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2012.03.29

275 こうなる 『消費税増税法案と政局の行方』

民主党内で対立したまま,消費税増税法案の事前審議会が終わり,同法案は,ぎりぎりのタイミングの30日に閣議決定され,国会に提出される手筈になった.

この増税法案は『社会保障・税の一体改革』と言う割に増税の話ばかりで,社会保障改革の話はさっぱりである.結局,目的が曖昧のまま国会に提出されるのである.

既に当ブログで発信している通り,民主党は『裏付けのない社会保障改革』と『不要としていた増税』を『一体改革』と偽装して論理のすり替えを図ったのだが,逆に自身の嘘や立論力の無さを露呈させ,法案を曖昧にしてしまったと思うのである

むしろ財政再建一本で財政論,行革論,景気論を展開した方が素直で,施策もはっきりしてくると思うのだが.頭でっかちで,格好付けを好む,人種の悪弊が出た感じである.

この生煮えの法案に,政局も絡んで,結末がどうなるのか,誰も分からないまま,『魑魅魍魎の増税国会』が始まる事になる.

一方,インフレ・ターゲット論,財政のバランスシート論,経済成長論で増税反対の論者はいるが,財務省,学者,経済界,マスコミ,の増税論の声に消されて,その声が聞こえて来ない.財政の実態を国民に示さないまま,何か世論誘導が行われている感じがするのである.

国民からすれば,世論操作の影響もあって,増税の必要性を感じながらも,税負担の大きさに躊躇しているのが実情だと思う.そんな気持ちで,国会の動きを,固唾を呑んで,見ているのである.国民の生活や経済と密着する問題だけに目が離せないのである. 

そんな中で,法案審議のシナリオを考えてみた.

①衆院否決………民主の分裂で衆院否決,政界再編か解散
②参院否決………謀反少数で衆院可決するも参院否決で総辞職か解散
③衆参可決………自公民で衆・参可決し,話し合い解散
④衆参可決………自公法案に民主が相乗り,話し合い解散
⑤衆院採決せず…継続審議で先送り,総辞職で民主政権続行
⑥政権放棄………他の重要課題の行き詰まり,不信任,問責決議,で解散

民主党主流派としては,政権続行を望むなら,成立をあきらめて⑤とするか,成立したいなら解散と引き換えで③か④となる.要は自民の協力なしに成立しないのである.

民主党反主流にとしては,解散を避け,政権続行のまま,党内の主導権を握る事がベストだとすると,⑤で現政権を総辞職させる事である.民主党にとっても,任期いっぱいまで,政権を延命し,他の重要政策で挽回のチャンスを得る事になる.この動きは小沢裁判が無罪になった時,現実味を帯びてくる.

自公からすれば,政権奪取がベストとすると,⑤以外のシナリオになる.そこで,成立させて解散(③,④)か,否決して解散か(①,②),になる.ただし,③の民主案に賛同すると,民主党のマニフェスト違反の共犯者になる.従って,成立させるなら自公案に民主を乗せる④となる.

又,自公の否決で解散の時は,否決の理由として,自公の増税案と民主増税案の違いを明確にしておく必要がある.政権を取った時の増税案にも,これが必要になる.

一方,原発再稼動問題,原発事故賠償問題,東電問題,原発政策問題,イラン問題,東日本復興問題,デフレ問題,等,深刻な問題が迫っている.そんな事から,⑤或いは⑥があるかもしれないのである.勿論、この時は解散になる.

私の希望的観測で言えば,『政権の王道』を歩めという意味で,民主党増税案を否決し,堂々と政策を掲げて,総選挙すべきである.従って①②⑥である.

民主党マニフェストの足かせをリセットする為にも,日本の民主主義を取り戻す為にも,難題に対峙できる力を政党が持つ為にも,各政党が総選挙で,堂々と『日本の課題を争点』に戦えばよいと思うからである.

政局の駆け引きで重要法案を決めてはならないし,そんな決め方で,強い政治体制や,政策は生まれないと思うのである

もし,民主党政権で消費税増税法案が成立すると,民主党に『嘘つき』の烙印が刻まれる事になる.これに賛同する党があれ,嘘つきに加担した事になる.

