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2013.05.24

324 続・『橋下氏の歴史認識』への異様なバッシング

直前のブログでも触れたが,有識者やマスコミは本人の発言を無視して,依然と橋下氏が『慰安婦は必要だと言った』として,橋下批判を繰り返しているのである.

そして,橋下氏が繰り返し言っている歴史認識問題への考え方について,なにも論評されていないまま,不思議な橋下バッシングが続いているのである.

政治家の,いろんな主張がある中で,橋下バッシングだけが異様な盛り上がり方をしているのである.何か『別の魂胆』を感じる.

ところで,5月13日の囲み取材のビデオから,私なりに理解した『橋下氏の歴史認識の考え方』を改めて要約してみた.

『敗戦をした日本は日本が侵略したとの他国の歴史認識を政治家としては受け入れざるを得ないと思う.』

『当時,慰安婦は多くの国で存在し,当時は必要だったと考えられていたと思う.』

『しかし,慰安婦の利用は女性蔑視,非人道的行為であり,慰安婦を利用していた日本はじめ,多くの国も,この非道を認めるべきだと思う.』

『慰安婦への軍の関与,加担があったとする河野談話は,事実に照らして,もっと正確にハッキリさせるべきだ』(他国の言う性奴隷国家であったのかどうか)

上記にあるように,橋下氏の慰安婦に関する歴史認識は前のブログでも書いたが,論客らしく,しっかりとした論理構造になっているのである.

【ステップ1】日本の侵略は政治家として容認せざるを得ない.
【ステップ2】当時,慰安婦はどの国でも存在し,必要だと考えられていた.
【ステップ3】慰安婦の存在は非人道的行為であり,日本はこの非を認めるべきだ.
【ステップ4】同時に,慰安婦の存在した多くの国もこの非を認めるべきだ
【ステップ5】日本軍の慰安婦強制の有無については,真実をはっきりさせるべきだ.

橋下氏が最も言いたい事は,『日本は軍の強制による性奴隷国家だった』との他国の吹聴に対して,それで良いのか,との問題提起だと思う.

この問題意識に立って,もっと正確に日本としての認識をハッキリすべきだ(河野談話の正確化)と言うのが橋下氏の提言なのである.その為に橋下氏は上記『5つのステップ』で歴史認識の問題をはっきりさせたいと主張しているのである.

反日感情を持つ人達にとっては,いまさら何を言うのかとの反感を持つと思うが,橋下氏が慰安婦問題をハッキリさせようと言う主張にバッシングする理由などないのである.

この論理展開を見れば【ステップ2】の事実をもとに【ステップ3】【ステップ4】の主張がリンクしている事がわかる.もし,マスコミが言うように慰安婦が必要だったと橋下氏が言ったとすれば,【ステップ3】【ステップ4】の主張に繋がらなくなるのである.

このロジック~見ても,『自身が慰安婦は必要だった』と言う分けがないのである.橋下氏がマスコミは文脈を理解していないと言う由縁である.

もうひとつ論理が組み込まれている.【ステップ4】と【ステップ5】を切り離しているところである.多くの国の慰安婦共通の問題と,日本固有の問題を切り離して,ハッキリしようと言うのである.これも【ステップ2】の認識と連動している.この議論なしに『日本は性奴隷国家だ』と言われる事はアンフェアーだと主張しているのである.

この様に,橋下氏の論理展開は,まさにデベートにおける劣勢からの切り返し論法である.『認めるところは認め,主張すべきところは争点化する』,と言う,兵法36計の手法でもある.

大人の対応と称して,穏便に,謙虚に,主張もしない,発信力も弱い,これまでの外交に一石を投じたかったのだと思う.『反論しなければ認める事になる』からである.

橋下氏が攻撃的論客と見えるのは,『反論の重要性』を知っているからだと思う.橋下氏に期待が寄せられるのも,そんな論客だからだと思う.

余談だが,橋下氏は『慰安婦問題は日本だけの問題ではない』と誰も言わなかった事を言った訳だが,私見で言えば,原爆投下,都市への爆撃,シベリヤ抑留,等『非人道的行為は慰安婦問題だけではない』と思ったりもするのである.

