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2015.08.04

404 軽視できない東京オリンピック公式エンブレム問題

2020年東京五輪の公式エンブレムがベルギーの劇場のロゴなどと似ていると指摘された問題で、日本オリンピック委員会(JOC)は3日、劇場のロゴのデザイナー側からエンブレムの使用停止を求める書簡が届き,組織委員会に転送したことを明らかにした.劇場のロゴのデザイナーは,対応がなければベルギーの裁判所に提訴する考えを示している.

大方の専門家、マスコミの反応は、デザイナー本人が盗作を認めないかぎり、今回のエンブレムが敗訴する事はないと言う.過去にも盗作疑惑になったデザインがあったが、問題にならなかったと言う.又、デザイナー側からすると、デザインがシンプルになる程、似てしまう事があり得ると言うのである.総じて、よくある事で、大した問題ではないと言う反応であった.

関係者(組織委員会のマーケテング部門の責任者)のコメントも違う言い方だが、全く問題視していない口ぶりであった.

『厳正に公募し、慎重に専門家が選んだ結果であり、IOCにも商標確認をとっている.従って、なにも問題はない』との趣旨のコメントであった.これまでの進め方に問題はなかったと、自己弁護しているような態度が気になったのである.

更に問題は、今回は、商標権侵害の訴訟ではなく、著作権侵害の訴訟である事を全く理解していない事である.一般に、著作権問題の訴訟リスクは商標権問題より、はるかに高いのである.

これらの反応に私が感じた事を述べたい.

『模倣ではないか』と言われた時の専門家、マスコミ、関係者の反応の仕方に、総じて、疑問を感じた.国立競技場の白紙撤回事件のようになる事を恐れてか、或は、一度決めた事をやり直せないと言う組織論理が働いたのか、頭から問題にしたくない,と言う態度が露骨に見えたのである.

オリンピックのエンブレムは過去にも似ているデザインがあったが問題にならなかったとか、無名な類似デザインがあったからと言って、いちいち騒ぐ必要がないとか、の態度は、デザインの価値や著作権を軽んじているように映ったのである.

素直に、『似ているデザインがあると言われて、びっくりしている.もう一度、双方のデザイナー、専門家、或は国民の意見を聞いて、どうするかを検討したい』と言うべきだったのではないか、と思ったのである.

海外から起こされた著作権訴訟は、海外の裁判所の判決が各国で起こる同一訴訟にも大きな影響を与える.当然、訴訟リスクは高くなりやすいのである.従って、この訴訟を、高をくくって、軽視してはならないのである.

してや、最初から相手を無視した態度は、このリスクをさらに高める結果になったと思うのである.逆の立場なら、容易に想像できるのである.

もう一つ、大問題がある.企業の商標権や特許権のトラブルは最終的には判決で決着がつくのだが、公的財産(公式エンブレム)については、勝っても負けても、裁判で決着をつけるわけにはいかないと言う問題がある.

裁判に長期間を要したり、法的に勝っても、『似ている事実』は消えず、模倣臭いデザインを国民がすっきり受け入れられるのか、後世の語り草になっても良いのか、と言う大きな問題が起こるのである.ましてや、敗訴にでもなれば,その影響は計り知れないのである.

そんなわけで、この問題は似ていると指摘され段階で,法的な手段で対応しようとするのではなく、先ず、円満な了解を得る事を考えるべきだと思うのである.その上で、了解を得られなければ、デザインを変えてでも、裁判沙汰を避けるべきだと思うのである.

繰り返すが、公的なデザインは法的に勝てば良いでは済まないのである.裁判で勝っても、世間から、『よく似たところがある』と思われたら、公的デザインとしては失格だと思う.下手をすると、著作権軽視のシンボルになりかねないからである.公的デザインは、国の意思であり、一点の曇りも許されないと思うのである.

以上、国立競技場や他の競技施設の問題、今回のエンブレム問題、など東京オリンピック関連の問題に接すると、やたらと,怪しげな組織論理や露骨な保身本能が目につくのである.

追伸

結局、オリンピックエンブレムは、国立位競技場と同じように、9月1日、白紙撤回となった.経緯は次の通りである.

華々しく、お披露目された佐野氏のエンブレムに対し、類似しているデザインがある.佐野氏が提出したエンブレム展開写真に意図的な著作権侵害がある、佐野氏の過去のデザインに著作権違反や類似デザインが多くある、として、エンブレム問題は国内外で話題沸騰したのである.

