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2014.12.30

384 葛藤する日本文化④

当ブログNO002葛藤する日本文化①, NO019葛藤する日本文化②、 NO262葛藤する日本文化③、に引き続き、NO384葛藤する日本文化④を掲載したい

①儒教の五常・五倫教えの葛藤

紀元前、孔子は五常(仁、義、礼、智、信)という徳性を拡充することにより、五倫(父子,君臣,夫婦,長幼、朋友)関係を維持すると言う儒教を唱えた.

日本へは、513年頃、百済から,伝わったと言われているが、『古事記』によると、これ以前の5世紀頃だと言う.

日本では儒教は学問(儒学)として受容され,国家統治の経世在民思想や帝王学的な受容をされたため,神道、仏教に比べて,宗教として意識されることは少なかったようである.そこで、奈良時代の律令制で官吏養成および学問研究として取り入れられたのである.

しかしながら、日本において科挙制度が取り入れられなかったためか儒教の価値が定着せず、学問の主体は,実学的な文章道に移り,次第に衰退したと言われている.空海が道教とともに批判するなど、仏教の隆盛も律令儒教の衰退の原因のひとつとなったのである.

江戸時代になると,それまでの仏教の僧侶らが学ぶたしなみとしての儒教から独立させ,一つの学問として形成する動きがあらわれた(儒仏分離).そして,幕府によって封建支配のための思想として採用された.江戸時代を通して、武家層を中心として儒教は日本に定着し,やがて尊王攘夷思想に結びついて明治維新への原動力の一つとなったのである.

明治維新後に,資本主義経済が入ってくると,実業家の渋沢栄一氏は、資本主義経済の発展の為に、経済活動のマナーとして儒教の教えを説いたのである.いわゆる、『道徳経済合一』,『道徳と利潤の一致』,『経済は最大の道徳』,『士魂商才』の教えである.

明治中期以降から太平洋戦争までの一連の戦争時代になると,忠義、孝行の教えは,戦争の心の支えになったり,教育勅語として,子供の教育にも使われたのである.

敗戦後、西洋思想の『人権・自由・平等』の思想の普及や、これによる本格的な民主政治が始まると、儒教の教えは,統治の手段として言われる事はなくなったが、『人間の行動規範』として心に深く残ったのである.

例えば,企業間の取引や会社と社員の関係にも、目に見えない信義が大事にされ、西洋の契約社会とは全く違う文化として,日本に残ったのである.単一民族国家と多民族国家の違いである.

しかし,家父長制度や年功序列、集団主義.等の秩序が人権・自由・平等の思想とぶつかる事になるのである.大きく言えば、東洋文化と西洋文化の衝突である.今でも続く葛藤である.

②人権・自由・平等の教えの葛藤

この教えは18世紀後半のフランス革命での宣言から始まり、日本での民権運動にも影響を与えたと思うが、国民にとっては、輸入された政治思想である.もちろん、儒教のような長い歴史もない.もちろん儒教のような体系化された教科書もない.ただ、封建政治から民主主義政治への移行の中で、議論や立法の中で形成されながら、この教えが認知されて行ったのである.

しかし、この人権・自由・平等はフランス革命の時の宣言だが、この時の意味は王朝政治からの脱却だったのだが、時代と共に、二つの範囲に広がって行ったのである.

一つは『人間の行動規範』と言う広義の範囲である.もう一つは『法律で具現化された強制力のある規範』と言う狭義の範囲である.そして、それぞれに、を持って理念に適うのか、適わないのか、と言う判断基準の難しさにぶつかる事になるのである.

又,それぞれの理念を徹底的に追及すると、それぞれの理念がぶつかり合って、逆に、その理念が実現できなくなる、と言う『合成の誤謬』と言う矛盾にも、ぶつかるのである.

人権を徹底すれば不自由になり、自由を徹底すれば無秩序や不平等になる.平等を徹底すれば均一になり、人権や自由が制限されるのである.結局、それぞれを徹底すると,それぞれが出来なくなると言う矛盾が起こるのである.

