« 315 アベノミックスを支えるリフレ派経済学者の主張 | トップページ | 317 非摘出子への遺産相続規定は合憲か違憲か »

2013.02.13

316 中国の『面子を重んじる文化』を考える

『面子』とは立場,自尊心,体裁,見栄,ナショナリズム,などを意味していると思うが,どの国にも,個人にも,この感情がある.国にもよるが,『面子が潰された』として,命をかけた争いに発展する事もある.そんな場合の面子とは『死より大事なもの』になるのである.

この『面子』の重要さは,『面子を守ろうとする言動』に表れる.最も『面子意識が強い』とされる中国の場合を例にすると、こんな言い方をする.

中国が反日デモ,日系企業への危害,日本製品ボイコット,貿易手続きの遅延,政治交流・交渉の一方的中断,等をした上で言う言葉,

『こうなった原因は日本側にあり,謝罪,反省すべきだ』
『謝罪,反省がなければ,紛争解決のテーブルにつかない』
『紛争解決の責任は日本側にある』


となる.勝手に反日行動を起こしておいて,その原因はすべて日本側にあり,謝罪,反省が無ければ交渉はできない,と外交カードを切るのである.過去に事の大小に関係なく,何度も繰り返された中国の論法である.

知らない世界の人からすると,日本が何か悪い事をしたのか,と言う感じになる.こうやって,中国の『面子を守り』,『日本を抑え込む』のである.時として,『したたかな中国外交』に見えるのである.

このように,『非を認めたら面子が題無しになる』事を恐れて,『絶対,非を認めないし,勿論,謝罪などあり得ない』のである.それどころか,『自分の面子の為なら,何でもあり』の攻撃をするのである.まさに『愛国無罪の文化』である.

この『面子を何よりも大事にする文化』は,永い中国の歴史の中で培われたと思うが,日清戦争の敗北で決定的になったと言う説がある.敗戦によって賠償金や領土を奪われ,列強の各国の草刈り場になったのだが,その時,『国の面子を失う』と『国が滅びる』との教訓を得たと言うのである.

その教訓は一般の生活においても,政治,外交においても,定着し今や,中国文化になっていると思うのである.改めて,その教訓・文化を言うならば,こんな感じになる.

①絶対,面子を潰されてはならない.
②その為なら,何をしても,許される.

是を,日常の教訓・文化に落とすと,次になる.

③相手の面子を大切にすれば争いは起こらない.
④相手の面子を傷つければ,争いが起こる.

となる.日常生活の中で,相手の面子を持ち上げる様な言動やプレゼントや接待が行われるのは,この教訓・文化の現われだと思う.プレゼントで言えば,周りの人が見える位に大きい品物が良いと言う.それほどすごい人だと,思われたいのである.小さな品物は要注意である.朝廷への貢物文化の影響かもしれない.

この『面子を重んじる文化』は日本にも,勿論ある.相手の面子が立つ様に気を使ったり,自分の面子が潰されると,いやな気分になるのである.ただ,面子が傷付けられたからと言って,嘘を言ってでも,面子を守ろうとはしないのである.

そんな事をすれば,かえって,自分の面子が潰れると思うからである.日本には『恥の文化』があり,『面子を汚すような,恥ずかしい事をするな』と考えるのである.まさに日本では『嘘』は『恥』であり『面子を汚す事』になるのである.ちなみに,西洋では『嘘』は『罪』である.

中国では『嘘』は面子の為の『方便』,『生きる術』のようである.中国人は『嘘を付く』,『騙す』,『約束を守らない』と度々聞くのも,『面子の為』と言う『大義』を掲げれば,許されると思っているようである.

まさに『面子の為なら何でもあり』,『愛国無罪』の文化なのである.その結果が上記の例の様になるのである.日本や西洋から見れば,『面子の大義に潜む危うさ』である.

勿論,そんな中国の教訓・文化は世界で通用するはずがない.だから,中国政府の報道官が,平気で,堂々と,威圧的に,見え透いた嘘を公言されると,誰しもが『よくも平気でシャーシャーと』と唖然となって,開いた口がふさがらなくなるのである.

