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2012.04.27

278 科学性・実現性ある選択肢で原発議論を

福島原発破壊に見た原発の持つ恐ろしいリスクを感じながら,今後,原発をどうするのか,検査停止中の50基の原発の再稼動をどうするのか,政治家も国民も悩んでいる.

そして,原発の方向性として推進・廃止・減少,の議論,当面の個々の原発に対する再稼動の賛成・反対の議論,が対立し,いづれも決着がついていない.一方,これらの議論は白熱化している割に,裏づけのある材料で議論がされているとは思えないのである.

①原発推進派の主張は原発は電力供給に欠かせない手段であり,絶対安全とは言えないものの,現実に起こりそうな地震や津波から原発を守れると言う.又,世界の中で,原発技術の開発を進める事も重視だとしている.ただし,使用済み核燃料対策,廃炉対策など未解決の問題が推進論に立ちはだかっている.

②絶対安全はない以上辞めるべきだと言うのが廃止論である.ましてや原発には財政的にも技術的にも,まだまだ手に負えない問題が多く残っている.この事も含めて即廃止すべきだとの主張である.3/11後,この主張者が急速に増えている.しかし,即廃止と言っても,原発のリスクがいつなくなるのか.電力不足対策,代替エネルギー対策がどうなるのか,等の回答がない.観念論ばかりで,具体性に乏しい.廃止論者からすれば,そんな事はどうでもよい小さな事のようである.

③原発減少派は両論の間にある現実論である.しかし,代替エネルギーの拡大に応じて原発を減らして行く考えとしても,その計画は不明である.電力需要のピークになる夏だけ原発を使うにしても,日本全体の原発がどの程度減って行くのか不明である.経過的に原発が残ると言っても,具体的な計画がなければ推進論に近くなるのか,廃止論に近くなるのか定かではないのである.

この様に,どの案にしろ,具体的な,詰めた内容をもとに議論をしているとは思えないのである.

又,どの選択肢を選ぶにしても,その意思決定プロセスも曖昧である.最後は総理の判断と言いつつ,立地自治体の意向を条件とするなど,タライ回しの手順である.

加えて,関電の大飯原発で言えば,立地自治体を福井県としている問題もある.30キロ圏内の人口・面積で言えば京都,滋賀,兵庫の方が大きいのである.福井は再稼働派,消費地の関西は反対派と言うのもおかしな構図である.福井は巨額の補助金から逃れられないのかもしれない.関西は巨大な消費地ではあるが,補助金をもらっていない立地自治体だと認識しているのだと思う.

この方向性も定まらない中で,定期検査で停止中の全国の原発(50基)の再稼働問題も夏を目前に,結論が出ていないのである.並行して再稼働しない時の電力確保,節電,停電,料金など対応も準備出来ていないいないのである.今回の夏に限って,再稼動しようとの声もあるが,もはや間に合わない可能性もある.

ところで,今後の方向性の問題にしても,直面した再稼動の問題にしても,確認しておきたい基本的な事がある.原子炉が次の状態の時,自然災害に対するリスクは違うのか,同じなのか,又,原子炉毎に答えが変わるのか,と言う確認である.

①稼働状態の時の自然災害に対するリスク,
②再稼働可能な停止状態の時の自然災害に対するリスク,
③廃炉に向けて停止状態の時の自然災害に対するリスク,

国民の常識的判断で言えば,『稼働は危険で,非稼働なら安全だ』,勿論,再稼働反対と言う人は『再稼働しなければ,安全だ』,原発廃止論者は『廃止すれば安全だ』と思っているはずである.この認識で良いのか,違うのか,と言う確認である.

こんな確認が気になるのは,福島第一原発の停止中の4号基の爆発があったからである.使用済み核燃料や使用中の核燃料が発電所に残っている間は稼動していようと,いまいと,原発リスクはあるのではないかと思うからである.

もし,いずれもリスクがあるとすると,『稼働しなければ安全だ』も,『廃止すれば安心だ』も根拠のない事になる.核燃料がそこにある間はリスクから逃げられないとすると,核燃料の隔離場所,処分方法,撤去方法,期間,費用等を決めない限り,リスクゼロにする主張は具体性がない事になる.

そうすると,廃炉の計画を立てた上で,選択肢は『廃炉にするか,しないか』となる.明らかに,『稼動するか,しないか』ではない.

