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2015.05.17

399 イルカ・クジラ問題が示唆する『感情による支配』

数々の賞を取った、ドキュメント映画による『追い込み漁』の批判、シーシェパードによる過激な捕鯨妨害、南氷洋における日本の調査捕鯨の禁止、米国の『追い込み漁』は非人道的だとする発言、等があったが、今度は、世界動物園水族館協て会(WAZA)が『追い込み魚』は協会の倫理規定に違反するとして,そこで捕獲されたイルカを水族館が購入する事を禁止したのである.

これを守らないと、日本はWAZAから除名し、日本と海外との、すべての動物の売買、貸し借りを禁止すると言うのである.

この一連の動きの根底に、明らかに、クジラやイルカに対する欧米の感情がある.イルカやクジラは、『哺乳動物で可愛い上に知能がある』と特別視しているのだと思う.しかし、この感情は他の哺乳動物への感情と整合しているはずもなく、もちろん、国際法で決めているわけでもないのである.

日本は、生きている者すべてに尊厳を感じ,自然と共生している民族だと思うが、どの民族でも、いろんな状況の中で、動物への感情に矛盾を持ちながら、折り合いをつけて動物と接しているのである.人間側の都合で人工的に繁殖した動物と野生の動物と感情が違うのも矛盾である.

いろんな動物への、いろんな感情に対し、国際法では科学的な視点で『捕獲禁止の野生動物』を定めている.WAZAの判断は、『追い込み漁』のどこが協会の倫理規定に反しているのかも答えず、さらに、国際法のどこに抵触しているかも答えず、感情優先の判断を下したのである.

WAZAの判断は国際法から見ればローカルな位置づけかも知れないが、いろんな感情の中の、一つの感情で、相手を非人道的だ、やめなければ制裁を科すと言うのは、イスラム教徒が豚を食べない事を他の宗教徒に押し付けない事と比較すれば、露骨なまでの『感情の押し付け』に写るのである.

この事は、明らかに、イルカやクジラに限らず『自分の生理的感情によって、相手の感情を抹殺する』『生理的感情によって、世界秩序を支配する』につながる、危険な行為だと思うのである.

この精神文化は、何でも受け入れて来た日本の精神文化から見ると、欧米人の本性に潜む、恐ろしい『蔑視、差別、排除』の精神を感じるのである.

同じ感情を持つ人が多いからと言って、それ以外の感情を排除するのは、論理や言論を封じる事になるのである.これが大きな過ちである事は人類の歴史が嫌と言うほど証明しているのである.

しかし、このような正論を言ってみたところで、国際社会では多勢に無勢である.論理で戦えない苦しさもある.従って、極めて残念な事だが,イルカやクジラに限らず、『感情による支配』が、グローバル・ボーダレス時代の進展とともに、露骨になって行くのではないかと危惧せざるを得ないのである.

日本はこれまで、合理性と言う新たな価値観で、近代日本を築く一方、伝統的日本文化も一枚一枚剥がされ、『和洋折衷』『和魂洋才』に変貌して来た.

更に、昨今、グローバル化で海外との人の交流が盛んになると,これまでの『文化や制度の融合』から『文化や制度の共通化』の時代になり、日本文化や制度がさらに大きく変わらざるを得ない時代になってきたのである.

今回の出来事は、この変化に、さらに、『欧米との感情の共通化』と言う圧力が加わる事になるのである.その意味で、イルカやクジラの問題は序の口の問題だと言えるのである.

今後、『おもてなし文化』は芸者ガールのイメージと連動して、突然、女性蔑視、人権無視と言われかねないし、日本の『解体ショー』や『生で食べる』文化は生理的に許せない非人道的な文化だ、と言われかねないのである.ばんえい競馬も闘牛も動物愛護の精神で非人道的と非難されるかもしれないのである.

更に言えば、刺青に対する日本の感情や制度も、同性婚を認めていない日本の制度も,人権無視に写るかもしれないのである.キリストの誕生を祝う気持ちもなく、クリスマスで大騒ぎする日本は、キリスト教の冒とくとしていると、非難されるかもしれないのである.

挙げればきりがないが、当ブログで、『葛藤する日本文化』で度々発信して来た.

NO384葛藤する日本文化④ では日本は『五常・五倫の教え』(仁・義・礼・智・信と父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の教え)と『人権・自由・平等の教え』が混在し、極めて分かりづらい、その上で、日本の文化は人権無視だと言われかねない事を発信した.

又、NO 372グローバル化(ボーダレス化)と日本文化・制度の行方 でも、物の交流から人の交流に移ると,日本の文化や制度が直接、外国人に接する事になり、そこで問題視されそうな日本の文化・制度を上げている.

いずれにしても、国際社会で生きて行く以上、ガラバゴス島にならないように、日本の文化、制度を国際感覚と共有できるように変貌せざるを得ないし、これが日本の宿命だと感じるのである.

しかし、言葉で言うのは簡単だが、固有の文化の良さまで放棄してよいのか、古来の文化と現在・未来をどう繋げていくのか、日本のアイデンティティや行動規範をどうするのか、と苦悩する事が多いのである.しばらく、日本人の精神文化は落ち着かない状態が続く事だけは確かである.

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