか.関係者,有識者に気骨のある人はいないのだろうか.

東電に対する政府の厳しいリストラ要求や資産売却要求も,法的根拠が曖昧である.賠償金支払いの為の公的資金投入の条件のようだが,もし,株主や社員,或いは東電が,東電の無限責任と賠償金支払いに異議を唱え,国を訴えたら,政府は反論出来ないと思うのだが.

又,今,調査中の原発事故の原因が明らかになり,東電に無限責任が無かったとすると,このスキームはやり直しになるのだろうか.

そもそも,損害賠償は責任を解明してから,行われるわけだが,今回の場合は,そのフェーズがないままに,次のような順番で,東電の無限責任は決まった感じがするのである.

①政府は損害賠償をしない(政府は責任論に巻き込まれたくない)
②しかし,政府は賠償資金を東電に融資する(東電をつぶさない)
③その為に,東電に過失があった事にする(無限責任と賠償責任を課す根拠)


しかし,一度このスキームが決まると,結局,次の様になる.

①原発事故,放射能汚染は東電が起こした事故だ(東電の過失)
②東電がつぶれないように賠償させる(政府の融資,電力料金値上)
③政府は民間が起こした事故に賠償などしない.

東電としては,東電は発電と送電をしているだけだ,原発プラントは国策で作った.その安全性については,政府に大きな責任がある.東電が国に賠償を請求したいくらいだ,と言いたいところだが,政府の支援を受けるた為に,これが言えない様に見えるのである.

東電社長は被害者に土下座をしていたが,心の内は,東電の社長だけが土下座する話ではないと思っていたかもしれない.しかし,政治家,役人は国民や被害者に,土下座もなければ,謝罪もないのである.現在の賠償スキームでは土下座をする理由がないのである.

私見によれば,原発は国策で進めてきた経緯があり,政府は責任を逃れられないのだが,具体的には,次の問題に責任があると思う.又,政府の対応如何で,被害額,賠償額が大きく変わる分けで,政府は損害賠償に無関係ではないのである.

・原子力発電の管理監督責任
・ベント,水素爆発による放射能放出責任
・避難対策や食物汚染対策に汚染マップを利用しなかった責任

・除染計画策定やその実施の遅れによる避難長期化の責任
・人体被害に対する医療ケアの責任

たとえ,これらの根本的責任が全て東電にあるとしても,政府の無作為,失政による被害の拡大まで東電が賠償する法的根拠はないはずである.

政府は率直に責任を認め,被害者の賠償,救済に,当事者として取り組むべきである.勿論,国家賠償する事で国民の税負担が多くなるかもしれないが,他の巨額の国家賠償と同じく,しっかり,国にとして受け止めるべきである.政治家も,官僚も,専門家も,口を脱ぐっているだけ,なのだろうか.

勿論,東電は有限責任の中で,企業努力で賠償に応じるべきである.倒産の危機を迎えれば,政府資金を投入するのか,再生機構に入るのか,決められたスキームに従うだけである.

どうも,,政治家は『東電はけしからん』と言いながら,国の責任をカムフラージュしているように見える.又,政治家,役人の保身が見え隠れする.政治家は国の責任で対処するとも言うが,腰が入っていないし,中身も伴っていないと思うのである.

『どんな被害に,誰が,損害賠償をするか』は,今後,大問題になると思う.現在のスキームでは解決出来ない事は明らかである.被害者も早く,声を上げるべきだと思う.

手順⑤ 損害賠償請求手続きを簡素化する

賠償要求受付,相談,支払い(仮払い含む),は一本化し,独立した行政組織で行うべきである.又,行政事業への反映も,この部門でやればよい.賠償金の東電,政府の分担は責任に応じて内部でやれば良い.現行の東電と住民が直接対峙する構図は,微妙な賠償問題が多いだけに,必ず問題が頻発する.

以上,現在の賠償制度,具体的な請求,賠償手続き,或いは,もめごとの対処方,について,詳しく調べたわけではないが,根本的なところで,間違っているように思うのである.

そこで,新内閣を機に,損害賠償制度をしっかり作り直すべきだと思う.そうしなければ,ここで指摘した問題が,いつか火を噴く事になる.

適正な賠償なしに,復興はムリであり,『福島の復興なしに,日本の復興なし』の総理の大見栄も,『沖縄基地移転の二の舞い』,になりかねないのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.09.26

256 縦と横の視点

いろんな思考・構造で,縦と横の視点がある.その視点によって見え方が全く変わる.しかし,縦のものを横に,あるいは,その逆にする事はそう簡単ではない.そこで,この縦と横の違いを『縦横無尽』に,いくつか挙げてみたい.