その罪滅ぼしのつもりか,成立したら,実施前に,国民の信を問うと言う.ここで信を得られなければ,これからの国会審議が無駄になる.だから,先に信を得て政策を進めるべきなのである.約束していない事をやろうとすると順番が逆になるのである.

従って,今からでも,マニフェストの非を率直に認め,責任を取るべきである.不退転と総理は言うが,『嘘を突き通す事』に不退転と言っているようで侘びしく聞こえるのである.

実はこの推理小説には続きがある.総選挙後の社会保障改革や消費税増税の行方である.総選挙の結果,政権政党や政界再編,連立がどうなるのか,全く読めないからである.法案が今回,否決されていれば,新政権で新たな法案の検討になるわけだが,もし,自公民の賛成で成立した時,その法案の実施に当たって,新政権の体制にもよるが,もうひと波乱ありそうである.

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2012.03.18

274 消費税率10%も 『広く浅い税』 か?

民主党の『社会保障・税一体改革』と称する消費税増税法案が国会提出を前に,民主党マニフェストとの関係で,民主党内部で揉めているが,増税可否の話ばかりで,『社会保障・税の一体改革』の中身がどうなっているのか,さっぱり見えて来ないのである.

そこで,改めて,国会議論で明らかにして欲しい,『社会保障・税の一体改革』と称する消費税増税案の問題点を整理しておきたい.

第一の指摘:消費税率10%は『広く,浅い税』か

財務省は消費税を3%の導入以来,『国民に広く,浅くお願いする税だ』,『景気に左右されない税だ』,『これからの税収は所得税から消費税に移すべきだ』等と説明して来た.

その後,5%に増税したが,同時に,外税表示から内税表示への変更で消費税を目立たないようにしながら,国民の意識を消費税から遠ざけるように誘導して来た.

そして,いよいよ,本格的な消費税増税の幕開きである.増税の波風を立てないように,賛同を得やすい社会保障の大義を掲げ,従来の延長線のイメージのまま,8%,次に10%と上げて行きたい,と言うのが財務省のシナリオのようである.駆け込み需要を2回起こす企みも感じるが,何か国民を手玉に取って,振り回している感じがするのである.

この財務省の思惑に『チョット待った』『そうは問屋が卸さない』と言いたいのである.

そもそも税率が5%以下の時の消費税制と,10%,あるいはそれ以上の時の消費税制は,根本的に違う,と言いたいのである.

私の感覚で言えば,10%以上の税率の消費税制度は『広く浅く』ではなく『広く,重い』課税だと思うし,『景気に左右されない』ではなく『景気を直撃する』課税に変質すると,思うのである.

だから,今回の増税案は従来の消費税の延長にある税制ではなく,『全く,新たな重税制度』と,捉えるべきだと考えるのである.

国民の感覚から見ても,消費税増税は社会保障の為ならやむを得ない,と思っても,日常の消費で年間,数十万円,優遇制度がなければ,住宅を買えば数百万円,車を買えば数十万円,と具体的に大きな税金がかかるとなると,いくら社会保障の為と言われても,『チョット待った』になると思うのである.

この様に,『広く,重い課税』であるから,購入の都度,購入ニーズ,支払い能力,景気動向,そして税の目的,を判断せざるを得なくなるのである.その結果,内需が落ちて,『景気を直撃する税制』になる可能性が高いのである.

従って,何らかの目的で,消費税率10%以上の税制を主張する時は従来の消費税の延長ではなく,新たな重税制度の導入,との認識を持って,次のような,取り組みと,きめ細かく配慮をした制度設計が必要になると思うのである.

優先度の低い歳出の削除,国家資産の売却,行政コストの削減,など,徹底した財政のをスリム化は当然として,逆進性の問題,適用除外の問題,内税外税表記の問題,インボイス方式などの納税方法の問題,脱税防止策の問題,景気への影響の問題,など,『広く,重い税制』である認識での制度設計が必要だと思うのである.

先日,テレビの増税議論で驚いた.消費税増税案を依然と『広く浅い税だ』,『これに変わる税制はない』等と国会議員が言っていたが,無意識に言ったと思うが,明らかに,頭の中は5%の消費税の感覚のままである.

その議員は,重税だとは心底思っていない感じがする.相変わらず,『財源が足りないから,広く,浅く負担をお願いしたい』と言っているように思えてならないのである.そこに,国民に重税を強いる断腸の思いなど微塵も感じられないのである.

