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2013.04.29

322 『憲法第96条』の改定論議への所見

日本国憲法は戦勝国米国側が草案したとの批判があるが,平和主義,主権在民,基本的人権,法の下の平等,等,当時の日本人では発想できない憲法であった事も事実である.

現在もそのコンセプトは生きているのだが,それを継承しつつ,自衛権行使の問題,統治機構改革の問題,或いはミスや誤訳の問題,等に対し,憲法を改定すべしとの主張が根強くある.しかし,憲法改定手続きが無い我が国では,66年間,憲法は凍結されているのである.

憲法問題については吉田茂の側近,白州次郎氏は回顧録で率直な所感を述べている(詳しくは当ブログNO267『今も続く白州次郎のプリンシプルの無い日本を参照)この中で,白州次郎氏は主権回復後,新憲法の制定(部分的改定ではなく全文見直し)が必要だと述べている.

白州氏が言う,全文見直しの理由は,米国流に細かな事を書きすぎる問題,翻訳口調の言葉使いの問題,二院制の問題,第9条の今後の問題,翻訳・記述ミスの問題,等があるからである.

第9条の問題で言えば,当時,米国は,日本の無力化と反共の為の米軍の日本駐留を決め,サンフランシスコ条約締結後,日米安保条約を締結したのである.一方,日本は米国の占領下で新憲法を公布し,戦後賠償の免除と軍事負担の回避によって,焦土から日本の復興が始まったのである.吉田茂に『戦争に負けたが外交で勝った』と言わしめ,後の高度成長に繋がっていくのである.

一方,戦後の中国,ソ連の台頭,朝鮮戦争勃発で,米国は日本の無力化に異論を唱え始めた.この様な情勢変化で,自衛隊が組織されたわけだが,白州氏は第9条を含めて,日本は今後どうすべきか,吉田茂の宿題ではあるが,早くも,この問題を提起したのである.

記述ミスの条文で言えば,憲法第67条(首班は国会議員),第68条(内閣構成員の半数は国会議員)がある.これによれば,参議院の議員が首班になっても,構成員の全員が参議院の議員でも,よい事になる.

これだと,内閣が参議院議員で構成されていた時,解散しても,内閣は議員辞職・選挙の洗礼を受けない事になる.これでは国民に内閣の信を問うた事にならないのである.

これは,衆参を区別していない国会議員と言う言葉が間違いだと,白州氏は指摘していたのである.

衆参の区別がない『国会議員』と言う言葉が他の条文にも出てくるが,米国の草案の名残だと言う.草案では『一院制』であり,議員は全て国会議員と記述されていたのである.ところが,日本側の要求で二院制に変更された時,修正漏れで『国会議員』が残ったと言うのである.なんとも,いい加減な話である.これだけでも,現憲法の見直し論が成り立つのである.

参議院の問題が現在でも問題にされるが,一院制の草案から,二院制に変わった時,参議院の在り方について,充分な検討がされなかった事が問題の震源地だとも感じるのである.

又,白州氏は,内閣に解散権がある規定がなく,吉田茂は,第7条(内閣の助言と承認による天皇の国事行為としての衆議院解散)を使って解散したのである.これも問題だと指摘しているのである.ちなみに現在でも『第7条解散』が続いているのである.

この様な白州氏の指摘も含めて,多くの見直し理由があるにもかかわらず,日本は憲法改定方法も決めずに,66年間,制定当時の憲法を凍結しているのである.日本人は,自分の憲法に対して,真面目なのか,不真面目なのか,良くわからなくなるのである.

そんな中で,まず,憲法改定内容の議論に先行して,『憲法第96条』の憲法改定発議条件を『3分の2』から『2分の1』に改定すべきだとの意見が自民党を中心に活発になってきた.国民から憲法改定を遠ざけてきた発議条件を緩和する事が狙いである.

特に,この夏の参院選挙で,これに賛成する勢力が『3分の2』になる可能性がある事から,にわかに,この意見がクローズアップしているのである.

ちなみに,第96条の条文は次の通りである.

『この憲法の改正は,各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会がこれを発議し,国民に提案して,その承認を得なければならない.この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において,その過半数の賛成を必要とする.』

既に,2009年5月の当ブログで,NO171『憲法第96条の問題を取り上げ,次のような問題提起をしていた.

先ず指摘した事は,この条文にあるように,3分の1の反対で憲法改定発議が出来なくなる点である.このハードルの高さが,憲法問題の思考を停止させたり,非現実的な無責任な議論を産んだり,何よりも,国民から憲法論議を遠避けて来たと問題を提起したのである.

又,さらに,96条のハードルの高さから,民主主義の最重要な機能である『憲法改定手続き』すら作らずに,今日に至っている事も指摘した.

2005年にやっと国民投票法が成立したが,検討課題が山ほどあり,具体的な憲法改定手続きは依然,出来ていないのである.現在も,民主主義の基本機能が欠落しているのだから,とても民主主義国家とは言えないと指摘したのである.

