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2013.09.18

334 いつもの『水害シーン』 を見て思う事

祝祭日の9月15日(日)から16日(月)にかけて,雨台風18号が,ゆっくり日本を縦断し,次々と各地に水害や土砂崩れを引き起こした.

テレビは,いつもそうだが,大雨が水害の原因だと言わんばかりに,降雨量や,気象状況を繰り返し報道していた.そんな報道に対し,水害の原因は必ずしも『大雨のせいだけではない』と思って見ていた.そこで,大雨以外に考えられる原因をいくつか挙げてみた.

・夏の大雨で満タンのダムが決壊する事を恐れて放流した
・町全体の遊水対策(田畑,山間部,の貯水など)がなかった.
・地下街,地下鉄,地下駐車場などに,遊水設備がなかった.
・水害や土砂崩れのリスクが高い場所の防災対策が不十分であった.

・支流や大きな河川の合流地点の水害防止対策が不十分であった.
・大雨予想に対する水害軽減対応が出来ていなかった.
・長い間に,山,ダム,川などの
治水力が弱くなっていた.

これらの事が放置されると何回でも水害が起こるのである.今回の全国の水害も,これに当てはまる事があったのではないかと思う.いくつか気になる事をコメントしたい.

『遊水対策』をもっと考えるべきである.

『遊水』とは,洪水時に,河川から水を流入させて一時的に貯留し,流量の調節を行う事を言う.その為に,遊水地として池・湖沼.あるいは,同様の目的で使う空き地・原野等が事前に設定されている.

この遊水地を設けて,洪水を防止している事は多いと思う.又,結果的に遊水地が出来て大きな洪水を防いだケースもある.たとえば,
堤防が決壊したが,それで,反対側の街が救われたケース,広大な河川敷や田畑が自然に遊水機能を発揮して,洪水を防いだケース、緊急の策として,遊水地を決め,洪水を防いだケース,等である.

そこで,改めて,『遊水地を設ける事』と『緊急時の策として遊水地を決められる制度』の検討が必要だと思う.特に後者は犠牲が伴うわけだが,多くの命や財産を救う為に,議論しておくべきテーマだと思う.

水害の原因になるダムの放流』に対策が必要である.

夏場のダムは渇水対策で水を満タンにしている.そこに大雨が降ると,ダムが決壊する恐れが発生する.そこで,放流せざるを得なくなる.この放流と大雨が重なって,洪水を起こすのである.水系にいくつかのダムがあれば,被害は大きくなる.夏場に水害が多いのは、これが関係していると思うのである.ただ,これが明るみに出る事は少ない.

ダムの放流と水害の因果関係の検証が難しい事もあるが,責任問題や賠償問題が発生するからである.今回もダムの放流があったと思うが,過去の全国の水害も含めて,因果関係について徹底解明と対処が必要だと思う.そうしないと,何回でも繰り返すことになるのである.

水系全体の治水力が弱くなっている事もあり,総点検が必要である.

長い間に,山林の荒廃,丘陵地帯の大開発,ダムや川の土砂の蓄積,コンクリートによる護岸化,など,激流が発生し安くなったり,水系全体で貯水能力が落ちている事はないか,本流から支流に逆流する事はないか,合流地点の水位が高くなって,氾濫することはないか、など気になる.専門家が常に留意している事だと思うが,長期にわたる変化であり,見逃される事が心配である.

自然景観か防災か』の議論は,もっと水系全体で考えるべきである.

京都嵐山は自然景観が素晴らしい名勝地である.水害の映像を見る限り,渡月橋は華奢な感じで,今にも崩壊する感じであったが,意外と頑丈に作られていた橋だったのである.

一方,桂川沿岸の旅館やレストランや,みやげ物店には濁流が流れ込んだ.景観重視の結果である.秋の観光シーズンの直前で大打撃である.ただ,渡月橋が倒壊しなかった事が嵐山地域にとっては,せめてもの救いであったと思う.

この『景観か防災か』の問題であるが、それを両立させる方法は、京都で言えば,桂川,鴨川,瀬田川,宇治川,木津川の上流から下流に至る,『淀川水系全体』で,冒頭の様な問題がないか見直し,対策を講じる事だと思う.それによって、自然景勝地が守れると思うのである.嵐山地域だけで『景観か防災か』の議論は『両立できない議論』をするだけである.

こんな,ささやかな取り組み例もある.