法律の世界でも、商法、社会保障制度、民法、刑法、税法、或は選挙制度、等、あらゆる法制度において、人権、自由、平等のそれぞれの理念の適用程度の問題や『合成の誤謬』の問題が内在しているのである.そして,時々,違憲、合憲で揉めるのである.

自然保護,公害防止,安全基準,等の法的規制(社会の成熟とともに拡大すると思うが)がある事を前提にしてだが、『自由の結果の不平等』(格差拡大)が問題だ、自由競争社会はけしからんと言う意見がある.一方では、『機会の平等の下での自由(フェアー・フリー)』が大事で、その為の機会作りや結果的に生まれる敗者・弱者の救済制度が必要だと言う意見もある.

前者はじゃ、どう言う社会にしたいのか、と問うても、答えがない.実際は後者の意見が現実的なのだが、一方の価値観に偏ると、社会の仕組みが作れなくなるのである.

このように,人間の行動規範としても、法制度化にしても、適用程度を考えながら、合成の誤謬にならないように、この理念の適用を考えねばならないのである.永遠の葛藤かもしれない.

③『五常・五倫の教え』VS『人権・自由・平等の教え』の葛藤

日本には①②のそれぞれの葛藤があるが、さらに『五常・五倫の思想』と『人権・自由・平等の思想』と言う二つの価値観がぶつかり合った時の葛藤もある.

文化は歴史的産物であるだけに急には変われないところがあり,五常・五倫には敏感だが、人権・自由・平等には鈍感だ、と言う温度差が生じたり、どちらを取るかと言う葛藤が起こるのである.

例えば,伝統芸能や伝統競技,あるいは宗教や祭事の等の伝統的な文化は人権・自由・平等,あるいは法制度となじまないところがある.

例えば,修行と称して、四六時中滅私奉公を強制したり、厳しい縦社会を守らせたり、厳しいシゴキが日常化していた時,それが人権、自由、平等、の理念や刑法、労働基準法、等の法制度に触れるとして、問題になる事がある.まさに、二つの文化がぶつかり合った問題である.

ただ、法治国家の名の下では,伝統的な文化,価値観より、人権、自由,平等、或は、法的な判断が優先される事で,伝統文化(日本的なもの)が衰退していく事は避けられないのである.これも又、古典的文化の存続にかかわる葛藤なのである.

④今後の行動規範や倫理、道徳教育の葛藤

戦前にあった国家神道、教育勅語が敗戦と伴に解体され,『人としての在り方』を公的に教育する事がなくなった.戦前教育のトラウマがあるからだが、宗教や政治思想を超越した倫理,道徳の教育までも、放置されてきたのである.学校も,家庭も,この教育に希薄で,せいぜい,スポーツを通じて,体力,精神力,マナー,等の育成をしているのが実態だと思うのである.

その結果、上述のように,①儒教に関する葛藤,②人権・自由・平等に関する葛藤、③それらがぶつかる葛藤、があり、加えて、神道、仏教、或はキリスト教などの宗教が入り混じって,④人間としての行動規範も葛藤を続けているのである.

最近,文部省が宗教や政治思想と関係しない部分の『人の在り方』の教育を進めようとしているが,まだまだ,議論が多く、前進していないのが実態のようである.

正解のない,精神文化の教育は,国の教育になじまない,国が介入してはならない,何を誰が教えるのか,習得の評価をどうするのか,学問の自由,宗教の自由,政教分離との折り合い,等々,入口の論争が依然と多いのである.諸外国と比べる,腫れ物に触るような異常さである.

ところで,日本の宗教である神道は.子孫繁栄・自然崇拝を唱えている.神道には確定した教祖,創始者がおらず,仏経の経典やキリスト教の聖書にあたる明確な聖典がなく、神典と称される古典を規範としているのである.

古典の規範とは自然と神とは一体的に認識され,神と人間とを取り結ぶ具体的作法が祭祀(神事)であり,祭祀を行う場所が神社だとしているのである.