そんなわけで,専門家・政府は『原発リスクの説明と選択肢とその中身』を早急に国民に示す必要があると思うのである.

それにつけても,この原発再稼働問題,電力確保問題,福島第一原発廃炉問題,放射能汚染対策問題,危険度区域設定問題,損害賠償問題,東電存続形態問題,原発行政組織問題,日本のエネルギー政策問題,など原発問題は山積みである.とても着々と,組織的に,手が打たれている感じがしないのである.

こんな状態で,そもそも日本は原子力発電を持つ資格も,力量も,国際的信頼も,ないと言われても返す言葉がない.ついつい自虐的悲観論になってしまうのである.

追記(6月9日)

6月9日夕方,大飯原発を再稼働したい,と総理が国民に発表した.理由は

・原発はエネルギー源として,エネルギー安全保障として,不可欠である事,
・福島の地震・津波程度の災害には安全は確保出来ていると判断した事,
・夏季限定稼働では生活を守れないと判断した事,

だと言う.

総理が原発推進論者の様な事を言ったのは初めてであるが大飯原発再開の事だけ言っているのか,全国の50基の原発の事を言っているのか分からないのである.発言の裏づけになる日本全体の今後の原発政策や福島原発事故を踏まえた安全対策,有事対策,50基の原発の扱い等の考えや計画が不明だからである.

又,政権与党の民主党や前総理の脱原発論との整合性や,現閣僚との整合性も,福島の原発被害者への説得も,気になるのである.

この発言が現実的な案だとしても,もし,裏付けのない話なら,今の段階では『思い』の『独り言』になる.『独り言』を言う事がリーダーシップでもなければ,決断でもないのである.立論力で言えば『民主党政策は増税なしで実現できる』,『最低でも県外』などと同じレベルなのである.総理には,早急に,今後の我が国の原発政策を説明する責任がある.

この発表で,又,大もめになりそうである.この発表も含めて,現政府の立論力は極めて弱いと思う.いつも土壇場で苦渋の選択ばかりで,前後左右がバラバラになる.マニフェスト問題でも,震災復興問題でも,原発事故対策問題でも,社会保障と税の一体改革の問題でも,共通している事は,立論に前後左右の整合性や政策の実現性が検証されていないのである.まだ発表していない原子力政策でも同じ事が起こりかねないのである.

かねてから民主党を『合成の誤謬政党』,『ごった煮政党』と言って来たが,これが現実の問題になって,今日の政治の混迷を引起しているのである.国会は解散に向けて一気に動きそうである.

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2012.04.11

277 ネット使用履歴のビジネス利用は是か非か

ネット検索最大手のグーグルビジネスのコンセプトは顧客(グーグルサービスアカウント登録者)のサービス使用履歴を収集し,顧客の特性を分析し,その特性に合致した情報(検索結果,広告,等)を提供する事である.

現在,グーグルでは,検索,メール,地図,ナビゲーション,写真管理,動画配信,スケジュール管理,自動翻訳,書籍検索,ブログ閲覧,など60以上のサービスを提供し,既に多くの人が活用している.これらのサービスは顧客情報を多く得る為に,ほとんど無償で提供していると言えるわけだが,普及するほど,世界の個人情報がグーグルに集積される事になる.

ところで,このグーグルのコンセプトにもとづいて,3月,グーグルの統一したプライバシーポリシーが導入された.今,このポリシーに各国で波紋が広がっているのである.

その骨子(抜粋)は次の通りである.

『Google サービスは,情報の検索や共有,他のユーザーとのコミュニケーション,新しいコンテンツの作成など,さまざまな用途にご利用いただけます.グーグルアカウントの作成などにより,Google に情報を提供して戴くと,サービスをさらに改善する事ができます.

たとえば,関連性のより高い検索結果や広告を表示したり,他のユーザーとの交流を支援したり,他のユーザーとの共有をより迅速で簡単にしたりすることができます.

Google サービスのご利用にあたり,Google がユーザー情報をどのように利用し,プライバシーをどのように保護しているかをご理解ください.そこで,プライバシー ポリシーでは以下の事項について説明します.

Google が収集する情報とその理由
その情報の利用方法
提供する選択肢(情報へのアクセスや更新の方法など)

以下省略・・・・』

なぜこのポリシーが波紋を広げているのかを述べる前に,米国の個人情報に関する文化を述べておきたい.

