« 379 報道の自由と放送法を考える | トップページ | 381 少子化対策を問う »

2014.12.04

380 さあ衆院選挙だ、日本の行く道は

さあ、総選挙だ.しかし,日本には,憲法問題,安全保障問題,外交問題,社会保障問題、財政問題、経済成長問題,教育問題,少子高齢化問題,地方創生問題,原発・エネルギー問題、等々根本的な難問だらけで,国民は大いに悩む選挙である.その意味では,風が吹いた選挙ではなく,冷静な政策を考える選挙になると思う.

それにしても、日本の行く末を左右する難問ばかりである.どれをとっても,その処方箋は出来ているわけでもなく,出来たとしても,長期間を要する問題ばかりなのである.いよいよ,根本的な問題を放置して来た付けが目前に迫って来た感じである.

そこで、国力にかかわる問題、難問解決の土台になる問題である『経済問題』と『財政問題』に焦点を当てて考えてみたい.

大ざっぱに言えば,日本政府は500兆円ほどのGDPの2倍にあたる1000兆円の債務を抱えながら,毎年,国債償還分を含めて100兆円の予算を組み,その半分をあらたな借金で賄っているのである.数字だけ見れば日本は間違いなく『巨大な借金がパンパンに膨らんだ大きな政府』である.

にもかかわらず,依然として,地方にもっと金を回せ,社会保障をもっと充実しろ,教育にもっと金を出せ,防災対策をしっかりやれ、安全保障をの強化が必要だ,等々,財政支出要請は,とどまるところを知らないのである.

この調子で、財政支出を増やしていけば,いくら増税しても,財政が破たんする事は火を見るより明らかなのである.勿論,社会的コストが増大すれば,日本の資本主義経済や技術開発,ひいては国民の活力を減衰させ,財政破たんに拍車をかけるのである.まず,この現実を認識しなければならないと思う.

この現象をマルクス経済学者は我田引水的に『資本主義の終焉』と言ったりする.投資の限界効用の逓減が発生し,低金利になっていたり,貧富の格差が拡大したり,社会的コストの増大で資本主義経済は潰れる,等を指して言っているのだと思うが,じゃ,どうするのかには言及がない.

実際は,デフレからの脱却が行われれば,技術革新や需要の変化、或は価値観の変化が起こり,金利も生まれて.資本主義の原理が作動すると思うし,原理的には、景気の循環やデフレとインフレの循環で最適なところに行くよう,見えざる手が働くと思うのである.したがって、資本主義は終焉したと言うマルクス経済学者の見立ては間違っているだけでなく、処方箋も示さないと言う意味では無責任だと思うのである.

私見によれば、この『巨大な借金による大きな政府』が出現した原因は,民主主義政治がパイの分配に傾きやすい事で起こっていると思う.言うなれば,経済理論ではなく、民主主義の原理で起こっていると思うのである.

国民も,業界も,行政も,政治家も,常に財政出動を要請し続け,いつしか『入りを計かりて,出を制す』、『次世代に借金を回さない』と言う『財政法の精神』を民主主義の仕組みで乗り越えてしまったと思うのである.まさに民主主義とは民意によって良くも悪くもなるのである.

経済成長に向けた財政出動は,ケインズ理論がバックボーンになっていたと思うが,問題はケインズ理論をかざして,或は景気対策をかざして,公共事業をばらまいたり,行政の冗長性や国民の為と言う大義が経費の増大を招いたり、している事が原因だと思うのである.

はたして,1000兆円の債務残高の内、返済に見合う効果が出ている債務と,そうでない債務が,それぞれ,どれ位あるのだろうか.後者の借金こそが不良債務であり,次世代の国民の主権在民権を奪い,見返りのない返済を強いる事になるのである.この不良債務こそ未来に残してはならないのである.

そんなわけで、米国のように『大きな政府』論と『小さな政府』論とが,ぶつかり合って政治が行われているのではなく,単に民主主義が持つ危うさが『借金まみれの大きな政府』を生んでしまっていると思うのである.したがって,この原因を除去せずして,『経済と財政の再生』は図れないのである.

以上のような現状の懸念に対し,次の主張もある.

日本政府の借金は日本国民からの借金であり,海外から見ると,日本は借金国ではないように見える事、今のところ,国債は低利で売れる事,債権残や資産を引けば,ネット500兆くらいの債務残高である事,円の価値が下がれば,借金は目減りする事,等から,今のところ、深刻な問題ではないと言う説である.

事実,日本国債の金利は上昇していないのである.又、金融緩和政策による円安・株高,物価高で,借金や給付は目減りし,社会保障財源の運用益は目減り以上に増大しているのである.