①反物の縦と横

言うまでも無く,反物の縦糸(経糸)は強さを発揮する.西陣織などは3000本から5000本あると言う.横糸は縦糸と絡めて布にするのだが,模様を編み込む役割がある.この様に,縦糸と横糸がそれぞれ役割を持って,反物と言う作品が作られているのである.この反物に見る縦糸と横糸の関係は,いろんな事に例えられる象徴的な関係である.

②文化の縦と横

反物になぞらえれば,縦糸を日本固有の文化,横糸を西洋の文化とすると,日本は和洋折衷文化,和魂洋才文化と言う反物を編んできたと言う事になる.但し,縦糸がしっかりしていないと,この文化は崩壊しかねない事も意味している.

ひょっとすると,国際化によって,縦糸と共に,反物自体も弱くなり,ついには,縦糸が西洋文化,横糸が日本文化となって行くのかも知れない.

(詳細は当ブログNO19葛藤する日本文化②で発信)

③国家の縦と横

日本は1300年前に中国・唐の影響を受けて,律令国家を目指した.明治維新によって,さらに上意下達の官僚国家体制による統治体制を強め,縦社会を定着させて行ったのである.戦後,主権在民の民主主義制度を導入するも,1300年の律令国家,官僚国家,縦社会国家の臭いは連綿と続いているのである.

一方,市民活動を中心に国家が形成されて来た国家は,憲法より民法の歴史が永い.英国は国家と言う概念がなく王国のままであるが,法律も,判例が第一次的な法源とされる不文法,慣例法である.それゆえに中世の慣習との歴史的継続性が強調されるのである.

律令国家に慣れている国からすると,全体の体系が見えずらく,何とも,掴まえ所のない不安な横社会に見えるのである.明治維新で英国から近代的制度を学べなかった理由である.

構造の縦と横

自前で設計・製造・販売・保守,等,全てを行う縦型事業と,得意の分野のみ事業化し,あとは他の事業者と連携する横型事業がある.日本の多くの大企業は縦型企業が多いが,特にドメステックな企業,例えば,運輸業界,放送業界,電話業界,電力業界等,は垂直統合の典型的な縦型企業である.

しかし,そんな企業でも,利用者や消費者からすると,機能が分離された横型構造の方が便利な事もある.

例えば,宅急便事業は集荷・配達と路線物流の分離,電力事業は発電と送電の分離,電話事業はネット事業と端末事業の分離,放送事業は放送と番組の分離,航空事業は飛行機の運行と航空券販売の分離,等,いくらでもある.

縦から横の転換は,自前主義の伝統的垂直型経営が海外の特化企業や世界的なデファクトスタンダードの製品によって,あるいは国際標準によって,崩壊するからである.

携帯電話を見るまでもなく,国内の垂直統合企業は一気にカラバゴスになってしまうのである.ましてや,日本で発達した携帯電話及びビジネスモデルは世界市場で戦えないのである.

明らかに,国際化の中で,日本企業は国内での縦思考から世界と連動した横思考に考えを切り替える必要がある.残念ながら,日本に閉じた箱庭だけでは,生きていけないのである.これは今後の日本にとって大きな課題なのである.

⑤組織の縦と横

企業でも役所でも,組織とは機能の重複を避け,役割分担と専門特化の分業体制である.従って,組織とは元来,縦割組織の集合体で成り立っているのである.

時として縦割組織では完結しない出来事が発生すると,横串の対応が必要になるが,セクショナリズムの問題が起こる.そこで,縦割の弊害を軽減する為に,各ライン共通の前さばきの組織(対策本部等)を作ったり,各部門が参画するタスクホース或いはプロジェクトが編成されるのである.横串の情報共有なども縦型組織の弊害を軽くする効果はある.

⑥平時・有事の縦と横

平時とは通常の状態を言い,一般的には,それに合致する様に,役割分担された行政組織や法制度が作られ,社会が運営されているのである.

有事とは,平時の仕組みでは対応できない事態であり,平時の機能・権限・組織・行動,予算処置,等を集結して事態にあたる事である.平時は合理的な縦組織だとするなら,有事は目的達成の為の横組織と言う事になる.

そこで,日本の場合,災害や国防で有事になった時,平時に変わる組織体制や法制度が準備されているか,が問題となる.残念ながら,直近の東日本震災を見ても,全く有事の準備が出来ていないと実感するのである.

勿論,平時の仕組みで対応できる部分が多くあると思うが,平時の仕組みが足かせになる事も多く,対処が遅れたり,現場が混乱する事も多いのである.

