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2012.11.28

308 加熱する総選挙(12月16日選挙)で感じている事

政治は今,総選挙モード一色である.今回の選挙で感じている事をいくつか上げてみた.

『第1』 政党の乱立化と小選挙区制による野合の横行


既成政党離れ,無党派の増大,難問の多さ,民主党の分裂,地方からの立党,等を反映して,過去にない政党乱立状態になっている.初めて選挙に臨む政党も多い.

しかし,多党化は,小選挙区でも比例区でも,共倒れする政党が増える事になる.公示一週間前を控えて,急速に政党の合体(野合)が起こっているが,それにしても,乱立状態にある.

野合しなければ選挙に勝てない選挙制度が問題なのか,政治理念が未成熟が原因で多党化する事が問題なのか.今後,小選挙区制,小選挙区比例区併用制,中選挙区制,の議論がもう一度起こるかもしれない.

今回の総選挙は,民主党の凋落,小政党の潰し合いで,結局,若干有利とされる政党が,漁夫の利を得る形で,得票以上に議席数を得て,圧倒的勝利になる感じがする.

『第2』 『政策の立て方』にみる『票の取り方』の違い

日本は経済再生,消費税増税,社会保障(医療・介護・年金),財政再建,福島原発事故,原発,東北災害復旧,外交,TPP,安全保障,等々,極めて重大な問題に直面しているが,難問ばかりで,それを解決する政策は,簡単ではない.

これらの難問を前に,政党の大小を問わず,票を取る為の『政策の立て方』に三つある事が見える.


①『持論を訴えて票を得るタイプ』(持論優先)


国家の為の統治機構革命,経済再生政策,安全保障政策,憲法改正,など,持論に基づく政策を掲げ,その説得で得票を狙うタイプ.全体的には,『パイの拡大・国力の強化』を重視したタイプである.代表的な例は日本維新の会やみんなの党,あるいは野党を経験した自民党の政策である.

②『官僚の言いなりの政策を掲げて票を得るタイプ』(官僚優先)

実力・経験不足の為,官僚の受け売りを持論のように掲げる政党.増税,外交,省益予算,にその影響が現れる.その分,行政改革,規制緩和,予算削減は停滞する.『パイの拡大』も成功しない.

③『国民・諸団体が喜ぶ政策を掲げて票を得るタイプ』(得票優先)

国民や労働者,農家,からの得票を優先する為に,『パイの分配』を重視し『パイの拡大』は論じないタイプである.その為,裏づけや本質から離れ,しかも実現性においては,合成の誤謬になる傾向がある.先の民主党の給付政策,無料化政策,など,見事に,このタイプの結末を証明した.

今回の選挙では,即原発廃止,将来脱原発,反TPP,反消費税増税,各種給付制度,最低賃金アップ,格差是正,富裕層の増税,憲法堅持,等を連呼する政党は,票欲しさや存在感のアピールを優先している感じがする.その為か,経済のメカニズムを無視した,無責任な『素人の断言』に聞こえる.

民主主義である以上,どんな『政策の立て方』で票をとっても,間違いではないが,嘘はダメである.その上で,『難問解決につながるのか』,『国家の為になるのか』,が判断基準になる.

国民の選球眼が極めて大事になるが政策の信憑性を正す為にも,せいぜい,選挙戦で政策論争をして欲しいものである.

今回の前哨戦を見ると,③が多い為か,『不完全な選択肢』,『票狙いの我田引水の争点化』,が多いと感じる.それだけに『政策の精度』が総じて低い感じがするのである.これも,『難問山積み』,『多党化』の表れかもしれない.

国民としては,『票欲しさの中身の無い政策』か『真摯な政策』かを吟味したいと思う.そんな中で,『一票の格差問題』もあるが,偉そうに言えば,『一票の政治意識格差』も気になるのである.これを縮める努力は当然としても,選挙結果が気になるのである.

『第3』 選択肢になっていない原発問題

原発問題を論じる為には,少なくとも下記の事項がはっきりしていなければならない.そんな中で,『徐々に廃止』,『即廃止』などと,裏付けのないまま『方向性』を叫びあっている感じがするのである.