そんな感覚だから,徹底した歳出の削減,社会保障費未収の防止,小さな政府への努力,消費税増税以外の検討,社会保障制度の展望,などのビジョンが弱い感じがするのである.税率10%と言う重税制度の制度設計も,全く見えて来ないのである.

今回の増税案を5%から8%,10%に『数字を変えるだけ』だ,としか思っていないように見えるのである.ちなみに,その議員は財務官僚あがりの内閣政務官である.極めて想像力や発想力が狭い感じがする.こんな役人あがりの『電卓政治家』が民主党政権の要職に多いように感じるのである.

又,野田総理も勘違いしている.総理は『不退転の覚悟で消費税増税法案を成立させる』と言っているが,言いかえると『不退転の覚悟で重税を国民に課す』と言っている事になる.

国民が苦しむ事を不退転でやると力まれても困るのである.正しくは『何々の理由で,何としても,大増税を国民にお願いしたい』と言うべきである.

以上,民主党だけではないが,政治家全般に『広く重い税』だという認識が希薄な感じがするのである.

第二の指摘:消費税増税の目的を誤魔化していないか

消費税増税だけで財政健全化は不可能だが,せめて,国債金利が上がる恐怖を回避したい,財政難を少しでも解消したい,その為に,増税分を社会保障費の増加に当てたい,新たな国債発行を減らしたい,と言うのが増税の本音だと思う.昨年,原案を作った,財政再建派の与謝野氏も,財務省も同じ考えのはずである.

しかし,この理由は,マニフェストの手間,言えないとして,増税の目的を国民が心配している社会保障改革の為と偽装したに違いないのである.

その証拠に,社会保障改革の中身があって増税案が出来ていないのである.明らかに,増税案があって,後付けで社会保障改革の冠をつけたとしか見えないのである.裏付けのない事を平気で言う習性が又出た感じである.

結果,社会保障の為としたものの,増税をしても,行政サービスが落ちるのか,同じなのか,或いは,上がるのか,さらに言えば,国債発行が減るのか,さらに増えるのか,等,さっぱりわからないのである.

だとすると,.国民をだまして増税する事になる.マニフェストの嘘を認めない事が次の嘘を生んでいるのである.大増税と言う大きな政策が,民主党の保身の為に偽装される事は許せない大罪である.

又,増税の前提になる,景気対策,歳出削減なども進んでいない.こんな状態で,国会に法案が提出されても,国会議員の良識があれば,成立するはずがないと思うのである.

第三の指摘:御旗にした社会保障改革の中身が生煮えではないか

上記の通り,増税の目的を偽装している為に,当ブログ№269,『どこに社会保障・税の一体改革があるのか』でも指摘しているが,社会保障改革の中身が見えていないのである.それにしても,マニフェストでも,今回の増税案でも,社会保障改革の立論が出来ていない事に,改めて驚くのである.いくつか根本的な事を指摘したい.

民主党マニフェストの目玉である最低保障年金7万円の支給は40年先の話だと言うし,一方では,現行制度は破綻すると言う.ならば,今後40年間,どんな対策を取るのだろうか.破綻すると言いながら増税では論理が成り立たないのである.

又,無年金高齢者対策も言及されていない.国民年金は現在40%未加入だと言うが,その人たち約800万人は40年以内に,無年金高齢者になる.この人たちに,何らかの支給が必要になるとすると,公平性の問題,生活保護との関係の問題,何よりも,毎年,何十兆円の新たな財源の問題が発生するのである.この対応も,どうするのだろうか.

更に,厚生年金加入要件の緩和策によって,国民年金無加入者,未払い者を減らして,少しでも無年金者を減らせるのだろうか.そもそも,緩和策が成立するのだろうか,不明である.さらに,歳入庁構想,厚生・共済年金の統合,等の公約も進んでいないのである.

以上のように,マニフェスト違反をカモフラージュする為に,立論が出来ていない社会保障改革を消費税増税の目的とした為に,増税案の目的,中身の曖昧さが露呈してしまったのである.こんな状態の法案が国会で耐えられるわけがないのである.

