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2015.12.26

420 世間の好みと自分の好みの乖離現象

どうやら、年配者と言われる私の音楽や映画の好みが世間から、どんどんかけ離れて行く感じがしている.

私は音楽で言えば、50年代から60年代の米国音楽のカントリー,スイングジャズ、スタンダードジャズやハワイアン、ラテン音楽が大好きである.これらの洋楽があまりにも、表現とリズムが豊かで、カッコよかったからである.この好みは,ベンチャーズ,エルビスプレスリー(70年代前半)の頃まで続いた.今でも、その頃までの洋楽が大好きなのである.

ベニーグッドマンやベンチャーズのサウンドにはウキウキするし、トリオロスパンチョスのラテンには哀愁が漂うし、プレスリーのロックンロールには体がゆすられるし、プレスリーのラブバラードには弾き語りにピッタリの雰囲気がある.そんなわけで、それ以降の音楽には興味が湧かなかったのである.

ビートルズは70年代に登場したが、最初、子供バンドのように聞こえた為か,何の興味も感じなかったし,その後も,興味を持つ事はなかったのである.

一方、好みの日本歌手で言えば、ジャズを唄っていた頃のフランク永井、ハワイアンの大橋節夫、カントリーのジミー時田、オールラウンドの尾崎紀世彦、等である.特に大橋節夫の数多い名曲や尾崎紀世彦のカントリー、スタンダードジャズ、ハワイアンは,世界にも類を見ない、飛びっきりの実力に魅了されたのである.

反面、日本の演歌、歌謡曲、フォーク、JーPOP(ポピュラー,ブルース、ロック等)に,カッコよさを感じなかった事もあって,あまり興味が湧かなかったのである.

映画もやはり,40年代から50年代の米国映画が好きである.大自然の中で繰り広げられる西部劇や風と共に去りぬ、ベンハーのような超大作は今でもすごいと思う.映像も自然色で深みがあって,実にきれいである.その後,アクション映画が多くなると、特撮やCGを屈指した映画が増えて,私の好みから離れて行ったのである.今も、ハリーホッターやスターウオーズ等の世界的人気映画にも興味が湧かないのである.食わず嫌いかも知れないが.

アニメでも同じ感じを持っている.何といっても、40年代の白雪姫,シンデレラ、ダンボ等のデ゙ズニー長編アニメである.現在でも、これを超える作品はないと思っている.

デズニー長編アニメではキャラクターや動物の動きは勿論、顔の表情から指先や服の動きまで、徹底的に研究し,一秒間に24コマ以上の絵で、一作品20万枚ほどの絵が描かれているのである.童話アニメではあるが、人の心をつかむ感動的なストーリーも素晴らしいが、表情豊かな,繊細な動きや音楽、擬音へのこだわりも、すごかったと思う.

当時としては一作品15万ドル程の巨額の投資と600人程のアニメーターを投入して、作品を次々に世に出したのである.勿論、このデズニー長編アニメは映画に革命をもたらし、世界的に,一世を風靡したのである.

れらの作品を通じて、アニメ映画の人気だけではなく、多くの挿入歌が名曲として,世に送り出された.キャラクターのライセンスビジネスやデズニーランドビジネスの展開にも,繋がって行っ.た又、デズニーの多くの失敗を経て、ここに至るまでの生き様も、今の世に受け継がれているのである.

日本で人気のテレビアニメのサザエさんやドラエモン、アンパンマン,等は、動画と言うより紙芝居に近く、比較できないが、最近の劇場用のデズニー長編アニメはCGがベースになり、映像に、きめ細かい手作り感がなくなった感じがする.宮崎駿の劇場漫画も,きめ細かい画像作りをやっているが、どうしても、作画の省略があって、動きに,ぎこちなさが感じられるのである.

そんなわけで、もう、40年代のデズニー長編アニメのような劇場漫画は誰も作らなくなり、結果、我が家では、子供から孫に至って、今でも、昔のデズニーアニメを何回も見ているのである.こんなロングランは我が家だけかもしれない.ついでに、日本語版より英語版の方が英語の勉強になる余禄もある.

以上の様に,私の好みは,40年代,50年代,60年代の米国の音楽,映画,アニメ、に,止まったままになっているのである.もっぱら,音楽は,YOU TUBEで往年の名プレーヤーの本場の音楽を楽しみ,映画はDVDを大型テレビで,見ているのである.

少し寂しい感じもするが、良寛の『世の中は,混じらぬとはあらねども、ひとり遊びぞ我はまされる』の心境である.

どうやら、私は、鍛え抜かれた人間の技と労力に、いわゆるARTに感動するが,工業製品や工芸品にはあまり感動しないのである.

建築物や絵画や彫刻の好みも同じである.現在の金をかけた学芸会の様なコンサートも,迫力満載のCG映画も、電子音楽も、私からすれば、うるさいだけで、本物感が乏しく、人間のすごさが感じられなく、興味が湧かないのである.

戦後,米国ポップスに影響されて,今でも、『カントリーやジャズが好きだ』と言う人が結構いると思う.年配者が演歌とJ-POP中心のNHK紅白歌合戦を見ない事と符合するのである.

今、J-POPが好きな若者が60歳代,70歳代になった時,今度は,『J-POPが好きだ』と言う年配者が多くなる思う.『世は歌につれ』と言うが,その歌は数十年のタイムラグで、年配者の好みになるのである.いずれにせよ『年配者は演歌が好きだ』と言う既成概念は,すでに変わっていると思うのである.

ただ残念な事がある.日本の伝統的な芸能が、今の芸能に繋がっていない事である.日本の伝統的芸能は古典と言う枠の中でしか存在せず、その内、演歌も、懐かしのメロディから,古典の枠に入るかもしれないのである.総じて、欧米文化の普及で、日本文化が現世から切り離されて、古典として扱われて行く事と同じ潮流である.日本の『おもてなし』も、すでに、古典の中にしか存在していないのかも知れない.

そんなわけで、出来る事なら,現役世代の好みが多様化し,勿論、カントリーやラテン、ハワイアンが好きな若者もいて、将来は、『趣味も才能も豊かで元気な年配者』が多くなる事を期待したいのである.

PS

ついでながら、自分の好みが、社会から、離れていると感じる事は音楽や映画だけではない.例えば,人気があると言われて、連日、頻繁に流れている、ソフトバンクやauの一連のテレビコマーシャルである.私には、CMの意図や人気の理由が、さっぱり、理解できないのである.いらつく程である.相当、社会の嗜好、感性から私は乖離していると思わざるを得ないのである.

テレビついでに言えば、私のテレビの視聴傾向はNHK(特にBS)に傾斜している.その理由は、自分に時間が多くあるから,受信料を払っているから、民放の番組が軽薄になって来たと感じているから、特に、関西地区はローカル番組が多く、それに拍車をかけているから、或は、コマーシャルがうるさいから、かも知れない.

何れにせよ、この私の民放離れも、社会の嗜好から離れている事かもしれない.それとも、テレビが斜陽化しているのだから、当然の事なのだろうか.

 

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