・原発と使用積み核燃料の安全基準と評価時期が不明
・上記基準による評価までの間,電力確保方法,電力料金が不明
・評価結果による使用済み核燃料,原発の取り扱いが不明

・有事の対応,原発行政の制度,仕組みが未完成
・使用積み核燃料処分方法,費用と負担
が不明
・廃炉処理の方法,費用と負担が不明
・原発ゼロ化と核拡散防止条約の関係が不明
・代替エネルギー確保や電力料金が不明
・今後の原子力技術者,研究者の確保が不明
・燃料輸入増大とエネルギー安全保障が不明,
・温暖化対策が不明

こんな状態で,よくも,『何年後メドに脱原発を実現する』とか,『即廃止をする』とか,言えたものである.ただ国民の顔色を伺った,票狙いの主張(得票優先)に見えるのである.

現実は『行くも地獄,止めるも地獄』の問題だと思うが,裏付けを持った選択肢を示すべきである.しかし,それが無理だとしても,次の現実的な問題に考えを示すべきだと思う.

①安全性基準や評価が何時,出来るのか,その間,再稼働はしないのか,その場合の電力不足問題,電力料金問題をどうするのか,

②『万が一の危険性がある以上,原発は止めるべきだ』とした時,電力不足問題,電力料金問題をどうするのか,あるいは,電力不足はやむをえない,と考えるのか,日本経済に与える影響は何か.

③安全性評価がOKなら,再稼働するのか,しないのか,その判断基準は何か,

④安全性評価がNGなら,原発を停止もしくは廃炉にするのか,その時の電力不足問題,電力料金問題,をどうするのか.それとも,電力不足はやむを得ないとするのか.

あるいは,評価内容によっては,再稼働に向けて対策を打つのか,さらに,現有原発が軒並みNGの時,どうするのか,

⑤原発行政の制度・体制や有事対応策を何時までに作るのか,その中で,上記,①ー④の判断を,立地自治体,電力会社も含めて,どういうプロセスで,誰が判断するとするのか,現行法制度の改正及び新法整備をどうするのか,判断にもとづく費用負担はどうするのか.

各政党は,票を気にしてか,上記の現実的な問題から逃げている感じがする.脱原発,即廃止などと裏づけの無い将来の神学論ではなく,この現実の問題に,真剣に答える必要がある.ここに国の存亡がかかっているからである.同時に国民も,この現実の問題に覚悟もって自問すべきだと思う.

ところで,『使用積み核燃料や原発に,万が一の事故が起こったら,人類が破滅する』,『破滅する事を思えば,原発廃止の影響など問題にならない』との主張は世界では少ない.むしろ,使用済み核燃料や原発の安全対策に必死に取り組んでいるのである.

いづれにせよ,人類は『原発を持つ事による万が一のリスク』と『原発を持たない事による日常のリスク』のそれぞれのリスクを無くす事に直面しているのである.

代替エネルギーが潤沢に,安定的に,安く,使える,事になれば,原発は不要になるのだが,それまで人類の苦悩は続くと思うのである.政治家がこの選挙で断言する程,この問題は単純でも,簡単でも,ない事だけは確かである.

『第4』 政党交付金の疑問

多党化の中で改めて,政党交付金制度が気になるのである.2012年度政党交付金は民主党165億,自民党101億だが,民主党は献金も含めて,選挙対策積立金150億を計上していると言う.他党にはうらやましい資金である.政権をとって失敗したのだから,交付金は返せと言いたいくらいである.

民主党はその資金で,既に活動費として300万配布済みだが,更に,公認料500万,政治活動費名目で500万,計1000万を配ると言う.供託金も公金で賄う事になる.交付金の無い生活第一や日本維新の会とは大違いである.日本維新の会は,立候補者は全て自腹の上に,逆に広報料として党に100万上納すると言う.

ところで,この政党助成制度(政党交付金)の目的は次の通りである.

『政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り,もって民主政治の健全な発展に寄与することを目的とした制度』

この文言は,明らかに,『交付金は何に使っても良い』とした法律である.その理屈は,政治資金不足で政治活動が出来なくなる,選挙活動は重要な政治活動だが,金がかかる,企業・団体からの献金では足りない,交付金は選挙資金として使いたい,等と政治家は真面目な顔で言うはずである.

