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2014.08.24

368 繰り返される水害・土砂災害に打つ手はないのか

今年はゆっくりと日本に上陸した台風11号やその後の集中豪雨で、日本各地に甚大な災害が発生した.それもつかの間の8月20日深夜,広島山間部を襲った集中豪雨で、大規模な土砂災害が発生、山裾の住宅街が一気に飲み込まれてしまった.そして、今、わかっているだけでも,40名を超える人命が失われた.現在時点の不明者数からすると、更に,その数は増えそうである.

ところで、日本は毎年1000か所で土砂災害や水害が発生しているそうだが,これは異常気象のせいばかりではなく,災害リスクが高い所に多くの人が住んでいる事も関係していると思う.言い換えると、安全なところが少ない国土がそうさせているとも言えるのである.

改めて言うまでもなく、我が国は、列島がほとんど山であり、平野部が狭い.言い換えると、山と海との距離が短い地形になっているのである.しかも、台風等によって、豪雨が発生すると、山の水が一気に平野部の河川に流れ込み、瞬く間に河川の氾濫が起るのである.

こんな地形から,日本人は古来より,毎年,土砂崩れや河川の氾濫と戦って来たのである.全国各地にお寺が多いのは、毎年の自然災害と無関係ではないのである.まさに日本は『水を制する者が国を制する国』なのである.

そんな我が国は明治に入ると,列島改造に取り組んだ.大きな水系を中心に、山から海岸に至る大規模な治水・利水事業、土地改良事業、を展開した.又、里山の砂防ダム、市街地の河川や排水路の整備も進めて来た.同時に、沿岸を埋め立てて、土地の造成も進めて来たのである.

これらの国家事業によって,農業地、産業地、市街地、住宅地、が整備され、今日を迎えているのである.近年、地下鉄や地下街の発達した都会では、大規模な『地下水対策』も施しているのである.

まさに日本は現在も,治水・利水・開拓による,列島改造国家、土建国家、なのである.同時に,日本は防災事業や道路・高速道路・鉄道・橋・トンネル,等の社会資本整備事業に大規模な、しかも、難工事が多く、ヨーロッパ大陸やアメリカ大陸からみれば,10倍くらい費用が掛かる、高コスト国家なのである.

しかし、このように治水・利水事業を長きに渡って、進めていても、残念ながら、山間部の土砂災害、平野部の水害は一向に減らない.しかも,どちらの被害地も、ほとんどが住宅地である.

どうやら,上記のような国家事業の推進はあるものの,宅地開発に対する防災面の規制が甘かったように感じるのである.行政としても,確実に災害が起きると言いきれない所が甘くなった原因かも知れない.又、土地神話と言われれうくらい、土地へのこだわりが強い国民性が防災を疎かにしていたのかも知れない.

この日本の住宅は経済成長と共に変化して来た.都市部に人口が集中し始めた頃、都市部では、アパート、文化住宅、公団、が増え、高度成長期になると,里山・丘陵地を切り開いた大規模な宅地開発や市街地ではマンション建築が行われた.その動きは現在も変わっていない.

その結果、高度成長期に作られた山間部の住宅密集地が全国に広がり、その状況の中で、今回の山間部の土砂災害が発生したのである.その意味では、同じ事が全国で起こり得るのである.

悲観的に言えば、日本国民は、山間部の土砂災害、平野部の水害、沿岸埋立地の液状化、等、多くの危険箇所の中で暮らしている事になる.これに、地震や津波を心配すれば、安心して住める場所など日本にはない感じになるのである.

現在、水害や土砂災害に関する危険箇所(土砂災害危険箇所52万箇所)を各自治体がリストアップしているが、法的効力のない参考情報である.法的な制度として,15年前の広島で起こった大規模な土砂災害の反省から、『土砂災害防止法』がある.

この『土砂災害防止法』は,警戒区域、特別警戒区域の設定,土地売買での告知、避難勧告や避難体制の整備、建築制限、転出勧告、等が決められているのである.だが,現実には警戒区域の設定や既住宅の転出などはあまり進んでいないのである.