皇室の氏神である伊勢神宮では毎日の神への食べ物のお供えに始まって,年間延べ1000回の神事が行われていると言う.又、20年毎に行われる『式年遷宮』では遷宮までの10年間で準備がされるが,工程の節目で30数回の神事が行われている.1万本と言われる樹齢200年~300年の檜の伐採、伊勢への運搬、新殿用の調度品等の政策、植林、等々、壮大なプロイジェクトが全国規模で10年間に渡って行われているのである.

この『式年遷宮』は藤原京時代の持統天皇(天智天皇の子、女帝)の発案であるが,意味するところは『降臨の儀式』(神が舞い降りる儀式)である.これを20年毎に行う事によって,技術,文化が継承されるだけではなく,神,天皇の神秘性を維持する事が目的であったのである.

これらの多くの神事は上記の伊勢神宮のみならず、皇室はもとより、全国の神社、或は,家庭の神棚で毎年,行われているのである.そして,1300年続いている歴史の前では,神がいるとか,いないとか、と言うレベルを超越して,神事が時の節目として、広く国民の生活の中に定着しているのである.

例えば,お正月の年賀、初詣、初日の出、しめ縄、門松、おせち料理、鏡餅、御供え物、或は、縁結び,結婚,安産,七五三,勉学,家内安全,五穀豊穣,お祭り,御神輿,等々,神事がもとになっているのである.

この神道の歴史は,奈良時代以降の長い間、信仰と混淆し一つの宗教体系として再構成されてきた(神仏習合).しかし薩長が中心となり成立した明治政府は天皇を中心とした国民統合をはかるため、神仏分離(廃仏毀釈)を進めるとともに『国家神道』をつくった.さらに全国各地の氏神を祀ってきた神社に記紀の皇統神を合祀し,国による組織化が進めれれたのである.奈良時代、東大寺と全国の60余の国分寺による仏教による統治とよく似ている.

しかし『国家神道』は太平洋戦争の敗戦と伴に、GHQにより解体されたのだが、神道本来の神事は伝統に従って,今日も,粛々と続けられているのである.

このように神道は世界に類を見ない日本独特の自然信仰の教えである.日本人の創造力の大きさに今更ながら感心するのである.古代は宗教を作り、中世は芸術を作り、現代は科学を作っていると言われている.そして,現代は宗教や芸術が衰退していると感じるのだが,神道の自然信仰は逆に重要度を増していると思うのである.大切にしたい日本の文化,民族を超越した文化,異文化と共存できる文化,だと思うのである.

こんな分析もある.反物に例えて、反物の強さを支える縦糸が神道、模様を作る横糸は伝来した宗教や文化だと言う.そして,この強い縦糸があるから、いろんな文化が横糸として編み込まれ、日本と言う反物が出来ていると.

一方、仏教は個人の安心立命や魂の救済,国家鎮護を求める目的で信仰され,人間の苦しさや死への恐怖を和らげてきたように思うのである.このように,神道とは大きくコンセプトが相違しているのである.

さて、日本は,儒教,人権・自由・平等、神道、仏教、キリスト教、等々渾然と『人間の行動規範』が存在しているわけだが『価値観の多様化の時代だ、個人が考えろ』、と言う事なら、それも一考なのだが,少なくとも、社会教科の中で、歴史や文化・理念の勉強は避けてはならないと思うのである.

韓国人に日本人の有名な人は誰か、との問いに、多くの人は,伊藤博文と答えると言う.日本人に韓国人の有名な人は誰か,との問いに、冬のそなたのペ・ヨンジュとか、何人かの韓国人芸能人を挙げると言う.韓国のナショナリズムにゆがめられた教育より、日本人の方が健全かも知れないのである.

以上,結論のない事を述べてきたが、まさに、葛藤している証である.少なくとも,文化は歴史の産物であり,一体であるが、ここは、思想や歴史を知識として教える教育と行動規範を教える教育とに分けて考え、その上で、この二つの教育が併存すればよいと思うのである.どちらもない、片方しかない、は避けなければならないと思うのである.

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