しかし顔には,『政治資金が無いと,癒着政治が起こる,だから公金を使わせろ』と書いてあるのである.まことに勝手な政治家の理屈である.

国民から見ると,良い政治を期待しているだけに,こんな風に感じるのである.

・金がないと健全な政治が出来ないとは何事だ,
・ごった煮の民主党であっても,巨額の交付金が出るのは何事だ,
・民主党のデタラメな公約を詫びるなら,せめて交付金を自主返納すべきだ,
・民主党は分裂したのだから,即刻,その年の交付金を返納すべきだ,

・『政党交付金が選挙費用に使われる事』は多党化の中で不公平だ,
・『政党交付金が落選議員の支援費に使われる事』は問題ないのか,
・交付金目当ての野合や政党の体をなさない政党は公金横領の政党だ,
・交付金支給の政党要件がいい加減だ,出すなら個人の方が公平だ,
・議員歳費(年間一人約7000万)と交付金(年間一人4000万)の関係が不明だ,
・交付金が選挙資金なら,選挙の無い年の交付金は不要だ,
・衆参727名で年間約800億円を議員に支給,その割に,国民への貢献が疑問だ,

とにかく,わけのわからない公金が議員・政党に支給されている事だけは確かである.『選挙制度,議員定数,歳費,政党要件,交付金,等の全面見直し』が必要だと,今回の選挙戦で感じたのである.

決して,消費税増税に伴う,身を切る議論ではなく,民主主義のあり方の視点で議論して欲しいのである.

ところで,この歳費や政党交付金もそうだが,予算や復興予算も,総じて,役人や政治家が作る法律は,政治家や役人が公金横領罪や詐欺罪にならないように,配慮がされている.

その結果,政治家や役人にとって,何でもありに近い,裁量幅を法律に持たせているのである.そこにシロアリがはびこるのである.

企業・団体が補助金の目的外使用をすれば,当然,公金横領罪,詐欺罪になるのだが,役人,政治家に対しては,極めて甘い法律になっているのである.

そんな法律だから,国民とのギャップが起こり,『法治国家』ではなく,『放置国家』と揶揄されるのである.其の意味で,統治機構を変えて,政治,行政,財政,の改革を迫る日本維新の会に期待と注目が集まるのである.

『第5』 時代遅れの選挙制度(インターネット利用の禁止)

現在の選挙制度は公示以降,インターネット,ツイッター,等による選挙運動は禁止されている.この事が選挙活動の費用を高くし,国民が政党,立候補者を知る方法を閉ざしているのである.

例えば,ユウチューブで政治討論会の映像があり,これに視聴者からの賛否の反応が付いているのだが,公示以降,このコメントは消去されているだけでなく,追加記入も禁止されているのである.

はたして,公示前に可能であったものが,公示後,禁止される事に現実性があるのだろうか.余りにも,杓子行事の現実離れした選挙制度である.即刻改正すべきだと思うのである.改正しないのは,インターネットを解禁すると,具合の悪い政党や政治家があるからだろうか.

ネット社会に,いろんな問題があるとは言え,何もしない事で,思考停止して済む問題ではない.まさに日本の政治の旧態依然ぶりを象徴している現象だと思う.

『第6』 テレビ報道への苦言

視聴率狙いのバライティ番組で,いい加減な政治談議が多いように感じる.キャスターもコメンティーターも,もっと勉強すべきだと思う.大衆の代弁者を装って,プアな事を言うのは,自分の無能ぶりを隠しているだけに見えるのである.視聴者はバライティの出演者が思う程,プアではないのである.

それともテレビとは,鋭い指摘は御法度で,人畜無害の適当な事を持って良しとする文化なのだろうか.そんなテレビ文化は無用である.むしろ,いろんな鋭い意見がある事を報道すべきなのである.本来,テレビは視聴者に情報を与える事が仕事のはずである.

以上,総選挙の前哨戦で感じたことを述べたが,今度の総選挙は,迷うことも多く,結果の予測もできない状況である.ただ,どんな結果になっても,正論が採用されるような政治を願いたいのである.

