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2015.06.02

401 安全保障関連法案の骨子と所感

ソ連の崩壊による米ソ冷戦時代が終焉して久しいが、それ以来、タガが外れたように、中近東の政状不安,独裁政権の崩壊,民族対立,イスラム武装テロ集団の出現、中国や発展途上国の台頭、中国の覇権志向の活発化、北朝鮮の核保有、等、世界情勢は不安定な状態が続いているのである.

そんな情勢の中で,国連の国際平和活動、連合国による安全保障活動などが行なわれている.同時に、武装テロや細菌テロ、サイバーテロ、と言った新しい深刻な問題にも、各国の連携を強めているのである.

このような国際情勢の中で、我が国は、『戦争放棄』『武力の不保持』を定めた日本国憲法のもとで、自然権としての自衛権を根拠に、自衛隊を編成し,専守防衛の個別的自衛活動と、日米安保条約で、我が国の安全を守っているのである.又、非戦闘地域での多国籍軍の後方支援活動や国連のPKO活動に参加しているのである.

しかし、国際的視点に立つと、日本は極めて限定的な、自衛活動や国際支援活動にとどまっているのである.当然ながら、日本は、国際問題に関する情報収集力も、国際政治に対する発言力も、国際問題への決断力も、国際政治への参画も、極めて弱い国になっているのである.

その原因が、占領下で作られた現憲法を、独立して国連に加盟した後も、国連憲章(例えば、40条の交渉、制裁でも解決しないときの41条の加盟国による武力行使の容認)と整合していない憲法を保持している事にあると思う.『一国平和主義だ』、『国際平和のただ乗りだ』,と揶揄されるゆえんである.

したがって、日本が、世界に平和を叫んでも、説得力を欠くし、安全保障関連の国会審議で、それは違憲だとか、合憲だとか、戦争に巻き込まれるとか、巻き込まれないとか、リスクが増えるとか、増えないとか、自衛隊が危険にさらされるとか、議論されているが、一体、日本は、安全保障に関して、どうしたいのか、国際社会と連携したいのか、したくないのか、他国から見れば、さっぱりわからない議論が繰り返されていると思うのである.

元国連事務次長の明石康氏の発言にもあるが、『世界の平和無くして日本の平和はなし』であって、まさに安全保障問題は国内問題ではなく、国際問題であると指摘したのである.従って、安全保障とは、いかに多くの国と保険を掛け合うかに、かかっていると思うのである.

そこで、保険とは、

・憲法を国連憲章と整合させる事、

・軍隊、武力、交戦権を保有する事、
・国連の平和活動に参画する事、
・集団で安全保障活動や自衛活動を行う事、

・軍事の連携国を増やす事
・国際情報を収集する体制を持つ事、
・多くの国と友好条約や経済・文化交流を活発に行う事、
・他国から信頼される国になる事、

等が考えられるが、現在の日本は、あまりにも保険をかけていないと思うのである.現憲法が他国と共同して、平和を守ると言う保険を放棄しているからである.

そこで、今後の日本の安全保障にとって、個別的自衛活動だけで良いのか、国連憲章と整合した、集団安全保障活動や集団的自衛活動が出来る国に変えた方が良いのか、今まさに議論すべき根本的なテーマだと思うのである.

この議論においては,『日本の安全保障のあり方』→『憲法の内容』→『安全保障関連法案の内容』とならなければならないのである.各政党も、これらの、考え方、内容、を表明すべきだと思うのである.

そんな中で、安倍政権は、1年前、現憲法下で、他国と連携して、少しでも、自衛力、抑止力、及び、国際貢献力の向上を、図ろうと、限定的な集団的自衛権を合憲とする閣議決定をした.それに基づいて、今回、限定的集団的自衛活動を柱に『安全保障関連法案』と、国際貢献の強化として『国際平和支援法案』を策定し、当月、国会に提出したのである.

現憲法下での法案と言う事で、『国連憲章との関係』など、『日本の安全保障のあり方』の根本的な考え方が定まっていない中での法案になる.従って、他国では理解できないような、9条(戦争放棄)と自衛権の綱引きと同じように、9条と限定的集団的自衛権の綱引きが発生し,複雑で微妙な法案にならざるを得ないのである.