第四の指摘:国難に対峙するには,国民の信が必要ではないか

民主党政権は09年の民主党マニフェストを嘘と知りつつ,嘘つきとの烙印を恐れて,撤回しない為,現実とのギャップや新たな政策との不整合がいつも発生する.

結果,マニフェストが崩壊しているにもかかわらず,マニフェスト派と否マニフェスト派の抗争が繰り返されるのである.今回の消費税増税案件も,この轍を踏んでいるのである.民主党はとっくに政権についている根拠を失っていると思う.日本は,そんな民主党政権につきあっている場合ではないのである.

日本にとって重要な事は各政党が,『直面している重要問題への政策』を掲げ,その上で,消費税10%と言う『新たな重税制度の導入』が必要なら,その政策も策定して,一日でも早く,国民に信を問う事だと思うのである.

ちなみに,直面している重要課題は,改めて言うまでもなく,復興問題,経済問題,財政問題,行政問題,エネルギー問題,社会保障問題,安全保障問題,外交問題,等である.

この建設的,仕切り直しがなくて,政治の閉塞感は打破できないと思う.政局の駆け引きからは,日本の難題に対する一貫性のある,強い政策も,政治体制も,生まれてこないと思うのである.

そして,『ごった煮政権』,『合成の誤謬政権』,『メルトダウン政権』,『無責任政権』,『嘘のマニフェストで生まれた政権』『ブーメラン政権』は終わりにしなければならないのである.

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2012.03.17

273 情報ネット社会が招く『サイレント・ソサエティ』

有線,無線の通信の技術革新によって,とりわけ無線網や携帯端末の進歩によって,『いつでも,どこでも,だれでも』の情報ネット社会(ユビキタス社会)が到来しているのである.

この情報ネットワークの利便性や影響の大きさを良く理解しているつもりだが,あえて,その懸念される影響について考えてみたい.『.サイレント・スプリング』になぞらえた『サイレント・ソサイティ』への警告である

『サイレント・スプリング』は1962年,レイチェル・カールソンが自然破壊への警告を,この言葉で表した.自分の家の周りの田んぼでもそれを実感できる.40年ほど前は40,50羽の鷺が生息していたが,今は,たまに,ひとつがいの鷺を見かける程度である.

田畑には農薬が撒かれ,用水路はコンクリートになり,春になっても,虫も,雑草も,花も,めだかも,鮒も,鳥も,いないのである.勿論,白鷺などいるわけが無い.こんな『サイレント・スプリング』現象が身近にあるだけに,地球のどこでもありえる現象だと簡単に想像できるのである.

さて『サイレント・ソサエティ』だが,女の子たちの集団でも,電車の中でも,みんな黙って携帯とにらめっこをし,街ち行く人々は,イヤホーンを耳にしている.まさに『サイレント・タウン』である.会社では,パソコンのキーボードを打つ音だけがオフィスに流れ,電話のベルの音や話し声も,社員の話し合う声も,めったに聞こえてこない,『サイレント・オフイス』である.

家に帰えれば,自分の部屋で,パソコンや携帯端末を使ってバーチャル社会をサーフインし,欲しい物を手配したり,ブログやツイッターで,自分の事を発信したり,見知らぬ人とメールの交流をしたり,音楽やテレビを見たり,とにかく,個人ごとに好き勝手な時間を過ごしているのである.家族の会話もなく,これも,『サイレント・ファミリー』である.

ネットワークの中では膨大な情報が飛びかい,その洪水の中で多くの人が過ごしているが,その分,リアルの世界は静寂さに包まれているのである.自然界は『サイレント・スプリング』の被害に覆われているが,人間界も『サイレント・ソサエティ』の被害に覆われるのだろうか.

この情報ネット社会は,ビジネスの世界では,その利便性から,積極的に活用されて行くと思うが,私生活において,不必要な,過度な利用が,『情報ネット依存症』,『サイレント・ソサエティ依存症』を招かないだろうか,心配である.いくつか気になる現象を上げてみた.