それとも,東京裁判であったように,現在においても,戦勝国の非人道的行為は一切,追求されないと言う事なのだろうか.だとすると,追求されるのは敗戦国だけとなる.国連の人権委員会もその為に存在している事になる.『勝てば官軍,負ければ賊軍』と言う事か.しかし,『人権と言う崇高な理念』は『戦争の勝敗を超えて存在している』と思うのだが.

ところで,この歴史認識問題には経緯がある.私なりの理解で述べてみたい.

サンフラン講和条約以降,中国,韓国は日本の侵略問題,慰安婦問題,領土・領海問題,靖国問題,等を理由にナショナリズムと一体となって反日運動を展開し,時として,内政問題の解決手段にも使っているのである.

そんな歴史問題に決着を図ろうと政府が動いた.

1993年(平成5年),慰安所や慰安婦に日本軍や官憲の関与,加担があったとする河野官房長官談話を発表し,当時の宮沢総理も謝罪の意を表明した.賠償は法的に決着済みであり,別の形を取りたいとしたのである.しかしその金は受け取られていない.

1995年(平成7年),戦後50周年記念日に村山総理は植民地支配と侵略を認めた上で,平和と繁栄を目指す日本を表明した.

しかし,この二つの声明は歴史認識問題を収束させるどころか,ますます反日感情や賠償問題に火をつけ,戦後の日本の謝罪外交も暗礁に乗り上げてしまったのである.

『相手の痛みを感じながら,謙虚な謝罪の気持ち』が歴史認識問題を解決に向かわせるとした日本的感情が通じなかったのである.逆にナショナリズムを補強してしまったのである.

韓国では慰安婦問題を大きな人権問題として取り上げ.日本を性奴隷国家だと世界に発信しているのである.米国議会及び国連は,これに賛同した形で,日本は謝罪と賠償をすべきだとの決議までしているのである.

一方,日本の調査の結果,慰安婦強制の証拠がないとして,河野談話を見直すべきだとの動きがある.間違った認識の『日本の性奴隷国家との汚名』を放置できないからである.

又,相手のナショナリズムに屈せず,歴史的事実や国際法によって,尖閣諸島,竹島,北方4島の帰属問題を決着すべきだ,との機運も盛り上がっている.今までの大人の対応と称した政府の曖昧な穏便な態度に,国民の不満も日増しに増大しているのである.

日本の多くの専門家や論客が歴史認識問題を議論しているのだが,依然として,政府の姿勢は,はっきりしていない.内閣が誕生する都度,河野談話,村山談話の確認や慰安婦問題,領土領海問題,靖国問題などの取り組みが問われるのである.それ程,ナーバスな問題として,日本の政治に覆いかぶさっているのである.

最近,韓国新大統領が米国議会演説で歴史認識問題に触れ,『歴史を直視しない者に未来は語れない』と.暗に『日本は竹島問題,慰安婦問題への正しい歴史認識が出来ていない』と言わんばかりに,日本を批判したのである.

私なら,オウム返しに,『ナショナリズムでゆがめられた歴史認識は対立を生むだけで未来を語れない』と,暗にナショナリズムにゆがめられた反日感情丸出しの韓国の歴史認識を批判したと思う.

しかしそうはならず,国内では河野談話,村山談話の問題に矛先が向かったのである.その中で,記者団の質問に答える形で,橋下氏は上記のような,『慰安婦問題への考え方』を述べたのである.

しかし,橋下氏の上記の主張に対し,『慰安婦は必要だったと言った』『慰安婦制度を正当化した』と騒ぐだけで,本人の主張の内容は全く無視されているのである.何か橋下個人バッシングだけが盛り上がったのである.

報道されているのは『慰安婦は必要だった』と言った事と【女性蔑視だ』と批判するだけである.橋下氏が何回も歴史認識の考え方を説明している事に対しても,言い訳をしている,言い逃れをしている,等と又批判するのである.挙げくに,テレビコメンテーターは橋下氏の主張は聞きたくないと公然と言うのである.

そんな姿勢が新聞の記事にハッキリ見えている.

橋下氏が必要だと言った慰安婦問題に対し,△△の批判が上がっている』とか,
当時は必要だったとした自身の発言に対し,××の抗議が起こっている』,とか,

慰安婦関連ニュースのつど,常套句のように,この『枕詞』をつけて報道しているのである.
橋下氏を『慰安婦を容認している人だ』との世論形成を狙った報道に見えるのである.