ある地域で,各家庭に1トンの雨水を溜める水槽があると言う.1000軒で1000トンの水が溜まる.言うなれば,地域で1000トンの治水・利水ダム,あるいは遊水場所を持っているようなものである.小さな事かもしれないが,これで,街の水路が溢れる事を防いだり,たまった水は防火や用水に使われるのだと言う.治水,利水の原点を見る思いである.

水害は地震等と決定的に違う災害だという事を再認識すべきである.

水害は『発生場所と発生条件』がはっきりしている災害である.その意味で,水害は『防げる,あるいは軽減できる』災害である.極端な言い方をすれば『水害リスクの高い所から移転する事も含めて,論理的には防ぐ事のできる』災害であり,その意味で,『水害は人災』なのである.

この事は,『発生した原因』の面でも、『防災』の面でも、『ハザードマップによる警報や避難』の面でも、『責任と賠償』の面,でも,『防災の見直しや改善』の面でも,地震・津波や竜巻等と全く違うのである.

日本は世界に冠たる『治水・利水国家』である.

日本国土は,背骨のように横たわる山,山の水を海まで運ぶ多くの河,その河が作るわずかな平野で出来ている.毎年,台風に見舞われる国土ではあるが,四季と言う自然の営みによる豊かで,美しい,国土でもある.

そんな自然の中で,日本は,『治水・利水事業』『土地改良事業』,あるいは,海岸部の『埋め立て事業』によって,穀倉地帯,工業地帯,を作り,道路・鉄道・新幹線・高速道路によって都市を形成してきた.

日本の国土は欧米に比べて10倍の工事費用がかかると言われている厳しい地形ばかりではあるが,日本は世界に誇れる『治水・利水・土地開拓・国家』なのである.

それでも,充分な安全が確保できているわけではないが,確実に水害を減らして来たのである.今後も,治水・利水国家としては,『予想を超える大雨が降ったから』と,済ますわけには行かないのである.

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2013.09.14

333 モバイル情報ネット社会への変化

スマートホン,タブレットによる、『モバイル情報ネット社会)』が第二段階を迎えた中で,その変化を整理してみた.

1.モバイル端末メーカー

2013年第2四半期で世界のスマホ出荷台数はIDC調べによると,2億3000万台(150%伸張)である.メーカー別で見ると,サムスン(30%),アップル(13%),LG(5%),レノボ(5%),だと言う.サムソンの躍進が顕著だと言う.

2012年度の日本国内携帯電話出荷台数は4281万台であり,そのうちスマホ台数は71%で2972万台(昨対123%の伸張)だと言う.メーカー別で見ると,アップル(35%,1066万台),富士通(13%,387万台),ソニー(12%,363万台),シャープ(11%,253万台),NEC(5%,134万台)である.

日本ではサムスン(galaxy)がまったく売れていない.ほとんどがアップルと言ってよい.一方,依然として,ガラ系の携帯電話が1209万台,出荷されているのである.

2012年のマメリカにおけるプラットホーム(OS)の比率は,Google・Android(51%),Apple・iOS(44%),Microsoft・windows(4%)である.Google・AndroidはApple・Iphone対抗で,サムスン始め多くのメーカーに供給されているのである.

このように,世界のモバイル端末は,『通信系の携帯電話(通信屋の作った端末)』から『米IT系の汎用モバイル端末(パソコン屋が作った端末)』に完全に移ったのである.世界シェアー40%を誇ったノキア(フィンランド)は Microsoftに買収され,次のMicrosoftモバイル戦略に組こまれる事になったのである.

日本においても,ドコモと国内メーカが護送船団でガラ系の携帯電話を広めてきたが,ソフトバンク,auによるiphone 旋風で,ドコモは350万の顧客を失い,いよいよドコモもiphoneを取り扱う決断をしたのである.これから、キャリア間の競争に焦点が移る.

これによって護送船団が崩れ国内メーカーの勢力図が大きく変わる.その中で,ソニーはカメラ、画像技術で世界市場に打って出ると言う.富士通は高齢者にフォーカスし,一定の市場を狙う.

そんなわけで,世界的には,AndoroidからtizenへのOSシフトを予定している『サムスン』,価格ライン細分化で対応する『アップル』,ノキアとの戦略を進める『マイクロソフト)』、の3グループによる、第2ラウンドの戦いが始まる.これに『レノボ』や『ソニー』が参戦して,モバイル端末の『低価格化・差別化競争』と通信網の『キャリア間競争』が繰りひろげられる事になる.