そこで,憲法改定手続きが未完な所をいくつか挙げてみた.

・まず成立した国民投票法であるが,『投票年齢引き下げ問題』や『公務員の政治活動問題』などが宿題になっているが,それ以外でも大きな課題が残っている.

・この国民投票法は『投票数の過半数で承認』となっているのだが,その根拠は96条の『その過半数の賛成』の『その』を『投票数』としている所から来ている.しかし,投票率の問題に触れていないのだから,『その』は国民(有権者数)を指しているとして,『有権者数の過半数の賛成』と解釈すべきだとの意見もある.96条の『その過半数』は『翻訳のミス』の可能性もある.

・もし『投票数の過半数』で憲法改定が承認されたとした時,改定反対論者から,違憲訴訟が起こるかもしれないのである.ましてや,投票率が50%を切る事にでもなれば,なおさらである.

『その』を『投票数』とするのか,『有権者』とするのか,又,投票期間や投票率の問題も国民投票前に,法的決着が必要なのである.この取り扱いが決まらないと,たとえミスの修正でも,現憲法下で修正できないのである.

・さらに,『国会発議』も『国民投票』も,『改定条文単位』に採決するのか,『新憲法一括』にするのか,の問題もある.改定案の出し方の問題とは言うものの,小刻みに出す事は現実的ではない.だとすると,『新憲法一括』となるのだが,国民は,あの改定には賛成だが,この改定には反対だ,となり,改定内容が多いほど,新憲法への賛否の判断が極めて困難になる.条文ごとに賛否を投票する方法を考えるべきか,悩ましい大きな問題である.66年間,一回も憲法改定国民投票をしてこなかった付けである.

『国民投票』と一口で言っても,『賛否の取り方』,『投票期間』,等,実施要綱は,まだまだ多くの問題があるように思うのである.

・さらに加えれば,66年間も憲法が改定されていないのだから,その間に,多くの法律が生まれている.憲法改定の内容にもよるが,それによって『膨大な法律・制度の見直し』が発生する.どう,これに対応するか,大きな課題なのである.

そんなわけで,まず,『憲法改定手続きの制度化』を急ぐべきであり,其のうえで,第96条改定問題や他の憲法改定論議を真剣にすべきだと主張したのである.『改定手続きのない憲法改定議論は無意味』と発信したのである.

現在の日本が自覚すべきは,66年間,『憲法改定手続きもなく』,『憲法改定経験もなく』,やっと,これから民主主義の根本の議論をすると言う,世界にも類を見ない民主主義の後進国だと言う事である.

吉田茂が『主権回復後の宿題』にした『憲法改定問題』を未だにやっていないのだから,主権国家とは言えないのかもしれない.こんな状況にあるにもかかわらず,憲法を66年間,一度も改定していない事を誇る有識者がいるが,憲法を改定する手段を持たない事で,失笑を買うのである.

現憲法の草案に関わった米国人が,未だに憲法改定どころか,憲法改定手続きが無い事に失笑どころか仰天していると言うのである.これに対し,護憲派の人は,憲法を変える必要がないから改定手続きも作らなかった,とでも言うのだろうか.憲法改定機能は民主主義の基本機能であり,護憲派のような自己中の言い訳はできないのである.

そんなわけで2009年5月,何が何でも『憲法改定手続きの制度化』を主張した.憲法には重要な条文が多くあるが,『第96条及び,これによる憲法改定手続き』は,民主主義の最も重要な法規であり,これを制度化する事に,まず取り組むべきだと主張していたのである.

やっと,この入り口の議論が始まりそうだが,現在の各論調について,私見を述べてみたい.

論調A:国会発議条件の3分の2は変える必要はない.

憲法は国の最高の法規であり,権力者を縛る法規である.従って,憲法改定発議のハードルは高い方が良いとする意見である.政治家や国民に判断はさせない,させたら危ない,と思っている節もある.どうやら主権在民を信頼していない様である.

この意見には,第9条を変えたくない護憲派の人が多い.この護憲派は『第9条改定反対』と言うに留まらず『憲法改定反対』と言うのである.従って,いかなる憲法改定も出来ないくらいハードルが高い方が良いとしているのである.勿論,憲法改定を不可能にする為に憲法改定手段など無い方が良いと内心望んでいる様にも感じるのである.だとすると,未来永劫,現憲法を変えないと言う主張になるのである.

こうなると,主権在民とか民主主義が手の届かない所に現憲法を位置づけ,『宗教の経典』の様に『誰も触れられない掟』にしたいと考えているのかもしれない.

一方,純粋に憲法改定内容とは無関係に,『3分の2』が良いとする意見もある.論としては成り立つと思うが,冒頭のような思考停止状態を招いている事に対する所見は聞こえて来ない.何よりも,憲法を変えるのは国民の判断であり,国会が国民の判断を遠ざけてはならないと思うのである.

