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2013.03.29

321 一票の格差問題を考える

昨年12月の衆院総選挙を巡り,全国の高裁,支部で審理されていた計16件の『一票の格差訴訟』の判決が出揃った.

2件は違憲状態,12件は違憲但し選挙無効請求は棄却,2件(広島高裁と同高裁岡山支部)は違憲で選挙も無効,を命じた.同高裁は最高裁の違憲審査権が軽視されて来たとして,初めて無効に踏み込ん判決を出したのである.

この16件の『一票の格差訴訟』の最終決着は最高裁に持ち込まれる事になるが,もし『選挙無効』の判断がされた場合どんな事になるのだろうか.

①訴訟対象の選挙区のみ無効になるのか,比例も含めて,全選挙区が連鎖して無効になるのか.

②選挙無効になった選挙区の当選議員は遡って失職するのか,遡及せずに,判決確定時に失職するのか.猶予期間を持って失職するのか.遡って失職する時,これまでの立法や歳費はどうするのか.


③全国会議員が猶予期間を持たず失職した時,選挙法も改正できず,選挙も出来ず,無政府状態に陥る事になるのか.

等,不明だらけである.果たして,『選挙無効の判決』を出した高裁岡山支部はどう考えているのだろうか.最高裁はどう考えるのだろうか.

それにつけても,いろんな判決が出たり,判決後の処置方法が曖昧であったり,日本の民主主義や司法はどうなっているのだろうか.

元来,法律の立法時に違憲性がチェックされる訳だが,もし,立法後に違憲の判決が出た時は,遡って無効とは出来ないと考えるのが法治社会の原則だと思う.違憲判決が確定するまで,その法律は有効と考えなければ,法秩序は保てないのである.まさに,『悪法も法』なのである.

この考えに立てば,ある特定の選挙区の選挙違反事件で,『選挙無効』になる事はあるとしても,『公職選挙法の違憲』で,遡って『選挙無効』はないと思うのである.

その意味で,高裁の多くが『選挙法は違憲だが,選挙無効請求は棄却』とした事は,違憲性に疑義があるとしても,判決の在り方としては妥当していると思うのである.

この事を別の例で言えば,ある特定納税者への課税の問題で,『課税無効』になる事はあるとしても,『税法の違憲』で,遡って『課税無効』はないと思う.そんな事が起これば法社会は成り立たないのである.

さて,ここで,立法府の『一票の格差問題』への取り組みを振り返って見たい.

国会は過去に,度々定数是正を図って来た.最近では,自民党は昨年の民主党政権下で,小選挙区制度で規定されている格差2倍以内を守るべく,『0増5減』(人口の少ない地域の別枠の廃止,人口密集地の選挙区の人口平準化の為の行政区を超えた区割りの再編)をまず実現すべきだと主張して来た.

一方,民主党は政権の延命を意図して,連用制と称する不明朗な案を出し,自民党案を拒否して来たが,結局,当面の策として,昨年11月,解散直前で『0増5減』が成立した.しかし区割り法案が決まらないまま,12月の解散,総選挙に突入したのである.

政権についた自民党は,『0増5減』をもとに,区割審議会で新区割り案(いつの人口を使うのか不明)を作り,遅ればせながら,4月末をメドに衆院を通過させたい意向である.又,議員削減を含む,選挙制度の抜本改革は,この格差問題とは別に,慎重に各党協議を進めるとしているのである.

それに対し,野党は成立済みの『0増5減』を反故にし,一票の格差問題と議員削減問題を一体で議論すべきだと主張し始めたのである.(具体内容は不明)

高裁の判決をテコにした野党の開き直った主張は,夏の参院選を意識した政争に見える.昨年,民主党は一票の格差問題を解決しない事で,民主党政権の延命を図り,今度も,一体改革だと開き直って,参院選挙の政争の具にしようとしている感じがするのである.

以上,衆院選の話しだが,今年夏予定されている参院選も構造的な一票の格差問題がある.比例区は全国区であり,格差問題はないが,選挙区は都道府県単位であり,定数の調整をやっても,5倍位の格差は狭まらないのである.

島根県,鳥取県の選挙区を他県と合体(定数の減)をし,かつ,首都圏の定数を大きく増やさない限り,格差は5倍以下にはならないのである.

衆議院の『一人別枠方式』と同じ様に,都道府県単位の定数割り当て方式が大きな格差を生んでいるのだが,地方自治体優先か,一票の格差是正を優先するか,議論の分かれるところである.改めて,法のもとの平等とは何かの議論が必要である.いっそのこと,全国区一本にすれば,格差問題も,地方自治体優先問題もなくなるのだが.

この参院選挙の一票の格差是正対策は,まだ政治の土俵に上がっていない.又,弁護士グループが違憲訴訟を全国で起こすと思う.立法府はどうするのだろうか.

この様な動きに対し,感じる事を3点述べたい.

・まず一票の格差問題だが,

最高裁は『憲法14条の法の下に平等』は『参政権の保障』を規定しているのであって,選挙制度による格差問題は国会の裁量権に任せられているとして,選挙制度の違憲訴訟を退けてきた経緯がある.死に票が多く出る小選挙区制の議論の時に出た考え方だったと記憶している.

その後,今回の様に選挙制度の違憲判決が出たわけだが,改めて,法の下の平等とは何を持って言うのか,と言う問題を提起したのである.

この憲法第14条は選挙制度だけではなく,税制でも,裁判制度でも,社会保障でも,物差しが定まらない事から,幾らでも,この条文を掲げて,違憲訴訟が出来るのである.