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2012.11.18

307 石原氏を代表とした『日本維新の会』は吉か凶か

太陽の党(立ち上がれ日本)を吸収し,石原前東京都知事を『新代表』にした『日本維新の会』が新しい姿で発足した.新人事は石原代表,橋下代表代行,松井幹事長,浅田政調会長,平沼国会議員団代表,とし,維新の会が変質しない事をアピールした体制となった.

合併議論が起こった時,当ブログで,『立ち上がれ日本』の色が維新と余りにも違う事から,『維新の会』の新鮮さが,ぼやけてしまうのではないか,維新の会のブレインが離れてしまうのではないか,と,この合体には懐疑的感想を述べていた.

今でも,その懐疑信が消えていない.『立ち上がれ日本』の70歳を超えるメンバーが維新の会の政策を丸のみしても,『競争原理,自己責任,自立,地方分権,統治機構の改革』を主張する『維新の会の精神』とは程遠い人達だと思うからである.

何と言っても,小泉改革に反対した守旧派のメンバーであり,保守本流,保守右派を標榜する事はあっても,決して改革集団ではないのである.又,自民党定年退職議員の受け皿にもなっているのである.

したがって,『石原氏』や『立ち上がれ日本』のメンバーが,『維新の会の精神』や『基本政策』を熱っぽく話す事など,まるで想像できないのである.

そんなわけで,いくら橋下氏が『政策合意した上での合体』と言っても,合意より合体を優先する石原氏の言動を見ると,『石原氏の野望による野合』に見えるのである.言い換えると,石原氏の国政復帰,青嵐会復活,の為に『日本維新の会』を『踏み台』にしたとの印象が強いのである.

多分,そんな事は承知の上で,何故,橋下氏は合体に同意したのだろうか.

石原氏を代表にすえた事で不在であった党の首班指名が出来る,石原氏の知名度,発言力で全国的に一定の勢力が形成できる,と算段したと思う.『立ちあがれ日本』への違和感は,政策合意で消せるとしたのだと思う.

又,年齢的にも,将来の橋下氏につなぐ為の登板だと,石原氏が言っているように,合体しても,将来とも,橋下維新の会の軸を変えずに済むと考えたのかも知れない.そうだとすると,橋下氏が石原氏を『踏み台』にした事になる.

そんな橋下氏の思惑に対し,ネット上のアンケートを見ると,半数以上は合体には反対だと言う.又,維新の会のメンバーやブレイン,或いは立候補予定者は不快感があると思う.更に,『たちあがれ日本』の立候補者を国会議員団代長の平沼氏が決めると,『日本維新の会』の公認基準と差が発生し,内部対立の種をまく事になる.公認はあくまでも橋下代表代行,松井幹事長の権限ですべきだと思う.

そんなわけで,どちらが『踏み台』になって合体しても,ネイテブの『維新の会』と『立ち上がれ日本』の『政治思想の違い』,『国家観の違い』,『性格の違い』,『熱気の違い』は強く残ると思う.

それが選挙にも表れて,大きなマイナス要因になる危険性がある.特に橋下氏の『純粋な熱血漢』を買っていた若者や主婦の『維新離れ』が起こる気がする.又,石原氏の過激な自論で維新の会が空中分解する危険性もある.好き勝手に自論を言う癖があるだけに危険なのである.自治体の長は出来ても,国政は危険だというのがもっぱらの世間の評価である.

したがって,今回は,『橋下氏の大きな賭け』だと思う.『凶とでる』のか,『吉とでる』のか,橋下氏が『したたか』なのか,『あせりすぎ』なのか.新たな心配事が増えたのである.

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2012.11.15

306 11月16日解散を宣言した総理のおかしな条件

11月14日党首討論会で,懸案であった解散問題にやっと総理は結論を出した.

野田政権としてはマニフェストでは予定していなかった消費税増税を言うのだから,法案を出す前に,或いは,『近いうち』と言って三党合意に持ち込んで,国会を通したのだが,その時に,約束通り,国民に信を問うべきだったのである.その意味で,極めて遅い決断だったと思う.

この党首討論会での解散宣言は次のような背景があったと言われている.