実は災害対応は,阪神大震災,東日本大震災を見るまでも無く,被災地で起こる多くの問題は,あらかじめ想定できる事ばかりである.あらかじめ,横串の体制,権限,役割,予算処置,法律,など決めておく事は自然災害国家として当然の準備である.

そして,この準備は,災害対応マニュアルとして,日頃から行政に周知徹底しておく事も大事である.これらを含めて,わめて重要な災害対策になる.又,法制度の変化を含めて,逐次マニュアルをメンテナンスして行く事も重要である.

震災被害を目の前にして,利尻ではどうした,阪神ではどうした,あの時作った法律は生きている,等と言っているような光景はもう見たくないのである.

次に,国防に関しても,巨大災害と同じように,平時の仕組みを横串にした対応や有事独特の行動が必要になる.残念ながら,平時の法制度も有事の法制度も,その対処方法も,極めて曖昧である.

憲法解釈の問題,国境の無人島実効支配防止の問題,集団的自衛権行使の問題,国防の為の実力行使の問題,自衛隊の海外派遣の問題など,基本的な事が全く決まっていないのである.まさに,平時も有事も,縦も横もない無防備,無策状態なのである.

自衛隊の毎年5兆円の予算さえ疑問になってくる.5兆円を使いながら,有事の対応が決まっていない事は全く抑止にもなっていない可能性もある.逆に,他国から見ると,非武装と同じ状態に見えるとすると,これが抑止力になっている可能性がある.なんとも皮肉な話しである.いや,なんとも間抜けな話しである.

以上,縦と横の視点を述べたが,どうやら,今後,横思考をもっとやらないと,時代遅れになりそうである.高度化された社会程,横思考が大事になると思う.

所で,『ものの見方の視点は3つある』と言うのが私の自論である.言い換えると,『真理は3つある』と信じている.従って,『3択が究極の選択だ』と言う事になる.

この自論によれば,『大事な事は5つある』は絞りきれていない,『大事な事は2つある』は何か一つ欠けている,と思うのである.日頃,この様に,自論を使っているが,今のところ間違っていない.

従って,この自論によれば,『縦』,『横』にもう一つ,『斜め』と言う中間的な視点が必要なのかもしれない.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.09.25

255 第二次情報革命の伸展

普及が本格化した約15年程前のパソコン,インターネットを第一次情報革命とすると,現在はアップルが起動した携帯端末による第二次情報革命が進展中である.

この第二次情報革命は高速無線網,携帯電話がパソコン化されたスマートホーン,携帯に便利なタブレットパソコン,によって,『モバイル・インターネット時代』になった事である.まさに『いつでも,どこでも』(ユビキタス)が大きく前進した事になる.

この携帯端末は従来のパソコン,インターネットの機能に加えて,デジカメ,音楽プレイヤー,電子辞書,地図,電子書籍,テレビ等の専用機器をも包含する事になる.又,ネット通販,オフィス系アプリ,企業内グループウエアー,業務システムパッケージ,企業固有の業務システム等にも,使われ始めたのである.

利便性の良さから,携帯端末(スマホ)を使ったネット通販が急速に増加していると聞く.今後も,携帯電話がスマホに,パソコンがタブレットパソコンに移り,急速に携帯端末が拡大して行くと思われる.携帯端末が次世代の情報化社会の主役になる日も近いと思う.

一方業界では,この第二次情報革命の中で,携帯端末競争,携帯端末OS競争,クラウドサービス競争,携帯アプリソフト競争,携帯接続の業務パッケージ競争,等,新たな業界の勢力図に向かって,熾烈な戦いが世界規模で繰り広げているのである.

これらの世界的動向を踏まえて,いくつかの国内の変化を整理,予想してみたい.

①キャリア(通信事業者),携帯端末,ソフト,の分離

キャリアと端末を一対にして展開している我が国の電話事業に,世界で使われている端末が入ってきて,複数のキャリアと接続可能になると,その分,キャリアの端末差別化戦略は狭くなる.そして,世界の端末の国内シェアーが高くなれば,実質,キャリアと端末が分離された状態になる.

通信費を当てにした端末の廉価販売が分離された構造の中で,継続するか,注目される所であるが,分離されると言う事は,キャリアは通信網の競走(エリアカバー率,信頼性,通信費),端末は操作性,デザイン,価格の競争になる.同時に,ソフトもキャリアや端末から分離され,ソフト同士の競走になる.まさに世界の競走の中に日本がいる事になるのである.

