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2014.05.14

355  韓国フェリー『セウオン号』 の転覆大惨事で見えてくる事

4月16日,乗客470名(修学旅行高校生325名含む),車150台,コンテナ貨物など3000トンを乗せた韓国フェリー『セウオン号』(6825トン,1994年日本で建造,18年運航後,2011年韓国企業が購入,2013年,韓国最大のクルーズ船として改造し,豪華客船のイメージを宣伝して就航)は15日,2時間遅れのPM9時に仁川を出港し,16日,AM 9時頃,珍島沖で船体が大きく傾き始め,4月18日沈没したのである.

船体が傾く映像を見るにつけ,一見,船が座礁したと思っても不思議ではない様子であった.誰しもが,船が上下逆さまにひっくり返ったり,完全に沈没する事等全く想像もしなかったと思う.ましてや,死者212人,不明者90人に及ぶ大惨事(4月30日時点)になる事など,思ってもいなかったと思うのである.政府の発表も事故発生当初,全員救出などと,極めて楽観的なアナウンスをしていたのである.

しかし,目の前で,船が徐々に大きく傾きながら,沈没して行く様を見るにつけ,救助が進まない事に,家族は勿論,世界中の人々は,もどかしさを感じ始めていた.同時に,船が沈むほどに,生存の可能性が残っている事を信じて,家族や世界の人たちは固唾を飲んで祈るしかなかったのである.

時間が確実に過ぎて楽観が悲観に移って行く中で,船底が上になると,生存の祈りが,一刻を争う救命の叫びに変わって行った.そして,その祈りや叫びは,初歩的な原因や進まない救命作業への怒りに変わって行ったのである.

大平洋のど真ん中ではなく,目の前の珍島沖で,しかも,救出時間がたっぷりあった中で,いろんな問題が明るみに出て来た.主なものは次の通りである.

①日常的に過積載が行われていた.
②過積載による船の復元力低下を無視していた.

③日常的に積載貨物を、しっかり固定していなかった.
④救命ボー等の船の安全装備の欠陥を放置していた.

⑤救出活動が迅速に,的確に行われていなかった.
⑥事故対応組織がはっきりしていなかった.

⑦安全に対する会社、業界、行政の意識,責任感,が希薄だった.
⑧賄賂、癒着の慣習が、厳しくあるべき、安全性チェックを甘くしていた.

これらから見える事は,今回の大惨事は偶然,起こったものではなく,『必然的に起こった大惨事』,しかも,『基本的な事が出来ていない人災』だと言えるのである.

この背景に,率直に言って,韓国の急速な経済成長が関係していると感じる.

韓国は1987年の民主化,1988年のソールオリンピック以降,世界的な,IT技術革新,デジタル革命,グローバル化,発展途上国の台頭と同時進行の形で,しかも,時代の先取りをねらって,政府,財閥主導の経済振興策を進め、急速に経済が成長して行ったのである.日本が資産バブル崩壊で゙,一気に経済の勢いが失い,デフレ経済に陥って行った時である.

韓国の経済成長は国際競争時代の中にあって,戦略的経済政策で成長を進めて来たが,社会全体としては,『過激な受験戦争,就職戦争』、『生き馬の目を抜く,個人間,企業の間の競争』,『安心安全などの企業モラルの低下』、『企業・個人の貧富の格差』、『官・業の賄賂・癒着の常態化』等を置き去りにして来た事が,今回の大惨事で露骨に表れてしまったのである.

大惨事を短絡的に,社会のせい,政治のせい,にすることは問題を拡散するだけだが,今回は,原因が直結しているだけに,韓国は,船に限らず,列車,バス,飛行機,等の安全性の総点検に留まらず,『過激な競争社会』,『大きい貧富の格差社会』,『安全安心が置き去りにされた社会』、『賄賂・癒着の常態化』からの脱皮も問われる事になったのである.これに答えなければ,原因が除去されず,多くの犠牲者は浮かばれない事になるのである.

韓国国内にも,このような捉え方をしている知識人も多いようである.『韓国は一流国入りした』と誇っている人の中も,後進国の風景を見た人も多かったと思うのである.

さて,ここで気になる論調がある.

『競争や利益追求が安全安心を置き去りにした』との論調である.あたかも,『競争や利益追求が問題だ』と言っている論調である.これには違和感がある.それでは、『競争や利益追求が無かったら、安全安心なのか』と聞きたくなるからである.勿論,科学技術や経済が発展していない,貧しい時代に戻った方がよいと言うなら,一つの見識である.

この問題を考える時、思い出されるのは、明治時代の『渋沢栄一』の資本主義経済論である.

渋沢栄一は『銀行、株式会社による経済発展を』と民間主導の経済発展を説き,資本主義の導入においては『道徳経済合一』、『道徳と利潤の一致』の必要性を説いたのである.そして,これによる資本主義経済は『貧困を救う最大の道徳だ』と主張したのである.

これにあるように、競争や利益追求を是としたうえで,『道徳を欠いた行動』、『我利利他』(自分の利益は相手の利益の中にある)を無視した『我利我利』の行動はだめだと説いたのである.渋沢栄一が生きていたら、今の韓国は『我利我利が蔓延した社会だ』と言うかも知れない.

さて、日本の場合を振り返ってみたい.