前日,総理が民主党の総意が解散反対だと言う事を聞いた時,野田降ろし,総辞職,延命内閣の発足,解散,と言う『謀反のシナリオ』が感じられた事,来週からの東アジアサミットで空白が起こる事,このまま凋落するより,一気に解散に打って出る事で,民主党のシャッフルが出来る事,何と言っても,『近いうち』発言に,嘘の烙印を押されない事,来年度の予算編成を考えれば,年内解散しかない事,などで,民主党の総意に反して,突然宣言したようである.

振り返れば,民主党政権が出来てから,政権担当能力の無さが幾度も露呈し,自ら下野すべきであったと思う.鳩山総理退陣の時,解散していれば,東日本大震災や原発事故への対応は大きく違っていたと思うのである.管総理退陣の時,解散していれば,財務省主導の消費税大増税論議に明け暮れることなく,震災復興スピードや日本の再興を目指した,産業振興,円高・デフレ・株安対策が実行できたはずである.

『一票の格差問題』と『定数削減問題』に対しても,自民党は違憲問題と選挙制度問題を分離して考えるべきだとしたが,民主党は違憲対策と連用制と言う理解困難な定数削減案とを抱き合わせで審議すべきだ主張していた.明らかに解散先延ばし戦略である.

結果は急転直下,分離案に決まったが,違憲対策が遅れた事で,次の総選挙に適用できないまま,選挙になる.もっと早く合意していれば,こんな事態にはならなかったのである.民主党の延命策の悪影響である.

いづれにせよ,今回の解散宣言で,本日から公示日まで,民主党は大混乱になると思う.相変わらず,『離党騒ぎ』,『選挙公約問題』,立候補公認問題』等の問題が勃発し,断末魔のエピローグが始まると思う.これも,『ごった煮政党』の宿命である.そんな事に,もう興味が無いが,最後に野田総理の見識に疑問を呈しておきたい

総理は党首討論で16日解散の条件として『議員の定数削減』を上げた.その中で,『国民に負担をお願いしている以上,定数を削減する道筋を作らねばならない』と言った.この発言は間違いだと思うのである.

自ら『身を切る姿勢』を示すべきだと言うのだろ言うが,『身を切る事』がどうして『議員数の削減』になるのだろうか,これだと,国民に負担をお願いする都度,議員数を削減すると言う事になる.どうも感情と論理がゴチャマゼである.

自分の正当性や真摯な姿勢を示したい時起こる現象である.『一体改革』と言って『消費税大増税』をやる事も,全く同じ現象である.『一体改革』で,何故『消費税大増税』になるのか,依然と不明なのである.素直に『財政が逼迫』しているから,とは言わず,裏付けのない『一体改革』と恰好を付けるのである.

元来,『増税と議員数削減』はデメンジョンが違う話である.議員数削減の話しは安倍総裁が言うように,選挙制度に絡む民主主義の土台の話しである.

多分,民主や自民が言う40名程度の削減案は,増税に対する身を切る話しではなく,選挙制度として考えられたはずである.民主党マニフェストでの削減案も,増税を言っていなかったのだから,純粋に議員を減らしても,政治が出来ると考えたはずである.言い換えると,削減と言うより,適正な議員数を示したと思うのである.

したがって,野田総理の『身を切る』発言は間違いである.野田総理の演説は,演説の旨さに非論理的な事が紛れ込む特徴がある.言う事が180度違う事も多い.どうやら『街頭演説の賜物』かもしれない.国会は街頭ではないと思うのだが.

結局,自民党は野田総理の条件を受けいれて,次の通常国会(増税前)で選挙制度の視点で,定数削減を決めるとしたのである.語りつくされた議論であるが,しっかり選挙制度改革の妥協点を見出して欲しいと思う.

ところで,私見によれば,総理と違って,『国民に負担をお願いしている以上,もっと,やるべき事』があると思っている.

現在の縦割り行政,省益優先,拡大解釈,目的外使用,等を許す『放置国家』のままでは大増税は許せないのである.従って,この『放置国家』を止める為の『制度,仕組みの強化』こそが増税の前にやるべき事だと思うのである.

中央集権の限界を解消する為に地方分権も重要な施策だと思う.又,民間が補助金を目的外使用すれば公金横領で罰せられる.政治家,役人にも,同じ緊張感と責任を求めたいのである.