②企業情報システム再構築機運の増大

携帯端末による『いつでも,どこでも』の情報ハンドリングが可能になると,当然,戦略的なビジネス展開や行動スタイルの変革が起こる.スマホやタブレットコンピュータと連動した業務システム,あるいは現場システムの開発が活発になる.営業,製造,物流,各システムやその現場サポートに,タブレットコンピュータやスマホが大活躍すると思う.

③クラウドコンピューテングの拡大

携帯端末が普及する事によって,パブリック・クラウドサービスやプライベート・クラウドサービスの利用も増加して行く.かくて,ソフトサービス業界のビジネス戦略,一般企業の情報戦略,は新たな局面を迎える事になる.

④携帯端末向けアプリパッケージ開発と業界の淘汰

②③と連動してパブリッククラウドサービス用,プライベートクラウドサービス用,のアプリケーションパッケージの開発が加速している.企業向け業務パッケージも携帯端末対応が始まっている.この第二次情報革命によって,パッケージやベンダーの淘汰が又,始まるのである.

⑤M2Mの拡大

新しい事ではないが,M2M(マシーン・to・マシーン)が加速して行くと思われる.従来,自動販売機や盗難車,或いは納入機器類のリモート監視,更には,子供や動物の位置情報など,携帯電話網を使ったM2Mがある.

今後も,人体のセンサーと連動した健康管理,或いは世界に展開された機器やプラントの監視,車センサーによる気象情報収集など,クラウドサービスと連携して,広域に,安価に,M2Mが利用可能になる.思わぬ利用分野の発見やビジネスにおける戦略的活用が極めて大事になる.

以上,パソコン・インターネットに引き続き,上記の如き,第二次情報革命がアメリカを震源地として,世界に革命を起こしているが,利用面の恩恵はあるものの,ハ-ド・ソフト・サービスの供給者としての恩恵を,どんな形で確保して行くのか,日本企業の大きな課題である.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.09.19

254 依然と続く民主党思考力の問題

三度目の民主党内閣になる野田政権が財務省の増税路線を背負って誕生した.その矢先,新任の小宮山厚生労働大臣が就任記者会見で,一箱700円のたばこ増税論を唐突に言いだした.『健康被害が減って,しかも税収は減らない』と得意満面で説明したのである.

そもそもタバコは国営の時から,景気に左右されない,安定的な財源として,又,困った時の打ち出の小槌として,増税を繰り返してきた.現在約6割の税率で,その税収は2~3兆円規模だと言う.かくて喫煙者はニコチンから離れられずに税金を払い続け,国家財政もニコチンから離れられず,依存度を高めて行ったのである.

今回の小宮山大臣の発言は,そんな歴史も無関係に,いつもの嫌煙者の発言に聞こえる.喫煙者からすれば,今までの財務省の財源確保の増税に耐えて来たのに,今度は厚労省の健康理由の増税か,いい加減にしろと,肩身の狭くなった喫煙者は怒り心頭である.

たばこ税を所管する財務省も増税路線を慎重に画策している時に,個別課税品目や税率を言う段階ではない,いくら嫌煙家大臣でも,横から勝手な事を言うな,と小宮山大臣のKYブリを厳しく批判したのである.勿論この批判は,たばこ税の所管を厚労省によこせとのシグナルを消しておきたい狙いもあるようだ.

こんな事は民主党政権では,よくある事で驚かないが,私の問題視するのは,税論議以前の小宮山大臣の政治家としての思考力の問題である.小宮山氏が推進した子供手当にも,これと同じ,思考力の問題を感じていたのである.

2年間,問題となって来た小宮山氏の子供手当とは『社会で子供を育てる,だから,全ての子供に手当を支給する』と言う政策である.

他国も同じ様な制度を実施しているし,そもそも日本は子供への税の使い方が低いとして,年間5.5兆円(防衛費以上)を給付するとしたのである.その財源は無駄な予算の組み替えや税控除の廃止(増税)で捻出すると言うものである.

これに対し,私見では,巨額の歳出の割りに,目的が全く不明で,単に税金や借金の再分配,使途不明金のばらまき,にしか見えなかったのである.何度耳をすまして聞いていても,少子化対策なのか,子育て支援なのか,経済救済なのか,景気対策なのか,さっぱりわからなかったのである.

又,財源面でも,全く,実現性が見えていないのである.『財源なき政策は政策にあらず』と田中角栄氏の口癖を引用して,この問題を当ブログで指摘していた.たとえ,財源が捻出で来たとしても,その財源が子供手当てより有効性が低いと言えるのかも疑問である.無駄な支出と認識するなら,それを歳出から削減する方が先である.無駄を財源にすると言う考え方がそもそも間違っているのである.なによりも,そんな巨額の財源が毎年使えるなら,子供手当て以上に,やるべき事は,この日本には,多くあるはずである.

