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2016.08.02

441 何故、障害者大量抹殺予告を防げなかったのか

相模原市障害者施設で起こった大量抹殺事件について,衆議院議長への障害者大量抹殺犯行予告があったにもかかわらず、何故、防げなかったのだろうか.マスコミ報道から感じた事を発信したい.

先ず、犯行に至る経緯を簡単に触れておきたい.

当該障害者施設の職員が障害者大量抹殺の犯行予告を衆議院議長宛てに出した.警察は、この犯行予告を相模原市に連絡し,職員は施設を解雇され、即刻、この職員は措置入院となった、又、障害者施設は監視カメラ等で、警護の強化をしたと言う.

そして,措置入院から2週間程度で、この職員は医師の判断で退院する事になったのだが、その事を警察や施設には連絡されず、この予告者を危険人物だと認識せず,誰も監視し続ける事もなく、犯行予告の対応が終わったかのように、世間に解き放されたのである.

解き放されたこの人物は障害者の大量抹殺を思い留めるどころか、堂々と友人に吹聴し続け、5ケ月後、犯行予告通り、真夜中に抹殺を実行し、達成感に満足したのか、自首したのである.

結局、犯人は、堂々と、予告通り、大量抹殺を実行したのである.犯人からすれば、いつか犯行が止められると思いつつ、それもなまま、いとも簡単に予定通り、犯行が出来たと、驚いているかも知れない.

何故、犯行予告があったにもかかわらず、防げなかったのか、誰もが抱く、大きな疑問、不満である.誰もが、警察は何をしていたのか、と強い怒りさえ覚えるのである.

この怒りに反応したのか、関係者や専門家から、こんな言い訳が聞こえている.犯罪を犯していない人間に警察権を行使できない、たとえ、危険人物とみなされても、その人の自由、平等、人権は守らなければならないと.被害にあうかもしれない人の自由や平等や人権を考えない発言ばかりである.自由、平等、人権は危険人物の為に有ると思っているのだろうか.

結局、何を言い分けしようと、警察の完敗である.法律や措置入院の問題ではない.『犯行予告ー警察ー自治体ー医療ー措置入院ー同退院ー解放』と右から左に、事務的に事が進み、あたかも、犯行予告の対応が終わったかのように、本人が解放されたのである.

もし、一人でも、危機を感じた人がいて、徹底して本人を調べ上げ、監視していたら、確実に犯行は阻止できたと思うのである

要するに、警察も、自治体も、政治家も、医師も、施設の職員も、住民も、友人も、犯行予告に対する真剣な危機感を持たなかった事が根本的な原因だと思うのである.

偽計業務妨害、予備罪、等の適用に限界があるとよく聞くが、法律のせいにしてはダメである.法律以前に、危機感を持つかどうかだと思うのである.それが無ければ、どんな法律を用意しても、役に立たないのである.

偽計業務妨害の適用に関して言えば、単に、犯行予告が障害者施設宛てで無かったとの理由で、最初からこの法の適用を考えなかったようである.危機感が全くないと言うしかない.

又、予備罪の適用に関しても、従来から、自由,平等,人権の観点で、その適用は常に慎重であり、今回の犯行予告に対しても、予備罪の適用など全く眼中になかったと思われる.これも又、危機感が全くないと言うしかないのである.

(予備罪とは重大な犯罪の予備行為に適用される法律であり、.内乱,外患、私戦の三罪のほか、建造物放火,通貨偽造,殺人,身代金誘拐,強盗の五罪につき、その予備行為が処罰される法律である.尚、破壊活動防止法のように特別に予備罪を規定した法律もある.)

この様に、警察の危機感の欠如は予告者を徹底調査もせずに、即刻自治体に対応を振って、措置入院をさせた事で明らかである.

危機感を持っていれば、当然、警察が本人の素性を徹底的に調査し,上記法律などを使って、犯人を拘束し、刑罰に処したり、釈放後の監視をすべきだったと思うのである.危機感があれば、絶対、防げたと思うのである.

これは結果論ではなく、誰もが犯行予告書を見れば、危険人物だと認識し、犯行をさせない手を打つと思うのである.

昨今の日本人は、犯罪が起こらなければ何もできないと言う専守防衛と同じような感覚に染まっているように思う.もしかすると、日本人は安全保障でも、自然災害でも、病気でも、テロでも、性犯罪や子供の虐殺でも、起こりそうな悲劇から目を逸らす習性があるのかも知れない.じっとしていれば、台風が通り過ぎる、と言う日本の風土に起因しているのかも知れない.

この習性に,人間関係の希薄化や個人の権利尊重が加わって、ますます、危機に対して目を逸らし、危機感が鈍感になり、結果的に、被害が起こるまで、何もしない国民になっているのではないかと、心配するのである.

便利で、効率的で、豊かな世の中を守る為にも,政治も、行政も、企業も、家庭も、個人も、危険予知能力を退化させてはならないと思うのである.

そもそも、自由、平等、人権と言う理念は、それぞれ立派である.しかし、個々の理念が素晴らしいとしても、自由を追求すると平等、人権が制約され、平等を追求すると自由、人権が制約されると言う相反関係のある理念である事も知っておく必要がある.

又、重大犯罪をやろうと言う人の自由,平等,人権が一般の人と同じように尊重されるはずもないのである.個人の自由、平等、人権を単純に尊重する事が、多くの人の自由,平等,人権を失う事もある事を知っておく必要もある.この様に,自由,平等,人権は『絶対的ではなく、相対的な理念である』と認識すべきだと思うのである.

そう言うと、人権派は警察権力や予備罪等の法律、或は措置入院制度の適用拡大を危ぶむ人もいると思う.その危惧を取り除くためにも、権力行使や法律の適用の前に、危機感を持って徹底調査する事が必要だと思う.

危機感を持って調査もせずに、しゃくし定規の法律論や法律にもとずく事務的な対応をしているうちは、重大な犯罪は防げない.その事を,今回の事件が示唆していると思うのである.

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