一方,かつての,レガシーコンピュータ,パソコンと同じように,モバイル端末は『ハードからソフト』に主戦場が移ると思う.基本ソフト,ミドルソフトの『アップル,グーグル,マシクロソフト』の御三家を中心に,アプリ競争,クラウドサービス競争が激しくなる.これに,アマゾンも,ソフトバンクも,サムソンも,世界のソフト事業者も,クラウド事業者も,参入すると思うのである.モバイル情報ネット社会は多くの参入者で急速に発展すると思うのである.

2.パソコンメーカー

2013年第一四半期の出荷台数は11%減の7563万台,5期連続の減少である.メーカー別で見ると,中国Lenovo(17%),HP(16%),dell(12%),台湾acer(8%),台湾asus(6%),であった.2015年にはタブレットがPCを台数で超える予想もある.

そんな中で,かつて,世界一のパソコンメーカーだったDellはパソコンでは中国や韓国に押され,その上で,スマホやタブレットに乗り遅れ,ITサービスやサーバーなど企業向けで収益の拡大を図るも,クラウドの普及で,様相が変わってしまったのである.結局,MBO(経営人の自社買収)で上場を廃止し,大胆な改革を図る事にしたのである.

中国のlenovoはパソコンでトップに立ったが,2016年めどに,スマホとタブレットを社内比14%から50%に引き上げて,パソコンと並ぶ柱にすると言う.

その為に,スマホ新製品を50種類(1万円~5万円)品揃えし,新興国を中心に市場開拓をすると言うのである.勿論,ドコモにも取り扱い交渉をしていると言う.タブレットも企業向けの上級機種から1万円程度の低価格機種を揃えて,アップルなどと対抗すると言う.そして,パソコン・スマホ・タブレットを合わせて世界一を目指すとしているのである.

サムソン,アップル,マイクロイソフト,のモバイル端末競争にレノボが参戦する事になる.

3. プロバイダー業界

プロバイダー(通信接続事業者)は通信網を持った『第一種通信事業者』と,ここから網を借りて接続事業をやる『第2種通信事業者』がある.ところが,この業界にも大きな変化が起こっている.

モバイル端末と無線通信使用をセットで販売している第一種通信事業者は寡占状態ではあるが,激しい競争をしながら事業が拡大している.一方,有線回線による接続サービスをしてきた第2種通信事業者の事業は激減傾向にあるのである.

今後は,『第一種通信事業者』と多くの『クラウドサービス事業者』(アプリケーション処理サービス事業者)で構成されて行くと思う.ただし,第2種通信事業者と光通信で接続している利用者も多く残るはずであり,第2種通信事業者の行く末が問題になると思うのである.

4. モバイル情報ネット社会

ネットワーク技術や半導体技術の飛躍的向上によって,ネットワーク網やモバイル端末が革新し,その利用者の拡大によって,早くから言われてきた『いつでも,どこでものユビキタス時代』が現実になって来たのである.

従来から言われてきた『情報ネット社会』が,一人一人への『汎用モバイル端末』の普及によって、近年には『40億人』とも言われる個人が利用する,『モバイル情報ネット社会』が形成されるのである.

従来と比べ物にならない利用者数,アプリケーション数,情報量,サービスプロバイダー数,がこのネット社会に出現するのである.思い返せば、『通信の自由化』,『通信網とデータ網の融合』と叫んでいた時代,今日の姿を誰が想像しただろうか.

この『モバイル情報ネット社会』は言うまでもなく,『パソコン』から『汎用のモバイル端末』にシフトするだけではなく,あらゆる分野に大きな影響を与えて行くのである.いくつかピックアップしてみたい.

企業では,社員の汎用モンバイル端末と連動した企業内情報システムが構築され,更なる効率化、スピードアップが図られる.同時に,情報設備は自営からアウトソーシング(プライベートクラウド化)にシフトする.企業は情報設備やネットワークから解放される事になるのである.

従って,企業向けクラウドコンピューテングサービス事業者が急速に拡大して行くと思う.ただし,サーバー設備が必ずしも国内にあるとは限らず,むしろ,海外に設置される方が多くなるかも知れないのである.

この『汎用モバイル端末と連動した企業情報システム』は従来の『業務システムのモバイル化』にとどまる事なく,『システムによる新事業開発』に焦点が移ると思うのである.高度成長の頃,『戦略的情報システム』が叫ばれたが,新たなネット環境の中で,改めて,『企業情報戦略』が問われて来ると思うのである.

