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2014.01.31

344  私なりの『慰安婦問題』の考え方 

悶々としている慰安婦問題に,私なりに整理した事を紹介したい.

バッシングによる慰安婦問題へ言論統制の横行について

慰安婦問題について,.昨年,橋下維新の会共同代表が『当時,慰安婦は必要だったと思う』と言ったとして,国内外から異常な非難を浴びた.(本人は,下記持論にあるように,そんな事は言っていないと反論),韓国は,ここぞとばかりに,『日本は韓国を侵略し,韓国女性を性奴隷にした』,『日本はその事を全く反省していない』と、いつもの主張を世界にむけ吹聴したのである.

この時の橋下氏の主張は,日本が性奴隷国家だと言われる事に対し,次の持論を展開したものであった.

①日本が侵略した事を認める.
②日本も含めて,どの国も非人道的な売春行為があった事を認め、
反省すべきだ.
③日本軍による韓国女性強制連行の有無を国家として精査すべきだ.

この主張に異論があるにせよ,堂々とした主張である.しかし、この主張に触れずに,橋下
発進し,橋下氏をバッシングした評論家,コメンテータ,マスコミ,のいい加減さを指摘したのである.

323 『橋下氏の歴史認識』への異常なバッシング(2013年5月19日)
324 続『橋下氏の歴史認識』への異常なバッシング (2013年5月24日)

先日,NHKの新会長の記者会見で,記者の慰安婦問題の質問に対し,個人的意見とした上で,おおざっぱな言い方で,中国,韓国の日本批判はおかしいと言う趣旨の発言をした.

又,マスコミや有識者から新会長バッシングが起こった.発言内容を批判したのではなく,今度は政治的中立性を守るHNKの会長が自説を言うべきではないとのバッシングである.ここでも,主張の中身に論評したマスコミは表れていない.どうやらマスコミは主張の中身より,新会長就任に反対していた事の正しさを言いたかったうようである.

一方,中国,韓国は橋下氏への批判と同じく,NHK新会長は歴史認識が出来ていないと批判したのである.

以上の如く、慰安婦問題への言論に,わけのわからないマスコミのバッシングが起こり,『物言えば唇寒しの風潮』,『言論統制の風潮』を作っている感じがするのである.いくつか懸念した事を列記しておきたい.

・一つ目は,マスコミは我田引水的に,言葉尻をとらえて,バッシングするが,そこには,発言内容を正確に報道しようとする姿勢がない.騒ぎにして問題化する事がマスコミの仕事だと思っているようである.

橋下氏へのバッシグで言えば,勝手に問題だと言っておいて,いつの間にか『問題発言をした橋本氏』になるのである.そのことだけが世界に伝わるのである.これは,言葉の暴力を超えた,本人抹殺行為だろ思う.NHK会長へのバッシングもこれに似ている.

その姿勢は芸能記事とよく似ている.でたらめの記事を書いておいて,『今,問題になっている・・・の事だが,』と話題にして行くのである.商業報道は事実を報道するのではなく,売りネタを作る事が仕事だとすると,政治記者も商業報道化していると言えるのである.

・二つ目は公共放送のトップが自説を言う事は政治的中立性を欠くとのマスコミの指摘に対してである.この指摘をするなら,公共放送を言う前に,どのマスコミも,これを守っているのかと聞きたくなるのである.

批判ばかりするマスコミ程,『権力のチェック機能』や『言論・表現の自由』を盾に,『客観報道』(政治的中立性)を装って『主観報道』をしているのである.自分の事を棚に上げて批判する悪い癖は主張の一貫性を失うのである.

又,このやり方は世論誘導をするステルスマーケテング(客観性を装って顧客を信用させる手法)と同じである.これはマスコミが最も留意すべき事を棚に上げているに等しいのである.

・三つ目は,マスコミが,ある歴史認識について,バッシングするなら,自身の認識も明らかにすべきである.今まで,バッシングするマスコミの歴史認識を聞いた事がない.認識を示さないのは,政治的中立性を損なうからだろうか,認識に自信がないからだろうか.そう思うなら,バッシングもやめるべきである.バッシングする事が目的になっているような報道はやめなければならない.