つくづく,小宮山氏は『子供手当てはありがたい』と言う人と同じ程度の思考力だと感じた.しかも,票につながるとして,選挙の目玉政策に掲げた民主党も,同じ程度の思考力だと言わざるを得ないのである.

ところで,民主党の『生活第一』の中身は国民への分配を増やすと言う意味のようである.子供手当ては,その代表的な政策になったのである.だとすると,『生活第一』の考えも,『視点が偏狭で,政策が短絡的で,稚拙だ』と言う事になる.こうなったのは,余りにも選挙を優先したからかも知れない.

選挙に有効な政策を掲げる事は当然としても,『国家の難題解決にどうつながるのか』,『財源はあるのか』が充分検討されていなければならない.

これを怠った政策で選挙に勝つても,国家の難題は解決出来ないのである.それどころか,国民の支持を受けたとして無理に,この政策を実施すれば,さらに難題は悪化するのである.

そもそも,国民に示される選挙公約の大前提は,その内容以前に,実現性がある事である.その実現性を事前に検証する事は政党の義務であり責任である.それが前提になって,初めて,国民は政党,政策が選べるのである.出来ない事を公約に掲げる事は国民に対して『詐欺』『嘘つき』になる.出来ると思って,出来なかったら『無能』である.いずれの場合も,国民に対し,何らかのけじめが当然必要になる.

民主党マニフェストで言えば,当初から,あれだけ多くの批判を受けていたわけだが,結局,批判された通りの事態になった.従って,野田総理としては,増税論を言う前に,『マニフェスト実現は困難である.撤回する』,『早急に民主党として修正政策を出したい』と言うのが最小限のけじめである.

しかし,民主党は,『財源は甘かったが,マニフェストの理念は正しい』として,撤回を拒否している,正しいとする理念とは何か,全く不明だが,『生活第一,国民への分配を増やす』と言う理念なら,財源問題でそれは崩壊している筈である.

それでも,理念は正しいと言い張るのは,マニフェストの撤回を避け,嘘つきの烙印を避け,解散総選挙を避け,民主党内部の対立を避け,たい,との保身の理屈である.全く,国民を無視した理屈である.

こんなへ理屈を言えば言うほど,『嘘をついて政権を取った』事になるのだが,内向きな民主党には理解できない様だ.

結局,民主党は『マニフェストの理念は撤回しないが,野党の指摘で政策は見直す』としたのだが,本来なら,政権与党の責任として,自から,反省と謝罪の上で,政策の見直しを行うべきである.それが出来ないと言う事は政権与党の資格と責任を,自ら放棄した事になる.

それとも,この日本の苦境に乗じて,分配重視の社会主義理念を推し進めるべきだ,と考えているなら,堂々と,その中身を明らかにして,正しいと言えば良いのだが,それもない.正しいとした理念は何なんだろうか.

ここに至って,民主党は,少なくとも財源で破綻している分配理念(自民党は,子供手当・高速道路無料化・高校無償化・個別農家補償をバラマキ4Kと呼んでいる)を速やかに撤回して,震災対策,原発事故対策,デフレ対策,エネルギー対策,等に政策を切り替えるべきだと思う.日本は,民主党のわけのわからぬ理屈に付き合っている暇はないのである.

以上,民主党のマニフェスト問題は政権発足時より2年間,震災対応までも悪影響を与え続けている.三党合意による見直し決定後も,その内容は宙に浮いたままである.これを棚上げするかのように,復興対策に全力を傾けると民主党は言うが,切り離された問題ではない.財布は一つなのである.

この調子では,又,来期予算編が暗礁に乗り上げる可能性がある.急がれる,第3次補正予算もスムーズに国会を通る保障もない.全く政権与党として無責任なのである.民主党のメンツで国がおかしくなる事は,もういい加減やめなければならない.

2年前にも指摘したが,民主党は銭計算が弱く,理念とか,思いで,政治が出来ると思っている様だ.これは,思想家,教条主義者,あるいは偏狭な正義感の持ち主に多い特徴である.この感覚が,どれほど失政や政治の混乱を招いた事か.たかが2年間の民主党政権で,いやと言う程,この失態を見せつけられたのである.

ところで,前に引用した田中角栄氏の言葉,『財源なき政策は政策にあらず』,『政策をやるなら財源をもって来い』は,『財源を度外視して,あれも,これも言う政治家が多い』事から,これをけん制する為に出た言葉である.そして,『政策と財源を一対』にし,『一対でなければ政策にならない』としたのである.勿論,この言葉で政策の覚悟,信頼性,優先順位,実現性,を確かめていたのは当然である.

