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2015.02.08

386 ISILテロに対する安倍外交批判への違和感

田原総一朗氏が『ISIL(イスラム国)に絶好の機会を与えてしまった安倍外交』と題した意見を週刊朝日2015年13日号に掲載した.その概要は次の通りである.

【湯川、後藤両氏がISILに捕らえられ、しかも後藤氏が身代金を要求されていると知りながら、イスラム国が嫌がっている中東の国々を訪ね、イスラエルの首相と会談したのは、あまりにも配慮が足りなかったのではないか.

新聞各紙に今回の安倍首相の中東歴訪とイスラム国の恫喝を結び付けて批判する報道がないので,どうしたのかと思っていたら,週刊朝日が『安倍外交,慢心と誤算』、サンデー毎日が『ISILの卑劣をあなどった安倍外交の誤算』という特集を組んだ.週刊誌の存在理由を示したわけで、よくぞやったとあらためて評価したい.】

この意見に疑義を感じるので、いくつか述べてみたい.

①安倍外交が、ISILの卑劣な行動の引き金になった,との断定に違和感がある.

田原氏、週刊朝日,サンディ毎日は、どうやら、拉致された邦人が殺されたのも、日本がイスラム国のテロの標的にされたのも、海外にいる邦人が恐怖を抱くようになったのも、安倍外交の言動が原因だと言いたいようである.本当だろうか.

もし、昨年の邦人拉致、身代金交渉の段階で、ISILが邦人殺害を決意したうえで、殺害の理由を安倍外交のせいにして、日本に混乱と恐怖を抱かせようと企んでいたら、安倍総理の中東訪問、有志連合への人道支援、イスラム国非難、が非道の引き金を引いたことにはならないのである.

したがって、安倍総理の中東訪問やメッセージが、(非道の)絶好の機会を与えたわけでもなく、安倍外交の慢心と誤算が原因になったわけでもなく、ISILの非道をあなどったわけでもなく、ISILの企てたシナリオ通りに非道が行われた事になるのである.

それを想定せずに、安倍外交の引き金説を主張すれば、まさに、専門家の言う、ISILの思う壺になって、ISILの企てが功を奏したことになるのである.特に田原氏の言う配慮をすれば、中東訪問やメッセージが変更され、日本の総理がISILの思惑通りに動いた事になるのである.批判する人たちは、その可能性を考えて発言しているのだろうか.

②週刊朝日、サンディ毎日の安倍批判の本音が垣間見える事に違和感がある.

上記①の可能性があるにもかかわらず、断定的に安倍批判をするのには、何か別の本音がありそうだと感じるのである.

週刊朝日,サンディ毎日は、憲法改定、集団的自衛権,集団安全保障,米国追随,に反対している論者であり、従って、ISIL問題で安全保障体制作りの機運が加速する事を危惧していると思うのである.

そこで、この機運をつぶし、憲法改定や集団的自衛権を阻止したい、と言うのが本音ではないかと思うのである.そこで、ISILの卑劣な行動を利用して、ISILの思う壺になっても.、間違ったメッセージをISILに伝わっても、紛争に巻き込まれる安倍外交も、集団的自衛権も、憲法改定も、危険だと言っているように感じるのである.

本来なら、ISIL対応を『慢心と誤算』と言うのであれば,中東と、どう付き合うのか、欧米と、どう付き合うのか、ISILと、どう付き合うのか、国連決議をどう受け止めるのか、法制度を含めたテロ対策をどうすべきなのか,を論じるべきなのである.すでに論じていれば、是非、読んでみたいのである.

③田原氏が安倍批判をした週刊紙を評価している事にも違和感がある.

田原氏が週刊朝日、サンディ毎日を,『よくぞやったと評価』している事だが、ISILの思うツボになろうと、彼らに誤ったメッセージが伝わろうと,ISILに日本攻撃のヒントを与えようと、言論、報道の自由,大本営発表の過ちを繰り返さない気骨、を評価しているようである.この評価に、自己中で激論を煽る『田原流の姿勢』を感じるのである.

はたして、言論,報道の自由と言っても,卑劣なテロ集団を前にして、ISILを利するような報道や不確実な報道、或は、社会に大きなリスクを与えるような報道を流しても良いのだろうか.情報戦の真っただ中で、田原氏流の『無防備に激論を煽る姿勢』には、賛同しかねるのである.

ついでながら、週刊朝日の安倍批判特集を、同じ週刊朝日で田原氏が絶賛した事にも違和感がある.朝日新聞の従軍慰安婦報道問題で第三者委員会の委員を務めた田原氏が朝日新聞の従軍慰安婦の報道は『ミスではなく、確信犯ではないのか』との世の疑念を解明するのかと期待したが、そんな問題意識はなく、期待はずれであった.田原氏に何が起こったのだろうか.

④真に議論すべき事が抜けている事に違和感がある.

今後,日本は多くの国際問題に直面すると思う.多面的な外交で安全を守るにしても、哲学も、憲法改定も、有事法制も、危機管理体制も、諜報活動も、軍備も、多国との連動も、準備が必要である.しかし、残念ながら、今の日本は安全保障については、日米安保はあるものの、独立国家としては『丸腰』である.全く出来ていない稀有な国家なのである.

そんな中で、政府は丸腰の状態で今回のISIL対応を強いられたと思うのである.従って,政治家や有識者の政府批判は天に唾をするに等しいのである.

紛争に巻き込まれるから、戦争が出来る国になるから、『丸腰の方が良い』『これが平和国家、日本の姿だ』と言う論者は、丸腰の政府を批判する理屈はないのだが、世界の紛争に係わろうとしている安倍外交は危険だ、と言うのであれば、丸腰で、世界の紛争に係わらない生き方を説明したうえで、言うべきだと思うのである.

批判や反対だけして,何も具体論を言わず、感情的に国民の支持を得ようとしている政治家に,無能さと、無責任さを感じるのである.

いずれにせよ、丸腰状態の政府批判などしている場合ではなく,テロ対策や安全保障にとって『丸腰のままで行くのか』、『丸腰をやめるのか』、政治家も国民も決断が迫られていると思うのである.

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