又、『ネット販売ビジネス』,音楽や電子書籍等の『ネット配信ビジネ』,等の,いわゆる『無店舗系ビジネス』はモバイル端末の普及とともに,市場は確実に拡大して行く.国内ネット販売(BtoC)は数年間で10兆円から20兆円くらいまで拡大すると思われる.勿論、海外との売買も急速に拡大すると思う.消費税の節税も、これを後しすると思う.

ネット販売の拡大で起こる,いくつかの現象を上げてみたい.

・ネット販売による価格破壊が起こる.
小売業のネット販売拡大で,同じ商品が,店頭とネットで扱われるようになる.そうすると,小売業全体で,店頭がショールームになって,買うのはネットで,あるいは,ネットで探して,店頭で買う,となる.結局,安い方で購入する事になるのだが.今でも,ネット価格はきわめて安い事を考えれば,店頭もこの価格に合わされて行くのである.かくして,小売業全体に価格破壊が起こり,企業の淘汰が始まると思うのである.

・大手小売グループの全商品がネットで買えるようになる.
上記現象も踏まえて,グループ内の百貨店,チェーンストー,専門店,コンビニ,が,マーケテング,商品管理,価格,物流,決済,購入ポイント,等を一体化して,顧客の囲い込み,顧客の利便性向上,を展開して行くと思う.

・ネット販売代行サイトの競争が激化する.
大手ネット販売代行業者は出展費用,販売ロイヤリティ,広告料,等を得て,ネット販売サイトを運営している.勿論,海外展開もしている.全国の中小企業がネット販売をする事に,大いに貢献して来たと思う.
ただ,年々,出展企業確保の競争が激化し,出展費用やロイヤリティの低料金化が起こると思う.又,自営直販サイトの拡大と共に,このサイトとの競合が激化し,代行業に止まらず,自社仕入商品のネット販売も手がけるようになると思う.当然,物流,商品管理,事業リスクも負う事になる.

このように,小売業界は大きな転換期を迎えるのである.飲食業やサービス業もネット活用なくして成り立たなくなる.サイトによる宣伝だけでなく,積極的なダイレクトマーケテングやタイムサービス等も必要になると思う.

『モバイル情報ネット社会』は人間のコミュニケーションにも大きな影響を与える.端末がテレビカメラになり,簡単に実況放送が可能になる.個人あるいはグループ間では動画によるフェースtoフェースに近いコミュニケーションが当たり前になる.

教育分野にも大きな影響を与える.子供のモバイル端末の保有,電子教材の活用,勉強や授業の仕方の変化,等である.社会実験の要素もあるが,すでに,その取り組みが始まっている.

個人用のデータ、資料,書物,等も,モバイル端末、あるいは,クラウドに蓄積され、膨大な情報が体の一部のように,いつも参照可能になる.個人の医療情報も当然考えられる.勿論,これらの個人情報はセキュリティで保護される.さらに、個人用のアプリケーションも世界規模の市場を相手に開発される.

さらに言えば,『モバイル情報ネット』は『リモート制御』を可能にする.制御する方は『いつでも,どこからでも』、あるいは、制御される方も 『いつでも、どこにいても』 制御可能になる.

この様に考えれば切りがないが,『モバイル情報ネット社会』はいろんな可能性を秘めているのである.企業も個人も,知恵の出し所なのである.

一方では『モバイル情報ネット社会』は人間の行動に従来以上の負の影響を与える.ネット犯罪、プライバシー問題もさることながら,.『端末を見ていないと不安になる症候群』『モバイル端末中毒症』にでもなれば,社会生活すらも危うくなり,深刻な問題になる.

いくら『モバイる情報ネット社会』と言っても,『時間潰しの道具』『不安を癒す道具』ではなく、あくまでも,『利便性の道具』にとどめたいものである.

5. 日本のIT産業

ITの世界は汎用機及びそのOSはIBMに,パソコンのOSはマイクロソフトに,パソコンの半導体はインテルに,ネットワークのTCP/IPルーターはシスコに、インターネット検索はグーグルに、DBはオラクルに,そしてモバイル端末(スマホ,タブレット)はアップルに,すべて米国のIT企業に牽引されて来たのである.