田中角栄氏を師,親父,と仰ぐ民主党実力者はこの戒めを知っていると思うが,何を学んだのだろうか.選挙に勝つ事しか眼中になかったのだろうか.本人は今でもマニフェストの財源はあると言っているようだから,戒めを守っている気分かもしれない.

さて今回の小宮山大臣の700円のたばこ税増税発言も,またしても,タバコを『発禁にすべきだ』,『1000円にしてもよい』,と言う人と同じ程度の思考力の発揮である.数の多い嫌煙者の票狙いもあるのかも知れない.依然として,子供手当と同じような『視点の偏狭さと政策の短絡さ,稚拙さ』を感じるのである,

とりわけ,税制度は大所高所からの検討が必要である.特に日本の社会コストの負担制度は,税だけではなく,社会保険料,公共料金,手数料等,極めて広く,細分化されている.従って,徴収も公共サービスも,全体の中での検討が必要になるのである.

ある領域を切り出して,国民負担率や課税率を言及しても,あるいは,国際比較をしても.あまり意味がない.勿論,消費税率やタバコ税率を切り出して他国と比較しても余り意味をなさないのである.

ところで,タバコ税に関して,大臣なら,せめて,次の様な事を考えての話だと思うが,是非聞いてみたい.この程度の事は,予告なく,予算委員会で小宮山大臣に聞くのも良い.

・喫煙者の減少と医療費の関係分析
・喫煙者の減少と寿命の関係分析
・使用,消費の抑制目的の重税の考え方の是非
・タバコ増税による消費量の減少と税収の関係分析
・消費量減少による,たばこ関連事業者の問題と
対策
・喫煙者の所得分布,年齢分布の分析
ニコチン中毒患者,低所得者へ重税を強いる事の問題
・喫煙者の意見,負担の実情
・健康被害を言いながら,発禁にせずに高価格にする理由
・闇タバコ増加への懸念と対策
・喫煙者,国家財政の,ニコチン依存症からの脱却策
・タバコ税の喫煙者(高額納税者)への還元策
・タバコ税の目的税化(健康被害対策,喫煙者対策)

・ニコチン含有量別税率や低価格タバコの検討
・価格以外の喫煙抑制策の検討
・大臣発言による株価への影響

どう答えるか,思考をどの程度しているか,興味あるところである.しかし,その回答如何以上に問題にしたい事がある.増税をいとも簡単に,嬉しそうに言う小宮山大臣の態度である.大臣どころか政治家として資質を疑うのである.

課税は言うまでもなく,国家権力で強制的に,私有財産を奪う事である.脱税は極めて重罪である.当然,課税制度の検討には,十分な配慮と,理由と,リターンと何よりも国民の理解が必要である.

勿論,血税を使う政策はいい加減であってはならないのは当然である.健康被害抑制と言いつつ,増税された財源が,小宮山氏の大好きな分配論の後押しに使われたら,喫煙者(高額納税者)としたら,たまったものではないのである.

以上,今回の小宮山大臣のタバコ増税発言に,子供手当と同じ思考レベルを感じたのだが,それが民主党全体にも存在する思考レベルにも感じたのである.

小宮山氏は厚生労働大臣になって,ますます短絡的な,文化度もない,おかしな事を言うかもしれない.論客は,厚生労働行政について,この人と議論しても意味がないと思うかも知れないが,大臣である以上無視できない.国会の論戦が見ものである.

最後に,民主党議員にあえて言いた言葉がある.

『素人ほど,断言する』と言う言葉である.こんな人は時々,無知丸出しに見える.一方,『玄人は,はにかむ』もある.素人,玄人の違いを知る一つの手がかりである.

政治家なら,短絡的に断言するのも,色々言うが,結論が出ない,いわゆる,はにかむのも問題である.真の政治家なら,大所高所の検討を踏まえて,『責任を持って決断する玄人』でなければならない,のは当然である.

残念ながら,政治家には『素人』,『玄人』,そして,『責任を持って決断する玄人』,の3タイプが存在する.全く分かっていない人もいるが,これは『論外』である.

私見によれば,歴史的にも『責任をもって決断する玄人』は極めて少ないと思う.独断で言えば,民主党は『論外』の人を除いて,『政治は素人』ばかりの感じがする.野党精神のままの思考力では断言するが,これで政治が出来る分けがない.

民主党は『役人上がり』が多く,一見,『玄人』に見えるが,意外と役人は『玄人』でもないし,ましてや『責任を持って決断する玄人』とは程遠いのである.