以上のような、問題意識で、今回提出された安全保障関連法案を簡潔に整理してみたのである.間違があるかもしれないが)

国会に提出された現行憲法下の安全保障関連法案の骨子

コンセプト:国際情勢の変化に対応した自衛力の強化と国際平和活動への貢献

目的;日本の平和と安全を守る

①武力攻撃事態(現在の個別的自衛権)
日本が外国から直接武力攻撃を受けるか、明白な危険が切迫した時は個別的自衛権に基づき反撃.

②存立危機事態(他国の防衛ではなく、自国の自衛の為の集団的自衛活動)
密接な関係にある他国が攻撃を受け、日本の存立が脅かされる明白な危険がある時、集団的自衛権に基づき共同で反撃.(あくまでも自衛行動の範囲であり、憲法に抵触しないとの判断)

③重要影響事態(他国軍への後方支援)

日本の平和と安全に重要な影響を及ぼすなら、他国軍を戦闘現場でない場所から後方支援、弾薬も提供.(あくまでも自衛の為の後方支援)

④グレーゾーン事態
平時(警戒監視中等)で主権侵害の恐れが発生した時の米艦や米軍機の防護

目的:世界平和に貢献する

①国際平和共同対処事態(他国軍への後方支援)
外国で紛争が発生し、国際社会の平和と安全に脅威が発生した時、戦闘現場ではない場所から他国軍への後方支援

②人道復興支援(PKO)
治安維持任務や駆けつけ警護、等を追加、国連以外の平和協力活動にも参加

次に安全保障に関する私見を述べてみたい.

1.『日本の安全保障のあり方』『憲法のあり方』を、まず議論すべきだ.

我が国は戦争放棄、武器の不保持の憲法を持ち、一方では自衛権を根拠にした自衛隊と武器を保有し、個別的自衛権の行使が出来る体制になっている.同時に,一種の集団的自衛の形である日米安保条約で米軍基地が日本に設置され、日本及び極東の安全を支えているのである.

このように,日本の安全保障は憲法では『戦争放棄、軍・武器不保持』を宣言しているが、一方では憲法の外で『自然権としての自衛権の保持と、その為の自衛隊・武器の保有』を認めているのである.

この二つの概念を合わせると『自衛の為の交戦権は保有、それ以外を目的とした交戦権は放棄』であり、これを国として認めているのである.

そして、今回の安全保障関連法案は、この自衛権の枠内で、憲法に抵触しない様に、『限定的な集団的自衛活動』、『限定的な集団安全保障活動』を柱にした新法制度の提案である.

しかし、冒頭述べた通り、この法案以前に、日本の安全保障は、現憲法を改定しない限り次の問題を抱えているのである.いくつか列記しておきたい.

①憲法で戦争放棄を宣言しているが、憲法解釈で、自衛の為の交戦権は有しているとしているが、現憲法に国防の概念が無い事から、第9条と自衛権、第9条と限定的集団自衛権の綱引きが常に起こるのである.その事が安全保障を不安定にし、議論を複雑にしている元凶だと思うのである.これが日本の安全保障の根本問題になっているのである.

②現憲法に、国防の規定が無い為に、自衛戦争に突入した時の有事法制や軍隊の規定を作る事が出来ないのである.したがって、現憲法下では、『自衛権はあるが実質行使できない』と言う事になるのかも知れないのである.

③現憲法を改定するにしても、我が国の今後の安全保障のあり方が定まっていない事が大問題となる.一国平和主義で良いのか、世界の潮流である、集団安全保障体制、集団的自衛体制に変えて行くべきなのか、基本方針を定める必要がある.

日米安保条約締結時以来、今でも続く、日本の安全保障のあり方論議に、そろそろ、終止符を打ち、憲法改定に入らなければ、世界の動きに更に遊離して行くのである.

参考過去のまでに、独断的ではあるが、安全保障のあり方を分類してみた.