・四つ目は,これまでのマスコミのバッシングは中国,韓国に対する反論に対してである.余計なことを言うな,黙っていろ,と言うのか,それとも,中国,韓国の主張が正しいと言うのか,よくわからないのである.

・五つ目は,中国,韓国に対する批判をする事が日本の国益を損なうとの風潮がある事である.この風潮は中国,韓国の思う壺である.従って,中国,韓国のナショナリズム丸出しの日本攻勢を今後も続けると思う.すでに,国際世論も巻き込んだ情報戦略が進んでいる事を思うと,日本は中国,韓国に対する総括的な対策が必要だと思うのである.

以上,日本人のデベート力を大変,心配しているのである.戦後の日本の謝罪外交,平和外交,二国間条約,も無視されている事も不満である.歴史認識に違いがある事を前提に国際社会が成り立っている事を無視して,自国のナショナリズムにゆがめられた歴史認識を押し付ければ,世界の秩序は永久に築けなくなる事を説得できない,もどかしさも感じるのである.

そんな中で,『ナショナリズムを超えた視点』で,慰安婦問題に関する私なりの考え方を述べてみたい.

まず,戦前,戦中,戦後の売春婦,慰安婦について,自分なりに認識している事

売春は古くから,多くの国で,売春業者中心に行われていた事は誰もが認める事である.売春婦になった女性の悲劇も多く聞く.その延長線上に,日本はじめ、いくつかの国で,兵隊向けの売春宿(慰安所)が軍の駐留地に作られた.

いくつかの国で設けられた慰安所は兵隊の慰安の為,性犯罪や性病の防止の為,だったと言われている.その当時の背景に,兵士の死の恐怖や戦場の悲惨な経験からすれば,慰安婦への人権意識は薄かったのかもしれない.生きるか死ぬかの戦争事態が非人道的行為であり,人権意識など言っていられないとの感覚が蔓延していたのかもしれない.

そんな背景で、日本の場合,戦線の拡大とともに,東南アジアで400ケ所に慰安所が設けられた様である.それぞれの慰安所には売春業者を介して現地の女性も集められたと言う.

慰安所を持たなかった米国は,兵隊の性処理は個人任せであった.駐留先の他国の売春宿や慰安所を利用していたのである.現地女性と恋愛関係になった兵隊もいたと言う.

戦後,日本に駐留していた米軍兵は日本の慰安所を,朝鮮戦争では韓国の慰安所を活用し,.売春業は一気に拡大したと言う.売春はけしからんと言う米国ではあるが,海外では個人の問題として黙認していたようである.

又,いくつかの国の進駐軍が戦利品のように、多くの女性を強姦し,軍はそれを黙認していたケースも多くあったと資料などで知る.これは明らかに国家的犯罪行為であるが,全て罰せられたわけではないと思う.

そんな売春行為は非人道的で,性道徳に反すると言う事で、日本では,昭和33年(1958年)売春防止法が制定された(赤線の廃止).韓国はそれよりずっと遅く,2004年,多くの反対を押し切って,売春が禁止されたのである.

ヨーロッパ諸国の多くは,今でも,非人道的な事を禁止しつつ,売春行為は合法のままである.職業としての売春(SEX WORKER)を認め,性犯罪の防止や売春が地下に潜らないようにしtれいるのである.

ところで,韓国が日本軍の強制連行を問題にしはじめたのは戦後すぐではなく,1970年代になってからである.旧日本軍の公娼制度に批判的な論調や戦地の女性を強制連行し,慰安婦にされたとする本が出版され始めてからである.

そして1983年元陸軍軍人吉田清冶の強制連行したとする告白を朝日新聞が取り上げて,さらに反日に拍車をかけたのである.後に吉田氏は創作であった事を認めるのだが,この告白は反日感情を煽る事に使われ続けたのである.