①情報ネットにつながっていないと不安感,が強くなる(情報ネット不安症候群)
②不明な事があると,焦燥感を抱く(情報不足症候群)
③知識はあるが,深い知識はない(国語辞典症候群)
④話し合う機会も,話しが盛り上がる事もない(情報周知症候群)
⑤手書き文字・漢字を書く能力が衰退して行く(手書き不能症候群)
⑥言ってる事とやってる事が乖離して行く(言行不一致症候群)
⑦声を出す機会が激減する(細首・小声症候群)
⑧疑似体験ばかりで,五感能力が衰退して行く(五感衰退症候群)
⑨テレビを見ていて無意識にマウス操作が出る(クリック症候群)

体験から想像する症候群である.ネット利用時間の長さが『サイレント・ソサエティ』を醸し出し,その結果,リアルの社会が無味乾燥になり,人間の能力(思考力,想像力,筆記能力,行動力,五感能力,等)も減衰していく感じがするのである.

『古代は哲学・宗教を生み,中世は芸術を生み,現代は科学を生んだ』,と言う事だが,その次は,何を生むのだろうか.『人間の自然回帰』であれば良いのだが.

とりあえず,私生活においては,極力,情報ネット依存社会から離れ,アーティフィッシャルな時間を多く持つ事に努めたいと思うのである.

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2012.03.11

272 東日本大震災から1年

2011年3月11日の東日本大震災から1年が経過した.残念ながら,被災地の8割の人が,復旧・復興は遅れている,との感想を抱いていると言う.

目の前にある田畑の塩害問題,用水路問題,ガレキ処分の問題,区画整備の問題,事業再開の問題,仕事の問題,生活の問題,医療・介護の問題,県外移住の問題,等々の現実の逼迫した問題に見通しを持てないだけに,『遅い』は『あせり』に聞こえるのである.

テレビ番組などの耳触りのよい,明るい話題とは裏腹に,被災地では,先が見えない不安が日増しに大きくなっているのではないかと心配するのである.そんな心境であるが,改めて,精力的に書き留めた自分のブログを読み返してみた.

震災関連の発信ブログ

257 原発事故損害賠償制度の抜本的見直しを(11・09・28)
250 私なりの福島原発事故対策の状況認識(11・07・26)
249 今後の原発政策『論戯』(11・07・10)
248 災害大国日本に『有事の備え』が欠落している原因(11・07・07)

244 『合成の誤謬政権』が『メルトダウン政権』に変質(11・05・26)
243 原発事故賠償スキーム政府案の本質的問題(11・05・17)
242 震災後2ケ月 『日本の現状認識と今後の舵取り』(11・05・11)
241 政治力が問われる避難生活・仮設住宅・復興計画(11・04・25
240 国難ならばこそ国民に信を問うべきだ(11・04・18)
239 欠落している『有事の備え』『有事の政権担当能力』(11・04.10)
238 問題だらけの巨大災害・原発破壊への対応(11・03・27)
237 東日本に巨大地震・巨大津波・原発破壊が発生(11・03・12

どの記述を見ても,問題点の指摘や提言は,今から見ても,間違っていない事ばかりだと思う.それは,必然的に起る問題や当然の対策ばかりだからである.

素人でもわかる問題や対策ばかりなのに,何故,復旧・復興が進まないのか,これが最大の問題である.ブログでも指摘しているが,主な原因は次に集約されていると思う.

①『復旧・復興の仕組み』の問題(平時の法制度,仕組みが邪魔になる問題)
②復旧・復興計画策定における理想と現実,国と地方,住民間,の調整の問題
③社会インフラ(社会インフラ整備等)の復旧が長期になる問題
④財産・仕事の消滅,復旧の長期化による人口流出,過疎化,地域疲弊の問題


そんなわけで,地方市町村の復興は,神戸等の都会の復興と違って,地域の存亡が掛かっているわけで,それだけに的確な復興計画の立案が簡単ではないのである.

被災地はそんな厳しい局面に立たされ,復旧・復興への槌音はいまだ聞こえていないのである.当面,仮設生活と雇用対策事業で,必死に生きる事で精一杯の昨今ではないかと思うのである.

次の原発事故被害の復旧・復興の遅さの原因は相手が放射能だけに深刻である.

①福島第一原発事故対応に関しては,冷温停止,廃炉,使用済み核燃料,除染技術,広域地域の除染,汚染ガレキ,損害賠償,被爆者の健康管理,等々,莫大な費用と長期の対応が予想されるだけに,国家としても,手が打てていない現実がある.