米国では昔から,『透明性と予測可能性の高い方法で得た個人情報』はビジネスに使ってもよいとの文化がある.

この文化によって,DMで言えば,送る方は相手を絞り込めるし,受ける方は役立つ情報が得られるのである.米国人は自分に役立つ情報が集まってくるなら,個人情報(体格,趣味,ハンディキャップ等)を公開する事には抵抗感が低いのである.利便性を優先した考え方である.多民族,広い国土,気候の差,がある国の特性も影響しているかもしれない.

その結果,米国の通販は特定マーケット向けのキャンペーンDM(太った人向けのDM,ハンディキャップのある人向けのDM,釣り愛好家向けのDM,等)が多い.販売企画に応じた顧客名簿をリストブローカーが用意してくれるから,この合理的な販売方法(スペシャル・カタログによるダイレクト・マーケテング)が成り立っているのである.

日本では,リストブローカーの文化もなく,該当名簿をそろえる事に後ろめたさがある.個人も知らぬ内に自分の情報が使われる事に違和感がある.入学する子供がいる家に入学用のカタログが届くと,懐疑信を抱くのである.

従って,日本ではキャンペーンDMは少なく,ほとんどが総合カタログのDMをばら撒く事になる.勿論,通販のヒット率は低く,膨大な出版物の作成や物流にも無駄が生じるのである.かくて,ごみ収集日には,重いカタログが山積みされるのである.

又,米国のクレジット取引のオーソリゼーションはクレジット取引履歴,支払いの履歴で判断される.当然,その為に膨大な取引情報(トランザクション情報)が一箇所に蓄積され,その情報が利用される.日本ではブラックリスト(ネガテブ登録情報)で行われているが,ここにも個人情報に対する文化の差がある.

こんな米国の個人情報に関する『利便性優先の文化』の中で,グーグルビジネスのコンセプトが出来たのだと思う.

さて,各国に波紋を広げているグーグルのプライバシ-ポリシーに話を戻すと,このポリシーに対して,類推できる各国の懸念内容は次の通りである.感情的な,非論理的な懸念は除いた.

ネットサービス使用履歴と個人登録情報とが連動して,本人を丸裸にするくらいのプライバシー情報(保護対象個人情報)が半ば自動的にグーグルに収集され,保持される事,

②蓄積したプライバシー情報を使って,
個人の特性を定めたり,個人の行動を予測する事,(原情報を使って新たな個人情報を作る事)

③3月以前のネットサービス使用者のプライバシー情報の取り扱いがはっきりしていない事,

④将来に渡って,プライバシー情報の活用内容を予測も牽制も出来ない事,

⑤本人の同意をもって合法としても,将来に渡って,同意内容が守られる保障がない事,

⑥個人情報保護に違法性があっても,サーバー群が世界に点在している為,各国の法制度の実効性に限界が生じる事,

等である,さて,この問題をどう考えればよいのだろうか.ネットの世界では時として,どうしようも無い問題に遭遇する.各国も対応も定まっていないのである.

尚,日本政府で『マイナンバー制度』が検討されている.これは政府が行う健保,介護,年金,等の社会保障業務と徴税業務の効率化と未納,脱税の防止の為に,個人や企業に番号を付け,横串に情報を管理しようとする制度である.

現在は役所の中でも,横串に情報を管理したり,検索する事は禁止されている.勿論,統一番号が情報に付いていないので,横串するにしても,名寄せが必要になり,障壁になっているのである.

この『マイナンバー制度』は昔から話題になっているが実現できなかった制度である.そろそろ,この制度による利便性,合理性,正確性の確保とプライバシーリスクとのトレードオフの問題に決着を付けなければならないと思う.

同じ様な問題は,他にも,多くある.小売業が顧客情報にある買い物履歴情報で顧客の特性を見て,ダイレクトマーケテングをする事,フィットネスクラブの会員情報を利用して,ダイレクトマーケテングをする事,交通系カードの移動情報で行動を予測し,ダイレクトマーケテングをする事,など,身近に多くある.

ビジネスに限らず,社会保障,徴税,などの行政や医療分野で発生するプライバシー情報も含めて,『グーグル・コンセプトに対する懸念』はグーグルに限った事ではないのである.