役人や政治家は無責任にも,限りなく歳出を拡大する人種である.この認識に立って,それを抑止する制度,仕組みは国家の仕組みとしても必須だと思うのである.増税の見返りに議員の数を減らす話しではないのである.

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2012.11.12

305 資本主義国家運営に於ける『ケインズVSフリードマン』

資本主義国家の運営に当たって,世界大恐慌以来,米国では,『景気の安定,福祉の充実』を実現する方法として,常に『二つの考え方』が議論されて来た.

この二つとは,『民主党の大きな政府』と『共和党の小さな政府』の対立である.例えば,健康保険で言えば,民主党の国による皆保険制度と共和党の民間保険中心の対立である.経済政策で言えば,『ケインズ理論とフリードマン理論』の対立である.

ケインズ理論は世界大恐慌で露呈した資本主義の不完全性を是正すべく,中央集権による財政出動が経済,雇用,福祉にとって,必要だとした考え方である.いわゆる『大きな政府思考』である.この考えに立つのが民主党である.

一方,フリードマン理論は権限が中央に集約されると,限りなく独占を生み,国民の活力を奪う事になる.又,財政出動が効率的に働く保証もない.したがって,民間による自由な経済活動こそが国の活力を生むとした考え方である.いわゆる『小さな政府思考』である.この考え方に立つのが,アメリカ建国精神である,自由,平等,独立,フロンテアを守りたい共和党である.

常にこの議論が起こるのは,どちらも一長一短があるからである.

ケインズ理論の結果,日本も欧州もそうだが,社会資本は充実するも,限界効用逓減で,その経済波及効果は少なくなり,莫大な政府債務が残る事になる.その結果,国民にも重税がのしかかって来るのである.これでは目的とは裏腹に,景気も福祉も悪くなる方向に向かう事になるのである.

一方,フリードマン理論はアメリカの精神として,世界の経済や技術を引っ張ってきたが,投機経済,貧富の格差を生むのである.

世界情勢を見ると,日本も欧州も,限りなく大きな政府で戦後の国家を再建してきたと思う.米国は近年,民主党政権によって,大きな政府思考を強めていると思う.中国など新興国は国家資本主義と言われるほど,政府の積極的財政出動で国の経済を活性化させているのである.

しかし,この大きな政府思考の行き着くところは,重税に苦しむ,貧しい社会主義国家である.日本の政府債務を見れば,既に,立派な社会主義国家とも言えるのである.

資本主義経済を運営する観点で言えば,政府債務と国民負担はおのずと限界がある.したがって,先進国は勿論,新興国もいづれ,貧富の格差を認めながら,福祉サービスの低下も覚悟の上で,小さな政府を目指さざるを得なくなるのである.そうしないと,元も子もなくなるからである.

その意味で,先進国で採用され,大衆に支持されたケインズ理論から,今度はフリードマン理論に行かざるを得ない時代に入って来たと思うのである.しかし,『ゆで蛙』から飛び出せるか,国民の覚悟が問われる事になる.

日本の情勢で言えば,当ブログでも再三発信しているが,『パイの分配』を重視することより,『パイの拡大』を重視する時代にある.しかも,『歳出削減』をやりながら,実現する必要がある.針の穴を通すような,極めて難しい,国家運営になるが,これしか選択脂は残っていないと思うのである.

ご多分にもれず,日本も『ゆで蛙』から脱出する覚悟と,フリードマン理論が日本の国民性,文化と,どう折り合いを付けられるか,が問われる事になる.

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2012.11.07

304 新たな政治用語 『脱・・』と『脱・・依存』

近年,思いや考えを,端的に言う為に,文章ではなく,単語の頭に『脱』をつけて言う事が多い.脱温暖化,脱原発,脱官僚,などである.しかし,『脱・・』は断言口調で威勢はあるが,『脱』の先に何があるのか,それをどうやって,いつ,実現するのか,さっぱり見えない場合が多いのである.それでは,脱原爆,脱戦争,脱貧困,等と同じように,スローガンの域を出ないのである.

この『脱・・』を言う政治家は,国民受けを狙っているのか,言葉に酔っているのか,去勢を張っているのか,『素人は断言する』のたとえ通り,無責任に感じるのである.