この様に,IT分野においては,『米国以外の国』で,システムの『アーキテクチャーの確立とそのデファクト化』が出来なかったのである.ずっと米国の独断場が続いているのである.

そして,日本はじめ,韓国,中国,台湾が部品の技術革新や製造に活路を見出してきたのである.日本は家電も含めて,この分野で世界を席巻した時もあったが,新興勢力にその場を奪われているのである.

この『米国のアーキテクチャー』と『国際分業によるテクノロジー開発と製造』と言う構図は,上記のように,IT分野で長く続いているのだが,今後の家電,産業機器,車,医療機器,等のデジタル革命でも,IT技術が採用される事を考えると,同じ構図で進展しそうなのである.

又,ソフト開発はアーキテクチャーと連動する基本ソフトは今後も米国企業が牽引すると思うが,アプリ開発やクラウドサービスは世界的群雄割拠の中で行われると思うのである.

いづれにせよ,国際分業化時代の中で、日本の立ち位置を確保して行く事は極めて重要になるのである.

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332 日経『春秋』(9月12日)に見る『知識人の悪癖』

時々,知識人のコラムに違和感を感じている.今回も,日経『春秋』(9月12日)のコラムに共通する違和感を感じた.そのいくつかを指摘したい.

そのコラムの要旨は次の通りである.

①物を書くモラルとして,『当たり前の事を繰り返すだけで満足してはいけない』,けれども,『当たり前の事を誰も言わなくなった時は,そのことを語り続ける事が大事だ』と,憲法学者の樋口陽一さん言葉を紹介し,

②この樋口さんの言葉は,東京五輪招致の熱狂の中で,皇族の招致運動は自重すべき事や,原発事故対策や震災復興と言う国として当たり前の事を忘れている,と気づかしてくれる,とつないで,

③当たり前のことを言わない人に,『わかり切った平凡な事を言うカッコ悪さに耐えて語り続けろ』と樋口さんのお叱りの声が聞こえる.と結んだのである.

このコラムに違和感を感じる所は次の点である.

・知識人の話は,いつも『誰々がこう言っている』から始まる.

自分の知識力を自慢したいのか,これにかこつけて言う事に権威を持たせたいのか,あるいは,主張の責任を取りたくないのか,いつもこのパターンである.

・話に都合の良い勝手な思いこみを前提にして話を進める.

どうして東京五輪招致の熱狂する事が震災や原発事故の深刻さを忘れている事になるのか、わからない.そんな人がいたとしても少数だと思うし、いてもよいと思う.

どうやら、話を進めやすくする為に勝手な思い込みで、問題をデッチ上げている感じがする.しかも、勝手な思い込みの『忘れている事』に、樋口さんの言葉が『気づかしてくれる』と言うのだから、誰が忘れていて、誰が気づかされるのか、さっぱり心当たりがないのである.まさに自作自演の話でしかないのである.

・権威つけの為か,人の口を借りて結論を言う無責任さ.

しかも,勝手な思い込みの事態に,『樋口さんのお叱りの声が聞こえる』などと,言うものだから、お叱りの声を聴いたと感じた人はほとんどいないのである.

人の口を借りてものを言う場合は,誰もが,確かにその通りだと気づかされる場合だと思う.こんな自作自演の話を権威づける為に,樋口さんの言葉を引き合いに出す事は樋口さんに大変失礼だと思うのである.

・知識人とは『知識はあるが自分の主張が無い人』か.

上記と同じだが、知識人の話はいつも、『誰々がこう言っている』『確かにその通りかもしれない』というパターンが多い.知識人とは『知識はあるが自分の主張が無い人』 あるいは 『自分の主張を言わない人』 かも知れないのである.

・この程度の話に偉い学者を引き合いに出す必要も無い.

この種の話は,『もし忘れていれば,忘れないようにしましょう』と言う程度の話である.それとも,五輪招致は反対だと言うのであれば、はっきり主張すればよい.

いづれにせよ,わざわざ偉い先生の語録を引き合いに出す必要もないと思うのだが,『自分の博識を自慢したい習性』があるからだろうか,それとも、同類の事を言っている人への配慮があるからだろうか,あるいは,著作権を気にしているからだろうか.いずれにしろ,この種の言い方に違和感を感じるのである.知識人ならばこそ,自分の言葉だけで物を言って欲しいのである.

以上がこのコラムで感じた違和感である.

