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2012.07.29

291 ロンドン五輪開会式の感想

2008年8月10日北京五輪開会式の感想を発信した.あれから4年,今回も,ロンドン五輪開会式について,感想を述べておきたい.

ロンドン五輪開会式は7月27日(日本時間で7月28日未明)に開催された.『200ケ国に及ぶ,国際色豊かな選手の入場』,各国の聖火が束ねられる演出の『巨大聖火の点灯』,ポールマッカートニーによる『ヘイジュードの合唱』,などが印象に残った.選手入場は,さすがに昔の軍隊のような行進をする国は無くなり,華やいだ入場行進であった.時代も大きく変わったものである.

(ところで,オリンピックの入場行進は,つい最近まで,軍隊行進のようにする国もあった.一方,我が国の春・夏の甲子園野球大会や各学校での入場行進は,今でも軍隊行進と同じである.集団行動の訓練の為なのか,軍隊文化の歴史を継承しているのか,あるいは単に美しく、きびきびする為なのか,このスタイルは続いている.きっとそれに見慣れた人からすると,オリンピックの入場行進はだらしなく見えたと思う.

一方,北京もそうだったが,今回も,世界のテレビ向けに,映画監督による『英国の歴史の絵巻物語』が夜空の映像,過去の映像,会場の劇などを織り交ぜて,放映された.勿論,悪天候の場合の差し替え映像も用意されていたと思う.

結局,祭典の開会式なのに,会場の8万人の観衆や1万人の選手達はそっちのけである.随分巨額の制作費用をかけていると思うが,莫大なオリンピックの放映権料に,この費用も入っているのだろうか.とにかく,国威発揮の歴史絵巻はオリンピックの開会式とは関係ないと,北京の時と同じ感想を持ったのである.

4年前の北京開会式の感想で,歴史絵巻物語は不要で,開会式の原点に戻るべきだと主張した.そして,次のロンドンでは近代オリンピック発祥の地にふさわしい,『世界が集うオリンピックの祭典』として,洗練された開会式を期待したのである.

しかし,残念ながら,今回のロンドンの開会式も,北京の時と同じように,発展途上国の国威発揮映画を見せられた感じになった.開会式はそんなことを見る場所ではないとの思いが,いっそう反感を覚えさせたのかもしれない.

なぜ,4年に一度の『世界が集うオリンピックの祭典』にふさわしい格調高い開会式が出来ないのだろうか.勿論,時間の短縮も必要である.今回も又,こんな事を強く感じたのである.

私の思い描くイメージを言えば,『世界の国から祭典に集う選手達の入場』,『神聖な儀式と聖火点灯』,『選手・主催者側の世界へのメッセージ』そして,『祭典を称えるアトラクション』で締めくくる.そんなイメージである.テレビは事前に知らされた情報に独自の情報を加えながら実況放送をすれば良いのである.

さて,4年後のリオデジャネイロでは,どんな開会式になるのだろうか.

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