①非武装・中立(自衛隊も軍も不保持)
②武装・中立・自衛(日本独自路線)
③武装・中立・自衛・国連軍への後方支援(日本独自路線)
④武装・中立・自衛・国連軍への参加(日本独自路線)

⑤武装・日米安保・自衛(個別的自衛,以下同じ)
⑥武装・日米安保・自衛・国連軍・他国籍軍への後方支援
⑦武装・日米安保・自衛・集団的自衛(限定的)・国連軍・多国籍軍後方支援

⑧武装・日米安保・自衛・集団的自衛(相互に自衛活動,以下同じ)
⑨武装・日米安保・自衛・集団的自衛・国連軍・多国籍軍への後方支援
⑩武装・日米安保・自衛・集団的自衛・国連軍・多国籍軍への参加

勿論、自衛にしても、後方支援にしても、その内容は、いろいろあると思うが、先ず,骨太の姿で分類したのである.これによれば、⑤から⑥になり、今回の政府案は⑦になるのである.

そんなわけで、一日でも早く、この根本問題を解消し、国民の安全を守る為の『日本の安全保障のあり方』それに基づく『憲法と安全保障法制度の内容』を真剣に議論して欲しいのである.これが.国会の最大の使命だと思う.

ところで、現憲法に国防の概念がないのは米国占領下で公布された憲法だから当然かもしれないのである.同時に、日本国民からすれば、悲惨な戦争体験、焦土となった日本、戦後の復興、を考えると、丸腰にならざるを得なかった事情もあったと思うのである.

そうだとしても、独立し、自衛隊を編成した時も、国連に加盟した時も、この憲法を改定しなかったのである.何よりも改定に必要な国民投票法も第一次安倍政権まで作らなかったのである.護憲派の思い通りに推移したのである.今日においても、実際どうやって、国民の賛否を問うか不明な事が多いのである.

現在の憲法を平和憲法だと、自慢する政治家がいる.しかし、国連憲章と不整合で、一国平和主義で、平和のただ乗りで、米国の傘の下で、しかも、憲法改定手段もなく、一度も改定をしていない、事からすれば、自慢できるわけがないのである.

又、この事が日本国民の政治意識を停滞させ、民主主義の成熟を阻害し,安全保障問題も思考停止状態にしている元凶になっていると思うのである.

海外から見ても、日本の安全保障制度や『安全保障の根本問題』を知っている人は、極めて限定的だと思う.多くの人は,日本は何を考えているのかわからない、と不信感を持っていると思う.利己的な国だと思われているかもしれないのである.

そんなわけで,国会審議では、政府案の違憲・合憲の入り口論より、先ず、日本の安全保障の根本的問題を解消する『日本の安全保障のあり方』,『憲法のあり方』について議論を戦わせる方が先だと思うのである.その上でしか、日本の安全保障法体制の議論は出来ないと思うのである.

法律家ならいざ知らず、政治家が『日本の安全保障のあり方』を言わずして、『違憲だから反対』と主張しているのは,日本の生命・財産を守る気があるのか、ど苛立つのである.

違憲と言うなら、どこが違憲かを説明する必要があるし、政治家なら、個別的自衛権、集団的自衛権、及び後方支援、国際貢献について、『じゃどうするか』を言う必要があると思う.当然、『憲法のあり方』と連動した主張が求められるのである.

政治家の仕事は国民の安全を確保する事である.その為に、政治家、政党は、安全保障に対して、しっかりしたコンセプトを持たなければならないのは当然だと思うのである.

『財政は,その国の民主主義を写し出す鏡だ』とよく言われるが、『安全保障は,その国の姿を映し出す鏡だ』とも言えると思う.

集団的自衛権の導入が必要ではないのか

政府は昨今の国際情勢を踏まえ、かつ現憲法を意識して,限定的ではあるが、集団的自衛権の導入を提案した.この提案は、現実的な課題に対応する上でも,又,今後の安全保障や憲法を考える上でも、重要な提案だと思うのである.

しかし、違憲にならない様に、自衛権の範囲内と言う制限を付けた集団的自衛としている為に、曖昧さや,複雑さや,分りにくさや,現実の運用のむずかしさ、が発生している事は否めないのである.

この提案に対し,個別的自衛権の拡大で対応すべし、との意見もある.しかし、この意見は、国際的には通用しない.個別的自衛権の拡大でやると,自国に攻撃が無いのに個別的自衛権の行使をする事になり,相手国に攻撃の根拠を与える事になるのである.同時に、そんなことをやれば、個別的自衛権にもならず、一方的な攻撃として、国際法違反になるのである.

ドイツ等は他国との連携による集団的自衛権を優先し、自国の判断だけで行える個別的自衛権には慎重な(抑制性的な)姿勢をとっているのである.日本も、この考えで良いと思う.個別的自衛権の拡大適用は案にもならないと思うのである.