説得力ある見方で、そうであって欲しいのだが,この『巨大な借金による大きな政府』という構造がこのままで良いわけがないのである.債権者の国民に借金を返す為に,国民から税金を取る事になるからである.誰しもが『財政の健全化』が必要だと考えているのである.

そこで、日本国民が,1000兆円の上げ底(借金)で生活していながら,1000兆円の借金はけしからんと言うのも、自分勝手な話だが,ここは真剣に『考え方を変える』必要があると思う.いくつか挙げてみたい.

・日本の現状打破は『経済の成長』しかない.パイの拡大無くして何も始まらないのである.経済成長は社会保障の最大の手段だと再確認する必要がある.

・経済成長政策は経済至上主義、競争至上主義、弱肉強食主義だと批判する人がいる.又、『成熟した社会』を目指そう、と言う人もいる.競争のない社会、格差のない社会、を言うのだろうか、もっと大きな政府あるいは社会主義国家を作れと言うのだろうか、言語明瞭・意味不明である.

経済活動の経験のない,正義感に酔って,パイの分配ばかりを言う人に多い意見である.この人達に,じゃどうするのかと問うても答えがないのである.

ラクビーに激しいぶつかり合いの世界とノーサイトの世界があるように,社会を競争(機能体)と和(共同体)を分けて考える必要がある.競争を促すには、フェアー・フリー・グローバルに向けた規制緩和とベンチャーキャピタル等の起業しやすい仕組み、再チャレンジの仕組み、が必要である.ノーサイドの和は優先度を持ったパイの分配とボランティアや寄付の精神が必要だと思うのである.

・経済成長政策の考え方として,重点思考の政策ではなく,,国民への給付を厚くして,消費を高め、経済全体を良くすべきだと言う人がいる.

後者は選挙対策としては都合の良い政策であるが,膨大な予算が継続的に必要になり、その割に、波及効果が小さく,同時に,次世代の技術や産業振興にも繋がらない可能性もある.経済成長政策としてはバラマキではなく、前者の考えで,国際競争時代を視野に,制度や新技術、新産業振興に焦点を当てるべきだと思うのである.

・もう一つ,経済成長政策の考え方だが,経済成長しやすい環境を作る事である.その政策は経済原理と合致したものでなければならないのである.国際的な競争力を減衰させるような政策をとってはならないのである.

考え方として,企業の税はじめ社会的コストの負担を低くして,増益企業数を増やし雇用や財源を確保する事だと思うのである.

・経済成長の主役は言うまでもなく,日本企業と国民である.政府ではない.企業・国民は知恵と行動力で増収増益を出しつづける事が必要なのである.景気が悪い,給与が上がらない,格差が広がる事を政治の責任のように言う人がいるが,違うと思う.これらを政府か解決すると言うのも間違いである.政治が介入すれば、経済の原理や活力が損なわれるのである.

・さらにこれ以上『大きな政府』に出来ないのだから『小さな政府』に向かわざるを得ないとの認識が必要である.その為に、歳出については徹底的な精査が必要である.いくつか、その視点を挙げてみたい.

100兆円の予算を中央集権で編成する事自体が無駄の温床になっているのではないか,目的をはっきりさせる為に,投資と経費を厳しく分ける必要があるのではないか,もし,バラマキ(景気対策と称する財政出動)があれば,食事代と同じ経費と言うべきではないか,さらに,地方も国も公務員の人件費の削減を検討すべきではないか,社会保障(介護、医療、年金,子育て)の抑制は避けて通れない問題ではないか,等々である.

根本的には,ダメ元みたいな予算申請の禁止,いい加減な予算申請や,いい加減な予算執行への厳罰化,一定額以上の予算執行の成果の監視,長期的には,統治機構の改革,等が必要だと思うのである.

このような切り口で筋肉質な,効果的な予算作りと執行が必要だと思うのである.さて、衆議院選挙は佳境に入る.『日本がとるべき方向』を視野におきながら『経済成長』『小さな政府』への『各党の本気度』を見たいものである.

特に野党は反対の為の反対であってはならない.当選する為のいい加減な主張をしてはならない,選択肢がない中で真剣に日本の国難に対峙すべきなのである.国民も,この難題解決の主役である事を再認識して選挙に臨むべきだと思うのである.

.

|

« 379 報道の自由と放送法を考える | トップページ | 381 少子化対策を問う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/134518/60742797

この記事へのトラックバック一覧です: 380 さあ衆院選挙だ、日本の行く道は:

« 379 報道の自由と放送法を考える | トップページ | 381 少子化対策を問う »