警戒区域の設定には調査に時間を要したり,余りにも危険箇所が多すぎて,設定に手が回らない実態があるからである.又,設定による地価の下落問題もある.住民の方も、危険箇所や警戒区域に指定されても,簡単に転出出来ない現実もある.

現実の防災事業においては、『土砂災害防止法』云々以前に、災害が起こった場所の対処療法だけで精一杯だと言う現実もある.そんな訳で,危険箇所は減る事はないのである.

結局、無数の危険箇所や警戒区域がわかっても,どうしようもない状態が続いているのである.せめて,避難準備をしておく程度になるのである.そんなわけで,『土砂災害防止法』は、現実の防災には,あまり役に立っていないのが現実だと言えるのである.

今となっては,宅地開発に関する規制が後手に回った感じがするのだが,では、どうすれば良いのだろうか.短期間で対処できる問題ではない事は明らかである.そこで,長期的視点に立った時,対策の方向は次の二つに絞られると思うのである.

①平野部においては、先手で水害対策を実施する.

②山間部においては、山から一定の距離内を宅地にしない.

①の平野部の水害は『低い土地で起こる』わけで、危険区域ははっきりしているのだから対策が打てるはずである.広範における水系全体の治水対策、遊水対策、地域の河川や街の排水対策、をしっかりやる事で水害は防げるはずなのである.

②の山間部の土砂災害防止だが、現行の『土砂災害防止法』で警戒区域を設定し,先手の防災措置、警報発令,避難体制、宅地規制、転出勧告、等を決めているが、上述のように、防災にはあまり役立っていないのである.その理由を整理すると、次の理由に集約される.

・災害の危険箇所はハザードマップに示されている.(但し、法的な意味はない)

・法的な警戒区域の指定には費用と時間がかかる(調査・分析、住民説得,等)

・現実の土砂災害防止工事は対処療法で精いっぱいである.(限界がある)
・警戒区域の設定をしても、地価が下がるだけで、防災対策が進むわけではない.


このように、土砂災害防止には、決め手がないのである.ハッキリ言って豪雨次第である.沿岸部の津波対策にも同じ悩みがある.いずれも、無数にある危険箇所を『ハードで防災する事』には、物理的にも、経済的にも、技術的にも、限りがあるからである.

そんなわけで、根本的な防災措置は『山から離れて住む』しかないのである.具体的には,細分化された場所ごとに危険性のチェックをするのではなく、地域毎に山からの一定距離を設定し,その距離内は宅地にしない事を基本にするしか手はないと思うのである.

そして大事な事は,行政は『危ない所を宅地にしない』、住民は『危ない所に住まない』事だと思う.この『割り切り』を実現するには、安全な場所に宅地を開発したり、そこに移ったり,木造一戸建て文化から集合住宅文化への移行も必要だと思うのである.

そして,100年後には,戸建て木造住宅はなくなり,水害や土砂災害,或いは,火災や地震にも強い,耐久年数も数100年の頑丈な集合住宅に住むのが当たり前になっている事を想像するのである.

すでに、バブル期に建てた住宅に、一人で住んでいる年配者が多くなっている.中には,介護付きマンションに移る人もいる.住宅の対応年数が来ている事も考えると、意外と早く、戸建て住宅が少なくなるかも知れないのである.

勿論、これらの変化と並行して,自治体は危険箇所にある住宅を管理し,住民と連動した避難対策を徹底すると同時に、その住宅数を減らす目標管理も必要である.当然、現行の『土砂災害防止法』は根本から見直す事になる.

振り返ってみれば、日本人はずっと古来より、現在においても、自然との融合文化の下で,豊かな自然がある場所で,木造の戸建て住宅に住みたいと思ってきた.たとえ、台風,水害,土砂災害,地震,津波,火災,などの住宅被害が毎年、どこかで発生していても,この住宅文化を変える事はなかったのである.

今回の広島の大災害を見るにつけ,100年の計くらいの視点で、日本の住宅文化や都市計画を考え直す必要があると実感したのである.近年、コンパクトシティと称して、過疎対策や省エネ対策が話題になるが、自然災害国家らしく『防災都市つくり』をコンパクトシティの基本コンセプトに据えて欲しいと思うのである.