そんなわけで、私見に依れば、日本は将来の憲法改定も含めて、自衛力・抑止力の向上の為に、法制基盤として何らかの集団的自衛権を持つ事は必要だと思う.その行使の可否や行使の内容は、当然、その時々の、シビリアンコトロールの判断にゆだねられるのである.

この政府提案に対し、世界が言う集団的自衛権は勿論、今回、提出された限定的集団的自衛権でも、自衛権の越脱で違憲だと言う論者がいる.

この論者に憲法を改定して集団的自衛権を導入しようと言う人もいると思うが、大部分は、限定的集団的自衛権は違憲だ、或は、自衛隊も、日米安保条約も、違憲だ、と言う論者、が混ざっているのである.

ならば、この論者に聞いてみたい.

・日米安保条約は一つの集団的自衛の姿であり、違憲だと言うのだろうか.
・個別的自衛だけで,日本の安全が保てるのだうか、

・日本の防衛の為に,戦っている他国を傍観しているだけで良いのだろうか
・世界から孤立して生きて行けるのだろうか,

この問いに、まともな答えを聞いたことが無いのである.結局、議論を突き詰めると、集団的自衛権は不要だ,とはならないと思うのである.それでも、不要だと言う論者は説得力ある反対理由と安全保障の対案を出すべきなのである.

今回の安全保障関連法案の国際的評価だが、中国、韓国、以外は歓迎しているようである.中国、韓国の反日思想からすれば,日本の自衛力、抑止力が向上する事に反対する事は極めて分かり易い反応だと思う.

それゆえ,安全保障関連法案が必要だとも言えるのである.日本の護憲論者は中国、韓国の評価は正しいと言うのだろうか.これも聞いてみたいものである.

さて、集団的自衛権の導入の問題は、その必要性、その内容、及び、憲法の扱い、について真剣な討議を期待したいのである..

㋩出来るだけ早く憲法第9条の改定が必要ではないのか.

今回の安全保障関連法案が成立しても、第9条がある以上、前述の『日本の安全保障の根本問題』は解消しないのである.むしろ、限定的集団安全保障が加わる事で,根本問題が際立つ事になるかのである.

結局、根本的に解決するには第9条の憲法問題に決着を付けなければならないのである.第9条を下記の様に、国防概念と国際貢献の規定を加えるだけで、机上の不毛な神学論争を繰り返さずに済むし、長年の第9条と自衛権の衝突も解消するのである.何よりも、『憲法と法律で国を守る』と言う当たり前の安全保障法制基盤が確立するのである.

そこで、憲法第9条を、こんな風に変えたらどうだろうか.

『我が国の生命・財産の安全の為,国際平和への貢献の為、軍隊と武器を保有する』、『その行使は政府、国会の判断にもとづくが、その行動規定は法律で定める』

国防と国際平和への貢献を立憲主義の下におき、この憲法の下で、国連憲章に反しない様に、個別的自衛活動、集団的自衛活動、及び、国際平和活動、等の行動規定を定めれば良いし、時代の変化によって適時、変えれば良いと思うのである.

又、憲法で軍隊を規定する事によって、自衛隊を軍として位置づけられるのである.現在の自衛隊は軍ではないので、その行動には、刑法、或は道路交通法等の一般法が適用されるのである.

従って、軍の規定や有事法制が無い現憲法下で、個別的自衛や限定的集団的自衛の戦いが始まった時、自衛隊は、どんな法的根拠で戦うのだろうか,又、国内は、どんな有事体制が取れるのだろうか、不明である(私の勉強不足か).

これらの問題を解決する為にも、第9条を改定し、憲法で国防と軍および有事法制を認めなければ、真の自衛力の向上も自衛戦も、は出来ないと思うのである.

ところで余談だが、国民投票で新憲法の賛否を問うやり方の問題である.

憲法改定の国民投票が初め行われる事から、9条以外にも、積もり積もった改定項目は多くあると思われる.そうなると、国民は多くの改定内容に対し、当然、改定内容毎に賛否が発生する.しかし、国民は,全体に対し,YESかNOかの判断をしなければならないのである.