テレビが伝える街頭インタビューで,歴史認識の中身の事には触れず,単に『橋下は暴論を吐いた』との反応が多いのも,マスコミの影響の大きさを感じるのである.

そんな中で,共同通信だけは

橋下氏が慰安婦を容認していると誤報されたと言っている慰安婦の歴史認識に対し・・・』と客観的な報道姿勢でニュースを伝えているのである.

色のついた新聞各社にニュースを売っている立場ならばこそ,常に客観的な記事を書く事に努めている共同通信の日頃の姿勢が見えるのである.

新聞各紙が,どうしても,『慰安婦は必要だった』とする認識を批判したいなら,相手は橋下氏ではないのである.当時,必要だと考えていた国,軍,世論,なのである.

しかし,これではニュースにならない訳で,現場の記者,デスクとしては,文脈を無視して,『橋下氏が必要だと言ったと取れる事』に目を付けて,記事では『必要だと言った』と断定口調にしたと思うのである.その変化の背景に,『橋下氏への反感と復讐心』『話題作り』があったのではないかと想像するのである.

そんな報道が影響したのか,驚くことに,『慰安婦は必要だった』との報道が海外,国連にまで伝わって行ったのである.

驚く事に,これまでの韓国の情報戦が効いているのか,海外では,『日本には性奴隷を必要だったと言っている政治家がいる』,『日本は性奴隷を正当化しようとしている』,等と,韓国の一連の情報戦に拍車をかけるように伝わっているのである.

加えて,『日本は反省もしていないくせに,他の国にも,自身の非道を認めろと脅迫している』と受け取っている国もあるようである.

この反応は,人道は普遍的倫理であり『日本の問題だけではない』との橋下発言に,『敗戦国が偉そうなことを言うな』,『戦勝国の非道を暴こうとするのか』との心理のあらわれに感じるのである.その意味では橋下発言は戦勝国への強烈なメッセージになったのである.

そんなわけで,戦勝国は人道問題の矛先が,自国に向かわせない為に,マスコミの誤報に乗じて『日本たたき』,『橋下叩き』をしていると感じられるのである.考え過ぎだろうか.

5月23日の日経新聞社説に,相変わらず,おかしな主張があった.

趣旨は中国,韓国の歴史認識や領土領海への情報発信はすさまじい事から,日本も情報発信力を強化すべきだとしているのだが,二つ疑義がある.

一つは『橋下氏の慰安婦発言』が国内外の批判を浴び,国際的世論を日本の見方につける努力に『水を差しかねない』と言っている事である.

橋下氏の主張とは全く逆の『慰安婦必要論』を前提にした言い方である.本人の主張を無視した報道をしておいて,国内外の批判を浴びた責任を橋下氏にあるとするのだから無茶苦茶である.報道機関としてのマスコミにこそ責任があるのではないかと思う.

二つ目は『安倍総理の言う歴史認識は歴史家に委ねるとの考えを堅持して,対外発信の先頭に立って欲しい』と結んでいる事である.意味不明,理解不能の主張である.

主語が誰か不明だが,無理に理解しようとすれば,『歴史認識は歴史家の口を借りて対外発信せよ,政治家や国民は口を挟むな』となるのだが,それならそうとハッキリ言うべきである.しかし,ハッキリ言うと間違いが鮮明になるのだが,結局,はっきり言わないのである.

さらに,マスコミが言う『橋下氏の慰安婦必要論』(性奴隷必要論)は国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会にも飛び火したのである.

21,22の両日,ジュネーブで対日審査を行い,従軍慰安婦は必要だったとの日本維新の会共同代表,橋下徹大阪市長の発言に関し,日本政府の見解を求めたと言うのである.

日本政府側は,あれは誤報であって,橋下氏はむしろ『非人道的行為だとの認識だ』と説明するのかと思ったら,そうとは言わず,

『慰安婦問題は太平洋戦争での出来事で,1987年に発効した拷問禁止条約の対象にはなっていない.しかし,アジア諸国に多大な損害を与えたという事実を謙虚に受け止めている』

と説明したのである.外務省あたりの見解だと思うが,これでは,慰安婦問題を正面から受け止めていないと思われる.ましてや,政治家の中に慰安婦は必要だったと言った人がいるとなれば,日本は全く慰安婦について反省がないと受け止められても仕方が無いのである.

