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2013.12.08

341 仏教伝来がもたらしたもの(再認識)

島国日本は,シルクロードの東端に位置し,長い年月をかけて,多くの国を経由して,生き残った文明・文化の終着駅になった.そして日本は,それらを受け入れながら,自らの文明・文化を形成して来た稀有な国家だと思うのである.

最初の大きな文明・文化の渡来は飛鳥,奈良時代の『仏教伝来』である.その影響の大きさを改めて再確認し,浅学ながら,『仏教伝来の意味』を備忘録程度に整理してみた.

6世紀~7世紀(飛鳥時代)

朝鮮半島は当時,新羅、高句麗、百済などの王国が群雄割拠していた.その中で,百済は倭国と交流があって,多くの百済人が日本に渡来していた.その人達を通して,仏教,文字,土木技術,製鉄・製銅技術,鋳造技術,仏像作成技術,建築技術,等が伝わって来たのである.それらの中に,エジプト,ペルシャ,インド等の恩影も混ざっていたのである.

当時の日本人からすれば驚きの連続だったと思う.技術も去る事ながら金色の仏像を見た時の驚きは大きかったと思う.さらに仏像を拝めば救くわれると,きわめてわかりやすい教えに見えたと思う.神教では神の姿を見る事もなかっただけに仏像のインパクトは強烈だったと思うのである.

そんな仏教伝来に『崇仏戦争』が勃発した.保守派・俳仏派の物部氏と改革派・崇仏派の曽我氏の権力闘争である.悲惨な戦いを経て,曽我氏が勝ち,百済の『王興寺』のコピーと言われる『飛鳥寺(法興寺)』を建立したのである.この時も多くの渡来人がこれに携わったと思う.

又,聖徳太子は推古天皇のもと,蘇我馬子と協調して政治を行い,遣隋使を派遣するなど大陸の進んだ文化や制度をとりいれた.十七条憲法を定めるなど天皇中心とした中央集権国家体制の確立も図った.又,多くの渡来人の力を借りて,法隆寺、四天王寺,などを建立し,仏教の興隆につとめたのである.

660年,百済が唐に滅ぼされ、672年,蘇我政権が中大兄皇子(天智天皇),中臣(藤原)鎌足に亡ぼされる(壬申の乱).政治は『天皇中心の政治体制』(大化の改新)に向かうのである.

8世紀になると(奈良時代)

唐の百済攻略に日本は『唐の脅威』を感じたと思う.百済に応援を出した史実からも,それがわかる.そこで,唐に対する国威発揮をすべく、唐の都と律令制度を習って,藤原京,平城京(710年)を作って,『律令国家』を誕生させたのである.

又,天武天皇,持統天皇(女帝)は天照大神を祭った伊勢神宮(藤原京の真東に位置)を天皇家の氏神とし,天皇家の神聖化と,遷宮(天孫降臨神話の儀式)を繰り返す事による神威の永遠化を図ったのである.

このように,飛鳥時代の百済からの仏教,寺,渡来人の受け入れに続いて、唐への国威発揮を目指して,藤原京,平城京,律令制度,の誕生に加えて,伊勢神宮と天皇の神威高揚に取り組んだのである.

当事としては,大変な近代国家作りである.明治時代の列強国に対峙する為の,立憲君主国家,文明開化,富国強兵のような対応が,この時代にも行われていたのである.

さらに聖武天皇は,疾病の蔓延による民の疲弊を救う為に,護国信仰に基づいて,全国に国分寺とその総国分寺として,東大寺の建立を命じた(741年).勿論、唐に対する更なる国威発揮もあったと思う.そして,752年,大仏開眼共養,789年,東大寺伽藍が完成したのである.

この巨大な40数年間に及ぶ国家プロジェクトに渡来人の血を引く『行基』と『渡来人の技術集団』が組織化され,資材,人民を全国から結集させたのである.行基は『御利益をかざして努力させる』と言う手法でこの難事業を進めたのだが,その結果,『仏教の大衆化』のみならず,『文字や土木・製鉄・製銅・鋳造・仏像作成・建築の技術』も日本中に広がって行ったと思うのである.

そんなわけで,『仏教伝来』と言うと,新しい宗教が入ってきた話のようだが,その影響を見ると,実は『文明・文化の伝来』だったと,改めて感じるのである.

この仏教伝来以来,日本はシルクロードで伝わってきた文明・文化の宝庫になり,それらをもとに,日本文化の形成・熟成を続ける事になるのである.

ところで,宗教を広げる手法(マーケテング手法)には,かねがね感心している.

キリスト教やイスラム教は人格を持った神の像,教会,聖書,絵画等で教えを広めたのだが,仏教も限られた僧侶しか読めない膨大な経典の代わりに,如来,菩薩,明王,天,と言う仏の像を作って教え広めたのである.

仏教の布教方法をまとめると,心の救済をする為に,死後の世界を人質にした論理・行動規範を作り,僧侶,仏像,お寺,檀家,祭事,寺町・門前町,と言った大仕掛けの装置で仏教を布教したのである.この仏教のマーケテングシステムが功を奏し,生活の隅々まで仏教が浸透し,文化を形成して行ったのである.

一方,神教も天皇を頂点にして,地縁,血縁の共同体を守る目的で自然信仰,民族信仰,として全国各地に神社が作られ,神主・檀家が組織化され,四季折々の祭事が催され、信仰の定着と継続が図られたのである.これもまた,マーケテング手法として優れていると関心する.この神教と仏教は目的が違う事もあって,それぞれが今日まで並存しているのである.

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