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2013.10.27

335 葛藤する日本文化④

『葛藤する日本文化』に関して、当ブログの『カテゴリーの文化』にあるように,随分多くの事を発信して来た.発信が多くなったのは『日本文化』が時代に合わなくなり、新たな文化の形成が始まっていると感じたからだと思う.

事実,日本人が良さを主張している日本文化も、海外でブームになっている日本文化も,もはや日本では『古典文化』あるいは『文化遺産』になっていて,日常生活から消えている事が多いと思うのである.

そんなわけで,日本文化は時代との葛藤を通り超して『残すべき日本文化とは何か』,『今後,どのような文化を作っていくか』と言う段階に来ていると思う.その意味で,日本は現在,『新文化胎動期』に入っていると思うのである.

ここで,文化について、改めて整理してみたい.文化とは集団の中で『概念や行動や価値観』が共有され,集団生活の中で定着している様式を言うのだと思う.そして,その文化は古今東西を問わず,自然環境や宗教によって形成されて来たと思うのである.

この『宗教』は『社会や集団の統治・秩序を保つ為』,『苦しさや精神的不安,あるいは,死の恐怖を和らげる為』、あるいは,『ものの善悪を決める為』に考えられた偉大なる哲学である.『古代は宗教を作り,中世は芸術を作り,現在は科学を作った』と言われるほど,宗教は『人類の行動を律する存在』だったと思うのである.

この宗教は大きく二つの系統がある.一つはユダ゙ヤ教,キリスト教,イスラム教などのように,超自然的ではあるが意志を持った人格的存在としての神を中心に置いた宗教と,もう一つは神道,仏教,儒教,などのような,法,理,道,を中心に置いた宗教である.

神道は日本古来より,地縁,血縁の共同体を守る目的で自然信仰,民俗信仰,天皇信仰として定着してきた.一方、仏教は釈迦が唱えた仏になる教えとして,飛鳥・奈良時代の伝来以来,今日まで,日本文化の形成に大きな影響を与えて来たのである.

儒教は『孔子』による『道徳,教理の体系』であり,『考,仁,徳,礼中庸,和,義,君子,小人,忠』などの概念で構成されている.宗教特有の『あの世の世界』と言う『超自然的論理』を持ち込んでいない事から『宗教色のない行動規範の教え』として,仏教と併存していた.そして,江戸時代には『儒学』として、又、明治時代には『修身の教え』して,『人間力育成』に使われて来たのである.

日本は農耕民族の持つ,『村社会』と『神道,仏教.儒教』が重なり合って,『日本文化』や『日本的道徳』を形成して来たと思うのである.

この『日本文化』に,いくつかの大きな変化があった.列記しておきたい.

一つは,明治維新と言う『文明・文化の維新』である.

まず,王政復古(立憲君主体制)で『廃仏毀釈』が行われた事である.『祭政一致』による天皇の政治支配を正当化する為に,神道をただ一つの国教として定め,神社を国家統合の機関にしたのである.

次に列強国と伍して行く為に,長い鎖国を止め,『日本の近代化』,『文明開化』に向けて積極的に『西洋文明』を受け入れたのである.

一方,西洋文明・文化や資本主義経済の受け入れで起こっていた『道徳の乱れ』を正す為に政府は,『儒教による修身教育』を行い,二宮尊徳,渋沢栄一,福沢諭吉らが『道徳・経済の合一』,『士魂商才』を啓蒙したのである.(当ブログ『NO295 気になる論語の事』参照).以来,日本では今日に至るまで,『和魂洋才』,『和洋折衷』の文化が広まって行ったのである.

二つ目は先の敗戦による軍国主義と連動した精神文化の排除である.

敗戦によって,『新憲法の制定』,『軍部の断罪』,『国家神道の廃止』,『靖国神社の国営廃止』,『政教分離』,『修身教育の廃止』等が行われた.明治以来続いた軍国主義と連動した精神文化が危険な文化として排除されたのである.

三つ目は,その後の『日本文化の葛藤・漂流』である.

冒頭に述べた通り,米国文化(自由・平等・合理性・競争・個性・自立,寄付,民主主義など)の流入、工業社会化と都会への人口集中,核家族化,経済や科学技術の発展、国際化と価値観の多様化,などで,『日本文化の環境』が激変し、『日本文化の葛藤・漂流』が始まった事のである.

神仏で言えば,明治以前の『神仏習合』,明治維新以降の『神仏分離』,戦後の『神仏不在』と変化して行ったのである.日本文化で言えば,特に,高度成長後の『資産バブルの崩壊』で,これまでの,日本社会や日本的経営に潜む冗長度,無駄,無責任さ,が露呈し,『米国文化』が広まって行ったのである.