この『脱』ブームに加えて,最近,さらに,おかしな単語が横行している.『脱原発依存』,『脱官僚依存』のように,今度は,語尾に『依存』を付けるのである.依存している状態から脱出したいと言う意味だと思うが,『脱原発』,『脱官僚』,『脱麻薬』と何が違うのだろうか.又,日本語としても『脱・原発依存』なのか『脱原発・依存』なのか,一瞬迷うのである.

どうやら,政治家のこの言い方は,言葉の意味で言っているのではなく,言質を取られたくない,責任も追及されたくない,言い方として使っているようである.

比べて見るとよくわかる.『脱原発』は原発を止めるとの断言である.それだけに,どうやって,いつ実現するのか,たちどころに追求される.返答に困ると,裏づけもなく言っているのか,無責任だとなる.

これに比べて,『脱原発依存』と言うと,ゼロにするのか,しないのか,あるいは,いつ,どの程度,依存度を下げるのか,等,極めてファジーな感じになる.だから,いくら具体的内容を追求だれても,これから検討して行く,等と,いくらでも言い訳ができるのである.

そんなわけで,この『脱・・依存』の言い方は,これからも政治家に頻繁に使われると思う.出来そうもない事でも,『脱温暖化依存』,『脱赤字国債依存』,『脱格差社会依存』,『脱派遣労働者依存』等と言い始めるに違いないのである.その方が発言にリスクがなく,表向き積極的な姿勢を示せるからである.

しかし,こんな口先だけの言葉を使う政治家が多くなる事は決して良いことではない.当然ながらスローガンや曖昧な言葉で政治は出来ないのである.政治家なら裏付けのある政策を言うべきである.政治家には本質的な政策論議を望みたいのである.

国民は,この『脱・・』,『脱・・依存』と言う言葉が政界で蔓延すると,『脱無能政治家(政党)』あるいは『脱無能政治家(政党)依存』と言い始めると思う.くれぐれも.ご用心である.

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2012.11.02

303 消費税の地方税化が意味するもの

治以来の中央集権による国の統治機構は,現在の巨大化した日本にとって,もはや多くの無駄と不効率を産み,国力減衰の元凶になっていると,多くの国民,政治家が感じている事だと思う.いわゆる『明治以来の中央集権統治機構の限界』である.

そこで『地方分権による新しい日本の統治機構』を作るべく,橋下大阪市長が多くの仲間,論客に支えられて,国政政党『日本維新の会』を立ち上げた.総選挙をまじかに控え,第三極の政治勢力として注目を浴びているのである.

橋下氏の主張で言えば,明治以来の『統治機構が劣化』しているのに,その上で,いくら政策を議論しても,的確な政策は出てこないし,政策があったとしても,細部に神が宿る事はない.従って『統治の仕組み』を変えなければ日本は沈没すると言うのである.まさにその通りだと思うし反論はないと思う.今後,この政治勢力の形成も含めて,どうやって実現していくかに焦点が移ると思う.

ところ,この地方分権論は言うまでもなく,『Near is Better』の理念に基づいて,『縦割り行政による無駄の撲滅』,『魑魅魍魎による公共事業の個所付けの撲滅』,『地方ニーズに基づく有効な税の活用』,地方交付税を廃止して地方の『中央依存体質からの脱却と地方の自立』,『行政意思決定のスピードアップ』を実現し『活力ある地方』,『活力ある国家』を推進する事である.

この『Near is better』の理念は,言うまでもなく,住民の近いところで金の使い方を考えた方がよい,と言う当たり前の理念である.従って,『地方の事は地方で』やればよい,これによって,中央集権の弊害,無駄を解消すると言うのである.

橋下大阪市長は多分,高橋洋一郎氏の助言もあったと思うが,この地方分権を実現するために,『消費税の地方税化』を主張している.中央の財源をごっそり地方に移すのだから,必然的に権限も人も地方に移る事になる.しかも,税収確保の責任も地方が負う事になるのである.これで一気に『地方分権と地方の活性化』が進むと考えたのである.

小泉政権で『三位一体改革』(税・権限・人の地方への移管)は道半ばで終わっている.この『消費税の地方税化』は『三位一体改革』より『強烈な政策』になるのである.