1993年(平成6年),韓国の反日感情を沈静化する為に、韓国と表現の仕方を協議した上で,河野談話が作られたのである.その内容は、強制連行の証拠はないが,軍の要請を受けた売春業者が無理な勧誘をしていた事を認めた、と言うものであった.

最近では,強制されたという女性を生き証人として表に出して日本の非情を世界にアピールしているのである.同時に,米国に慰安婦の像まで作って、『性奴隷化国家日本』のイメージを定着させようとしているのである.強制連行されたと言う生き証人が,つじつまの合わない事を言っても,韓国流の『泣き女』の振る舞に,世界は同情するのである.

この河野談話は結局のところ、沈静化どころか,『日本軍が韓国女性を性奴隷にした』と世界に吹聴し,日本に謝罪と補償を求める根拠になったのである.宮沢総理、河野官房長官からすれば、日本の誠意が全く通じなかったどころか,反日に火を付けた格好になったのである.

一方,日本国内では,河野談話発信後の韓国の反日エスカレーションに対し、韓国の行き過ぎを許してはならないとの意見が多くなって来た.具体的には、河野談話の見直しや、韓国のナショナチズムにゆがめられた歴史の捏造(併合は合意ではなく侵略された,竹島は我が領土等)への反論である.

・例えば、慰安所への強制連行はなかったとする反論である.

日本軍による強制連行の証拠は見つからないし、軍はむしろ強制連行を禁止していた立場であったからである..又,東南アジアに展開された慰安所で,強制連行で性奴隷にされた話は聞こえて来ない事も,その理由であった.

・又、韓国が言う日本軍に強制的に慰安婦にされた人数にも反論がある.

当時,朝鮮半島における女子挺身隊(工場等への勤労奉仕)は20万人、うち韓国人が5万から7万人とされていたが,韓国ではその数を強制された慰安婦の数に曲解しているとの指摘である.

現に米国に設置された慰安婦碑には20万人が性奴隷にされたと記しているのである.又、反日運動を盛り上げる為に,多くの慰安婦が日本に強制されたと,言っているかもしれないのである.どうやら,誇大に言うのは中国や韓国の文化のようだが、明らかに捏造だという指摘である.

強制連行があったか,なかったか,をイチ・ゼロで議論する事に無理があるとしても,もし,あったとすると,人数がきわめて重要になるのである.捏造に見える20万人が性奴隷にされたと世界に吹聴するなら,根拠を示すべきなのである.そうしないと,慰安婦像は韓国の捏造記念碑として後世に残ると思うのだが.

・日韓併合は侵略,植民地化だとする韓国の主張への反論も根強い.

日本側からすると,当時の列強国の植民地政策に対抗する為、日韓併合条約の合意によって併合したものであり,その内容も日本本土並みの扱いで、韓国の近代化を進めるものであったと認識しているのである.決して,列強国の植民地化とか,侵略と,同一ではないとの指摘である.

そんなわけで、戦後の日本の謝罪外交,支援外交が無視されて,過去の歴史認識を外交カードにしている中国、韓国に対し,ナショナリズム丸出しの歴史認識のねつ造に対する反論や河野談話の見直しの機運が高まっているのである.

そんな情勢が続く中で,,『性奴隷にした日本』との烙印を押されないようにと,遅まきながら、橋下氏は冒頭の持論を発信したのである.この発信に賛同する国民は多かったと思う.

ところで、歴史認識問題は,個人間でも、国家間でも,共有する事は極めて難しい問題である.だからと言って,自らの歴史認識を相手に強制してはならないのである.大事な事は、それぞれの国が歴史的事実を精査し,その上で,主張の違いがあれば、お互いが、違いを知った上で、現在や未来を生きて行く事だと思う.歴史的事実を曲解したり、自分の主張を相手に押し付ける事は不毛な溝を深めるだけなのである.

先進国の政治は,ナショナリズムを抑制する方向にあると思う.中国や韓国の様に、『こちらの歴史認識を認めないから反日だ』と,中世のナショナリズムム国家のような主張を続けれる事はこれに逆行しているばかりか,果てしない泥沼に陥るのである.