特に、全国に無数にある土砂災害から住民の安全性を確保する為には,いつ起こるかわからない自然の猛威に立ち向かって、果てしない防災・減災工事をやるのではなく、自然の猛威に直撃されない場所に住環境をつくる事を基本にすべきだと思うのである.

この方が防災対策として建設的だと思うし、経済的にも、実現性は高いと思うからである.津波対策も同じ考え方が必要だと思う.

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2014.08.07

367 嘘の慰安婦報道を続けた朝日の報道姿勢を問う

1990年頃より,韓国は反日運動と連動して,慰安婦問題を政治問題化し,今日においても、『性奴隷国家日本』を世界に吹聴している.当ブログでも、この問題を浅学ながら勉強し,発信して来た.

当ブログ NO344 私なりの『慰安婦問題』の考え方(2014・01・31
当ブログ NO324 続・橋下氏の歴史認識への異常なバッシング(13・05・24

この慰安婦問題に『朝日新聞の報道』が大きく影響していると言われていたのだが、.この批判に答えるべく、朝日新聞はやっと『自社報道の検証』を行い,8月5日,その結果を公表した.この検証報告に朝日新聞の報道姿勢がよく表れていると思う.その姿勢から見えてくる朝日への疑念、朝日がとるべき姿勢、日本の対応、等、述べてみたい.

朝日新聞が公表した中で、最も重要な点は次である.

①吉田証言を虚偽と認め,今回,その記事を取り消した.

朝日新聞は、吉田証言(強引に女性狩りをしてトラックで連行したとの証言)を昭和57年(1982年)から何回も記事に取り上げた.

この記事によって、日本が女性を強制連行をしたとして,韓国の反日運動に火を付け、世界にその事が広く伝わったのである.この吉田証言の信憑性を疑う指摘が多くあったが、それを無視してきた朝日新聞は、32年後の今日、この吉田証言が虚偽であったと認め、過去の報道を取り消したのである.

②朝日新聞は挺身隊を慰安婦と混同していた

朝日新聞は朝鮮半島出身の慰安婦について第2次大戦直前から,『女子挺身隊』などの名で前線に動員され(約20万人)、慰安所で日本軍人相手に売春をさせられた』と報じた(91年).

挺身隊員が組織的に慰安婦にされた事実は確認されていないが、朝日新聞は当時、挺身隊と言う語を慰安婦の意味で使う風潮に影響されて、挺身隊を慰安婦と混同して、この記事を書いたと言うのである.(私は理解不能)

③朝日新聞の慰安婦問題の本質的問題認識は変わらない

朝日新聞は重大な『嘘の報道』を取り消す,としながら、日本軍兵士らが女性の尊厳を踏みにじって、性行為をした歴史的史実は変わらず、これを、『慰安婦問題の本質的な問題』として認識している、と言明した.又、①②で組織的に強制連行したとする記事を取り消したが、より広い概念で,日本の強制性はあったと改めて言明したのである.

この公表に対し、朝日の基本的な報道姿勢を問いたい.

①『嘘の報道』をした『原因』,『今回までかかった理由』に何も触れていない.

『吉田証言の女狩りの記事』と『挺身隊の名で集められた韓国女性が慰安婦にされたとの記事』が多くの反論があったにもかかわらず、今日まで、32年間、正しいとして来た理由について全く述べられていない.

又、そもそも、どうして間違った記事を報道してしまったのか、の検証もない.公表では、さらっと原因らしくものを述べているが、報道機関としては、いかにも幼稚な説明で、信じられないのである.

それだけに、『吉田証言の記事』や『挺身隊を慰安婦の募集組織とした記事』が、

『朝日新聞の政治思想、歴史認識、あるいは、自民党攻略の目的と一致した内容だから、盲目的に飛びついて、或は、嘘と知りつつ、一連の嘘の報道をしたのではないか』

との疑念を覚えるのである.思想に走ると、真実を見失ったり、捏造に走ったり、する事があるからである.