ところで,グーグルのコンセプトに対し,よけいな事をするなという意見もある.欲しい情報があれば,自分で検索条件を絞り込む事で,ある程度,利便性の高い情報を得ることが出来る.更に言えば,現在の検索条件を自然語にするなど,もっと工夫すれば,検索される情報や配信される広告の利便性は,もっと向上するかも知れないのである.グーグルに,勝手に自分の特性を決めて欲しくないと言う意見である.

以上,ネットの発達で,著作権問題,複製権問題,放送とインターネットの問題,今回の個人情報保護の問題,など難問が続く.ネットの世界では時として,コントロールできない問題に遭遇するが,さて,日本で方針は出せるのだろうか.

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2012.04.06

276 大論争『財政は破綻寸前か否か』

いな素人が判断できるテーマではないが,日本の財政問題について,両極の専門家の見解を並べてみた.財政危機,増税不可欠の世論操作が進む中で,距離を置いて考えてみたい.

・『日本の財政は破綻寸前だ』,ヘッジファンド創業者カイル・バス氏の弁.

過去20年間,日本のGDPは減少し,株価はピークの8割下げた.国債は長期低金利を続けてきた.この国債の残高は1000兆,GDP比229%,税収41兆(2011年)に対し,利払い11兆,金利1%の上昇で10兆利払いが増加,2%上昇すれば財政は破綻する,と言う最悪の状態である.

また41兆の税収にもかかわらず90兆を超える予算を組む事(毎年50兆の借金をする事)が異常であり,破綻に向けて,まっしぐらである.

加えて数年後には,貿易赤字,経常収支でも赤字に転落し,GDPは更に減少する.一方で,東日本震災や原発問題で更に借金は増え,国債残高のGDP比は10%以上あがる.更に300万人の人口減少,少子高齢化も深刻になり,社会保障公費も増大する.苦し紛れの大増税も経済を劣化させ,税収も伸び悩む.

日本には1400兆の個人金融資産があると言うが,当てにならない.日本国民が国債を買い支える保証はどこにも無いし,国債購入も限界に近付いている.

と言うのがカイル・バス氏の弁だが,学者,マスコミ,政治家,に,この認識を示す人は多い.確かに,これだけ悪材料をならべると,誰しもが,財政破綻寸前の気分になる.そして,この認識者から増税論が聞こえてくるが,財政危機の解消策は聞こえてこない.

・『財政破綻寸前ではない』,元財務省高官,経済学博士,高橋洋一氏の弁.

日本政府は世界最大の借金を日本国民から借りている(GDP比229%).言い方を変えれば,日本国民は世界最大の債権を持っているとも言えるのである.

実は,その政府が,資産も世界最大の650兆(内,換金可能資産は320兆)持っている.従って差額の350兆が純借金である.従って,借金のGDP比はそれほど高くない.それでも,650兆の資産より大きい1000兆の借金があるのだから債務超過に見えるが,政府には徴税権,造幣権と言う打ち出の小槌を持っており,ここが民間のバランスシートとは違うのである.

この実態から,国債がデフォルト(国が利払いや償還資金が用意出来なくなる事,財政破綻)になる気配はない.1995年武村大蔵大臣は450兆円の借金残高で財政危機宣言をしたが,それ以来15年,借金を重ねても,金利も上がらず,財政破綻の気配さえないのである.

日本国債の信用はCDS(クレジット・デフォルト・スワップ,債務不履行のリスクをカバーする金融派生商品)を見ればわかる.これによると日本国債は1.4%程度で低水準である.言いかえると,日本国債のデフォルトは70年(100÷1.4≒70)に一度あるかどうかの確率と見られている事になる.この値はフランス(2.2%)より低く,ドイツ(1%)と似たり寄ったりである.ちなみにギリシャは90%である.

もし,数年で破綻すると考える人は,日本国債のCDSを買えば良い.例えば3年で4.2%(1.4×3年)払うだけで,破綻によって債権100%がもらえる事になる.こんなに儲かるのに,破綻論者に,このCDSを買う人はいない.

又,日本国債が暴落すると言う論調もある.ただし暴落とはどの程度の数値を言うのか不明である.言える事は,現在は超低金利であるから,経済が活性化すれば長期金利は上がる.長期金利が上がると,既発行の低金利債券は新債券に買い替えるる為に売られ,当然,価格が下がる.今後,国債価格が10%位下がることはあり得る.