これは国内向けで,余り気にしないで,と言う事なのだろうか.いつもの大げさに言う中国の癖なのだろうか,いや,正気で言っている事なのだろうか,一瞬,迷うのである.ただ,真剣に原稿を読み上げている報道官が不憫に思えてくる事だけは確かである.

そんな中国の『事実や,史実や,法令より,面子を重視』する教訓・文化の問題点を,改めて整理してみた.

・『独裁政治による13億人の統治』に都合のよい文化である.

日常生活においては,争いを避ける為に,『物言えば唇寒し』の風潮が社会全体を支配して行く.勿論,政治に対しても,同じである.信じあえるのは一族郎党内だけになる.確かに,争いは起こらないかもしれないが,独裁国家にとっては,都合の良い社会になる.ただ,封建社会ならいざ知らず,『面子で維持される社会』は,民主的社会とは程遠い社会なのである.

・国際政治を混乱に導く文化である.

外交の場で,この戦法を使われると,嘘を平気で言う外交,責任を相手に転嫁する外交,謝罪や反省をしない外交,さらに,制裁やデモで相手を脅迫する外交,行きつくところは,中華思想や覇権主義に繋がる外交,に発展して行くのである.一口で言うなら『面子を台無しにされた』と凄む『ヤクザ戦法』そのものなのである.

ヤクザに言いがかりを付けられた方は,勿論,正攻法で抵抗したいところだが,紛争が大きくなる事を恐れて,曖昧な,穏便な対応(大人の対応)になるのである.それを狙った戦法とも言える.

しかし,仕掛けられた方が,正面から対抗すれば,戦争に繋がる極めて危険な戦法なのである.ヤクザ戦法は勝手気ままな幼児性と未成熟さと危険性を感じるのである.

そんな中国戦法が許されるはずがない.その為に,一日も早く,国際社会と連動して,法秩序による国際関係を築く必要がある.同時に,次の問題である中国の民主化も不可欠である.

・『面子至上主義の独裁国家』は必ず息詰まる.

上記の問題の様に,国内外の問題に中国あるいは政府の面子を持ち出して押し切ろうとすれば,解決どころか,非を絶対認めない独裁政治が強まって行くのである.問題が起こる都度,圧政や国際関係,経済関係が悪化し,独裁と孤立化が強まる事になる.

何かにつけ,反日デモや不買運動が起こるが,100年前のシーンを見る感じがする.面子の大義を掲げながら,独裁体制を維持するために,ナショナリズムを煽っている感じもするのである.

これに対し,①屈服して妥協するか,②無視するか,③対抗するか,④折衝するか,となるが,①は中国の為にならないと思う.世界と連携しながら,②③④の対応をすべきだと思う.何よりも,中国の未来を思えば,中国自身が,一日でも早く,『面子至上主義の国家』から『民主主義の連邦国家』に脱皮する必要があるからである.

『13億人を統治するには独裁が必要だ』との考えは,封建時代ならいざ知らず,文明文化,経済の発達で,必ず崩れる運命にあると思う.それとも,独裁体制が限界になるまで,中国は発展しない,と思っているのだろうか.

以上,『面子に潜む危うさ』を述べたが,それがある限り,国民の間にも,国の間にも,信頼感は生まれない.それに気づいている中国人はいると思う.勿論,日本も人ごとではない.面子にこだわって,無茶な事だけは避けたいものである.

あくまでも,『面子』は相手の『攻撃の抑止』や『攻撃の大儀』の為にあるのではなく,『自らを律する為にある』と思う.自分で面子丸潰れの事をやっておいて,面子が潰された,はないのである.

日本では,自ら面子を汚さない様に自らを律し,『尊敬される国,国民』になりたいと思うのである.この文化を世界に広めたいものである.

.

|

« 315 アベノミックスを支えるリフレ派経済学者の主張 | トップページ | 317 非摘出子への遺産相続規定は合憲か違憲か »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134518/56756467

この記事へのトラックバック一覧です: 316 中国の『面子を重んじる文化』を考える:

« 315 アベノミックスを支えるリフレ派経済学者の主張 | トップページ | 317 非摘出子への遺産相続規定は合憲か違憲か »