はたして、国民に新憲法の賛否を問うやり方として,これで良いのだろうか.今からでも,国民の賛否の取り方の検討が必要だと思う.例えば、国民に賛否を問うのは1条文のみにするとか、変更条文ごとに賛否を問うとか、の検討である.憲法を国民の手にする為にも、是非,議論して欲しいのである.

㋥安全保障法制の特徴を踏まえた議論が必要である.

安全保障関連の法制度には次の特徴がある.これを踏まえた審議が必要である.

『安保法制は有事発生時の備え,保険である事』
『シビリアンコントロールの裁量が大きくなる事』、
『してはいけない事の法制化が必要である事』

『安全保障法案は有事に対する備え、保険である事』とは、

今回の安全保障関連法案は、いろんな有事の事態や国際貢献の必要性に対応できるように、法的基盤を事前に用意しておく法案である.この法律を実際に使うか使わなうか、使う内容をどうするかは、シビリアンオントロールにゆだねられているのである.

国を預かる政権としても、国民にとっても、法律がないから対応できなかったでは済まされないからである.

『シビリアンコントロールの裁量が大きくなる事』とは、

シビロアンコントロールの裁量とは、その時の状勢や政権の考え方で、法律を行使しない事も、行使する内容も、判断する事である.従って、シビリアンコントロールは極めて大きな裁量を持つ事になるのである.当然、適正なシビリオアンコントロールを行う為には、国際情勢は勿論、大所高所の判断力が必要になるのである.

『してはいけない事の法制化』とは、

大きいシビリアンコントロールの裁量に歯止めをかける為である.有事の時や国際貢献で、やれることを列記する事も歯止めの仕方としてはあるが、それを列記する事は実質、不可能である.有事の
状況や国際貢献の内容を一概に規定出来ないからである.

従って、『してはいけない事』を定めた方が歯止めとしては、わかり安く、明確になるのである.試しに、今回成立した安全保障法で,『してはいけない事』を書きだすと、法案の中身がわかり安くなるのである.

この法案を『戦争法案』と言う人がいるが、安全保障法の特徴を理解していない人たちの主張だと思う.安全保障法は有事の時の『備え』であって、保険である.戦争になるかどうかは、相手国やシビリアンコントロール次第なのである.

したがって、論議としては、有事の時の備えが必要か、不要か、シビリアンコントロールの仕方はどうか、してはいけない事に問題はないか、であって、戦争法案だから反対だと言うのは、論点がずれているのである.

又、『シビリアンコントロールの裁量が大きいのは危険だ』という人もいる.やれる事をきめ細かく規定し、シビリアンコントロールの裁量を小さくするとの考えだと思うが,有事の状勢や国際協力の内容を一概に決められないことから、やれることを規定する事は実質的に困難である.

この様に、安全保障法案の特徴は、出来るだけ、いろんな事態に対応できるような法的基盤を作り、実際の対応は、シビリアンコントロールによって、決定されると言う構造になっているのである.

従って、政治家の国際情勢や安全保障に関する力量が極めて大事になるのである.なんでも法律にしないと不安に感じる日本人の不得手な法制度かも知れない.

従来、多くの政党は日本の安全保障について述べると、票にもならないどころか、票が減少するとして、選挙の公約にしてこなかったと思う.当法案が成立すれば、必然的に、そんな事は許されないのである.

シビリアンコントロールの責任が政党や政治家に負いかぶさり、その為に、常に安全保障の考え方を国民に示し,理解を得ておく必要があるからである.従来とは比べ物にならないほどの力量と責任が政党、政治家に求められる事になるのである.

当法案が『安全保障の転換』だと言われるが、『シビリアンコントロールが出来る政治への転換』の方が大きな変化だと思う.

㋭各政党は『日本の安全保障のあり方』『憲法のあり方』の考え方を示せ

戦後、日本の安全保障については、憲法第9条,自衛隊,日米安保条約,国連憲章,等はあるものの,国際協調時代に,『日本の安全保障をどうして行くのか』『憲法をどうして行くのか』が全く描かれていないと思うのである.

その原因は『憲法第9条と政治家の無責任さ』にあると思う.憲法制定以来、前述の安全保障の根本問題を放置し、憲法改定手続きさえも作らず、あげくに,国際協調時代に、安全保障は,どうあるべきか、憲法はどうあるべきか,と言った,まともな議論すら積み上がっていないのである.