このように日本の財政を認識できるのは,なんと言っても借金の95%を国内で,しかも円建てで持っている事である.場合によっては,急速なインフレを注意しながら,金融緩和で借金を返済する事も,国債を買う事も,可能なのである.

もう一つ言える事は日本全体としては『日本政府の借金=日本国民の債権』であって,外国の為替変動と連動して,価値が変動しない事である.この点が外貨建ての借金がある国とは決定的に違うのである.

この認識の上で,経済政策を考えると,デフレ・円高から脱却し景気を回復させる為に金融緩和で円安にすればよい.円安になればGDPが増え,株価が上がり,税収も増える.財政再建も不可能ではない.例えば,60兆の緩和(紙幣印刷)で株価は13000円を超える.

勿論,財政健全化に向けて,『経済活性化の環境作り』や『小さな政府』(資産売却,官から民,行政改革,規制緩和,社会保障費の合理化と抑制,等)への取り組みも必要である.

この様に,財政を健全化する為には,増税で解決できるはずもなく,経済・財政の一体改革が必要だと高橋氏は説いているのである.

以上がおおよその高橋氏の弁である.私見で言えば,日本の財政は鎖国で作られたガラバゴス生物で,世界の動きや論理から隔離されていと感じるのである.だから,ハードルが低いまま,借金を積み上げられたのだと思う.

高橋氏の主張はいつも広い視点を持って,実態と理論から出てくる主張が多く,説得力がある.しかも,現状の肯定・否定,楽観・悲観,それぞれに偏る事なく,客観的に,論理に応じて,経済も財政も改革が必要だと説いているように感じるのである.それだけに,主張に信頼が持てるのである.

従って,賢明な高橋氏が『破綻寸前だ』と言ったら終わりである.その前に改革を実行すべきだと思うのである.ちなみに,『増税は現状肯定の思考』であり,それでは解決しないのは自明である.

この『国家財政に対する評価と対策』が政治家から余り聞こえて来ないのは何故だろうか.経済・財政問題は市場に影響を与えるから口に出しずらいからだろうか,借金をこれだけ作った手前,何も言えないのだろうか.それとも,よくわからないからだろうか,何か役人だけが裏でごそごそしている感じである.

政治家はもっと,『経済と財政』という大きな視野で国家財政を論じるべきである.増税法案を通すための説明は不要である.特に,財政の現実を明らかにし,何故こうなったのか,今後,政策や財源をどうすべきなのか,をきっちり言わない限り,増税論は成り立たないと思うのである.『足らないから増税』では全く意味がないのである.

特にドンブリ(トータル)で赤字国債を発行する事を廃止すべきである.予算ごとに財源(税収,借金,国債など)を明示すべきである.もちろん,過去の建設国債事業の評価と借金残を明らかにすべきである.国民からすれば食い逃げの国債(効果はなく借金返済のみ続いている国債残)を監視したいのである.

何と言っても,国債(国債費,赤字国債含む)を毎年50兆程度発行している現実を変えない限り,どんな増税策をとっても,景気対策を打っても,金融緩和策をとっても,財政危機は高まって行くと思う.この基本的議論が全く聞こえて来ないのが不思議である.

民主党の消費税増税案にしても,国債発行が『減るのか』,『変わらないのか』,『増えるのか』,よく見えないのである.又,言葉遊びのように,『増加分を減らした』,等と言うのかもしれない.更に言えば一体改革とした社会保障の程度も『良くなる』のか『悪くなる』のかも見えないのである.

民主党のマニフェストからの流れで言えば,消費税10%分の財源は歳出削減で捻出するとして増税案は出てこないのだが,増税案提出に当たって,何の釈明もない.民主党の政策は一体どうなっているのだろうか.野田総理は自民党と危機感は共有していると言うが,足元の政権与党内で共有できていない事が大問題なのである.

政治家の皆さん,勿論,総理も『日本の財政状況の認識』,『日本の経済,財政,社会保障の今後』をどう考えているのか,一人一人に真剣に聞いてみたい.国民は知りたいのである.同時に政治家の力量も知りたいのである.

政治家に,この見識が無ければ,政策論議も増税議論も,もっと言えば政治家の存在そのものも,意味がないのである.従って,見識がない議員は即刻,辞職すべきである.そんな人が国政に携わってはいけないのである.日本は例え『財政危機の寸前にない』としても,難しい局面にある事には違いないからである.

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