もしそうであれば、朝日新聞は『嘘の報道よる煽動』をした事になり、朝日新聞の存続に係わる問題になる.従って、『この一連の嘘の報道がどのようにして作られたのか』、『今日まで取り消さなかったの理由は何か』を第三者を交えて調査する必要があると思うのである.

②『嘘の報道』が韓国の主張に,どのように影響したか、の検証もない.

『嘘の報道』が根拠になって、『日本は官の強制連行で、20万人の韓国女性を性奴隷にした』と言う『韓国の主張』になって、最近では、慰安婦像や石碑になっているのではないか,との疑念は誰でもが持っている.それに対し、一連の記事が根拠になっているのか、無関係なのか、朝日新聞は自ら調べ、検証する義務がある.

そして、記事を取り消した現在、韓国の主張や石碑の文言が、間違っている、と言うのか、正しいと言うのか、朝日新聞にも、朝日新聞に同調して、日本の強制連行を認めていた多くの有識者にも,昨年,橋下氏を激しくバッシングした人達にも、改めて聞きたいのである.

③さらに,次の『影響』について,何も検証されていない

上記のように、『嘘の報道』が『韓国の主張』に影響を与えた,だけではなく,各国や,国連人権委員会の認識にも、河野談話の政治決着にも、日韓関係にも、日本国民の尊厳にも、重大な影響を与えたと思われている.この疑念に対しても、朝日新聞は答えていない.

この『嘘の報道』による①②の影響について、朝日新聞は何も答えていないのだが、自分のした事の重大な影響に触れたくないのか、自分の報道の影響まで責任を持てないと言うのか、知らないが、悪い事をしたと自白したのだから,その影響を調べるのは当然の義務だと思うのである.

④『嘘の報道と,その取り消し』に対し『論理のすり替え』で逃げようとしている.

朝日新聞は自社の記事で『日本の軍隊が強制連行によって韓国女性を性奴隷にした』と報じたことを、今回、取り消したのだが、日本軍の『強制性』のある中で、慰安婦として自由を奪い、女性としての尊厳を踏みにじった歴史的事実は何も変わらない、と言う趣旨の言明をしたのである.

抽象的な『強制性』と言う言葉を使えば、『強制連行』の記事を取り消しても、本筋に影響がないと考えたようである.

そうすると、慰安婦像や石碑に刻まれた『韓国女性が日本軍によって性奴隷にされた』と言う韓国の主張は朝日新聞の認識としては、何も変わらない,と言う事になる.

世間も私も、朝日新聞の相変わらずの弁明を聞きたいのではなく、『嘘の報道』をし続けた事に関する、『原因、影響、反省、責任,今後の対応』を聞きたいのである.それを検証すべきなのである.朝日新聞は論理をすり替えて『この本題』から逃げてはならないのである. 

朝日新聞の逃げてるような姿勢を見ていると、上述したように、やっぱり、こんな疑念を覚えるのである. 

・朝日新聞の報道には、政治思想や政治的目的、があって,それに沿った記事を,大した裏も取らずに流す習性があるのではないか、

・そして、もし記事の間違いが発覚した時は、率直に非を認めず、シナリオが崩れないように、論理のすり替えに走るのではないか、


・そこに、更に、『自論を曲げたくないプライド』、『間違いを認めたくない自己保身』が加わっているのではないか.
 

この疑念がないと言うなら、朝日新聞は世間の求める『本題』から逃げてはならないのである.

⑤結果、『嘘の報道』への『反省,謝罪』,『責任の取り方,今後の対応』が全くない. 

上記で重大な『嘘の報道』をした朝日新聞は、そうなった『原因』、それによる『影響』を自ら調べるべきだと述べたが、その上で、この廃刊にも値する,『長期にわたる重大な嘘の報道』をした事に、朝日新聞は、何ら、『反省、謝罪,責任の取り方,今後の対応』を述べていない.誰が見ても、記事の取り消しだけでは済まないのである.

特に、世界に広がった誤情報をどんな取り組みで訂正して行くのか、朝日新聞の重要な責任であり、義務だと思うのである.

それどころか、上述の倫理のすり替えのように、『誤報はしたが、それを取り消しても、歴史的事実は変わらない』として、特に反省はしないと言う態度である.重大な『嘘の報道』をした事の罪悪感を全く持っていないと感じるのである.