私なら,橋下発言報道は誤報だとした上で,橋下氏の発言を正確に伝え,其のうえで,今までの政府見解である『河野談話』『村山談話』を説明したと思う.

誤報を訂正しておかないと,結果として,日本には,まだ『慰安婦必要論が残っている』,そもそも日本は『やっぱり慰安婦問題から逃げている』との印象を世界に与える結果になるのである.誤報を訂正する事は国益に取って重大だと思うのである.

この様に今回の騒動の原因は本人が否定しているにもかかわらず,橋下氏が『慰安婦は必要だった』と言ったと執拗に報道した事にあると思う.橋下氏が最も言いたかった事をマスコミが伝えていれば,歴史認識問題への一つの意見として議論されたと思うのである.

以上のように,『異様なバッシング騒動』なのだが,ではどうして,こんな事になったのだろうか.

はっきり言っ今回の騒動は『橋下バッシング』,あるいは『これを材料にした日本バッシング』が目的だったとしか考えられないのである.バッシングしている人をみると,その事がはっきり見えて来るのである.その人とは,次の人達である.

①過去に橋下氏に論破された人
②日頃,橋下氏が嫌いな人
③テレビの視聴率や週刊誌売上を上げたい人
④橋下氏の思考・政策に反対の人
⑤橋下人気を引きづり降ろして,選挙を有利にしたい人
⑥慰安婦制度は女性蔑視,非道行為だと主張する人権派の人

⑦日本を強制による性奴隷国家だと主張し,謝罪と賠償を求めている人
⑧激しい反日運動をしている人
⑨歴史認識で『米中韓』の連携を強め,’日本はずし’をしたい人
⑩『日本政府の歴史認識』が『慰安婦必要論』より謙虚だと言いたい人

⑪『非道を行った国もそれを認めろ』との『橋下論法』を恐れる多国の人

上記人達にとって,マスコミ報道は格好の『飛んで火にいる夏の虫』になったのである.その人達は『橋下は許せない』と気勢をあげる事が出来たと,マスコミや橋下氏に感謝しているのかも知れない.

少なくても有識者・政治家は自分の考え方を述べた上で批判すべきである.考えがなければ,それを言って批判すべきである.あたかも,自分の考えがあるように見せかけて批判するのは顕示欲,大衆迎合,だけの人である.議論する資格もないし,国際的なデベートなど出来るわけが無いのである.

そんなわけで,『攻撃的理論家』の橋下氏は,このよう多くの権謀術数や魑魅魍魎で生きている人達と戦う事になるのだが,持ち前の発信力で堂々と戦って欲しいと思う.決して,支持を失うから戦いを止める人ではないと思うが,組織もそうならないよう支えるべきだと思うのである.

歴史認識は個人ごとに違うと言う事で,党としてまとまらないとの意見もある.しかし歴代の内閣の曖昧さを指摘しているのだから,是非,維新として歴史認識問題の考え方を,まとめ上げるべきだと思う.国家像とも関わる問題であり,将来に引きずってはならない問題だからである.特に『自立』が維新の理念とするならばこそ,歴史認識問題を避けて通ってはダメだと思うのである.

そこで,既に述べている事であるが橋下氏には,

『歴史を直視しない者は未来を語れない』に『ナショナリズムにゆがめられた歴史認識は対立を生むだけで,未来を語れない』事も加えて,橋下氏の言う『フェアーな論理』に期待したいのである.

以上,2回に分けて橋下バッシングの異様さを述べたが,多分,反論も多くあると思う.ただ私が一番言いたかった事は次の3点である.

①日本政府は河野談話,村山談話の継承,しかし,賠償問題は決着済,との日本の姿勢が残念ながら,歴史認識問題の決着に繋がっていない.それどころか,歴史認識問題をナショナリズムとリンクさせて日本バッシングを加速している国があるのである.

これとどう対峙して行くのか.橋下氏の問題提起を待つまでも無く,政府は答える必要がある.曖昧な対応ではもはや世界に通用しないのである.

どうやら日本は慰安婦の歴史認識問題でも,憲法9条問題でも,領土領海問題でも,靖国問題でも,白州氏の言う『プリンシプル』をしっかり確立しないと国際政治の中で生きていけない所に来たと思う.