一方,先の消費税増税法案は『社会保障目的税化』を定めているが,高橋洋一氏によれば,これは財務省の財源と権限を絶対手放さない為の政策だと言う.勿論,財務省にとって,『消費税の地方税化』は,もってのほかなのである.

『消費税の社会保障目的税化』は,権限,財源が確実に財務省に残るし,社会保障と言う事で,今後の増税もやり易くなる.さらに,増税によって,社会保障に使っていた財源を他の事業に回す事が可能になり,ますます財務省及び他の官庁の権益を確実に大きく出来るのである.しかし,この財務省の思惑は限りなく中央集権の肥大化への道であり,『集中の限界』を無視した政策になるのである.

財務省のこの思惑は誰しもが間違っていると思うが,財務省自身も認識している筈である.それでも,社会保障の中身が無いままに,早々と増税,目的税化を決める事に,暗躍する財務省の『陰謀の恐ろしさ』と,それを阻止できない『政治家の無能さ』を感じるのである.

当たり前の事だが,財務省が何と言うと,今からでも,『社会保障の中身』を先に議論すべきである.その中で,地方分権に賛成なら,『社会保障と地方分権』の関係についても議論しなければならないし,『社会保障費の増大と財源問題』,今回の『消費税増税の目的』等,基本的な事を議論しなければならないのである.

もし,それより先に,緊急の財源が必要と言うなら,率直に言えば良いのである.中身がないのに『一体改革』等と言って増税する事は国民を騙す事になるのである.

一方,消費税を社会保障に使う事は『税のあり方』として間違いだと言う学説がある.『受益税である消費税』は広く国民が負担するのだから,住民サービスに使うべきであって,社会保障と言う所得再分配に使うのは,『受能税の所得税』でやるべきだと言うのである.従って,消費税を社会保障の様な所得再分配の財源にしている国はないのである.

もうひとつ地方税化は意外と地域格差が発生しないと言う側面がある.地方の行政サイズに応じて税収が上がるからである.その上で,地域特性による調整は地方同士でやれば,地方交付税より公平な制度になるとも考えられるのである.従って国で調整する必要もないし,そんな国の権限は不要なのである.そもそも,地方交付税で中央が地方を支配する時代でもないのである.

そこで,日本の財政問題,社会保障問題,増税問題,などの難問は,『中央官庁の権益死守と中央集権の肥大化』をやめなければ,解決しないと,これに正面から対峙しようとしているのが,『日本維新の会』の橋下市長なのである.

かつて,中央官庁からの請求書を『ぼったくりバーの請求書』と同じだと叫んだ気骨が今も記憶に新しい.最近で言えば,特例公債法が政局の道具になって,全国の地方財政を不安定にさせているが,これこそが中央集権の象徴的な問題だと非難しているのである.

とにかく,『おかしいものはおかしい』と追求する正義感で,巨大な税収を中央から地方に移すと言うのだから,『日本維新の会』は中央にとって天敵になるのである.財務省は総力を挙げて,『消費税の地方税化』を潰しにかかっていると思う.

一方,この地方税化は財務省の反論集にもあるようだが,いくつかの課題はある.例えば,地域間格差の調整の問題,税率設定の問題,全国企業の納税方法の問題,等,である.しかし,考え方を覆すものでもなく,中央集権でなければならない理由にもならないのである.

地方分権,地方の自立,を表向き賛成する政党が多いが,財務省を敵に回して,『消費税の地方税化』を軸に地方分権化政策を掲げた政治家は橋下市長が初めてである.実現には多くの課題が伴うと思うが,だから『維新』であり,この政策に反対する専門家は余りいないと聞く.勿論,維新の会も充分な理論武装をしていると思う.

以上の事から,『消費税の地方税化で地方分権統治機構を作る』のか『改善をしつつも中央集権統治機構を続ける』のか,を総選挙の大きな争点にすべきだと思う.日本が『茹でカエル』から飛び出すのか,飛び出さないのかの大きな分水嶺になるからである.憲法問題,安全保障問題,原発問題,防災問題,TPP問題,財政問題,など難問は多くあるが,この問題も,もう先送りはできないと思うのである.

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