しかし,裁判所によって,違う判決が出るような,曖昧な事を裁判所の裁量で判断させては,法社会の信頼が失われるのである.

そんなわけで,選挙制度の合憲・違憲の判断基準をどこに置くのか,一定の結論を求めたいと思うのである.

・又,議員数削減問題だが,

議員数の問題は代議政治の根幹の問題であり,前野田総理の言う,国会議員の身を切るコストカットの話ではないのである.又,単純に比例区の定数を減らす案が多いが,これも,安易な数合わせに感じる.そこに,代議政治の哲学が見えないのである.

・次に,選挙制度に関する,第三者機関への丸投げに対してだが.

必ずしも,良い案が出る保障もない.現在の選挙制度も,第三者機関で作られているが,それが違憲問題に発展しているのである.

ところで,最近,第三者機関にゆだねる問題が多くなっているが,議員のアリバイ作り,保身,あるいは能力不足,の為の様だが,第三者機関への丸投げは,民主主義,代議政治の空洞化を意味するのである.それなら,議員は極く少数で済む.いっその事,代議政治の看板を降ろし,第三者機関政治と言った方が分かり易いのである.

そんなわけで,せめて,民主主義の土台である選挙制度作りは国民の代表である政治家に作らせるべきである.真剣に自分達の利害と民主主義のあり方を葛藤させたいのである.それなくして民主主義は定着しないと思うのである.

ところで,諸外国の一票の格差問題への取り組みが気になるが,簡単に取りまとめてみた.

・ルールに長けた米国では上院は州の代表者で構成され,州毎の人口格差は問わない.下院は10年毎の国税調査をもとに,州の定数を割り振り,それを州内の選挙区に平等に割り振る,とされている.

・英国も10年毎の人口に応じて,選挙区,定数を見直す事になっている.島などは,人口が少なくても,議員を出せる特例もある.

・ドイツは選挙の都度,区割りと定数を見直すが,格差が2倍程度以内なら許容されると言う.比例区は開票後,投票数に応じて,各比例区への定数配分が決まる方法をとっている.

・フランスは原則は1.5倍以内になるよう,区割りや定数を調整している.イスラエルやオランダは全国区制をとっているので格差問題はない.

要するに,各国とも,選挙区の区割りと定数で格差が生じないように,原則を持って,常に維持管理されているのである.政党や政治家の思惑が入り,政争の道具になる日本とは大違いである.民主主義の歴史の差かもしれないのである.

もし日本での『選挙制度が違憲で選挙は無効』にでもなれば,世界の笑いものになるは必然である.それどころか,国家の信頼も日本の民主主義も,失墜するのである.

最後に,『法の下の平等』,『一票の格差』の問題について,『素朴な問題』を,まとめて列記しておきたい.

①『一票の重み』を図る方法を議論しているのか.

人口か,有権者数か,各当選者の得票数差か,比例区と選挙区の合計の定数比較か,死に票数か,その他の指標か・・)

②『法のもとで平等だ』と判断できる①の格差幅はどれくらいか.

国民,議員,裁判官の許容する格差幅が1倍か1.5倍以内か,2倍以内か,・・・

③選挙無効の選挙区は議員一人当たりの人口が少ない方か,多い方か.


④各高裁や最高裁の判決基準は何か.
.

違憲状態,違憲&選挙有効,違憲&選挙無効,等の判断基準は何か

⑤地方行政区準拠の区割りは『法のもとの平等』に反するのか.
.
都道府県の選出,行政区準拠の区割り,小人口選挙区への一人別枠付与,等

⑥『選挙無効』の判決での議員の失職時期はどうなるのか.

遡って失職,判決確定時失職,猶予期間をもって失職,のどれか

⑦『一票の格差』の判決を裁判所の裁量権に委ねてよいのか.

欧米の様に,国民のコンセンサスによる法律で対処すべではないか,司法に大きな裁量権を与えている法社会は法治国家,民主主義国家と言えるのか

等と疑問が湧くのである.民主主義の根幹を曖昧にしておいて,
司法の裁量権が幅を利かせて,『ちゃぶ台返し』するような国は,『法治国家』どころか『お代官様国家』と言った方がふさわしいのである.

そもそも,日本国憲法は『法のもとの平等』の様に理念的な条文が多い.しかし,その定義は極めて曖昧なままであり,その分,司法の裁量権が極めて大きいのである.

理念と現実のギャップを,『司法の裁量権』で埋める事は,日本の法社会は条文ではなく,裁量権で成り立っている事を意味する.まさに,お代官様国家なのである.

いろんな事象を想定して書かれているスポーツのルールやビジネスの契約書にたとえて言えば,日本流では,いろんな事象が別途協議となり,もめた時の決着は裁判所に委ねるのである.

いろんな事象が起こる前に,その処置を決めておくのが法治国家の法律とすれば,起こってから決着の仕方を考えるのは,間違いなく法治国家ではなく,お代官様国家なのである.

これでは,良くも悪くも,恣意的にお代官様の裁量権が使われる可能性が大きくなる.そこに,封建社会の残像と民主主義・法社会の未熟さを感じるのである.

この未熟さを乗り越える為に,日本は,『お代官様意識』や『曖昧の合理性』(曖昧にする事の方が,ハッキリさせるより,うまく事が運ぶ,とする日本独特の文化)から卒業しなければならないと思う.

時代の変化に,国内法が立ち遅れたり,海外との理論闘争に負けるのは,日本人の意識や文化が関係していると思うのである.

司法の裁量権が小さくなる方向で,哲学や法律がしっかり定義されない限り,日本の民主主義,法治社会は国民に定着しないと思う.『一票の格差問題』から,そんな事を連想するのである.

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