②マスコミは,客観的な報道と主観的な主張を区別すべきである.『主観にもとづく報道』は『世論誘導』になる.『国民の知る権利』を奪う事になる.

よく新聞社の論説経験者がテレビのコメンテーターとして登場するが,『主観に基づく報道』をしている,これは世に言う『ステルス・マーケテング』と言う『世論誘導手法』であり,『禁じ手』なのである.そんな事は知らないのだろうか.米国では違法行為になるのである.

報道バライティ番組が盛んになり,視聴率競争の中で,キャスター,コメンティターと称する人達が不見識をさらしながら,正義の覇者になった気分で,主観と客観をごっちゃにして『批判報道』『スキャンダル報道』をしている事が気になるのである.国民は懸命だと言うものの,それに影響される人も多いのである.

新聞も客観的であるべき報道に主観が混ざっている様に思う.客観を標榜しながら主観で世論操作をしているように見えるのである.

これでは,マスコミはツイッターヤブログと同じ程度になる.見識あるマスコミを期待する事はもはや,無駄な期待なのだろうか.

③最後に,橋下バッシングや世界のブーイングは橋下氏に原因があるとは思わないが,余りのバッシングで,歴史認識問題を口にすれば『唇寒し』の風潮が漂っている事が心配である.名だたる論客も口をつぐんでいる.『日本だけ黙って,他国が騒ぐ』,事になりそうで,大いに心配するのである.

そこで,橋下氏の提案も一つの案として,『歴史認識のフェアーな議論を深めるのか』,どの国がなんと言っても,『ナショナリズムにゆがめられた歴史認識の議論はしない,未来志向あるのみ』,とするのか,『日本のプリンシプル』を決める必要があると思うのである.

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2013.05.19

323 『橋下氏の歴史認識』への異様なバッシング

日本の慰安婦問題が国際的な広がりを強めている中で,記者の質問に答える形で,橋下氏は慰安婦の歴史認識に関する考え方を述べた.その中で,『戦時中の慰安婦は必要だった』と発言をしたとして,国会議員もマスコミも,評論家も一斉に『橋下バッシング』を繰り広げた.バッシングする人の中に,慰安婦を黙認していた人もいたかもしれない.それくらい,橋下バッシング一色になったのである.

勿論,橋下氏はそんな発言はしていないと反撃に出た.

ビデオで確認すと,問題になった発言はこうである.

『日本の侵略行為は敗戦を受け止めて,政治家として認めるべきだ.慰安婦については,当時,世界のどの国でも存在していたが,良い事ではないが,当時としては,慰安婦が必要だったからだと思う.・・・・・・・銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて行くときに,どこかで休息させてあげようと思ったら,慰安婦制度は必要なのは誰だって分かる』

マスコミは橋下氏が必要だと言ったとする根拠を示していないが,前段を言わず,『銃弾が・・・誰だって分かる』とした部分だけ取り上げて言っているようである.テレビでこの部分だけ報道している事でわかる.

もし,マスコミが言うように,橋下氏自身が慰安婦が必要だったと言っていたら,彼の論理展開がおかしくなる.従って論理展開からして,そんな事を言うわけが無いと思うのである.この文脈で言っている事は【当時,軍が慰安婦を必要としていた】ことである.従って自身の認識を言う必要性がないのである.

具体的に,彼の論理展開から『言うわけが無いと言う理由』を挙げてみたい.まず,彼の論理展開であるが次の5ステップで構成されている.

【ステップ1】
日本の侵略を容認せざるを得ない(村山談話と同じ)

【ステップ2】
日本初め多くの国・軍で慰安婦が存在していた事は,慰安婦を必要としていたからではないか.(当時の国・軍の認識)
【ステップ3】
(そんな当時の認識に対し)慰安婦の利用は女性に対する非道な行為であり,日本は,その非道を認めるべきだ.(自分の主張)
【ステップ4】
同時に慰安婦の存在した国も,この非道を認めるべきだ(自分の主張)
【ステップ5】
日本の軍の強制があったとする河野談話は事実にもとづいてはっきりさせるべきだ.(自分の主張)

この論理展開を見れば,自身が必要だったと言うはずがない事が明白である.