これらの経緯を踏まえて,私なりの慰安婦問題の考え方を述べたい.

どうやら,これまでの慰安婦問題は日本も含めて,『ナショナリズムの視点』で論じられているように思うのである.そこで私は、『人権の視点』で捉えるべきではないのかと思うのである.その事を橋下氏も指摘していたと思う.

そこで、慰安婦問題には『二つの人権の視点』がある.慰安婦(売春婦)になった経緯の視点と性行為(慰安婦行為)そのものの視点である.どちらも、本人の自由意思であったとする人もいたかもしれないが,戦争当時の事を想像すれば、慰安婦(売春婦)になった経緯は悲惨な事であったと思うし、性行為そのものも、たとえ代償があったとしても、性奴隷のような対応をさせられていたと思うのである.

したがって、売春婦や慰安婦は人権の視点に立てば、性奴隷であったと認識すべきではないかと思うのである.それゆえ,戦後、多くの国で売春防止法ができたと思うのである.

そう捉えると,売春婦や慰安婦は次の三つのルートで『性奴隷』にされた事になる.

①自国売春業者、自国軍による自国女性の性奴隷化
②自国売春業者、自国軍による他国女性の性奴隷化(他国に進出した側)
③他国売春業者、他国軍による現地女性の性奴隷化(自国に進出された側)

そこで,橋下氏の主張のように,売春業を許容していた国はまず①の性奴隷化を反省し,その上で、②③がなかったかどうかを精査する必要があると思うのである.

韓国が③の『日本軍によるが韓国女性の性奴隷化』を言っているが,『人権の始視点』に立てば①②の精査も必要だと思う.

もし,韓国が『性行為そのものは合法だが,強制はダメだ』との論理に立って、日本の強制を受けた人を性奴隷と言っているのであれば、それ以外の慰安婦、売春婦に性奴隷はいないという事になり、人権上の問題はない事になるのだが.

しかし,韓国は2004年に売春禁止法の制定まで,その悲惨さと人権問題を無視して来たと思えるのである.だとすると,1970年(昭和45年)頃より言い始めた『日本による韓国女性の性奴隷化』の主張は,『人権の視点』と言うより,反日運動に見られる『ナショナリズムの視点』で言っていた事になるのである.

いづれにせよ,韓国は『ナショナリズムの視点』ではなく、『人権の視点』で①②③を精査し直す必要があると思う.これまでの『ナショナリジム視点』の主張だけでは『天に唾』になるし、『足元をすくわれる』可能性もあるのである.

これは,慰安婦問題に限らず,『ナショナリズムの視点で作られた歴史認識』は事実を曲解する事がある.しかし,その曲解に国民は気づくし,国際的にも,『国家の品格、信用』の失墜に繋がるのである.

勿論、日本も,世界の国も、同じである.『人権の視点』で、自ら①②③を精査する必要がある.、国連の人権委員会も『ナショナリズムの視点』、『戦勝国の始点』ではなく,『人権の視点』で、慰安婦問題を捉えるべきだと思う.人権は国を超えた世界共通の価値観と言うなら,ぜひ,この視点で慰安婦の歴史認識を正すべきだと思うのである.国連にそんな使命感はないのかも知れないが.ただ,世の人権派と言われる人達は,この問題から逃げてはならないのである.

以上、私なりの捉え方で、慰安婦問題の論点整理をしたが,過去の事とは言え、日本が非難されている以上,日本は世界に先駆けて『人権の視点』で日本の売春婦、慰安婦を精査し,政府見解を出すべきだと思う.同時に、中国,韓国はじめ世界の国々にも『人権の視点』での精査を提案すべきだと思うのである.

くれぐれも,慰安婦の問題を『日本に押し付け』て終わりにしたい、との世界の風潮を許してはならないし,『歴史認識は勝者が作る』とあきらめてはならないのである.日本は正論を言う事から逃げてはいけないと思うのである.

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