論調B:国会発議のハードルを下げるべきだ(例えば2分の1に)

国会議員3分の1の反対で発議が出来なくなるのは,国民の議論を遠ざける事になる.そこで,憲法改定問題を国民的議論にする為に,国会発議のハードルを低くすべきだとする意見である.発議条件を下げる変わりに,国民投票による成立のハードルを高くすべきだとする意見もある.

この意見は論理として正しいと思うが,第9条改定論者や統治機構改革論者など,憲法を改定したい人が,その実現の為に,これを言うのは我田引水的で,折角の正論がねじ曲がる感じになる.これでは憲法改定させない為にハードルを上げる意見と同じ論法になる.

論調C:憲法改定内容を明らかにしてから国会発議条件の議論をすべきだ

憲法改定内容を隠して,ハードルを下げる話をするのは危険だ,との主張だと思うが,一見正論のように聞こえるが,それなら,いろんな改革案や将来の改定案までも明らかにしないと,発議条件の議論が出来ないと言う事になる.

発議条件と憲法改定論議は,意味も時間軸も全く違う次元の話しである.これを一緒に議論すべきだと言うのだから論理が成り立たなくなるのは当然である.それとも,憲法改定内容によって発議条件を考えるとでも言うのだろうか.これも,全く論理性・実現性がないのである.

どうやら,この論は,『憲法改定論議』を延々とやって,『発議条件の改定』も『憲法改定手続き』も『憲法改定』も先送りにしたいという,いつもの無責任体質の表れの様に思う.これを発言する人を見ると,自分の意見を持っていない,あるいは,自分の意見を言わない人,あるいは,批判してインテリを装う人,に多い感じがするのである.

論調D;憲法改定手続きの制度化を先行させ,その後,発議条件を緩和すべきだ

論調A,B,Cは発議条件と憲法問題がリンクした主張に見えるが,この論調Dは,憲法改定論議の有無に関係なく,国家の基本機能としての憲法改定手続きの制度化を先行させ,その上で,発議条件を2分の1にすべきだと言う論である.この論調は余り聞こえて来ないが,私論として追加した.

言うまでもなく,たとえ,今度の選挙で3分の2の賛成で,2分の1にする事が発議されても,憲法改定手続きが出来ていなければ,国民投票もできないのである.これで明らかなように,『改定手続きのない第96条改定論議も他の憲法改定論議も意味がない』と思うのである.従って,発議条件の緩和論議も,憲法改定手続きの制度化の後だと主張しているのである.

勿論,この先行案を取りつつ,発議条件を緩和すべきではない,との主張があるかもしれない.これも含めて,論調Dに含めた.

この『憲法改定手続き』について,その内容が余り聞こえて来ないが,実は,この手続き内容如何によっては,憲法改定のハードルの高さが左右されるのである.第96条を緩和しても,憲法改定のハードルが低くなる保障もないのである.それだけに,当然,大議論になる.それ故に,早く先行して決着すべきだと主張するのである.

残念ながら,憲法改定手続きの内容の重要性について,政治家,有識者の意識が低いように感じる.これも憲法改定など当分先の話だとして起こる『思考停止症状』なのかもしれない.

以上,各論調を挙げたが,一日でも早く民主主義の基本機能の欠落を解消し,憲法改定があり得ると言う緊迫した環境下で,真剣に,発議条件の議論や,憲法論議をすべきだとして,論調Dが正論だと思うのである.

最後に心配する事だが,現在のような憲法凍結状態は,解釈論を増幅させ,その結果,『日本や政権を亡ぼすのは刃物も,主張も,国民の支持も,いらぬ,違憲と言えばよい』となりかねない事である.

それをたくらむ人もいるかもしれないのである.そんなわけで,立憲主義,民主主義の土台としての『憲法改定手続き』を早期に制度化し,解釈論と違憲論に振り回される『顔の見えない社会』から脱出すべきだと強く思うのである.

政党の対応を聞いていると,憲法改定手続きもないのに,良くも勝手な事を言っていると感じるのである.『実現方法のない憲法論議』が政治思想論議,政党の綱領論議なら『党内』あるいは『議論好き仲間』で勝手にやってくれと言う感じになる.

政治課題として,責任を持った憲法論議をするなら,当然,現行憲法下で,『憲法改定方法』が決まっていなければならないのである.ルールの無い試合はあり得ないのである.従って,遅まきながら,『憲法改定のルール作り』を急ぐべきなのである.改定ルールのない『不毛な憲法論議』はもう終わりにしたいのである.

ハッキリ言いたいが『手続きより中身が大事だ』と言う政治家が多いと思うが,民主主義は『手続き(ルール)』が大事なのである.『中身』は政治情勢によって変わるし,それを反映する為に常に『手続き(ルール)』の存在が必要なのである.昨今の憲法論議でこの事を強く思うのである.

『そんなことも出来ていないの』と世界から笑われる国から早く脱出しなければならないのである.

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