すなわち【ステップ2】の事実と【ステップ3】【ステップ4】の主張がリンクしている.マスコミが言うように【ステップ2】が自身の見解だとすれば,【ステップ3】【ステップ4】に繋がらなくなるのである.橋下氏がマスコミが文脈を捉えて報道していないと言う理由がここにあると思う.

この論理展開にもう一つ特徴がある.【どの国でもあった慰安婦問題(ステップ4)】と【日本独自の問題(ステップ5)】を分けて,議論すべきだと主張しているところである.慰安婦問題を一括りにした議論は間違いだと言うのである.それも『ステップ2】と連動しているのである.

このように,従来の慰安婦議論にはない論理展開を提案しているのである.

残念ながら,上記の橋下氏の考え方を伝え,論評している報道はほとんどない.橋下氏が否定しているにも関わらず,自身が『慰安婦は必要だった』と言った事に執着して彼の批判を繰り返すだけなのである.

なにか『変である』.批判者は,

・当時の軍が,『慰安婦は必要だった』との認識がなかったと言うのか.
・慰安婦が存在した国の事は言及するなと言うのか,
・河野談話,村山談話以外に『余計なことを言うな』と言うのか.
・『性奴隷国家だった』事を認めて謝罪と個人賠償をすべきだと言うのか.
・ただ橋下氏をバッシングが出来ればよい,と言うのか

とにかく,橋下バッシングばかりで,中身の批判がないのである.慰安婦問題への日本の主張がはっきりしていない事への苛立ちが橋下氏のみならず多くの国民の心境にあると思うが,なぜか本論から外れたゴシップ程度の批判に終始しているのである.

このような現象がこれまでも多くあった.

中央集権問題,大阪都構想問題,あるいは財政再建問題,公務員改革問題,教育委員会問題,体罰問題,或いは橋下氏への侮辱報道問題,等に対する橋下発言に多くの批判があった.しかし,本質をついた発言をしていた橋下氏に対案の無い批判ばかりであったのである.今回も同じ現象に見えるのである.

私の見るところ,橋下氏は『権謀術数を嫌う攻撃的理論家』である.橋下氏の論理は,デベートで言えば,『相手の主張を受け入れる所』と『,相手を攻撃する所』をわきまえて論理が組み立てられているのである.弁護士で培った交渉力かもしれない.

どうやら専門家もマスコミも政治家も総じてデベート力が劣っている事が橋下氏と議論がかみ合わない原因かも知れないのである.

余談だが,橋下氏は『兵法38計』の中の『別の物を批判して間接的に敵を批判する』兵法をとっているのかも知れない.ちなみに,この兵法の中に,『遠い国と結んで,近くの国を攻める』と言うのがある.韓国,中国は,この兵法を採用しているのかもしれない.

もうひとつ,大きな騒動に発展した橋下氏の発言がある.

それは,沖縄米軍に『風俗利用を勧めた』事である.国内も国外も,風俗と言う言葉が買春を意味するとして,『買春を勧めた人』,となったのである.

橋下氏は日本の合法的な風俗の事を言ったつもりが,曲解されてしまった事に謝罪したのだが,沖縄米軍の非人道行為(レイプ)の防止を要請した事が真意であり,兵士と性の問題を真剣に考えて欲しいとの願いは変えていないと言うのである.

私見だが,米国が曲解してまで,橋下氏を批判するのは橋下氏のこの発言だけではないと思う.橋下氏の『お前達もやっていたではないか,自らの非道も反省しろ』が,戦勝国にとって極めて厳しい発言であり,その発言を封じ込めたい狙いがあるのではないかと,ふと思ったのである.

橋下氏は言及していないが,人権を切り口にした歴史認識問題で,橋下流の『お前達もやっていたではないか』との論法がまかり通ると,原爆投下や空爆等の無差別攻撃,ソ連の日本侵攻やシベリヤ抑留,あるいは列強の植民地政策,など,『東京裁判で問われなかった非人道的行為』にまで話が及ぶ可能性がある.これは戦勝国にとって恐ろしい論法なのである.

だとすると,戦勝国に批判の矛先が来ないように,中国,韓国の歴史認識と同じように,先の戦争は日本の侵略である,又,日本は慰安婦を利用しながら,軍の強制によって性奴隷を作った非道な国である,とした方が都合がよく,その為にも,橋下論法を封じ込めたいのかも知れないのである..