このコラムから離れるが,テレビなどの解説者,コメンティターなどの知識人にも,まったく同じ現象を見る事がある.あの新聞ではこう言っている,あの人はこういっている,又,昔こんな事があった,などと言い,必ず語尾は『こんな風に言われていますね』で終わる.決して自分の意見は言わないのである.

日本的文化なのか,昔から,『専門家はにかむ』,『素人は断言する』と言う格言がある.知識人はどれにも属さない,『はにかむほど専門家ではない』 し,かといって、『断言するほど素人でもない』、『あの意見やこの意見の通りかもしれない』と『人の口に乗る人』 なのである.『知識人としての名誉を保持しつつ,リスクのない世渡りをする人』かもしれない.

ちなみに、私の感覚で言えば、『真の専門家は責任を持って主張する人』、『はにかむ専門家は、いろんな事を想定するあまり、自己主張まで到達していない人』、『断言する素人は知識はほとんどないが,無責任に主張する人』 だと思う.これに対し知識人は,上記の通り,『人の口を借りてものを言う人』 なのである.

以上,こんな風に突っかかるのは、専門家、有識者、知識人,評論家、かどうかより,『話し手自身の主張』 があるか,どうかを大事にしているからである.勿論、聞き手の方も,『自身の意志で判断する事』 も大事だと思っているのである.

だから,『自分の意見を言う人』,聞いた事に『自分の意志で判断する人』を尊敬するのである.自分の意見や判断を持つ為に,『常に考えている人』だからである.

少し,偏見が過ぎたかもしれないが私の勝手な意見で,『知識人のコラム』を批判したのである.失礼が過ぎた事をお許し願いたい..

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2013.09.08

331 快挙『2020年東京五輪決定』

日本時間の2013年9月8日5時20分,ブエノスアイレスのIOC総会で,2年間に及ぶ,『マドリード』,『イスタンブール』,『東京』の五輪招致合戦に決着の時が訪れた.はたして,どんな決着が待っているのか,世界の人々が,固唾をのんでその瞬間を待った.

IOC会長がおもむろに封筒から取り出した決定通知書を掲げながら,静かな声で,『TOKYO』とコールすると,静寂な会場が一転して,歓喜と号泣と落胆の坩堝になった.極度の重圧から最高の形で解き放された日本招致団は満面の笑みで,お互いの健闘を讃えあった.また,結果を待つ38か所の国内パブリックビュー会場は早朝の静けさの中で,歓喜の声で騒然となった.2020年夏季五輪の東京開催が決まった瞬間である.

招致運動を通した下馬評では東京,マドリッド,イスタンブールの順であったが,日が詰まるにしたがって,マドリッド優位の噂や福島汚染水問題が広がり,日本にとっては不安を抱えたままの最後のプレゼンテーションになった.

そのプレゼンテーションでは,そんな不安を払拭して,巧に映像を使いながら,自信と熱意で,わくわくするような東京五輪開催を訴えた.おおざっぱではあるが次の内容であった.

『東日本大災害に世界から,多くのご支援を受けたお礼』,
『皇室のスポーツへの取り組み』,
『体験を通した災害や身障者にとってのスポーツの役割の大きさ』,
『五輪精神やスポーツ精神の継承・発展への日本の取り組み』,
『確実,安全,快適,な大都会での東京五輪の開催』,
『世界からの来訪者へのおもてなしの精神での対応』
,
『過去・現在・未来にわたる五輪への日本の熱意』

と,一貫して『スポーツ文化の発展』に取り組む日本を,しっかりアピールしたのである.又安倍総理から,

『国を挙げての五輪開催支援』,
福島原発事故による汚染水の安全確保』,

が宣言され,IOC委員のみならず世界に日本の取り組みをアピールしたのである.特に,悲惨な災害や原発への対応が極めて難しい事を承知しているIOC委員からは,復興にも五輪にも,熱心に取り組む日本の姿に,『激励』の意味を込めて東京に投票するIOC委員も出てきたのではないか,とさえ感じられたのである.

そして,決戦投票から除外される都市を決める最初の投票が行われた.
その結果,驚くことに,マドリッドとイスタンブールによる『同点再投票』が行われる事になったのである.

この『同点再投票』をマドリッドとイスタンブールの決選投票と勘違いした中国新華社は日本が最下位で落選したと勘違いして,日本敗退の大誤報を流してしまったのである.日本の落選を望んでいた本心が思わず出てしまった感じである.