日本では明治以来、渋沢栄一は,多くの株式会社とそれを支える銀行による経済発展を主張していた.しかし,実際は『岩崎弥太郎』の主張に沿って、政・官・業による護送船団方式で基幹産業中心に経済を引っ張る事になるのである.

それ以来、日本は、敗戦による財閥解体はあったが、戦後の経済復興においても、護送船団方式で経済成長を達成して来たのである.このやり方は、韓国、中国、はじめ多くの発展途上国の参考にされたのである.

この日本の経済成長の経緯において,公害問題の様に、安全安心が置き去りにされた事もあったが、逐次、技術開発や制度の仕組みの改善が行われ、貧富の格差も、中間層の所得拡大で、あまり発生せずに成長を遂げてきたのである.

その日本経済は、90年、資産バブルの崩壊が起こり、これまでの高度成長期が終焉し、以後、デフレ経済に陥って行ったのである.その中で、フリー、フェアー、グローバルを合言葉に、意識改革、規制緩和、護送船団方式の終焉と産業構造の改革、が始まった.美しい湖の水が無くなったら,湖底はヘドロ(無駄,冗長度,利権構造等)だらけであったのである.

そして、日本も韓国も、IT技術革新,デジタル革命,グローバル化,発展途上国の台頭と対峙することになる.勿論、世界の市場や世界の企業との競争に身をさらすことになる.事業拡大に拍車をかけた反面,競争が激化する事にもなったのである.

この変化の中で、韓国は上記のような『負の遺産』を生みながら、世界に進出し、経済成長を達成して行った.日本はデフレ経済の下で、残念ながら、世界競争の中で苦戦を強いられ、マイナス成長が続く事になったのである.

只、日本は、この苦しい時に、渋沢栄一の『道徳経済合一』の主張が蘇ったと思うのである.それは,道徳に当たる『企業の行動規範』が経営にとって、きわめて大事になった事である.『コンプライアンス、安全安心、社会への貢献、』などの行動規範である.

これなくして、『社会や顧客からの信頼も得られない時代』、これなくして『競争に勝てない時代』になった事を意味しているのだが,まさに『道徳と利潤の一致』である.『我利我利猛者では社会で生きていけない』と言う時代になったのである.これが『社会の成熟』なのかもしれない.

韓国も、90年代の経済成長政策に、渋沢栄一の『資本主義経済の在り方』を取り入れていれば、『負の遺産』や『人災による大惨事』は避けられたかもしれないのである.

話を元に戻すと『競争や利益追求が悪い』のではなく、行動規範のような、『モラルの欠如が悪い』のである.従って、韓国の経済成長に『モラルが欠けていた』と言うべきなのである.ラグビーやサッカーで死闘を繰り広げても,ルールを無視しては,試合にならないのである.

私的な経験だが,学生時代,池田隼人および近代経済学者の所得倍増論を学んだ.その後,高度成長が進むと,公害問題や排ガス問題が大きくなった.その時,学生時代に学んだ産業連関分析(経済の波及効果モデルによる経済予測)を見直すと,このモデルに公害要素が抜けていることが判明したのである.経済の拡大で公害が増え,その為の公害対策コストの拡大や公害防止事業の拡大が考慮されていなかったのである.

現在,中国は経済成長が続いているが,『企業の行動規範』が不可欠な成熟社会とは程遠く,産業連携モデルも依然として,公害や安全安心の要素が抜けていると感じるのである.儒教の発祥地の中国に,渋沢栄一の『道徳経済合一』を逆輸出したいくらいである.

さて,日本も、いろんな取組を進めるも、人災、瑕疵、無防備,による大惨事が度々起こる.勿論、頻発する自然災害による大惨事も多く発生している.その都度、技術開発、制度仕組みの改革、減災・防災対策を進めているが,自然環境の厳しさや費用との兼ね合いもあって、常に万全であるわけではない.

しかし、戦後、世界に先駆けて、公害問題はじめ,あらゆる分野で,安全、安心、あるいは、品質向上に取り組んできた事は確かである.その意味で、日本は意識も、責任感も、技術も、制度仕組みも、先進国だと思うのである.

只、いくら日本が先進国だと言っても、心配する事がある.『巨大な自然災害』の問題である.

今、『国土強靭化計画』が東日本大震災からの復興と共に進められているが、問題は、この『国土強靭化計画の完成時期』と『財政破たん時期』と,『巨大地震、津波の発生時期』の順番がわからない事である.

『財政破たん』が最も早く発生する感じがするが、もし、そうだとすると,強靭化計画は防災、減災の為ではなく、『財政を破たん』の為になってしまうのである.国土強靭化を急いで,『財政破たん』に陥ったら、日本は『巨大地震、津波の発生』の前に,『人災で国中が大惨事になる』のである.

このように、『巨大地震・津波の発生』より前に,『財政破たんの回避』をしながら、どう『防災,減災を進めていくか』が日本の最大の課題なのである.

振り返れば、日本は有史以来、沿岸部の埋め立て,治水,土地開発で国土を広げてきた.そこに都会や田畑を作って来たのである.しかし,地震、津波で、ここが危ないと言うのだから、対策は簡単ではない.日本が存続する限り,どうやら、100年200年のレンジで,山間部に平野や都会を作る方向にシフトすべきかもしれないのである.オランダのような沿岸部の防潮・治水対策では済まない感じがするのである.

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