だとしたら,現在の『日米韓』が歴史認識で『中米韓』になるかもしれないのである.日本と戦ったアメリカが中国,韓国と歴史認識を共有する事は不思議ではないし,中国,韓国の反日感情から見ても好ましい形になるのである.

先日米国議会で韓国新大統領の演説行われた.その中で,『歴史を直視しない者は未来を語れない』と暗に日本を非難し,議会の喝采を浴びた.『中米韓』の構図を感じさせられた瞬間である.この発言に多くの日本国民は複雑な心境になったと思う.

この韓国大統領の発言に対し,阿倍総理が侵略の定義がはっきりしてないと述べたり,歴史認識に対する村山談話,河野談話の継承賛否が問題になったりした.橋下氏の歴史認識の発言も,この様な背景の中で行われたのである.

私見によれば,韓国大統領は『考え方』を述べているのだから,その『考え方』について言及すればよかったと思う.私ならこんな風に反応する.

韓国大統領の発言は,『事実に基づく歴史認識』ならその通りだ.但し,『ナショナリズムでゆがめられた歴史認識では未来を語れない』,『ナショナリズムでゆがめられた歴史認識では,いつまでも対立が続く』,それなら,『未来認識に向けた努力の方が建設的だ』と.

こんな風に,暗に韓国・中国を非難すればよいのである.この方がもっと大きな真理を述べた事になり,大きな喝采を浴びると思うのだが.

この私の考えは,次のエピソードを見ても当てはまる.

韓国人に日本の著名人を聞くと,韓国を併合した『伊藤博文』を挙げると言う.思考がそこで止まっている感じである.併合後の韓国の国作り支援,戦後の韓国復興支援など,『ナショナリズムと連動した歴史認識』では,そんな歴史的事実は抹殺されるのである.

一方,日本人に韓国の著名人を聞くと,俳優の『ペヨンジュ』を挙げると言う.こちらの方は歴史認識がされていないと非難されると思うが,反面,最も大事な相互コミュニケーションが生まれ,未来認識が共有できそうに感じるのである.どうだろうか.

最後に,新聞,テレビのコメンテーター,政治家,政党,の振る舞いへの指摘である.

まず,多くの新聞は本人の主張を無視して,常套句のように,『慰安婦を必要だったとした橋下氏の発言について○○の批判が起こっている,△△の抗議が起こっている』と繰り返し,橋下氏が悪者であるかのような枕詞を付けて報道しているのである.

これは明らかに客観の振りをして主観を言う世論誘導であり,マスコミにあるまじき言動だと思うのである.最近,客観性に主観を混ぜた『批判報道』が多いように思う.

言論人として主観を述べたいなら,自身の歴史認識の考えを述べたうえで批判すべきである.それが定まっていないなら,客観報道に徹するべきなのである.

テレビのコメンテーターも,人権擁護の活動家も,女性の政治家も,橋下氏が慰安婦を容認したとして,人権無視も甚だしい人として,怒りの火の手を上げているが,何か余りにも我田引水的に橋下発言を利用して自身の顕示欲を発揮しているだけに見えるのである.

政治家,政党の反応もおかしい.彼らの言動は自身の歴史認識との比較をするわけでもなく,マスコミや有識者のバッシング機運に乗じて,選挙を有利にしたいだけに見えるのである.だから,橋下は暴言を吐いた,慰安婦を必要だと言った,買春を米国軍に勧めた,橋下氏は右翼だ,などと,我田引水的に,韓国や中国のような批判をするのである.

実に自己中な言動が多く,深刻な歴史認識を論じる資格も,国益を考える資格もない政治家に見えるのである.権謀術数で行動する人は,自身が支離滅裂にっている事を知らないのだろうか.そんなことは平気なのだろうか.

ただ,維新の支持率が落ちて,自分達の支持率が上がれば,それで大満足なのだろうか.そんな姿勢は国民に透けて見えている事を知らないのだろうか.

以上,今回の『バッシング騒動の変なところ』を感じたままに述べた.率直に言って,『異様な橋下バッシング劇』を見せられた感じである.

そなわけで,何故,こんな事になったのか,次のブログで考えてみたい.

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