そう言う私は,はにかむ程の知識はない.まだ断言したい方である.だから,無知丸出しかも知れない.しかし,くれぐれも,民主党政権においては,素人の断言は,もう二人の総理でたくさんにして欲しいのである.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.09.03

253 民主党野田政権誕生に感じた事

民主党政権で,3度目になる野田政権が誕生した.民主党内部の選択で,さしたる期待もないが,日本の政権を担う以上,無関心ではいられない.内閣の顔ぶれ,党の3役,が発表された段階で,論評は早すぎるが,野田政権のイメージ,感想を述べてみたい.

民主党代表選から現時点までの感想であるが,

・鳩山,菅,政権の政治主導,官邸一元化の反省から,これを改めるようだ.
・党,内閣の政策決定プロセスを自民党政権を参考に新たに決めるようだ.

・主流がリベラル色から保守色(松下政経塾・旧日本新党)になったようだ.
・内閣は三党合意のマニフェスト見直しに賛成のようだ(脱トロイカ,脱マニフェスト)

・挙党体制で場違い人事があっても,,内部抗争の封印を優先したようだ.
最後のチャンスとして,要職を老若男女へ撒いたようだ(次期選挙対策).

等を感じている.多分,これから決まる,副大臣,政務官あるいは国会の各委員,党内の人事も同じような感じになると思われる.結局,国家にとっての適材適所ではなく,挙党体制と言う不思議な党内事情を優先した新体制になりそうである.

その結果,保守系,リベラル系,旧社民党系,組合系,等が入り混じった人事となり,『ごった煮政党』による『ごった煮内閣』が誕生した感じである.

全体として,政治色がボケ,弱さのみが目に付くのである.着実に政治を前に進めると言うが,重要問題に対し,どんな政策を打つのか見えない.それどころか,野党時代の癖で,又,各自が積年の思いを勝手に言い出すかも知れないのである.

そんな事を自覚してか,野田総理は

①民主党歴代政権の反省から『謙虚さ』『話し合い』を前面に出す.
②党を含めた新しい政策決定プロセスを作って,政策の統一を図る.
③党内政調,党内税調にキーマンを配置し,総理方針を着実に推し進める.

という作戦で,表向き挙党体制をとりながら,その弱点を承知の上で,上記作戦で,着実に,『トロイカ体制からの脱却』,『マニフェストからの脱却』,を進めたいようである.そうでなければ政治・政策が前に進まないからである.読み過ぎだろうか.

そんな感じから,前政権の反動もあって,表面的には,国民からの支持は得られそうである.しかし,党内部の権力抗争や政策対立は残ったままだし,国難は深刻さを増すし,日本の前途に,依然として暗雲が立ち込めているのである.

はたして,思惑通りの政権運営と政策を推し進められるのか,やっぱり,『ごった煮政党』の問題で挫折する事になるのか,注目したいところである.

一方,この内閣で,はっきりしている事がある.良し悪は別にして,完全に官僚政治が復活する事である.内閣の実力不足,幼児性,稚拙性,書生気質を横目で見ながら,久しぶりに,官僚の虎視眈々ぶりが目に浮かぶのである.民主党の実力不足を感じている野田総理としては,頼もしい限りかも知れない.行政力も上がるかも知れない.

ところで,野田政権の事より,そもそも,民主党が政権与党を続けている事に問題はないのか,と言う根本問題がある

度々,当ブログで発信している事だが,民主党は『ごった煮政党』であり,政権与党としての国家観も,見識も,政策も,ある筈もなく,ただ数合わせで多数を占めているだけの集団だと思っている.

予期せぬ政権が転がり込んだのは,反自民旋風と国民へのバラ撒き政策のおかげだったと思う.必ずしも,政権担当能力,実現可能性策があったわけではなかったと思うのである.

そんな民主党内で,よく『挙党体制でやろう』とか『全員野球をしよう』とかの声を聞く.今回の代表選でも聞こえて来た.政党としては,極めて不自然な,不思議な,声である.

政党として,遅ればせながら,『政治理念や政策を統一をしよう』との掛け声なら,前向きである.しかし,そうではない.『仲良くやりたいから票をくれ』,『俺の言う事を聞け』との権力闘争の掛け声である.結局,抗争相手同志が『お前こそ,俺の言う事を聞け』となって,折り合いが付かないのである.一端,多数決で決めても抗争の火種はなくならないのである.まさに,まともな政党ではない,『ごった煮政党』ならではの醜態を,毎回,繰り返しているのである.