旧態依然の違憲・合憲の論議を繰り返しているのは,まさに日本の安全保障は思考停止状態にとどまっているとしか言いようがないのである.とにかく、各政党から『日本の安全保障はどうあるべきか』、『憲法はどうあるべきか』を正面から聞いた事が無いのである.

それを言うと,党が分裂する、或は、いい加減さが露呈し票を失う,からだろうか.本当の所、どうすべきか分らないのかも知れないのである.

にもかかわらず、法を曲解して,戦争が出来る国にする法案には絶対反対だ、戦争に巻き込まれるから反対だ、違憲だから反対だ、と言っているのは,それだけで、ある程度の国民の支持が得られると思っているからかも知れないのである.

だとすると,各政党は安全保障のあり方や憲法及び安全保障法制度のあり方を言わない方が党にとっては得策と言う事になる.

このような安全保障に関する思考停止状態から脱出する為にも,この際,各政党は考えをまとめ、国民に選択肢を示すべきである.それをしない政党は全く無責任だと思うのである.そこで、先ず次の事を明らかにして欲しいのである.

・日本の安全保障のあり方(憲法,個別的自衛,集団的自衛,日米安保).
・政府提案の日本の『安全保障関連法案』への賛否と反対の理由.
国際平和支援法、PKO協力法への賛否とその理由.
 

政党が、この基本的な、最重要な課題に対し、しっかりした主張を持っていなければ、安全保障法制度の審議に参加する資格もないし、政党の資格もないと思うのである.何よりも、そんな政党はシビリアンコントロールは出来ないのである.

政治家の中に、国際紛争に巻き込まれるからダメだ、武力行使で人を殺してはダメだ、自衛隊員が殺されるからダメだ、現在の平和憲法を越脱する行為はダメだ、と言う人がいるが、『日本の安全保障や憲法をどうしたいのか』を言わないのである.全く無責任な政治家だと思う.是非,上記設問に答えてもらいたいのである.

こう言うと、『わが党は考え方がはっきりしている』と言うかもしれない.ならば何故、現実の国防問題に提案をしないのだろうか.

こで、審議を深める為にも、いつもの質問・回答の国会審議ではなく、各政党の党首が主張を述べ、他党からの質疑を受ける機会を国会に作ったらどうだろうか.国民にとっては、現在の国会の審議より、はるかに役立つと思うし,政党にシビリアンコントロールをゆだねる上でも、重要な機会になると思うのである.是非、国会審議は議席数に係わらず、『対案は平等、採決は多数決』でお願いしたいものである.

以上,安全保障関連法案について,私なりの要約と所感を述べた.国民が安全保障の思考停止状態から脱する為にも,本質的な国会審議を期待したいのである.極めて重要な課題に対し、党利党略の議論はやめて欲しいのである.私も、この国会審議を通じて,引き続き、勉強してみたい.

最後に、1.で示した『安全保障のあり方』、『憲法のあり方』の分類を再度、記載しておきたい.あなたは、どれが良いと考えますか.各政党は、どれを主張しているのですか.

①非武装・中立(自衛隊も軍も不保持)
②武装・中立・自衛(日本独自路線)
③武装・中立・自衛・国連軍への後方支援(日本独自路線)
④武装・中立・自衛・国連軍への参加(日本独自路線)

⑤武装・日米安保・自衛(個別的自衛,以下同じ)
⑥武装・日米安保・自衛・国連軍・他国籍軍への後方支援
⑦武装・日米安保・自衛・集団的自衛(限定的)・国連軍・多国籍軍後方支援

⑧武装・日米安保・自衛・集団的自衛(相互に自衛活動,以下同じ)
⑨武装・日米安保・自衛・集団的自衛・国連軍・多国籍軍への後方支援
⑩武装・日米安保・自衛・集団的自衛・国連軍・多国籍軍への参加

勿論、自衛にしても、後方支援にしても、その内容は、いろいろあると思うが、先ず,骨太の姿で分類したのである.これによれば、⑤から⑥になり、今回の政府案は⑦になるのである.

追伸(7月16日)

戦後の安全保障政策の一大転換となる安全保障関連法案は,きのう衆議院の特別委員会で可決した.与党は,今日中に法案の衆議院通過を図る方針である.

