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2014.04.07

352 調査捕鯨敗訴が示唆している事

南極海で行われている『日本の調査捕鯨は商業捕鯨だ』とオーストラリアが4年前に国際司法裁判所に訴えていた裁判に判決が出た.判決は日本の敗訴である.日本の南極海における調査捕鯨は『科学的な調査ではない』との判決が下ったのである.

この判決で南極海で日本は調査捕鯨が出来なくなっただけではなく、北太平洋等の調査捕鯨も、裁判に持ち込まれたら、敗訴する可能性も出て来たのである.

この判決に対し、日本国内の反応は『日本の食文化を奪う判決だ』と不満を言う人が多かったと思う.はっきり言って、こんな反応をするようでは敗訴しても当然だと思うのである.そんな反応をすると言う事は、『食文化の為に調査捕鯨をしていた』事を認めたようなものだからである.

提訴したオーストラリアとしては、本心はクジラを殺す事に反対であり,なんとしても日本の調査捕鯨をやめさせたいのだが,調査捕鯨が国際条約で認められている以上、これに反対できず、そこで、『日本の調査捕鯨は科学的でない』、『調査捕鯨に名を借りた商業捕鯨だ』と訴えたのである.そして、本心であるクジラを殺す食文化にも、調査捕鯨にも反対だと言わずに、南極海でのクジラの捕獲を禁止できたのである.同時に、シーシェパードの捕鯨妨害行為に大義を与えてしまったのである.

この訴えに対し、日本としては、科学的に調査捕鯨をしていると主張したと思うが,日本自ら調査に必要だとした捕鯨頭数に比べて、実際の捕獲頭数が大きく下回っていたり、クジラ肉の需要の低下と捕獲頭数が比例していたり、クジラ肉の販売で調査費をおぎなっているのだが、この調査費も売り上げに比例して低下していたり、捕獲しているクジラの種類が食用に偏っていたり、捕鯨以外の調査をしていなかったり,素人でも科学的ではないと分る実態が指摘され、冒頭の判決が下ったのである.

今回の判決は日本に大きな反省を促す事になったと思う.

まず、率直に言って,日本国民の反応にあったように、『調査の為の捕鯨』ではなく『食文化の為の調査捕鯨』と理解し、調査の科学性を,おろそかにしていた点を反省すべきだと思う.

多分、そうなった理由は,商業捕鯨禁止の例外として,科学的調査を条件に,各国に調査捕鯨が認められたのだが,科学的と言う定義が曖昧なことに乗じて,『調査捕鯨に名お借りた商業捕鯨が出来る』,『日本の食文化が守られる』と,思った所に,そもそもの間違いがあったと思うのである.

さらに反省すべき事は,『科学的調査』と言う曖昧さに乗じて,自国のナショナリズムや文化が入り込んだ事である.ルールが曖昧なら,他国から文句を言われない科学的な論理を作って,行動すべきなのである.ナショナリズムや文化で行動することは『昔からの食文化があるから捕鯨してもよい』と主張しているようなものであり、これでは国際社会では認められないのである.

こんなプアな事になったのは,行政,専門家,業界,の閉鎖的な社会の発想に原因があると思う.専門家より,しがらみのない素人の方が論理的な発想ができると、思わざるを得ないのである.

今後、日本としては,クジラの科学的調査を継続しつつ,クジラの量によっては,商業捕鯨を認める論理が必要である.

クジラに係わらず、マグロなど他の食文化も科学的根拠の下に位置づけられると思うのである.『昔からの文化だから』、『牛を殺せてもクジラは殺せないから』等と、文化や動物に対する感情を持ち出しても、世界を説得できる解は出せないのである.あくまでも,種の保全と生態系のバランスがあって,その次に,食文化があると思うのである.

所で,今回,あえて『調査捕鯨敗訴』を取り上げたのはすでに述べたように,『科学的な調査捕鯨』を国民の感覚で、『食文化の為の調査捕鯨』にすり替わる、言い換えると、『論理より文化を優先する』事の問題を示唆しているからである.

一般的に言えば,国際化とは『価値観・論理・制度』を共有化する事である.人や物が国境を越えて交流するからである.当然,固有の価値観や慣習,文化と葛藤が生まれるのである.

『日本異質論』ではないが、日本は島国で単一民族の日本であるが故に,国際化には,常に,大きな葛藤が伴うのである.日本は,明治以来,『和洋折衷』,『和魂洋才』と言う形で,現在も,国際化を進めているのだが,その過程で,日本的な慣習や文化が一枚一枚剥がれているのである.言い換えると,世界の論理に日本の文化・制度が駆逐されているとも言えるのである.

今回の『調査捕鯨敗訴』も『論理が文化を駆逐した』のである.今後,日本的文化を守るとしても,相手を説得できる論理が必要なのである.日本には優れた考え方や文化や制度がある.これらを失わない為にも,それらを『一般的な論理』に組み立てる必要がある.政治にも言える,日本の大きな課題だと思う.日本的な良い文化を箱庭のように守るだけでは,何時かローカルの古典に追いやられるか、国際社会のルールで消えて行くのである.

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