一般に、間違った報道をした場合、それで被害をこうむった人の訴訟を受ける事はあっても、通常は、謝罪もせず、記事の訂正ですます事が多いのである.社会がそれを許しているのは、間違いは起こり得るし、間違いが判明した時、速やかに訂正を公表する事を前提にしているからである.又、裁判でも、重大な間違いがない限り,余り厳しく、追及しない傾向がある.それは,報道の自由を委縮させない為である.

だからこそ、報道機関には、『報道の自由』を機能させる為にも、『自浄作用』が求められているのである.その意味で、朝日新聞は,嘘の報道をし続けた事に対し,事の重大性を自覚し、他から言われる前に、自浄作用として、自らの責任で『原因、影響』を検証し,『反省、謝罪、責任の取り方,今後の対応』を公表すべきなのである.

これなくして、今後、朝日新聞は報道の自由を標榜できないし、自浄作用の働かない新聞社として、廃刊になっても不思議ではないのである.

又,報道機関全体としても、『健全な報道の自由を守る為』にも,『朝日新聞のケジメ』を要求すべきである.同時に、朝日新聞の『嘘の報道』に同調して来た報道機関は、同じようにケジメが必要だと思うのである.

昨年、橋下維新の会代表が、自身への誹謗中傷記事に対し、『報道の自由と責任』に詳しい専門家として、『朝日新聞は謝罪の仕方も、責任の取り方も判っていない』と厳しく叱責していた事を昨日のように思い出すのである.

以上、①②③④⑤の感想・指摘から言える事は、

朝日新聞には、『重大な間違いに対するリコールの精神が全くない』と言う事である.通常、リコールは自ら間違った事の影響の大きさ、重大性を自覚し、間違っている内容、間違った原因を公表するとともに、反省、謝罪、責任,再発防止と今後の対応、を明らかにするのである.

私の独断で言えば,朝日新聞は『嘘の報道』の影響の大きさ、重大性を感じていないのか,或は、感じていても、素直に言えない幼稚なインテリのプライドがあるのか、或は、煽動報道の確信犯として、してやったりと思っているのか、のどちらかである.どちらであっても、真摯なリコールの精神など全くない、と言わざるを得ないのである.

そんな『自浄作用のない』、又,『報道姿勢への疑念』もある朝日新聞が,まずやるべき事は『慰安婦問題の本質的な問題の追求』ではなく『自社の報道における本質的な問題の追及』だと言う事を強く提言しておきたい.

これなくして、朝日新聞の責任と義務は果たせないし、『報道の自由』を自ら怪我している事になるのである.

⑤韓国のメデアの反応

朝日新聞の検証結果に対し、『嘘の報道』があった事には別段の反応がない.勿論、これまでの韓国の主張や慰安婦像の文言に,どう影響するかも触れていない.

むしろ、朝日新聞が論理のすり替えで言った『慰安婦問題の本質的な問題』に賛意を示している.ならば、朝日新聞同様、世界共通の人権の問題として追求すべきである.しかし、過去にそんな動きはない.

もっとも、韓国としては、朝日新聞の記事に騙されて反日運動に火をつけた、等と,いまさら言えるわけがなく、朝日新聞の論理のすり替えに同調するしかなかったと思うのである.

⑥日本の対応

韓国のしつこいほどの世界に向けた日本非難が、間違っているとの空気が出始めた.河野談話の検証、慰安婦像や石碑の文言の信憑性、韓国の米軍向け慰安婦の国家賠償訴訟、韓国軍のベトナム戦争時の性的蛮行,などが影響していると思う.更に今回の朝日新聞の記事取り消しで、さらに、日本非難から韓国非難に矛先が変わると思う.

何よりも、韓国大統領の『正しい歴史認識が無ければ未来はない』という政治姿勢に問題があると見られ始めたからだと思う.歴史認識は国によって違うからである.こんな事を言っているようでは永久に未来は来ないのである.

正しくは『ナショナリズムでゆがめられた歴史認識を相手に強要したり、攻撃の材料にすれば争いになる』である.又、『双方の歴史認識の差を知った上で、未来志向に行く』が正しいのである.世界の歴史がそれを証明しているのである.

ナショナリズムでゆがめられた歴史認識で自国のナショナリズムを煽り、政治的プロパガンダにして外交に臨む手法は中世期型政治である.近代政治の方向はいかにナショナリズムを抑えるかである.中国、韓国、北朝鮮は、依然として,中世期型ナショナリズム国家なのかもしれない.

その上で日本の対応であるが、まず、米国に展開中の『慰安婦像や石碑に書かれた文言』の根拠を有識者が追求するだけで良いと思う.

折角、石に『数十万人の韓国女性が性奴隷にされた』との文言が刻んであるのだから、その文言が、どんな史実から来ているのか、根拠を聞けばよいのである.とにかく、韓国人の多くの人に根拠を聞きまくればよいのである.

多分、多くの人は、『慰安婦だった人の証言が根拠だ』『河野談話が根拠だ』、と言うかもしれない.しかし.そこから『数十万人が性奴隷にされた』とはならないのである.数十万人の数字の根拠は『推定値』と答える人が多いと思う.韓国がいかに、石に文言を刻む事が好きな民族だとしても、推定値を石に刻む事は許されないと抗議すればよい.

韓国の反日運動家はどうみても、90年頃の『吉田証言と挺身隊』の朝日新聞の記事に飛びついて、慰安婦問題を政治問題化したと思うのである.数十万人の表現も、現実にあった女子挺身隊20万人を朝日新聞の記事によって、慰安婦20万人になり、更に、これが誇張されて数十万人になったに違いないのである.

韓国はさすがに、朝日新聞の記事が根拠だとは言えず、朝日新聞の論理のすり替えのように、強制性があったと言うと思う.しかし,『数十万人』は説明出来ないのである.本当に韓国女性が数十万人性奴隷にされていたら、90年頃の朝日新聞の記事が出るまで、韓国は黙っているはずがないし,日韓基本条約締結時(1965年)でも大問題になっていたはずである.

この文言の根拠を聞く事によって、石碑の文言は朝日新聞の『嘘の報道の取り消し』によって、信憑性がなくなり、慰安婦像、石碑は『嘘の記念碑』になるのである.出来たら、撤去せず、後世の『歴史認識の危うさ』を伝える記念碑にして欲しいと思う.

最後に忘れてはならないのは、橋下氏が指摘している事である.

強制連行がなかったとしても、当時,日本軍軍隊と業者による慰安婦所は併存し,その慰安所を性犯罪と性病の防止の為に官が介入し、その施設を軍人の生死をかけた戦いの慰安として利用したのだが、女性への人権意識が低く、尊厳を踏みにじった行為に対しては、反省し謝罪する必要があると思う.

その意味では、慰安婦がいた多くの国でも、有史以来の『兵と性』の問題を検証し、反省すべきだと思うのである.

特に日本は戦後まもなく、(1958年・昭和33年)貧困からくる女性の悲劇を防ぐ為に、売春防止法を制定している.その精神を過去にさかのぼって,反省、謝罪することには抵抗がないと思う.

ちなみに、ヨーロッパ諸国は売春がヤミで行われない様に,非人道的行為は禁止しつつも、売春を合法化している国もある.韓国は2004年に売春禁止法が制定されたが、それまで、女性の悲劇も含めて売春はずっと行われていたと思われるのである.

韓国で売春が許されていた中で、自国のことは棚に上げて、日本人による慰安婦を問題にしているのは,女性の『人権問題の視点』ではなく、明らかに、『反日のナショナリズムの視点』だった事がわかる.是非,人道的視点で、韓国の慰安婦問題を検証すべきだと思うのである.

以上、朝日新聞の検証結果、それに対する私の感想・指摘、そして日本の対応、を述べた.

そこから言えることは、朝日新聞の今回の検証で、『やっぱりそうだったのか』で終わりにさせてはならないと言う事である.しろ、これから、朝日新聞の報道姿勢を問い、慰安婦問題の洗い直しが始まると思うのである.

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