②汚染地域の復興に関しては,①に引きずられて,危険・安全地域の線引きが行われたものの,復興に向けた動きは混沌としている.いつまでも避難生活は出来ない分けで,いづれ帰還・移転の厳しい決断をしないと,賠償問題,生活設計,事業計画,あるいは高濃度汚染地域の取り扱い(再利用方法など)が前進しない事になる.

国全体の原発対応に関しては,安全確保と再稼働の問題,今後の原発政策の問題,脱原発の代替手段の問題,電気料金の問題,発送電分離の問題,等も眼前に横たわったままである.又,事故原発以外の他の原発の排炉や使用積み核燃料の問題も,依然,手が回っていないのである.

どうやら,『福島の復興なくして日本の復興なし』『東北の復興なくして日本の復興なし』との野田総理の大見栄も,いつの間にか『消費税増税に不退転で臨む』に変わった様である.本日の追悼式典で,復興への決意を述べると思うが,復興予算を作ったから,自分の役割は終わった,と本音ではそう思っているのかも知れない.

民主党政権は言葉がいかにも軽すぎる.野党時代と政権与党時代で,言うことが180度変わる無責任さが最たるものだが,『口先で政治を操ろうとする習性』が強い感じがする.『遅れ』は,この習性に大きく関係していると思うのである.

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2012.03.07

271 激励・橋下改革旋風

『政治危機』,『経済・財政危機』,『社会保障危機』,『自然災害危機』,『原発事故・エネルギー危機』,『放射能汚染危機』で閉塞感が充満している中で,『大阪市政改革』,『大阪都構想推進』,それと連動した『国家統治の仕組み改革』に,橋下改革旋風が吹き荒れている.年配者は勧善懲悪に挑む暴れん坊に頼もしさを抱き,若者は自分達の代弁者として喝采しているのである.

持論で言えば,かねてより,日本の閉塞感を打破するのは国・企業・個人の自立社会と新自由主義・新保守主義の考え方だと,思っていたが,この思想がいよいよ大阪と国を動かし始めて来たと言う感じである.組織勢力に至っていない新保守主義の政治家にも,火が付くと思うのである.

そんな橋下氏の活躍に,上から目線で批判する政治家,有識者がいる.しかし,『文句があるなら対案を出しみろ』と言われると,口をつぐんでしまう程度の批判者ばかりである.論理より生理的に嫌いなのかもし知れない.当然そんな人達は,橋下氏との論争には勝てないし,今までの権威が地に落とされ,橋下氏の引き立て役になるのが落ちである.

兎に角,おかしな事に妥協しない正義感,弁護士特有のデベート力,専門家ブレーンとの理論武装,本人独特の発信力,ラガーマンらしい熱意と行動力,が圧倒的な支持を得ているのである.タレント市長との認識による上から目線の批判など歯も立たないのは当然なのである.

守旧派をやり玉に挙げて攻撃する戦法や国政選挙に刺客を送り込む戦法などは,小泉戦法を彷彿させるが,国政勢力ゼロから国を動かそうと言うのだから,小泉改革をはるか超える,壮大な戦争を仕掛けていると思うのである.この戦いぶりも国民を引き付けているのである.

橋下氏の主張で重要だと思う事がある.大阪都構想,道州制と言う『統治の仕組み』の重要性を訴えている事である.これなくして日本の閉塞感は打破できないと主張している事である.

企業経営でも『経営の仕組み』と『政策』は車の両輪である.特に,長期に渡る企業経営においては『合理的な,効率的な,企業経営の仕組み』は企業存亡の命である.国家の統治においても,『仕組みなくして政策なし』なのである.

この『仕組みの重要性』を示す最も分かりやすい例は憲法改定問題である.日本には憲法改定と言う最も大事な民主主義の仕組みをいまだ持っていない事で重大な問題を引起しているのである.(阿倍政権で国民投票手続法が制定されたが,具体的な憲法改定の仕組みは決まっていない)

その事で,日本は民主主義国家ではないと言われても反論できないし,いくら政策を議論し対策を立てても,憲法に抵触すれば,無意味になるのである.国民や政治家が思考停止状態なのは,これに起因しているとも言えるのである.これほど,仕組みが重大な影響を与えているのである.