下馬評以上の評価を受けたイスタンブールは『イスラム圏初』,『ヨーロッパとアジアの架け橋』,『現在と未来の架け橋』と言うコンセプトが評価され,その結果,東京は過半数に至らず,イスタンブールはマドリッドと同数になったのである.

そして,イスタンブールとマドリードの『同点再投票』の結果はマド゙リッドが落ち,イスタンブールと東京の決選投票になったのである.そして,決選投票では,負けたマドリッドの票が最初でトップだった東京に流れた形で東京が圧勝したのである.

もし,『同点再投票』がなく,『過半数をとった都市もなく』,残った二つの都市で決選投票が行われる場合,最初の投票の順位や票数が公表されない為,負けた票がどこに流れるかわからなくなるのである.

そんなわけで,『同点再投票』が行われた事で,東京が゙トップだった事がわかり,決選投票で同点再投票で負けた票がトップの東京に流れたと判断されるのである.その意味で,『同点再投票』になった時点で,東京の勝利はかなり高くなったと思われるのである.

『オールジャパンでの誘致運動』や『素晴らしいプレゼンティション』に,『同点再投票と言う偶然の幸運』が舞い降りて,日本は圧勝したと言えるのである.マドリッドとイスタンブールには本当に感謝である.この事を忘れてはならないと思うのである.

また,日本へのネガティブ・キャンペーンをあからさまにしていた国を封印出来た事も,気分爽快になったのである.そんな国には,ただ『淡然』としておけば良いと思うが,今後7年間で,東京五輪を失敗させる為,どんな妨害を仕掛けてくるか,また,東京五輪の成功を目指す日本の足元を見て,どんな無理難題を押し付けてくるか,,要注意である.リスク管理はもとより,それらの動きを逐次世界に公開し,抑止して行く必要があると思うのである.

ところで,極東アジアでの夏季五輪開催は,64年の東京,88年のソウル,08年の北京,そして2020年の東京となる.冬季五輪は72年の札幌,98年の長野,そして,2018年の韓国(平昌)である.日本での五輪開催は夏冬合わせて,4回目となる.もう五輪ではベテランの国になるのである.

そんなわけで,是非,2020年東京五輪は『ナショナリズム丸出しの国威発揮の場』にする事なく,成熟した国らしく,世界の将来につながる意義ある五輪にしたいものである.

一方,アベノミックスの『第4の矢』として,東京五輪が位置づけられ,日本全体の活力がさらに加速して行く事が期待される.そして,『2020年五輪』を合言葉に,スポーツも,人の育成も,経済も,インフラ強化も,政治も,社会も,7年間のタイムスケジュールに乗って,日本全体が動く事になる.

このスケジュールに乗って,『世界に貢献する,尊敬される日本』,に繋げて行きたいと思うのである.私の残りのささやかな人生にも,2回目の東京五輪観戦と言う楽しい目標が加わった.

そんなわけで,日本中が,久しぶりに,わくわくする,お祭り騒ぎの日曜日の朝を迎えたのである.

それにしても,今日は東京五輪決定の余韻を楽しみながら,レスリング,野球,ソフトボールのどれがオリンピック競技に残るか,フジサンケイクラシックで松山英樹がどんなドラマを見せてくれるのか,18歳以下のワールドカップ野球の日米決勝で日本が優勝するのか,半沢直樹の逆襲がどうなるのか,楽しみいっぱいの日曜日になったのである.

そんな喜びに満ちた日曜日になったのだが,頭をかすめるのは,震災復興対策,福島原発対策,社会保障対策,防災対策,あるいは消費税増税時の追加経済対策,に加えて,交通インフラ強化も含めた五輪関連事業,などなどで,2020年プライマリーバランスの黒字化目標も,怪しくなる巨額な財政出動の事である.

消費税増税も,もともと,『焼け石に水』なのだから,経済成長による税収増か,通貨価値下落による債務の目減りしか財政問題を解く手段がなくなるのである.

東京五輪ブームで財政規律が緩くなって,財政破たんの原因を作る事にでもなったら,『プレゼンティーションの内容がすべて嘘』になるばかりか,巨大自然災害発生以前に,日本が沈没するのである.

ハゲタカのように予算取りに群がる役人や政治家が,いかに理由があったとしても,【合成の誤謬】を招き,結果として日本を殺してしまう事を自覚すべきなのである.是非とも,そんな事にならないよう,財政法の精神に立ち返って,『赤字国債発行額の歯止め』が必要だと思うのである.

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