同時に日本文化の持つ,村社会,長幼の序,和,恥,滅私,謙虚,配慮,行間の表現,曖昧な合理性,等の文化も,一枚一枚はがれて行ったのである.当ブログNO19葛藤する日本文化②参照

私自身もそうだが、多分多くの国民も、感情的には『日本的文化』を,論理的には合理性を重んじる『米国的文化』を理解しつつ、その間で,『迷える子羊状態』になっていると思うのである.日本人は『和魂洋才』,『和洋折衷』の中で漂流しているのだが、どちらの『和』も,小さくなって行く感じがする.

こんな『文化の葛藤・漂流・胎動』は,あまり各国で見られない事だと思う.何といっても,結婚,七五三は神道、クリスマスはキリスト教、葬式は仏教、神社仏閣は観光資源・歴史遺産,食文化は西洋化,なのだから、日本ならではの現象だと思う.

『精神文化や行動規範』を『教会』が教えていたり,『サイドとノーサイドの文化』がある他国から見れば,日本が『顔の見えない国』,『何を考えているのか分からない国』に見えても不思議でもないのである.

政府の1000兆を超える借金も,日本文化と関係していると思う.

日本文化の持つ『人情,優しさ,和,の精神』が無責任の温床になり,『
内と外を区別する文化』が政治(外)を無関心にさせてき来たと思う.その結果,公金の使い方や借金に寛容になり,政治家も,この性格を利用しして,1000兆円の借金を積み上げたと思うのである.単一民族国家,血統主義国家,農耕民族国家の特徴かも知れない.

一方,欧米社会では『外』に当たる政治(課税制度と公金の使い方)には極めて関心が高い.古来より,『身内の事』以前に,『城壁内の事』に関心を持たざるを得なかったからだと言われている.他民族国家,狩猟民族国家,戦争の絶えない歴史,ならではの習性かもしれないのである.

以上のように、日本の文化は江戸時代までは中国、明治時代はヨーロッパ,戦後は米国,と影響を受けてきたわけだが,まさに『外圧』に後押しされて変化して来たのである.

そもそも、血統で国籍を決める血統主義国家日本は人間には排他的であるが,文明・文化には寛容なのである.ちなみに,誕生地で国籍を決める他民族国家は人間には寛容だが,文明・文化には排他的だと言われている.日本への『外圧』も,日本の『文化への寛容さ』で受け入れられて来たと思うのである.

従って,『文明・文化に寛容な日本』は『世界の文明・文化の終着駅』だと考えると,『世界の文明・文化のエキス』が日本に集まっているとも考えられるのである.だとすると,『文化の葛藤・漂流・胎動』は当然であり,そこから『最も成熟し文化』が生まれて来るかもしれないのである.

このように文化は時代に応じて、自然に変化していくものだと思うが、一方では文化の変化期に起こる『行動規範としての道徳の希薄化』の問題がある.明治時代,『儒教による修身教育』を始めた時と同じような問題である.この問題をどうすればよいのだろうか.

『道徳』の問題を宗教や文化と一体として捉え『思想・信条の自由』に任せるべきなのか,それとも,道徳の問題を『人間の共通の行動規範』として捉え,宗教や文化から切り離して考えるべきなのか,と言う議論になる.

私見によれば,長い歴史の経験を踏まえて,宗教や文化を超えて,日本人が共有できる、『道徳』(人間としての行動規範)を作るべきだと思うのである.

その『道徳の内容』において,『宗教や文化と対立する事』、『現実とアンマッチな事』,『新たな考え方が必要な事』,等があると思うが,世界の文化の終着駅である日本ならばこそ,人類にとって普遍的な『道徳』を作る事は可能だと思うのである.

そんな中で,『文部省の取り組み』に注目したい.

文部省は2002年度から小中生向けに副教材として道徳教育テキスト(心のノート)を全国に配布した.その内容は基本的な人間としての行動規範を教える内容である.自由・平等・人権・自立・友達,などの大切さを,それとなく教えているのである.いじめ防止の意図もあるようである.

そして,この『心のノート』は現在,多くの小中学校で利用していると言う.そして,2015年度より,国語や算数と異なる『特別の教科』として,本格的に『道徳教育を実施』する方針を固めたと言う.是非、道徳の内容や実施要綱に注力したいと思う.

勿論,道徳の啓蒙は学校だけではなく,社会・家庭でも必要である.そして,国,民族,宗教,文化を超えて『人間の行動規範』としての『道徳』を広く世界に発信したいものである.文化を世界から輸入して来た『日本の倍返し』である.

そして,『現代は科学技術を作った』と言われている事に,『宗教を超えた人間の行動規範も作った』と付け加えたいものである.

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