民主党は,『審議が不十分だ』、『強制採決はけしからん』、と、プラカードを掲げて、反対を叫んで、委員長に迫っていた.まるで、特別委員会議場がデモ会場になった感じである.それでどうなるわけもなく、党や議員として、みっともない限りなのだが、この様子をテレビ報道を通じて、党の姿勢を国民にアピールしたかったのかも知れない.しかし、対案を示して、攻めていないのだから、議会政治とはかけ離れたアピールだったのである.

これまでの国会審議を聞いていると、懸念したと通り、各党自身の考え方が明示されなかった.したがって,どんな考え方を持って,質問し、問題だ、反対だ、と言っているのか、全く、分からない国会審議だったと思うのである.

そんなわけで、相変わらず、違憲だ合憲だと入り口論ばかりで、『日本の安全保障を、どうすべきか』と言う根本問題は議論されなかったのである.

是非、参院の審議では次の事に各党の考え方を示し、『対案のある論議』を行って欲しいのである.国民の理解を深める為にも、国民に選択肢を与える為にも、これは、公党の義務だと思うのである.その意味では、大きな国費を使いながら、義務を果たしていない公党が多い様に思う.

・現在、今後の日本の安全保障のあり方(憲法も含めて)
・政府提案の日本の『安全保障関連法案』への賛否と反対の理由.
国際平和支援法、PKO協力法への賛否とその理由.

そんな中で、維新は断片的ではあるが、対案を示していた.違憲論を回避する為に,限定的集団的自衛行為を,個別的自衛権の拡大で、行うと言う主張である.

しかし、所見の㋺で述べている通り,論外の対案である.従って、維新は限定的集団的自衛行為を認めているのだから政府案に賛成すべきなのである.

このように、各党が『安全保障の考え方』を言う事によって,その政党の反対の理由が,当を得ているのか、どうかが、評価できるのである.

ところで、マスコミのアンケートによると、

わからない、理解できない、審議不十分だ、反対だ、が圧倒的に多いと言う.これに対し、ひたすら、政府は、今後も、丁寧に、国民に説明したい、と繰り返しているだけである.

私見によれば、このような否定的な結果になるのは、次の理由があるからだと思う.

一つ、わからない、理解できない、が多いのは、野党の対案が示されていないからだと思う.選択肢としての野党の対案が有れば、違いが明らかになり、論点がはっきりするのである.政府案しかない場合は、その賛否を問うのではなく、現状と政府案を比較して選択してもらう方が意味があると思うのである.

二つ、反対が多いのは、危険だ、戦争に巻き込まれる、違憲だ、等と言われれば、『何もしない方が良い』と思うのは自然だからである.しかし、それで安全保障が成り立つわけがないし、従って、国民は、どんな問題を解決するのかを認識した上での判断が必要になると思うのである.

三つ、反対が多いのは、国民が、『一国へ家和主義』、『平和へのただ乗り』に気付いていないからだと思う.これを説明すれば、この方が良いと言う人は少なくなると思う.

四つ、反対が多いのは、第9条で戦争放棄、武器や交戦権の放棄を定めている事で思考停止しているからだと思う.憲法で規定されていないが自衛権があって、それを向上すると言っても、第9条と自衛力向上の線引きが難しい事から賛成より、反対に傾きやすいと思うのである.

まさに、『第9条が個別的自衛、集団的自衛、国際的安全保障とぶつかる』と言う根本問題が、浮かび上がるのである.このい難しい問題に、政治家、政党は答えを出さなければならないのである.

ところで、民意のアンケートで、もっと根本的な事を聞いていないと思う.

『今回の法案の賛否』を国民に問う前に、『今後の日本の安全保障のあり方』を問うべきだと思うのである.

各報道機関のアンケート調査は我田引水の質問で、調査結果を自社論に誘導していると思う.そんな調査は役に立たず、例えば、上記、分類を示して、方向を聞くのは国民や政治家も役に立つと思うのである.

そんなわけで、参院の審議では、良識の府として、『国民に選択肢を与える国会』になるよう,期待したいのである.その為に、『安全保障のあり方』に関する民意を調べたり、各党の主張の比較をしたり、すべきだと思うのである.衆院と同じような、党利党略の場になれば,まさに参院無用論が頭をもたげるのである.

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