言うまでもなく,政党ならば,所属議員の間に,個々の政策の違いはあっても,政治理念や基本政策で対立することはない.もしあれば,離党,分裂,になる.しかるに,民主党はどうなっているのか,さっぱり不明である.又,政権与党なら,マニフェストや鳩山,管,政権の総括も必要である.国民への説明責任も勿論,必要である.野党との議論も,民主党としての案がなければ,責任ある議論が出来ないのである.

この様に,民主党には,都合の悪い事,不得意な事,に口を拭う,幼児性,無責任性を,当初から,いつも感じるのである.未熟で,偏狭で,とても政党とは言えない状態であり,政党助成金すら疑問になるのである.ましてや政権与党など,とんでもないと思うのである.

こんな民主党が政権にいる事は日本にとって不幸である.震災前の難問,例えば,日本が生き残る為の戦略,財政赤字問題,社会保障問題,円高・株安・デフレ問題,等に対し,2年間もの間,ほとんど手が打てていないのである.

うそ付きの烙印を恐れて,マニフェストの欺瞞性を取り繕う事や党内抗争に躍起になっていただけで,日本の難題に正面から取り組んでいない,いや取り組む能力もない,感じがするのである.

巨大な震災,津波,原発事故,の対応にしても,その弱点が露骨に現れ,早6ケ月,進捗は極めて遅いのである.

これまでの2年間を,一言で言えば,民主党マニフェストが日本の政治を止めてしまった,あるいは,民主党内の事情が国政を振り回して来た,と言っても過言ではない.だとすれば,2年間と言う貴重な時間を日本か奪った事になる.

こんな民主党が,更にあと2年,政権与党を続ける事は,私見によれば,原発の再稼動より危険だと思う.政党の資格及び政権担当能力に関する基準やストレステストがあれば,続投は確実に許可されないと思う.

どうやら民主党の発想の弱点は,日本を変えたいと言う積年の思いと,日本の課題対策がいつも,アンマッチになる事である.

例えば,社会福祉の向上や賃上げや派遣労働の禁止,など分配重視の事をよく言うが,それをやると,課題がもっと深刻になって,ついには分配も,賃上げも,雇用も,出来なくなる事を想像しないのである.民主党マニフェストの一連の給付政策も,票に結びつくかもしれないが,それを実行すれば,日本の課題がもっと深刻になって,給付すら出来なくなる,事も同じである.

いつも,思考の視点が偏っているのである.この了見の狭さを,根本から変えない限り,国政を担えないと思うのである.当ブログでは,この事を『合成の誤謬政党』と言って来たのである.

私の自論によれば,今頃は,国民に信を得た新しい政治勢力が,力強く,国難と対峙している時期である.特に日本が国際的生存競争に生き残る為の施策を着々と進めていなければならないのである.それほど,世界は動いているのである.パイの確保は多くの難問を解決する為に,一刻の停滞も許されないのである.

そんなわけで,今からでも,国民の信を得た,国難に対峙できる,強い政権与党を作る必要を強く感じる.ならば,野田政権がやる事は,『ごった煮政党』の延命ではなく,解党でなければならないと思う.

財政再建派の小泉政権は不良債権一掃,官から民,規制緩和,構造改革,減税,歳出削減,国債発行抑制,等の小さな政府論で,『自民党をぶっこわす』との勢いで,取り組んだ.今度は野田政権が『民主党をぶっこわす』番だと思うのである.

政界・政党を『明日の日本を作る政策集団』に組み替えない限り,国難を乗り越えられなし,3流政治から脱却出来ないと思う.予算の組み換えより,政党の組み換えの方が,よっぽど本質的な対策なのである.

繰り返すが,うわべの挙党体制で国難を乗り越えようとしても,『気だけで理がない』,『数が頼りのごった煮体制』が続くだけである.これでは国難に対峙出来るわけがない.むしろ,うろうろしているうちに,日本の行く末に,とどめを指される可能性もある.

野田総理の心境を察するに塾生出身者らしく,書生気質で,『理のある政治』を心の片隅に残していると思う.ならば,日本新党(反自民,保守・新自由主義)の結党精神を思い出すべきである.

この旗で,野田政権のやる事は,民主党議員を憲法問題などで,ふるいにかけて,民主党を政策集団に作り直す事である.自民党や他党から募っても良い.挙党体制や連立を主張するより,政界再編の方が今後の日本にとって,意味があると思うのである.

それとも,既に大臣時代に,権力の味に,身震いする程の快感を覚えてしまい,今や,その快感からは離れられなくなって,思考回路より先に身体が『理』より『数』を求めているのだろうか.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »