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2014.11.29

379 報道の自由と放送法を考える

新聞や雑誌には,言論の自由とか,表現の自由とか,報道の自由,がある.報道の自由の行使においては日米に大きな違いがある.

日本の全国紙の場合は,公平性,客観性を装って,実際は主観的な報道をする事が多いのである.ともすると,読者は客観報道だと勘違いするのである.

一方米国の大手新聞は,政党や政策、或は自分の考えを明らかにした上で,記名付の報道をしているのである.まさに,報道の自由の下でど堂々と主観報道をしているのである.読者はそれをわきまえて新聞を選んだり、読んだりしているのである.

日本のコマーシャルで宣伝主の指示や出演料があるにも関わらず、あくまでも個人の感想ですと断って,いい事を言わせているが,米国では、これをステルスマーケテンク(やらせ)と言って,禁止しているのである.米国では消費者保護が徹底されているからである.

さて、日本と米国のマスコミミで,どちらが報道の自由の精神を発揮しているだろうか.同じ報道の自由でも、その行使の仕方は米国の方が一歩も、二歩も、成熟していると思うのである.日本のマスコミでもコマーシャルでも,米国の精神を学ぶべきだと思うのである.

一方、テレビ放送においても、日米の違いがある.米国の場合は新聞と同じ報道の仕方だが、日本の場合は『放送法』によって,客観性,公平性が義務つけられているのである.視聴者への影響が大きい事,公共物である放送網を使う事,から、この法律が制定されたのである.

この放送法は放送を『公衆によつて直接受信されることを目的とする電気通信による送信』と定義し,その放送を行う場合、認可を受けた放送事業者に次の事を要請しているのである.

・公安及び善良な風俗を害しないこと. 
・政治的に公平であること. 
・報道は事実をまげないですること.
・意見が対立している問題については,多くの論点を明らかにすること.

この放送法には,いくつかの課題がある.列記してみたい.

1.ケーブルテレビの自主放送に放送法が適用されるのかと言う問題がある.有線は私設であり,報道目的が公衆ではなく,ケーブルテレビ契約をした人への送信だからである.ケーブルテレビが出た当初は放送法の外で位置づけられたが,近年,放送法が適用されているのである.

2.有料放送に放送法が適用されるのかと言う問題もある.これも又,公衆への送信目的ではなく,契約者への送信だからである.

3.米国のテレビ報道は新聞と同じように主観報道をしている.日本は放送法があるだけに,公平性、客観性があると信じられている.実際は新聞と同じように,放送法を守っていると装って(客観性を装って),主観的報道をしている場合が多いように感じられる.

実際,民間放送局が新聞社の配下にある事から,政治的中立性がすでになくなっている現実がある.子会社のテレビ局に放送の認可を取らせて,新聞社の主張をテレビに流している感じになっているのである.先の朝日新聞の大誤報事件に対し,テレビ朝日の報道を見ると,完全に放送法を無視しているのである.本当に,放送法を守るなら,テレビ局は新聞社から独立すべきなのである.

4.そもそも,公平性とか客観性の判断基準があるのか,誰がチェックしているのか.放送法違反を指摘した事があるのか、あるいは,認可取り消しをした事があるのか,よくわからないのである.報道の自由を優先する為か,放送法を誰も守らない,誰もチェックしていない,誰も指摘をしない、感じがするのである.これでは、放送法が、主観報道を客観報道に見せかける装置になっているだけなのである.

5.インターネットのコンテンツ(Youtube、インターネットテレビ等)の送信は世界の万民に向かっての情報発信であり,放送の定義に当てはまるのだが,実際は誰でも,このような送信ができる事から放送法を適用する事は実質不可能なのである.

やむを得ないと言う現象が他にもある.インターネットが使う有線・無線の通信網が公共物であるにもかかわらず,公平性,中立性が問われない事になる点である.

そうなると,放送法は結局,テレビ局向けの制度と言う事になるのだが,将来,もっとインターネット放送が拡大して行くと,この放送法がどれだけ意味がある事になるのか,が問われてくると思うのである.

6.最近、民放テレビは,特にBS放送はテレビショッピング番組がきわめて多い.調べてみると,放送法第5条で放送番組の種別を教養番組・教育番組・報道番組・娯楽番組,等としているのだが、近年,各社は収益確保の為に番組種別の中の『等』を利用して『テレビショッピング(通信販売)』を番組種別に加えているのである.そして堂々とテレビショッピングを番組として放送し,商売しているのである.

電波は公共物であり,広告時間に自主規制をかけているのだが,テレビショッピングはそんな精神はどこかに行ってしまって,公共の電波を堂々と私的な目的に使っているのである.これも,まさに放送法の空洞化である.

以上,いくつかの課題を列記したが,じゃどうするかである.浅学では論じられないが,次の考え方をまずはっきりさせる必要があると思うのである.

①テレビ各社の報道に公平性,中立性を求めるべきか否か.
②求めるとした時,テレビ局は新聞社から独立した報道機関にすべきか,否か.

③求めるとした時,公平性,中立性の判断基準を作るべきか,否か.
④求めないとした時,米国流(主観報道明記)にするのか、否か.

の検討が必要だと思う.また,民放のテレビショッピング番組に関しては

⑤見る,見ない,を視聴者が判断するので,テレビ局の勝手でよいと考えるのか.
⑥電波使用料をテレビショッピング時間分,別に課金すべきだと考えるのか.
⑦テレビショッピング番組は禁止し,広告収入のみにすべきだと考えるか.

こんな思考で整理してみたいのだが,多くの議論を呼びそうである.

私見で言えば,インターネットに代表される情報化社会は,いろんな情報が飛び交うだけに,自己判断が大事になる社会である.

その中で,テレビ報道は視聴者に与える影響が大きいだけに,視聴者への情報の整理役,判断材料の提供役であって欲しい感じもする.ならば,放送法の公平性,客観性,が必要な感じがするのである.あるいはNHKのみにこれを求め、民放は米国流に主観報道を許すことにするかである.

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2014.11.24

378 安倍総理の『解散の決断』への反応

11月21日,安倍総理は『景気条項による消費税増税延期』の決断と合わせて『安倍政権・政策の信任』を問う衆院解散・総選挙を決断した.12月14日投開票となる.この解散に不思議な反応が起こっている.いくつか列記してみたい.

①『解散の大義がない』との反応.

任期が残っている与野党議員,絶対多数を持っている与党,安倍政権支持者,等の立場の人達の声である.総選挙をやる必要がないのだから国費700億円が無駄になる,とも言っているのである.

この声で,特におかしな事は安倍政権を批判している人達の声が大きかった事である.この人達が『解散は当然だ』と言うならまだしも,『解散に反対だ』と言うのだから、自己矛盾も甚だしいのである.これに気が付いたのか,この声は下火になったが,この人達の『自説のない批判癖』や『自分の身分の保身』から,思わず出てしまった感じである.

②『争点がはっきりしていない』と言う反応.

解散は総理の専権事項であり、いくら解散権の乱用だと批判しても、一気に選挙モードに入らざるを得なくなるのである.ここでの反応にも,おかしいものがある.『増税延期は争点にならない』『争点がはっきりしない』との声である.これもまた自説のない人達、試験問題しかやった事がない人達、の声である.

これも、①と同じおかしな反応だが『争点は自分がつくるもの』である事に気づいたのか、この声も下火になった.

③『今回の解散総選挙は長期政権を狙った党利党略だ』と言う反応.

野党やマスコミから,自民党の党利党略の解散だとの批判の声が上がった.この反応を論理的に説明できない,上記①②と同じ,おかしな反応である.

そもそも政党政治は政策や保身や勢力拡大などの党利党略で動いている.選挙に勝つための露骨な野合,選挙協力なども,あるいは政策のバーター取引も,党利党略の最たるものである.与党が長期政権を狙うのも当たり前である.

特に日本の抱える難問(憲法,安全保障,借金,外交,社会保障,防災,少子化,教育,等々)に取り組もうとすれば,長期安定政権なくして解決できないのである.不安定政権では,日本の難問の深刻さが増すばかりなのである.

④安倍政権は『社会保障改革も,身を切る改革もしていない』と言う反応.

野党は急きょ,公約作りや立候補者の選定に入る事になるが,自民党への攻撃だけは早くも始まっている.今年の4月,消費税5%から8%への増税に対し『社会保障改革も、身を切る改革もしていない』と言う批判である.

そもそも『社会保障と税の一体改革』を民主党政が唱えた時,当ブログで批判した.民主党の社会保障改革案が根拠のない出鱈目であった事,増税だけでは解決しない事,にも関わらず,増税の大義として社会保障改革をかざしていた事,が理由である.しかし,残念ながら,民主党政権の幼稚な発想に,自民党の増税派が悪乗りした事で,三党合意がなされてしまったのである.

案の定,社会保障の改革は部分的な改定はあるものの,抜本的改革の姿は描き切れていないのである.従って,出来ていない事が悪いのではなく,出来ると嘘を言った事が悪いと思うのである.したがって,この反応に違和感がある.

安倍第2次政権では,財政健全化問題も,社会保障財源問題も,デフレ脱却せずして解決しないと考えており,その考えからすれば,不純な三党合意は破棄すべきだったと思う.それだけに,4月の5%から8%への増税は苦渋の決断だったと思う.しかし,懸念通り,増税の悪影響が大きく,結局,来年度の8%から10%への増税は延期と決断し,デフレ脱却,経済成長に重心を移す事にしたのである.

もう一つ『身を切る改革ができていない』との反応の事である.当時の野田首相と安倍氏の党首討論で増税と議員定数の削減に同意し、野田政権は解散したのだが,定数削減が出来ていないとの反応である.また、増税を国民に求める以上、議員や公務員の身を切る改革も必要だとの声もあり、これにも安倍総理は実行していないと言うのである.

当時、増税をするなら『議員定数削減や議員・公務員の身を切る改革』が必要だとの論調が多かったが,当ブログで疑義を述べていた.本来、議員定数の問題は増税有無とは無関係に、民主主義の根底にかかわる問題であり,統治機構の問題や参院不要論などの問題にもかかわってくる問題なのである.

議員や公務員の費用削減も、増税有無とは無関係に,行政改革も含めて,常に考えるべき問題なのである.国民に増税をお願いするからと言う感情論,姿勢論ではなく,常に不要不急な歳出は即削減していかなければならない問題なのである.

したがって,論理や仕組みの議論をせずに,身を切る改革と称して,何人削減、何%カットなどと言い合っている事自体が幼稚に見えるのである.これでは,何も決まらないのは当然なのである.いや、何も決めたくないから,幼稚な事をしているのかもしれない.

そんなわけで『身を切る改革』の意味が全く不明だが,これをよく口にする政治家に立論力を感じないのである.それとも,『身を切る改革』などと浪花節を打てば,支持が増えるとでも思っているのだろうか.『身を切る改革が出来ていない』と叫ぶ人に,一度、この意味を聞いてみたいと思うのである.

以上,解散・総選挙が決まった瞬間、各党のくだらない反応が乱発したが,そんな事より,日本が抱えている難問に建設的な主張をして欲しいのである.各党の選挙公約に期待したいのである.

特に安倍政権が取り組もうとしている,憲法改正問題,中国・韓国・北鮮、等の外交問題,集団的自衛権問題、財政健全化問題、経済政策問題,社会保障問題,行政改革問題,そして,国家予算の構想にも言及して欲しいのである.

安倍総理としては、任期が2年ほど残っているが、日本の政治が避けて来た難問に取り組むにあたり、国民の信を問うているのである.又、難問の解決には長期政権が必要だと考えるのは当然だと思う.野党も国民も、しっかり安倍総理の投げかけに、正面から反応すべきだと思うのである.

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2014.11.17

377 中国の大国意識へのオバマ大統領の牽制

今回のAPECの議長国である中国は,APECの場を利用して,露骨に『自国の国威』と『世界の大国としての中国』を鼓舞したかったようである.北京オリンピックと同じ発想である.中国国民のナショナリズムを満足させたかもしれないが,はたして世界の評価はどうだったのだろうか.

APEC直後の15日に豪州ブリスベンで開催されたG20で,オバマ米大統領は痛烈に中国の大国姿勢を牽制したのである.私の感想だが,最近ない大統領らしい演説で『中国は大国の資格はない』と言っていたように聞こえたのである.その概略を記しておきたい.

・米国が中東情勢などに労力を費やす中でもアジア重視戦略を維持し,包括的な関与を強化する方針を改めて表明した.

・オバマ氏は「アジア太平洋における米国の指導力(の維持)が私の外交政策の常に基軸である」とし「外交、軍事、経済、価値など米国のあらゆる力の要素を駆使し,着実に丹念に関与を深め続ける」と強調した.

・また「われわれは危機に直面している」とし,北朝鮮の核・ミサイル開発や東シナ海や南シナ海問題を念頭に「離島や岩礁をめぐる領有権争い」に言及した.

・「大国が小国を脅かす威圧や威嚇ではなく,相互安全保障と国際法・規範,平和的解決を基本にしなければならない」としたほか「同盟国に対する米国の防衛義務への決意」を疑うべきでないと強調し中国を牽制した.

・さらに、民主主義と人権擁護をアジアで推進する重要性を強調.香港情勢では「集会,表現,報道の自由を支持する」と述べた.

・アジアにおける環境や知的財産にも配慮した経済の枠組み構築の必要性を指摘し、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結に意欲を示した.また,気候変動対策基金のため30億ドル(約3480億円)の拠出も表明した.

これは、現地からの記事を要約したものだが、私流の理解で言えば,国際法,民主主義,自由,人権,等の基本的規範がない中国が『大国を鼓舞する』にはほど遠いと,痛烈に中国を批判した内容だったと思うのである.日本があからさまに言えない事をオバマ大統領がズバっと言った感じである.

この演説は自明の事として,ニュース性がないと思われたのか,オバマ大統領への期待感が弱くなっているからか,マスコミはあまり取り上げていない.しかし私見では、APECでの中国の鼓舞に対し,適格に中国を牽制した,素晴らしい演説だったと思うのである.

ソ連の崩壊で戦後の米ソ冷戦時代が終わって久しいが,その後、重石がなくなったように世界の情勢は思想,民族,宗教,ナショナリズム、エネルギー,などの対立が激しくなった.それに、経済力、軍事力による中国の覇権主義が加わろうとしているのである.

この情勢の中で、オバマ大統領の演説のように、或は中国の攻勢を受けている日本はじめ南沙諸島の国々と同じように,過去のような思想や力による国際秩序作りではなく『国際法による世界秩序作り』が必要だと思うのである.

この実現に向けてリード出来る国は国際法を守る民主主義国家だと思う.したがって,中国の前近代的な覇権主義を牽制したオバマ演説は正しいと思うのである.

国際法を守らない,APEC期間中だけ大気汚染対策で数百キロの範囲で工場や車を制限するような国,ましてや,一党独裁で言論の自由もない国を誰も大国とは認めないのである.したがって,米国と『大国関係』を築きたいと公言している中国を米国が袖にするのは当たり前なのである.

急速に国際舞台に駆け登った為か,中国の『質より量の大国観』は時代錯誤も甚だしいと思う.中国3000年の歴史は豪族群雄国家から王朝国家に移り、さらに一党独裁国家になった歴史であり,近代政治に向けて,いまだに,一歩も進化していないのである.

13億人を統治する為には民主政治が出来ないと言うなら,民主主義(主権在民)政治が可能になるサイズに国を分割しなければならないと思うのである.特に経済の発展,価値観の多様化が進めば共産党一党独裁体制に限界が来る.名実ともに共和制の分権国家にするか,国を分けるかに移行せざるを得ない時期が来ると思うのである.

そんなわけで,ナショナリズムが先行して,中国が世界の大国だと鼓舞しても,民主化運動などで,本当に大国なのかとの自問が国内から上がると思う.ナショナリズムが露骨に強く、先進国入りを鼓舞している韓国でも,すでに,同じような自問が国内で起こっているのである.

ナショナリズムよりも法による秩序が今後の世界だとすれば,ナショナリズムを抑制した政治と国民がグローバル時代の尊敬される国の条件になると思うのである.そんなわけで、改めて『大国の意味』『先進国の意味』を考えさせられたオバマ演説であったと思うのである.

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2014.11.10

376 事前合意文書による日中首脳会談への懸念

日中間の問題が山積みであるにもかかわらず、首脳会談が2年半も行われていないと言う異常な状態が続いている.その原因は、中国の日本への外交戦術にあると思うが、双方の主張は次の通りである.

中国は首脳会談をやる条件として『日本の総理が靖国参拝をやめる事』『尖閣には領有権問題がある事を認める事』を主張.

日本は『靖国参拝は国の為に亡くなった英霊への参拝であり、総理として当然の参拝である』『尖閣は日本固有の領土であり、領土問題は存在しない』との考えであり中国の条件を拒否.

この平行線の中で、安倍総理は『首脳会談開催に条件を付けるべきではない』『多くの問題があるからこそ首脳会談が必要だ』『日本はいつも門戸を開いている』と一貫した姿勢をとってきたのである.

中国のいつもの、『お願いするなら貢物を持って来い』と言う中国の朝貢外交に安倍総理は釘を刺して来たのである.

そんな綱引きの中で,中国は下記の合意文章を交す事で,日中首脳会談を行う事に同意したのである.その合意文章の概要は以下の通りである.

1.双方は日中間の四つの基本文書の諸原則と精神を遵守し,日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した.

2.双方は歴史を直視し,未来に向かうという精神に従い,両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた.

3.双方は尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた.

4.双方は様々な多国間・二国間のチャンネルを活用して,政治・外交・安保対話を徐々に再開し,政治的相互信頼関係の構築に努めることにつき意見情報の一致をみた.

そもそも,このような合意文章は会談後に発表されるものだが、事前に出るのは異常である.この合意文書に日本国内から多くの問題が指摘されている.私も率直な感想、懸念を述べてみたい.

『首脳会談開催に条件を付けるべきではない』との日本の主張を合意文書を作った事で,自ら反故にしてしまった事になる.そもそも、会談の為の合意文書など日本からすれば作る必要がないのであって、どう見ても、中国の作戦のように感じるのである.

日本側は『何も譲歩していない合意文章』で懸案の首脳会談に道を開いたと評価する向きもあると思うが,中国の考えは,そんなに呑気ではない.会談をしたいと言う日本側の強い要請を人質に,中国に有利な合意文章を事前に作らせ,今後の反日運動の論拠や外交カードにしようと考えたと思うのである.

中国メデアも中国政府を代弁しているかのように『靖国参拝をしない』『尖閣には双方の領有権問題がある』との中国の主張を『日本が認めたから日中首脳会談をやる事にした』と国内外に吹聴しているのである.

③この首脳会談実現に向けて,,もう一つ気がかりな事がある.水面下で折衝に入った自民党の親中派の古参議員の折衝の仕方である.

『首脳会談がないのは異常であり、何としてもAPECでの首脳会談をお願いしたい』と,いつものお願い外交の姿勢で,言ったのではないか,との懸念である.

その場合,折衝はこんな感じになる.

・日本が途絶えていた首脳会談を是非やらせてください,と申し出る.
・中国は首脳会談が出来なかったのは,日本に原因があると主張する.
・その原因を日本が取り除けば会談はやれると、日本に譲歩を要求する.
・譲歩できない日本はその条件を低くする交渉に入る.
・ぎりぎりの合意文書を貢物として差出し,何とか会談に漕ぎつける.
・中国はこの合意文書と朝貢外交で言う接見を演出する.

・会談ではないのだから,中国は今後も日本次第だと主張し続ける.

このように、お願いした方が譲歩と責務を求められる事になるのである.中国は絶対、他国に『お詫び』や『お願』はしない.面子を守らなかったら,交渉が不利になるとの歴史的教訓事を知っているからである.韓国も同じ外交姿勢である.

それに対し、日本は,すぐ『お詫び』や『お願い』をするのである.日本文化とも関係するが、相手によっては,無防備に日本文化で対応すると,大きく国益を損なう事になるのである.温厚な古参議員に,時々,この危惧を抱くのである.

そもそも,首脳会談の開催はその必要性があると同意した時,行われるのであって,やる必要がないというなら,その理由をただせ良いのである.又、やりたいのなら,その理由を主張すればよいのである.『考えや行動が気に食わないから会談はしない』は国際政治を後退させるものであり、先進国の態度ではないと主張すべきなのである.

以上の事から,今回の合意文章は双方に取って玉虫色ではないと思う.日本から見て,何の意味も,方向も、裏の意味も、示していない文書であるが,中国から見ると,文書の裏に,中国の主張が見え隠れしているからである. 

言い換えると、日本から見ると額面通りだが,中国から見ると,中国の主張に沿った解釈が出来る合意文書になっているのである.会談をお願いした側と、お願いされた側の違いがこの合意文書に表れていると思うのである.

そして11月10日,日中首脳会談が行われ【北京時事通信】は次のように伝えたのである.

安倍晋三首相は10日,中国の習近平国家主席と北京の人民大会堂で会談した.日中首脳会談は第2次安倍政権下で初めてで、両首脳は日中の「戦略的互恵関係」の推進を確認し,冷え込んだ関係の改善を目指すことで一致.沖縄県・尖閣諸島をめぐる対立や,首相の靖国神社参拝などで悪化した日中関係は転機を迎えた.

会談終了後,首相は記者団の質問に答え,「戦略的互恵関係の原点に立ち戻り、関係を改善させる第一歩になった」と表明した.会談に関しては「アジア太平洋経済協力会議(APEC)の場を利用して,首脳間の対話をスタートさせ,「アジアの国々だけでなく,多くの国々の期待に応える形で,関係改善に向けての第一歩を記すことができた」と強調した.

また,尖閣周辺海域などで日中の偶発的衝突を防ぐための「海上連絡メカニズム」に関し、首脳会談で実現を働き掛けたことを明らかにするとともに,「実施に向けて具体的,事務的な作業に入ることになる」と述べた.

日本の首相と中国主席との公式会談は,2011年12月に野田佳彦,胡錦濤両氏が行って以来約3年ぶり.日中両国は,短時間の接触を除けば首脳が会談できない不正常な状態が続いていた.今回の.安倍・習会談を契機に,両政府は政治,経済,安全保障などあらゆる分野で対話を促進させる考えだ.

何か建設的な,前向きの会談であったような報道だが、水を差すわけではないが、そんな風には感じられなかったのである.むしろ、上述のお願いのシナリオに近い感じを受けたのである.

中国は首脳会談ではなく,会談を人質にして,今後の対日戦術に役立つ合意文書を作らせる事,それを差し出させて,会ってやると言う朝貢外交を演出する事,会う事でAPEC議長国としての面子を保つ事、が目的で、その通り実行したと思うのである.

実際,通訳を入れた25分は『会談』ではなく,超貢外交の『接見』のようであり、『日本の要請で会ってやった』と言う姿勢が露骨に見えたのである.

そして『関係改善に向けた第一歩』を進めるのは日本次第だとして『中国の思い通りの関係改善』を推し進めると言っているように見えるのである.

このように,中国のしたたかさを感じるのだが、日本としては、譲歩もしていない合意文書で首脳会談に漕ぎつけたと安堵しているわけにはいかないのである.日本としては中国の解釈に影響される事なく、合意文書の額面通りに,愚直に政策を進めるべきだと思う.

又,安倍総理も朝貢外交のような扱いを受けて,内心は怒り心頭だと思うが,どの国に対しても『首脳会談に条件を付けるべきではない』『いつも門戸は開かれている』との姿勢を今後も貫くべきだと思う.

さらに,危惧する事がある.中国のマスコミは、この合意文書で,靖国問題、尖閣問題に日本が譲歩したと報道している事である.中国政府が言わせているのかもしれない.日本が譲歩はしていない,双方の違いを認識しあっただけだ、と言っても,声が小さいし,日本のマスコミも中国の報道に反論をしていないのである.

世間から見れば,日本が強く首脳会談を要請したのだから、日本が譲歩したに違いないと思うのは自然である.したがって、中国のマスコミの報道はもっともらしく聞こえるのである.

これに反論するには、中国が譲歩したとの報道が必要だが、お願いされた中国が譲歩するわけがなく、この報道はきあまり聞こえて来ないのである.あえて言えば、APEC議長国の面子があって,中国は譲歩した,と考えられるが、日本側に会談をあきらめる覚悟がなければ、これはないのである.

ここで危惧するのは河野談話の轍を踏む事である.合意文書に書かれていなくても,中国メデアの報道が世論を形成しかねないのである.そして,合意文書の中国の解釈が日本攻撃の論拠になってしまう可能性がある.日本側としては、合意文書の意味をしっかり世界に発信しておく必要があると思うのである.世論が形成された後に、そんなことは合意していないと言っても後の祭りである.日本は中国の解釈を知っていたではないかと言われるだけである.

最後に中国や韓国や北朝鮮との外交に思う事がある.

これらの国は現在においても,ナショナリズムで統治しようとする国家である.それも含めて、アジアには時代のタイムラグがある国が多く存在しているのである.

たとえば,先進国,新興国,発展途上国,後進国、或は共産国などの混在である.そんな中で、戦争放棄した憲法を持つ先進国日本もいる.経済規模世界第2位の中国、第3位の日本もいる.

当然、民主化や産業の発展、或は国民のモラル・価値観、成熟度、などに違いが生じているのである.このタイムラグが外交を難しくしているように思うのである.

例えば,中国や韓国や北朝鮮のナショナリズム国家は、当然、ナショナリズムを抑えようとしている成熟国家と信頼関係が生まれるわけがないのである.

日本は、いろんな国が存在するややこしいアジアから引っ越すわけにもいかず、価値観が同じになるまで待つしかないのだろうか.少なくとも、多くの国から尊敬される国になる事だけは積極的に進めたいものである.

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