この騒動の中で、組織委員会は、採用したエンブレムがオリジンナルである事を証明する為に、このエンブレムは佐野氏の原案(公募作品)を修正したものであったと説明したのである.

この発表で、次の事が明るみに出て、更に疑念が膨らむ事になったのである.

・原案に商標登録の問題があり、2回修正している事.
・修正は組織員会の指示であり、審査委員には事後承諾であった事.
・組織委員会も、佐野氏も、この経緯を伏せていた事.

・佐野氏の原案と最終案は、構図・デザイン共に違いがある事.
・原案にも、よく似た有名デザイナーのデザインがあった事.
・審査員,公募条件,審査内容,公募後の修正,等、閉鎖的な進め方であった事.

このように組織委員会の説明が、疑念の払拭どころか、火に油を注いだ結果になったのである.保身的組織論理が招く、典型的な結果である.

この結果、組織委員会は白紙撤回に追い込まれたのだが、その理由について、組織委員会および佐野氏は次のような弁明をしたのである.

『エンブレム・デザインに模倣はないと考えるが、国民の支持を得られていない事、佐野氏から辞退の申し入れがあった事、から,白紙撤回を決断した』

佐野氏はホムページで、こう述べている.

『模倣はしていない.しかし、模倣疑惑問題がマスコミやネットで沸騰したり、マスコミの事実に反する報道もあったり、私、家族、会社、への激しいバッシングも繰り返されたり、もう耐えられない状態になったので辞退を申し入れた』

結局、組織委員会は、国民の支持が得られない事、佐野氏が辞退した事、が白紙撤回の理由だと説明したのである.いかにも、『自分は悪くない』、『早い決断をした』と言いたげな発表であったのである.

元事務次官に上り詰めた、官僚中の官僚の人が、自信を込めて、得意満面で、『問題なし』を説明した矢先に、手のひらを返したように、淡々と、白紙撤回を宣言したのである.かねてから、官僚と言う宮使いの習性として、マネージメント能力、リスク管理能力、責任能力、は不要で、勿論、そんな経験もないと感じてはいたが、それを指摘する前に、『なにか、一抹のわびしさ』を感じたのである.

エンブレムの白紙撤回によって、国立競技場の白紙撤回ともそうだったが、プロセスが閉鎖的で、多額の費用を支払い済みで、すでに次の仕事に取り掛かっている事が露呈したのである.何よりも、国際的な信用が失墜したのである.

この事態に、誰も責任を取らない、自分は悪くない、との姿勢に、多くの国民は、全く、納得していないのである.国立競技場問題でも触れたが,ここでも、日本的組織体制の弱点が露呈したのである.

もう一度言うが、和気あいあい、一致団結の合言葉に、仕事内容も責任も曖昧な組織体制が潜む事が多いのである.そのような組織はトラブルが起こると、たちどころに、右往左往に陥るのである.組織とは、物事を効率的にやる為にあるのだが、同時に、責任を明らかにする為でもある事を忘れてはならないのである.

もう一つ、特徴的な事は、エンブレム問題が、『閉鎖的な村社会の論理』と、『開放的なネット社会の論理』が、ぶつかり合った事である.昔の様に、真実を伏せて、玉主色の誰も傷つかないやり方が,ネット社会では通用しない事を証明したのである.

さて、再発防止も含めて、新たなエンブレム公募が行われると思うが、エンブレムに要求するコンセプトの設定、公募資格の検討、決定前の商標登録防止策,著作権のネットによる事前チェック、審査員と選定方法、国民の評価、など、改めて考える事になる.さて、どんな、リカバリー策になるのか、興味が湧くのである.

以上、『著作権の問題は軽視できない』と当ブログで警告したが、不本意ながら、白紙撤回にまで発展したのである.

私流に言えば『国立競技場の白紙撤回の様な事にならない様に、クレームを無視してでも、後戻り出来ないように、このデザインで突っ走れ』との組織委員会の保身的組織論理が逆に、白紙撤回に追い込んでしまったと感じるのである.

まさに、保身的組織論理はネット社会では通用しない事を証明したのである.これは政治家、役人、業界の話だけではなく、企業経営に言える教訓だと思うのである.特に、役人組織は、もともと、議会、法律で動いている事から、責任を負う事がない組織である.法律でも、役人が責任回避できるように、作られているのである.その習性をオリンピック・プロプロジェクトに持ち込んではならないのである.

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