戦後,日本国憲法を変えていない事を自慢する人がいる.しかし,翻訳のミスもそのままだから,改定の仕組みがない事の方を笑われるのである.民主主義国家を標榜するなら,自慢どころか,恥じる話しなのである.現憲法を主導した米国ですら,いまだ憲法を改定していない事に,あきれていると言う.吉田茂が残した独立後の宿題も,いまだ出来ていないのである.

橋下氏の主張で言えば,明治以来の中央集権の仕組みが限界を超えている事は自明であり,そんな状態で,いくら政策を議論しても,的確な政策は出てこないし,政策があったとしても,細部に神が宿る事はない,と言うのである.

それゆえに,まず『国の統治の仕組み』を変えないと,日本の難題は解決しない,と主張しているのである.明治維新の時も国の仕組み(統治機構)作りから始まった.その意味で,まさに橋下氏の主張は大前研一氏の言う『平成維新』なのである.

この地方分権による新しい国家統治体制の主張は,大阪維新の会が坂本竜馬の『船中八策』(新国家体制の基本方針の草案)になぞらえて発信した『維新八策』にも反映されている.その内容は道州制,首相公選,参院廃止,憲法改正手続き,等である.

現在の政治を彼流のフレーズで言えば,『国の統治の仕組みが出鱈目なのに,何が増税だ』となる.この言葉に,彼の主張が集約されているのである.

維新八策の主張に,目新しさはないものの,新保守主義を下敷に,国家体制と重要政策の方向性を明確に示しているところが評価出来るのである.特に昨今の政治に,本質的な,大きな視点での政策論が欠落している事への警告にもなっているのである.

特に,保守政治,リベラル政治が言う『大きな政府論』は,今後の日本の選択肢として残っていないと思う.従って,日本的文化との葛藤が激しくなっても,主義主張に反対であっても,新自由主義,新保守主義による『小さな政府論』しか残っていないのである.これにも合致している主張になっているのである.

ところで維新八策の中で,『社会保障におけるベーシックインカム』の検討も提案されている.これは,一言で言えば,『貧困者に生活費を支給するから年金とか生活保護の個別支援制度を廃止する』と言う制度である.(最低生活費用を支給する対象者の範囲をどうするかの議論はあるが)

このベーシックインカムの考え方は,社会保障費の膨大抑制,各種支援制度の複雑化・不整合化の防止,行政コストの削減,何よりも自助努力の後押しを目的とした『小さな政府論』から発想されている政策である.

この考え方は行政サービスのあり方の一つとして従来から存在している.例えば被災者への救援制度で,『色々な支援制度は財政的にも,制度的にも,作れないので,この支援金で対応してくれ』と一括に支援金を支給するケースなどはベ-シックインカムの手法である.(尚,最近まで,事情のいかんに係わらず,個人財産に公金を使う事は禁止されていた)

この提案に,民主党の給付制度(別名,選挙目当てのバラマキ制度)と同じ考えだと言った大臣がいた.最低生活費を給付する事だけに注目して,民主党のバラマキ政策の正当性を言いたかったのだと思うが,『ベーシックインカム』と『民主党の給付政策』は『小さな政府』と『大きな政府』くらい思想が違うのである.そんな程度の大臣の見識では,とても橋下氏との論争に参加できない感じがする.ちなみに,その大臣は戦略担当大臣である.

大臣も含めて,国会議員の見識の低さ,立論力の無さは,時々垣間見るが,個人の問題もあるが,中央集権政治の限界の表れだとする橋下氏の指摘は当たっていると思う.中央集権なら守備範囲が広がって,議員数も多くしないといけないはずであるが,逆に国会議員が多すぎるとの批判がある.中央集権による『国会議員の力量の低下』がはなはだしいからである.

例えば,生活保護制度の討論において,国会議員は橋下市長には太刀打ちできないと思う.ならば,権限と財源を地方住民に選ばれた橋下氏に渡せば良い事になる.これが地方分権論であり,橋下氏は自ら具体的問題を通して,これを主張しているのである.

以上,橋下旋風が『筵一揆』や『大塩平八郎の乱』で終わらず,大阪市政の改革,大阪都構想を前進,国を動かす新保守勢力の組織化,に繋がって欲しいと,大いに期待しているのである.

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