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2016.06.03

433 子供はすごい、しかし捜索に問題はなかったか

報道によると、3日午前7時50分ごろ、北海道鹿部町の陸上自衛隊駒ケ岳演習場内の宿舎小屋で、5月28日から行方不明となっていた北斗市追分4の小学2年、田野岡大和さん(7)が6日ぶりに見つかったと言う.道警函館中央署によると、訓練のため訪れた隊員が偶然、演習場内の宿泊施設内にいる子供を発見したとの事.そして、自衛隊員の差し出した握り飯を食べたと言う.

山林などで子供が行方不明になり,無事保護されるケースはしばしばあるが,今回のように6日ぶりに保護される例はきわめて珍しいとの事.

この無事生還には、いくつかの幸運が重なっていた、と想像できる.

・道に沿って歩いているうちに、当日の内に、宿舎小屋に遭遇した事、
・無人であったが宿舎小屋に入れた事、
・雨にぬれず、体温の低下が防げた事、
・水道とマットがあって、飢えと寒さをしのげた事、
・小屋の中に止まって,体力の消耗が抑えられた事、
・偶然、7日目の朝、自衛隊がこの宿舎に立ち寄った事、

それにしても、無事救出の報道に、思わず,『よかった、子供はすごい』と叫ばずにはいられなかったのである.大人の心配をよそに,子供のたくましさに驚いたのである.

この事件は、親が『しつけ』の為に、子供を車から降ろした事から始まった.数分後、親が降ろした場所に戻ったが、子供は行方知れずになったのである.この事に対し、『しつけ』のあり方について、多くの論議が起こったが、私はその事ではなく、6日間の大捜索に問題がなかったのかが気になったのである.

子供の捜索は学校関係者、住民は勿論、消防、警察、自衛隊も含めた大捜索隊を編成し、時間と戦いながら、6日間、徹底的に捜索が行われた.そして、手掛かりがないまま,7日たった、この日から捜索を縮小する事になったのである.こだけ捜しても見つからないのだから,誰かに連れ去られたのではないか,との憶測が頭をかすめたのである.

その矢先の早朝、たまたま、自衛隊宿泊小屋に訪れた自衛隊員が子供を発見したのである.想像さえしていなかった場所で、しかも,瀕死の状態でもなく、発見されたのである.しかも、自衛隊員が差し出したおにぎりをむさぼるように食べる程の気力が残っていたのである.

絶望感さえ漂っていた中で、この発見に、親族、学校関係者、住民、始め、捜索を行った人々,さらには全国の人達も、歓喜の声を上げたのである.子供の悲しい事件が度々起こっているだけに,このニュースは人々を明かるくしたのである.

ところで、無事救出された今となって思う事は、捜索した所と,子供がいた所が全く違っていたた事である.なぜそうなったのだろうか.私の推測を述べてみたい.

大人は誰もが、藪の中や崖下や水辺に倒れているのではないかと、万が一の事を心配すると思う.そして、心配になる場所を徹底的に捜索するのである.大人には、もう一つの思い込みが働く.もし子供が藪の中に入らず、道路沿いに歩いていたら、子供の歩ける距離からして、すぐ見つかるはずだとの思い込みである.この二つの大人の思い込みが藪の中に捜索を集中させたと思うのである.

一方、置き去りにされた7歳の子供は、そこに止まっていれば、親が迎えに来ると思う程、思考力はないし、誰もが赤ん坊の時から持っている敏感な保身本能が働いて、とにかく、安全を求めて、道に沿って、歩き始めたと思うのである.勿論、藪の中に行くはずもないのである.その仮説に立てば、車で、道路ぞえに、広範囲に、短時間に、捜索でき、発見につながったと思うのである.

子供の行動は、本能で歩いているから、歩いても無駄だ、とか、その先どうなるのか、等と考えるわけもなく、只、恐怖の中で、本能の赴くまま,7キロ以上も歩き続けたのだと思う.

以上のように、大人の思いと子供の行動が大きく違った為に、捜索活動は成果を上げられなかったと思うのである.

以上の事から、大人の捜索活動は一概に無駄だったとは言わないが,子供のいない所で大捜索が行われた事は事実であり、もし、最悪の状態で発見されていたら、捜索の責任が厳しく問われたと思うのである.それだけに、幸運にも無事生還したとは言え、捜索のあり方について再考する必要があると思ったのである.

特に感じたのは、上記に述べた,捜索エリアの設定の問題である.捜索エリアの設定は,大人の心配や思い込みだけで、決めた感じがするのである.子供の行動学の視点が必要だったのではないか、少なくとも、同じ年頃の子供の意見を聞いてみても良かったのではないかと思ったのである.

捜索に当たっては、警察犬を投入したと思うが、結果的に効果が無かった事になったが、これも、大人の思い込みで、山中の藪の中ばかりを捜索させていたのではないか,と思ったのである.

又、ドローンの活用とか、日頃から、子供の保護を目的に、GPSの装着等も今後、検討すべきだと思ったのである.

更に言えば、この捜索と並行して、誰かに連れ出されているケースを想定した対応も必要である.今回、これはどうだったのだろうか.

いずれにせよ、人海戦術で山狩りのような捜索を否定するわけではないが、6日間もかかって発見できなかった事を思うと、もう少し合理的な捜索が必要だったと感じるのである.

そして、今回のケースで得た教訓を防災と同じように、広く知らせる必要性も感じた.又、自然教育の一環で、子供にサバイバル訓練も必要だと思ったのである.

以上、GOOD NEWS で、心が晴れたのだが、捜索のあり方について,素人ながら、気になった事をの述べた.

 

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